落ち武者登場
「類…」
どれくらい時間が経ったか分からない。
サイドテーブルに埋め込まれた電子時計は狂っている。
類は目を覚ます気配がないままだ。
ベッドの端に腰掛け、眠り続ける類の顔を眺める。
「すまん。俺の不手際で…」
部屋の隅から伸びてくる邪気は益々濃くなり、部屋を満たして行く。
"そろそろお出ましか。"
胸ポケットに入れている翡翠の勾玉を取り出し、類のズボンのポケットに入れた。
これで、類だけは何があっても現実の世界に戻れる。
突然、部屋の照明が落ちた。
『この時を待っていた』
禍々しい気が一気に立ち込める。
真っ暗闇でも、俺には見える。
「お出ましか」
落ち武者の霊。
支配人が言っていた通りだ。
『うぬのその刀、某に呉れ』
霊は右手を差し出した。
緋刀麻呂の事か?
『うぬの刀を手に取るのを、ずっと夢に見ていた…』
恍惚とした声色で語る。
「お前、何で俺の刀の事を知っている?」
『某は愛刀を失い、ずっと探している。うぬの刀は其の刀だ』
落ち武者の眼窩奥には暗黒が続いている。
鼻も削がれ、口からは涎が滴り落ちている。
「イカれてんのか?答えになってねぇぞ」
緋刀麻呂を抜いた。
『許せぬ、許せぬ、許せぬウウウウウウ!!!!!』
こういう、話が通じないヤツの除霊は大概すぐに終わる。
だが、コイツの霊気は…何だ?
"近付くな!!"
銀の声がする。
「…近付かないで、どうやって斬るんだよ」
"とにかく、今は近付くな!!"
銀の言う通り、距離を取る。
『…どうした?早く、かかって来ぬか?』
ボロボロの脇差しを正面に構え、隙だらけで立っている。
すぐにでも斬り倒せそうだが…。
「…」
『もっと、近くで見せろ…その刀…』
ジリジリと距離を詰めてくる。
後じさり、部屋のドアが背中に当たる。
『見せろ!!!』
その瞬間、ノックの音が響いた。
「善哉さん!!大丈夫ですか!?」
絹代さんの声。
"拓海、開けるんや!!"
『何だァ?』
落ち武者は理解できないという風に首を傾げている。
「開けて!!善哉さん!!!お願いします!!!」
背後のドアが何度も強く振動する。
ガチャリとドアノブが動く音がし、咄嗟に身を引いた。
霊も距離を取り、後ろへ下がる。
部屋の中に、絹代さんと清彦が雪崩れ込んできた。




