第八話 不意打ちの超獣
テーテーテーテ〜テレレ〜
まさか、この音楽は……
私は手元の卵を見た。
くっ、やはり無い!
先程まで抱えていた筈の卵が!
何処が地面で天井なのか、自分が立っているかも寝転んでいるかも分からない、色とりどりのペルシャ絨毯が縦横に幾つも重なったような曖昧な空間。
ピシッ、パキキ
不吉な音に振り返った。
絨毯に亀裂が入り、そこから出た破片が浮き上がって……
いや、下に落ちているのか。
さっきまで抱えていた卵の破片だ。
おおよそ卵一つ分位の破片が落ちきった。
ジジ、ジジジ
不穏なノイズと共に発生したモザイクが二足で立つ化け物を形作る。
超獣だ。
ワームの体に鋭い爪を生やして、メタリックな鎧パーツを着けた恐るべき超獣。
井戸の探索中に見つかり、回復アイテムかと思い使用した満身創痍のプレイヤーを絶望の淵に突き落とす、極悪非道のモンスター。
姿が完全に露わになると同時に膨れ上がる強い魔物の気配。
今まで数々の魔物を討滅してきた。
その中には迷宮のベヒーモスのように強い奴もいた。
しかしこれはその中でも最強だ。
寺院の僧に匹敵するレベル。
……面白い。
もし命がけで彼らとで戦ったらどうなるのか。
気になっていたところだ。
跳躍、脱力、構え――
情け無用、戦闘開始!
まずは敵の防御、攻撃性能を調べる。
飛び込み強キック、立ち弱パンチ、中段中パンチ、しゃがみ強キック。
ノーガードってか。
強攻撃でボディが二箇所削れ飛んだが、この分だと大したダメージじゃないんでしょ?
ウニュ、ミュミュミュ〜ン
ほらね、再生してる。
無限に再生するとかはやめてほしいんだけど、どうかな?
ビシュッ
ドガガガ
敵は鋭い爪の付いた触手を伸ばして攻撃してきた。
バックジャンプで回避。
その間敵は触手を束ねて腕を二本作った。
何のつもりか知らんが確かめてやる。
→→ダッシュで間合いを詰めつつ強パンチ。
ガッ
なんと敵は即席の腕を顔の前に構え、私の拳を受け止めた。
わざわざ防御するということは、再生=ノーダメージではなかったということか。
だとすれば朗報だ。
しかしそれにも増して喜ばしいのは、敵が防御の意思を示したことだ。
攻撃し、ガードし、ガードを崩し、回避し、迎撃する。
その駆け引きこそ格ゲーの醍醐味なり。
よし、まずはガードの堅さを診断してやろう。
ピシシッ
あ痛っ!
攻めてやろうと足を踏み出した瞬間、体が裂きイカのように裂け、細い触手となって私を打ってきた。
弱攻撃程度の威力だが、挙動が読みづらく隙が少ない。
こちらが思考している間、敵は攻め手を緩めてくれるわけではない。
脚を伸ばしてきてキック。
ワームっぽいから伸縮性に富んでいるのか。
おい、手脚を伸ばすのは和尚の特権だぞ!
中威力程度のキックをガードし、怒りに任せてしゃがみ姿勢からアッパー。
だが敵も一番太い頭部を振り下ろしてきた。
ぐあっ!
強パンチを食らわせて敵の胴体に穴を開けてやったが、こちらも強攻撃並みの打撃を受けてしまった。
これは効いた……
意識も飛びかけたからピヨリ値も高いぞ。
何発も食らえない。
一旦離れよう。
←←バックダッシュで距離を取った。
「メイドボール!」
飛び道具にはどう対処する?
敵は頭頂部の口を開け無数の牙を生やした不気味な口腔をさらけ出すと、一塊の火球を吐き出した。
メイドボールとすれ違いこちらへと向かってくる火球を、私は腕でガードした。
つうっ、ちょっとヒリヒリする。
削り性能があるなこいつは。
一方メイドボールも敵の鎧パーツを吹き飛ばした。
攻撃、防御性能は互角。
とすれば勝敗を分けるのは技術。
隙を逃さず攻撃を加え、落とすことなくコンボを繋げ、敵の攻撃を読み防御し反撃する技術だ。
さて、問題はこの敵の性格だ。
対戦台の向こうにいる心有る人間なのか、それともCPUなのか。
人間と同じとすると、高度な読み合いが必要となろう。
CPU同然ならば、こちらの行動に超反応で対応される可能性があり、勝つためにはパターン解析が必須である。
「メイドボール!」
CPUタイプならこれで火球を吐く可能性が高い。
しかし敵は飛び込み攻撃を仕掛けてきた。
対空迎撃は間に合わない。
ここはガードを固めてやり過ごそう。
上段、下段、火球。
最後の火球だけ少し痛かったがそれだけだ。
得られた対価は、この敵が自己の意思により行動している可能性高しという情報。
そして陳腐な連続攻撃から推測できるのは、敵の攻撃練度の低さ。
飛び込み三段攻撃は素人には無理。
だが熟練者はそれ以上の連続攻撃の機会を窺い、中段下段ガードの二択を強いて、削れるだけ削りにかかるものだ。
よし、敵戦力が分かってきたところで、本格的に倒しに行きますか。
どうするかな……
よし、軸ずらし攻撃からの引き戻しキャンセル突進系四連打で六コンボ行くか。
探りの弱攻撃を入れながらフェイント交え敵を回るように移動。
へいへい、こっからでも一発入るようだったら連撃に移れるぞ。
私はリズム良く移動攻撃を繰り返す。
ーー時に単調になるように。
ピクッ
敵がガード中、私の攻撃リズムに合わせて微動作を見せるようになった。
ピクッ
二回目
ピクッ
三回目
そろそろ来るな。
ヒュヒュン
来た!
誘いに乗って手を出してきた敵の攻撃など避けるに易し。
伸ばした触手の対の胴にアタックし、捩ってバランスを崩してやる。
それから引き戻して連打を……
私はこの後自分の迂闊さを呪う。
長らくギリギリの読み合い、やるかやられるかの勝負から離れていたせいだろうか。
敵の出方を決めつけてしまい、己の攻撃が決まるものとばかり考えていたのだ。
格ゲーにおいて楽観は都合の良い妄想である。
痛恨の反撃を許す隙を生む。
悲観は心の弱さである。
粘り強さを奪い、逆転の目を潰してしまう。
プレイヤーのすべきはただ一つ。
相手と自分の一挙手一投足ごとに、脳がヒリつくほどに次の手を予測し、対処し、自分の損傷を抑え、相手の体力ゲージを減らすことを繰り返すのだ。
そう、私はすべきでない妄想をしていた。
敵の手を決めつけて、こちらの攻撃で畳み込めると盲信して。
伸ばされた触手を掻い潜り、反対側の半身に打ち当てようとした拳が跳ね上げられた。
何が……
超獣は体から新たな触手が生やし、私の拳をかち上げたのだ。
ガード――間に合わない!
転がり回避――体が上に伸びてしまい不可!
蹴りで――
敵の無表情さが、冷静に勝ち筋を見い出そうとするプレイヤーに見えた。
ようやく私は己の迂闊さを悟った。
敵は体の前面を無数の触手にし、私を刺突した。
うぐううっ……
まるで散弾銃の近距離発射だ。
体力ゲージが半分近く持っていかれたかも。
これが奴の超必殺技か。
! ご丁寧に倒れたところへの追撃もしてきて!
「メイドボール!」
地面に撃ったエネルギー弾の反動で、何とか距離を取りながら立ち上がった。
拳を握る。
うん、まだ十分戦える。
完全に敵の罠にはまってしまったが、このタイミングでの大ダメージはまだ最悪ではない。
そう、半分くらい残った体力をK.Oまで持っていかれるよりはマシである。
生き返った心持ちで肘を後ろに引き、胸を張り深く息を吸った。
「破扇……」
そこへ触手が雨あられと降り注ぐ。
私が回復を図っているかと思ったか。
違うんだよ。
私の体力は逆に減っている。
左手を前方やや上に、右手を前方やや下に突き出し構えて、撃つは全気力消費の奥義!
「瘴劫拳!!」
扇状に広がろうとするエネルギー波を、生命力を以て前方のみへの力に押し留める。
私へと殺到していた触手が塵と化していく。
躱しきれなかった超獣の体は四割が消失し、再生する速度は最初の勢いが無い。
私も息が上がっている。
さあ、ここからが緊張感の高まる楽しいところだ。




