トキコって誰?
「本当に助かった。絹代さん、ありがとう」
善哉さんは類さんが寝ているベッドから立ち上がり、礼をした。
「お二人とも無事で、本当に良かった…です」
声が震える。やべ、泣きそう。
「我も来たぞ」
清彦が後ろから顔を出す。
「そうだな、ありがとう。」
無表情の善哉さん。
「そうだなとは、何じゃッ!?」
「…お前はどうせ絹代さんを説得して帰ろうとしたんだろ」
何で分かるの。
「…」
気まづそうに下を向く清彦。
子供か。
「ま、でもそうだとしてもしょうがねぇ」
そう言うと、善哉さんは口の端を片方だけ上げ、ニヒルな微笑をした。
カーテンの隙間からは、青白い光が差し込んでいる。
時計を見ると、もう朝の4時になっていた。
「善哉さん、徹夜ですよね?」
「まぁ、そうだな」
ベッドに座って、アクビをする。
「…絹代さんもだけどね」
「…そういえばそうでした」
今日は休みで良かった。帰ったら爆睡する!!
「すまん、本当は今日休みなのに。また代わりに休み取ってもらうから」
「いえ、大丈夫です。それより…善哉さんと類さんは、今日も午後から仕事が…」
大丈夫なの?
「まぁ俺と類は慣れてるから。事務所で仮眠取るし」
働き者ッ!!体調を心配するオカンの気持ちになる。
善哉さんの背後でモゾモゾと類さんの身体が動く。
「ん…」
やばい。類さん、可愛い声出てますよッ!!
「おっ、起きるか」
善哉さんが類さんを振り向く。
「はっ…トキコは!!??」
類さんが勢い良く上体を起こす。
トキコ?
「おはよう、類。」
目覚めの挨拶をする善哉さんを見てから、
類さんが呆然と部屋の中を見渡す。
「…え?どういう事?」
私と清彦を交互に見る。
「はは…。おはようございます、類さん」
「えっ、俺その間ずっと寝てたんすか?」
類さんは驚愕の表情で善哉さんの話を聞いていた。
「あぁ。…寝る直前の出来事は、覚えているか?」
類さんは少し考えてから、青白い顔になった。
「…ゴホン!!はい、あの出来事というか事件…」
事件?一体二人の身に何があったんだ…?
「あれから、ずっと起きなかった。落ち武者の術だろう」
「トキコ…までの流れが、全てその霊の仕業だったわけですね」
また出たトキコ。誰なん?
「ゴホン!!そう。」
善哉さんは目を閉じ、バツが悪そうにしている。
「そうだったんすね…」
「あの霊は、刀を自分の霊力に変える力を持っていた」
類さんは大きな瞳を半目にして顎に手をやった。
「…なるほど。それで、刀を持っていない客には何もできなかったわけですね」
「あぁ。刀や持ち主の霊力が強ければ強い程、落ち武者の霊力は増強される。俺が翡翠の勾玉を類に渡した瞬間から、緋刀麻呂の霊力を吸っていたんだろう。ただ、こっちに結界と札があれば、落ち武者は霊力を吸う事も出来ずに成仏だ」
「そうか。落ち武者からしたら、俺らに結界さえなければ良かったんだ。後は緋刀麻呂から霊力を吸ったら、勝ち確定…。」
「うん。だから、力もないのにあそこまで手の込んだやり方をしたんだろう」
寝てないから頭がボンヤリする。
会話の内容がよくわからない…
類さんはハッとした顔をした。
「って、善哉さん!!俺に翡翠の勾玉を…」
ポケットの中を探って、3㎝程のぽってりとした勾玉を手の平に出した。
優しい薄緑色に、白色がマーブル模様となり混ざり合っている。
「いざとなったら、善哉さんが生き残ってくださいって言ってるじゃないすか!!」
類さんはキレ散らかしている。
善哉さんは立ち上がり、類さんを見下ろす。
「…今回は俺のミスだろ?お前まで巻き込むのは間違ってる」
「関係ない!!善哉さんが居なくなったら…西日本が、いや、日本が滅茶苦茶になる!!!」
類さんは顔を真っ赤にしている。
え?マジで?
「…大袈裟だ」
「全然大袈裟じゃないっすよ!!善哉さんは、どんな理由があろうとも、俺を身代わりにしてでも生き残ってください!!」
えぇ…類さん…覚悟が半端ねぇ。
「ハイハイ、分かった分かった」
善哉さんはこっちに顔を向け、面倒くさそうな表情をした。
畳の上に座っている私の前まで来てしゃがみ、俯いて頭を掻く。
不意に顔を上げ、眠たそうな目をこすって言った。
「帰ろうか」




