第七話 古き良き時代
はっ、ここは?
知らず歩いていた私は足を止め辺りを見回した。
二百畳位ありそうな広い和室の真ん中に私は居る。
周囲は襖に囲まれ、床は畳敷きだ。
火か水か、土のステージを思い描いていたのだが、どれにも当てはまらない。
些か残念。
このステージには私だけがやって来たのか、それとも同じステージのどこかに誰かいるのか。
いや、きっと私だけだろう。
何故なら格ゲーは基本一人で戦うものだから。
キャラチェンジ可能なアクション系なら最初から仲間が待機しているはずだし。
さて、襖は全て閉まっているのに、私はどこから歩いて来たのか。
とりあえず全部の襖を開けてみようか。
ーー開けてみた。
どの襖の先も真っ暗で何も見通せない。
迷宮と同じ、部屋や階を跨ぐと別空間に繋がっているあの仕様だろうか。
魔女神様の下へ戻れるルートはあるのか。
恐る恐る勘に任せて踏み出してみる。
暗闇が私を起点にサーっと晴れていった。
現れたのはまた和室だが、元いた大広間よりは随分狭い。
八畳間程度だな。
一方で直前までいた大広間は暗闇になっている。
が、その大広間に戻ることもできる。
転移ではなく通常のスクロールのようだ。
八畳間から隣の部屋へと進む。
同じような和室だった。
その隣も、そのまた隣も同じ。
ひとまずこの大広間は、大体同じ広さの小和室に囲まれているらしいことは分かった。
そして小和室の先は、また同じような和室だったり、或いは板敷きや石造りの間だったりと様々だった。
ーーこれはいかんよ。
何がいかんって、部屋を跨ぐと他の部屋は真っ暗で、今居る空間しか視認できないことよ。
分からないかなあ?
オートマッピング機能に慣れ親しんだ世代じゃ分からないかなあ。
辺りが見渡せないってことはね、自分でマッピングしなきゃあ、どこにいるのかも分からないってことよ。
マス目のある学習帳とか方眼紙に手書きでワンフロアごと書き記していく。
その苦行の記憶が蘇った。
マッピング魔法的なものは無いだろうか。
新月になったら解除されるやつでいいから。
今の状況はその電脳世界よりもタチが悪いのだから。
ほら、方角が分からないでしょ。
右を向く、左を向く、後ろを向く、進むーー
この選択肢は凶悪だよ。
北を向いて進んでいたつもりが、ちょっとした左右の間違いで逆に進んでいたとか、よく陥る罠だった。
最難関のダンジョンが魔の字だったと知っても、迷うものは迷うのだ。
ううむ、しかし紙もペンも無い現状どのように進路を決めるべきか。
……ふっ、舐められたものだ。こういう時にやるべきことなどただ一つ。
何?
マップを埋めるように渦巻き式に進む?
ふっ、愚か。
敵とエンカウントするのにそんな迂遠なルートを選択できますかって。
マップの切り替え時のエンカウント率の高さは何なんだ! というストレスの原因になってしまう。
こんな場面では“ひたすら真っ直ぐ進む”が正解よ。
大広間から適当な方向を定め、左右に心移りしないように直進。
襖を開けて次の部屋へとスクロール。
スクロール、スクロール、スク……
大広間から四部屋目に踏み入って、視界が開けた瞬間に床が無くなった。
落とし穴かよ。
落ちた先はだだっ広い石床、石壁の広間。
中央には階段の、模型? がある。
と言うかそれしかない。
階段の模型に足を掛けてみる。
ザッザッザ、と音がして暗転した視界が晴れると、そこは大広間の中央だった。
……気を取り直して先程と違う方向へ直進。
ーーまた数部屋目で落とし穴に落ちた。
落ちた先も同じ。
大広間へ上がり、違う方向に直進し、またまた落とし穴に落ち……
繰り返すこと四度。
襖を開けてその部屋を飛び越えようとしても、暗闇に体を入れると何故か襖のすぐ先に足が着いている。
だから落ちざるを得ない。
ク、クソゲーだよ!
もしかしたら落とし穴が一箇所だけ設置されていないのかもしれない。
だが不正解の道を選んだ結果、毎度毎度穴に落ちる必要があるのか。
そういうプレイヤーの心を挫く仕掛けにクソゲーの資質が見えるんだよお!
あ〜もう、これで敵が出てくる仕様だったら、世のゲーマーはコントローラーを叩きつけてるよ。
いや、この程度でキレるわけにはいかない。
思い出すのだ、あの広大な中国大陸を遅い徒歩で踏破し、ギリシャ神話の世界で一歩ごとに地面を調べた日々を。
私の忍耐の限界はここじゃあない。
私は愚直に正解のルートを探しに向かった。
穴に落ちる回数が十に達した。
まだまだマップの広間からすると試行回数は少ない。
落下回数二十。
心は無になる。
私はマップを埋める機械と同じだ。
落下回数三十を超え、機械は心を取り戻した。
そろそろこのマップは穴に完全に囲まれているのではないかと思い始めている。
また落ちた。
落下地点の階段模型にメイドボールをぶつけたい衝動が芽生えてきた。
ん? 階段……
上のマップを含め唯一のはっきりしたオブジェクト。
ふと私は階段の裏を調べようと思った。
かの最終敵地たる城にて王座の裏を調べた時のように。
ーーあ、あった!
階段模型と床の設置面に僅かな隙間が。
階段模型を動かしたら下へと向かう階段が現れた。
ク、クソゲーだよ!
もしこの仕掛けに気づかなかったら、延々とスクロールと落下を繰り返すだけだから!
嫌気が差して、コントローラーをぶち投げるプレイヤーが続出していたに違いない。
私も滅多矢鱈にメイドボール撃たなくて良かった。
当たりどころが悪ければバグっていてもおかしくない。
そうだ、ここはきっと摩訶摩訶不思議なバグが盛り沢山なんだ。
クソゲー繋がりで。
はぁ、これは一人で挑むもんじゃないな。
格ゲー要素無いし。
誰かと一緒じゃないと精神がおかしくなる気がする。
この隠し階段を下りれば誰かと合流できないかな。
できれば誰かが迷ってどうしようもなくなってる場面に私が登場して、助けてあげるぐらいのシチュエーション希望。
後輩〜、リーレイ〜、ミコルルとお供ズ〜。
ーーレベッカどうした?
あれ? あいつ二度目に魔女神様の前に行った時、あの場にいたっけ?
考えながら下の階へと進む。
また一瞬思考が途切れたようになり場面転換がきた。
ん? 後ろから妙な圧迫感が……
うわあ! 壁が迫って来る!
振り返ると、ゆっくり歩く位の速度で極彩色の壁ーーいや、これは空間? が後ろの景色を塗り潰してこちらに向かって来ていた。
強制スクロールか!
そして前方には土壁や木々や石墓? が。
後ろの謎空間と前方の障害物に挟まれたら死ぬタイプだな。
主人公四人全員が揃ってないと最終面を攻略できないシューティング。
いや、公式にはフォーメーションRPGだったか。
それと同じだ。
ゲームとしては楽しめるが、命がけときたら死亡強制スクロールは歓迎できない。
どうしても覚えゲーの要素は排除できないのに、こちらは死にながら覚えていくなどできないのだから。
障害物を地道に破壊し、強化アイテムを回収して往年の思い出に浸りたいが気持ちはあるが。
ここは思い切って大破壊、全画面爆発が良かろう。
そう、メガトン爆弾である。
カッ
私は学生時代には先生に禁止されていた、生命力消費系破壊魔法を放った。
よし! 全ての障害物は視界から消え去った。
残っているのは↑や↓等々の記号が記された石板のような物。
パワーアップ・ダウン系アイテムだね。
最終面では剣を三つ集めて聖剣にしなければならない。
お? その中に一つ異質な物みっけ。
ーー卵かなこれは。
卵か……
もしもーし、レベッカさんですかぁ?
研ぎ澄まされた私の勘が、これはレベッカだと囁いている。
ついでに見つけた下り階段に足を掛けながら、私は卵を叩いた。
レベッカ出てこ〜い。
テテテテーテテテ、テテテーテテテ
え、ボス戦の音楽……?




