第二話 飛行機代わりの
ナムツォと言えば年の三分の一は雪に覆われる北の大地だ。
ミコルルはナムツォの一領主だか一部族長の血筋だったと記憶している。
手紙はミコルルの領地(部族?)と親交のある地域から差し出された物で、彼女から我らが寺院を紹介されたことが書かれていた。
要請された調査の対象は、ある日突然現れた門とのこと。
――その気配は迷宮のそれに近いが、周りを取り込むわけでもない。
ただ、夜になると魔物が門の周辺に湧くようになった。
一応地元寺院の協力もあり、魔物対策に関して今のところ不足は無い。
しかし寺院では何か別の問題に対処せねばならず、門の詳細を調べるには人手が足りない。
この門が自然消滅するのか、それとも何がしかの発展を見せるのか現時点では不明。
(私たちカプルコン寺院の者が)学院で発生した迷宮騒動を解決に導いたことは聞き及んでいる。
ぜひその智勇を拝借したい――
要約すると要請内容はそんなふう。
あっと、もう一枚手紙が出てきた。
何だろう――――――
ミコルルからのメッセージだった。
和尚を連れ帰ったと速達で伝えたことへの返信だ。
“安心しました”って言う文面で、端っこの方にピースするミコルルのイラストが描かれている。
……絵が上手。
ふ〜ん、手紙だとお茶目な感じなんだ、ミコルルってば。
「和尚、どうします?」
私はある種の期待をしながら尋ねた。
「ふむ。拙僧はここを守り総本山からの連絡も待たねばならぬ。ミサ、先方はお主のご学友の関係者なのだったな。……では、ここの名代として行ってみるか?」
「はい!」
つい返事が大きくなってしまった。
もしかしてもう会えないかもしれないと思っていた友人に、また会えると思ったら嬉しくて。
「あ〜っ! ボクは!? ボクも先方の関係者のご学友っす!」
私の次に名前を呼ばれようと待ち構えていた後輩が、焦った態度で私の喜悦を遮った。
「ちょ……姉様、何て目で可愛い妹を見るんすか」
おっといけない。
邪魔者を見る荒んだ視線に気づかれてしまったようだ。
「ボクもマムっちとウルっちに会いたいっす……」
分かってるって。
冗談だよ。
この子も在学中は和尚の失踪に気を揉んだだろうし、楽しむべき時を思い切り楽しめなかっただろう。
行って再会を喜ぶといい。
「やったぁっす!」
和尚に許可をもらった後輩が喜んでいる。
でも調査のために行くんだからね。
楽しむのは任務遂行後だよ。
「さて」
おっと、和尚がまだ何かおっしゃるようだ。
私と後輩は和尚を向いて姿勢を正した。
「若いお主たちだけでは先方にいらぬ不安を招くかもしれぬ」
内面を見ずに外見だけで若輩者と決めつける者もいる。
そのような者と無用な軋轢を起こさせたくない、と和尚はおっしゃった。
「ブランク、お主が……」
「はーい! はいはいはーい!!」
和尚の言葉を遮ったのはリーレイだ。
下の町に帰っていたはずなのに、いつの間にまた来たのやら。
「アタシが! 大人のアタシがついて行きまーす!」
そして調査員代表としてまさかの立候補。
どこから話を聞いていたのだろうか。
「リレイっちと比べたらボクの方が大人だと思うんすけど」
「はぁ!? 全っ然アタシの方が大人なんですけど?」
ああ、精神年齢子ども同士の低レベルな言い合いが始まってしまった。
バカって言った方がバカなんですぅ、とかそんなレベルの。
それはともかく、シスターズの面倒を見なくて良いのだろうか。
「うう、それがさぁ。酷いんだよあの子たちってば……」
聞いてよぉ、うええん
――とリーレイは私に抱きついた。
「……」
「……」
リーレイの言い分を聞いた私たちの沈黙。
え、誰も何も言わないの?
じゃあ私も言わないけど。
リーレイがシスターズに言われたこととは、要するに“そろそろ結婚とか考えなくていいのか”やら“そもそも彼氏を作る努力でもしてみたらどうだ”とか。
シスターズが仕事を終えて帰宅した時に、リーレイが家でゴロゴロしてようものなら、チクリと嫌味のように言ってくるそうだ。
なるほど、これはあれだ。
言う側と受け取る側の意識が違うから起こる一種の誤解だな。
言う側は心配しているけど、受け取る側は責められているように感じる故の。
言う側に少しの気遣いと、受け取る側に気楽さと素直さがあれば生じないであろうトラブルでもある。
前の世界で同じような家庭をいくつか見たことがある。
「ラーニャたちもそんな悪く言うつもりじゃなかったと思うが」
言ったブランクをラーニャが睨む。
「え? 先輩はアタシが悪いって言うんですか? 早く赤ちゃん抱っこしたいなぁ、とかそんな感じの目でアタシを見てくるあの子たちが正しいって?」
「あ、いや、そんな」
誤解やら疑心に苛まれている人には慎重な対応が必要だと思う。
でないと今の、リーレイに睨まれるブランクのように被害妄想の的になるだろうから。
「和尚、リーレイにお願いしましょう」
「お、さっすがミサ。アタシの大人パワーに一目置いてるね!」
「ちょっ、姉様……かえって軽んじられそうって思わないんすか?」
「良いのか?」
いいんです。
下手に帰宅させてリーレイとシスターズの関係を拗らせるより、お互いちょっと間を空けて頭を冷やせば。
ただの家出にしてしまうと、置いていかれた側にモヤモヤした気持ちが多分に残るだろう。
でも私たちの監督と言う大義名分があるなら、お互いにまあ一時の離別に納得いくのではないか。
それでもダメなら……
もう一緒に暮らすのを諦めた方がいいかも。
うん、その時は仕方ない。
もうお互いある程度生活力のある大人だもの。
――ってことで和尚とブランクにシスターズたちへのフォローをお願いした。
こういうイザコザに不慣れなブランクには申し訳ないけど、和尚と協力して頑張ってほしい。
さて、大層遠いように思える北の大地ナムツォ。
実際に距離はかなりあるのだが、プレスデン皇国まで出れば、それほど時間をかけずに行くことができる。
プレスデン皇国は懐かしき我らが母校、エディケイン学院を擁する大国だ。
そしてなんとプレスデン皇国とナムツォは、この世界唯一の空路が通じているのである。
空間属性持ちの和尚に何往復もしてもらって、エディケイン学院付近まで来て、そこから徒歩で空港到着。
「ほえ〜、これが噂のペンドラゴン!」
口を開けて空を見上げるリーレイ。
視線の先では太刀魚のように細長くて平たい体の巨大生物が、悠々と空を飛んでいる。
世界唯一たる空港、その主役、ペンドラゴンは寒冷気候を好む有袋の知的生物だ。
そんな彼らが何故わざわざプレスデン皇国に来るのか。
彼らの快適気候は寒冷だが、食べ物の好みはプレスデン皇国側にあるためだ。
その袋で人を運び、対価として食物の提供と居住地の整備サービスを受ける。
「ミサってば物知りい!」
ちょっと前まで和尚を探してあちこち旅してたからね。
しかしペンドラゴン搭乗は初めてだ。
どんなものか興味があったから、この機会にしっかり堪能させてもらおう。
「空飛ぶ移動手段ゲットって、物語も終盤っすねぇ」
何をしみじみ言ってるのやら。
これは単なる決まったルートの交通手段だし。
全てのマップを自由に飛行できるのが、物語の終盤でしょうが。
さて、ペンドラゴンの袋に入って……
あ、これは――
やって来ました雪国ナムツォ。
運んでくれたペンドラゴンに手を振り別れる。
空の旅は情緒も何もあったもんじゃなかった。
袋の中で自由は利かず、寝袋として入っているしかない。
あれだけの固定された空間だから、高速飛行や上空の冷気の影響を受けないのかもしれないが。
身動きを諦め目を閉じて、眠りから覚めたらそこは銀世界。
「寒っ!」
そりゃそんな感想が真っ先に出るわ。
いやいいんだ。
これも良い経験だった。
気持ちを切り替えていざ行かん。




