表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫探し  作者: 温泉ことね
44/48

追憶の時代②



気が付くと、姫君を追って半刻程歩いていた。


姫君は一度も振り向く事なく、青年の前をスルスルと歩いて行く。


すると、姫君はある山の入り口で一瞬立ち止まった。


青年も立ち止まる。


姫は振り返り、妖しくて美しい微笑を青年へ向けた。


すぐにまた振り返り、山道へと足を踏み入れて行った。


青年も急いで後ろを追いかける。




太陽は真上に在る。


なのに、山中は夕刻のように薄暗くて気味が悪い。


いかに教養のない青年でも、ここがどのような場所かは判っている。


判っているのに、歩みを止める事ができない。


強烈な違和感が青年の心を支配する。


胸のざわめきが抑まらない。


そこでやっと、青年は姫へ声を掛けた。


「もし!!麗しい姫君がこんな険しい山に行こうとは、どんな要件か!!」


歩みが止まる。

姫君が振り返る。


その顔は、まるで別人のように青白く冷たい表情をしている。


「カァッ!!カァ!!!」


カラスが大きな鳴き声と羽音を立て、木々から飛んで行った。

青年はその音に身体を震わせた。


姫君は口の両端をニュッと上げ、青年を坂の上から見た。


目が合う。


青年の背筋はゾクッと素早く波打ち、足は来た道を引き返した。


「あらぁ…どこに行かれるのかしら?」


妙に山中に響く低い声が飛んで来た。


益々背中は波打ち、青年の本能は大きく鐘を鳴らす。


振り向いた。


目の前には、皺くちゃの老婆が白髪を振り乱した姿があった。


目は血走り、顔は赤黒く、爪が1尺程も伸びきっている。


「ひぃっ…!!!?」


腰が抜けてその場に倒れ込んだ。


その時。

木立の間に、壺装束の女が立っているのが目に入った。


女は白く光り輝く弓矢を引き、こちらに向けて構えている。


「えいっ」


と言うと女は矢を射った。


光り輝く矢は流星の如く空中を走り、老婆の背中へ命中した。


「ぎいあっ」


老婆は刺さった矢と共に、煙のように消え去った。


呆気に取られていると、壺装束の女が駆け寄って来た。


「大丈夫ですか?」


「ひぃあっ!!?」


驚いて地面を這いずり、後じさった。


「…すみません。」


俯いた時、市女笠に隙間が出来た。

白いベールの隙間から、女の顔が覗いた。


色白とは言えない肌。

その中でも、純真無垢な瞳が印象的だった。

控え目な口元に、かすれて澄んだ声。


どこか哀しそうだった。


「では、真っ直ぐに道を下って行ってください。もうここに来てはいけませんよ」


同じくらいの歳に思える女は、今度は冷静沈着な態度でそう伝えた。


「…そなた、何者なのじゃ?」


口をついて出た。


「…私の事は、決して誰にもお話なさらないでください」


「礼がしたい」


「礼など結構です。」


「命を落とす所だった。本当に、ありがとう」


青年はやっと立ち上がった。


「今のは、妖だったんだな。我は初めて遭ったよ」


先刻の出来事を振り返り、身震いした。


「…殿方は、すぐにあのような妖に騙されます」


女は溜息をついた。


「…愚かよのぅ」


青年は尻を払い、女に近付いた。


「そなたは、こんな場所で何をしているのじゃ?か弱きおなご1人で…」


「それはお答えできませぬ」


引戸を勢い良く上品に閉めるように、女は言った。


「そうじゃ!礼としてそなたの屋敷までお供しよう!」


「…何ですか、あなたは」


女は少し動揺した声を出した。


青年はどうにかしてこの女の素性が知りたくなったのだ。


「我は、武術が得意なのじゃ。今度は、野党や盗賊等からそなたをお守り致しますぞ」


そう言って、青年はバク宙をしてから飛び走り、女の前に傅いた。


「…変なお人」


そっと下から覗くと、市女笠の隙間から温かく微笑む顔が見えた。




山道を下っている間、青年は女に詰問した。


「今の妙技は何なのじゃ?」


「…あなたが知る必要はありませぬ」


「冷たいのう!!そんなんでは、結婚できぬぞ!!」


「…構いませんよ」


同じ年頃とは思えない程、冷めた回答だ。


「…冗談じゃ。」


「殿方から文をもらう事等、私には一生ありえませぬ」


「なぜじゃ?世の男共の目は節穴なのか?」


「…私の肌は白くない。外に出る事が多いからです」


この時代、肌の白さは麗しの必須条件だ。


「肌は白くなくとも、そなたは我を妙技で救ってくれた」


「たまたまです」


「それに、そなたの目は今まで見たどの姫君よりも清らかで美しい」


「…上手な事ですね」


女は鼻で笑った。


「いや、我は文を書くのが下手なのじゃ!しかし、そなたを見ていると…」


自然と、言葉が浮かんでくる。

清彦自身でも不思議だった。


「私がどんな者かも知らず、よく屋敷まで来ようとお思いになられますね」


「…きっと高貴な姫君なのじゃろう?」


実際、この女が放つ雰囲気は尋常でない気品がある。


「こんな場所に、1人で来る女子がですか?」


振り返った女の市女笠が風に煽られる。


山の入り口まで下りてきていた。

太陽の光が女に降り注ぐ。


市女笠の隙間から女の顔が覗いている。

自嘲気味に微笑むその顔は、清彦の心の奥の何かをうずかせる。


「…何か事情があっての事だろう?そなたは、特殊な力を持っているから」


女は答えない。


「もし誰もそなたを守る者が居ないのなら、これからは我がお供致す。」


女は驚いて目を見開き、ぽかんと口を開けた。


「それが、命を救ってもらった我からの恩返しじゃ」


青年は自分でも思いがけない言葉がつらつらと出てきて得意気だ。


「…あなたは、童のように無垢ですね」


清彦はハッとした。


目を細めて笑う女に、清彦の心はいとも容易く奪い取らた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ