第二十二話 ねんがんのおしょうをみつけたぞ
上体を起こし笑顔を振りまく少女に、カッツォたちはすぐ動けるように腰を落とし警戒を示した。
少女から立ち昇っていた煙は消え、淡いデニム地のホットパンツとベージュのブラウスという、およそこの場に不似合いの服装には焦げ跡の一つも見られない。
ぱっちりと大きな菫色の目とツインテールの黒髪は愛くるしいが、それが却ってカッツォたちには不気味に思えた。
「な、なんなのあなた? 人間、なの?」
「に、人間? それ、質問しなきゃ分からないことっすか? ……はっ! もしかして新魔法に失敗して人外系美少女に!?」
ペタペタと自分の顔、体を触って少女は何かを確かめている。
「あっ、そういえばボクどうしてたんすかね? 確かイフリート使ったような記憶はあるんすけど……」
「あの、イフリートって……召喚魔法?」
「おっと、誤解させちゃって申し訳ないっす。氷の女王とか海竜王とか呼べたらいいんすけどね。イフリートはボクのオリジナル魔法っす。正確には“炎精外装・イフリート”って言うんすよ。カッコイイすよね?」
「メチャ火だるまだったけど……」
「うっ、う〜ん、そうなんすよ。最初は良かったんすけどね。空気の層で熱さをシャットダウンできるかと思ってたのに。究極生命体の真似は失敗で、途中で熱さにやられちゃっ…………ああっ!!」
少女は突然叫び、飛び起きて辺りを見回し始めた。
カッツォやブダゴルラたちは片脚を後ろに引き臨戦態勢を強めた。
少女は不安そうにキョロキョロと周囲を見ているだけだ。
「何なのだ、こ奴は?」
「僕たちに聞かれても分かりませんよ。どうやら人間っぽいけど」
ふと、少女が「あっ!」と言って駆け出した。
進路にいたブダゴルラは身構えていたにも関わらず反応できない。
しかし少女はブダゴルラの脇をすり抜けた。
「お、和尚〜!!」
少女が向かった先には小柄な人影がある。
武闘着を身につけたゴブリンだ。
「い、いつ現れたのだ……?」
「分か、らない」
ブダゴルラたちは幽霊に遭遇したかのように戦慄している。
それに加えて人と悪魔が――カッツォたちからすれば人間と魔族が――親しげに抱擁をしていることも彼らを混乱させた。
「和尚っ! 探したんすからね!!」
「すまんなキャミィ。心配をかけた。お主の魔力を感知できたお陰でここまで来られたぞ」
「そう言えばボクを戻してくれたのって和尚すか?」
「まあ待て。まずは驚いている方々に挨拶をせねば」
ゴブリンが歩いてくる。
ブダゴルラは錫杖を向けようとして、何故か掌を横に向けた左手を胸の前に掲げ礼を取っていた。
「法師様、お知り合いでしたか?」
「い、いや。それがしもどうしたことか……」
ブダゴルラは思い出せないが、彼の記憶の奥にはその理由はあった。
かつて拝見したことのある神像と似た“気”を感じたのだ。
かなり昔のことなので、彼が思い出せないのも当然である。
「礼式でしょうか? ならば拙僧も」
ゴブリンが左掌に右拳を当てた礼を返した。
「ゴブシムと申す旅の僧です。この子、拙僧と同門のキャミィがご迷惑をおかけしたかと思いますが……」
ゴブリン――ゴブシムはブダゴルラたち六人の傷だらけな有様を見ると、痛ましそうに目を伏せた。
「え? この人たちがボロボロなの、ボクのせいだったんすか!?」
「妙な具合に高まった魔力を感じて出所を探ったら、火に包まれたお主がそこの少女に激突するところだったぞ。寸前で叩き落としたから良かったものの」
「あぁ、和尚に折檻される夢を見たと思ってたっすけど、そういうことだったんすね……ごめんなさい、初めて会った皆さん」
納得顔をしたのも束の間、少女――キャミィはローラに向き合って神妙に頭を下げた。
「え!? あの、そんなやめてください!」
「ええと、どちらかと言うと俺ら君のお陰で助かったっつうか」
「? ならどうしてそんなにズタボロなんすか?」
キャミィに問われ六人はハッとした。
「魔物の氾濫!」
「そうだ! 早く原因を究明せねば!」
死を目前にしてからの急展開で頭がついて行かず、肝心の目的がなおざりになっていた。
まだ下で戦っているはずの長たちを助けんと、六人は慌てて駆けて行った。
「あれれ、魔物の気配はもう感じないっすけどね?」
「あの噴き出していた魔力と何か関係あるのか?」
「そうすね……とりあえずあの人たちを追いながら説明するっすよ」
キャミィとゴブシムは六人の向かった方へ歩いて進んだ。
キャミィの言ったとおり、魔物の発生は止んでいた。
長は駆けつけたブダゴルラを労い、カッツォたちに礼を述べた。
悪くない雰囲気だ。
しばらくしてキャミィたちが追いついた。
「むむ? この二人は? 最初からいたかね?」
長は首を傾げた。
戦闘に手一杯で、部外者をしっかり認識できていなかったかと。
その後ブダゴルラが経緯を説明したことで長は相好を和らげ、キャミィ、ゴブシムとの挨拶は穏やかなものとなった。
その流れに加え魔物の氾濫を無事に乗り切ったことで、長は宴会を開こうと提案した。
「長よ。皆それどころではなさそうだ。それがしも、ちと疲れた」
が、結局はブダゴルラの言うように村洞の民の大半が疲労困憊であったため、一旦は各々の家庭で休息を取ることとなった。
「ぶふっ……い、異界の勇者!?」
長から借りた住居代わりの洞穴で改めて挨拶を交わすカッツォたち四人、ブダゴルラ、それにキャミィとゴブシム。
カッツォが自己紹介をするとキャミィが噴き出した。
「いつその格好に突っ込もうと思ってたすけど、そういうことすか……」
「何をブツブツ言っているのだ?」
「な、何でもないっす」
キャミィが元の世界にいた頃の、ゲームの勇者っぽい装いをしたカッツォたち。
その事情が明らかになってキャミィは噴いたのだ。
(異世界転移、っすか。まさかそんな人たちがいるとは。ま、ボクのことは言うつもりはないっすけどね)
生まれ変わって十五年。
郷愁が無いわけでもないのだが、戻れない場所のことを気にするほどキャミィに未練は無かった。
そんなキャミィの様子とは反対に、他の面々は真剣な表情をしている。
「僕たちも魔族も同じ人間、ですか」
「大地闘神とな。それがしらの奉る神と異なる神がどこかにいると?」
「全く異なる神様なのでしょうか?」
「拙僧も自信が持てないのだが。ここは拙僧がいた場所とは全く異なり……それこそ彼らの言うような別世界、もしくは時代がまったく違うとしか思えぬ」
ゴブシムが話したことは、ブダゴルラとルケアに特に衝撃を与えた。
ルケアたちの言う人間も凡人種と言う人類の枠組みの一つで、魔族と呼んでいる者たちと大枠では同一と言うこと。
それに神仏像を通して神に直接祈りを届けることができること、等々の話だ。
「ダンジョンコアをしばき上げたら飛ばされた世界っすけど。タイムスリップなんすかね? 姉様とレベッカと離れ離れになったのは痛いっす」
「タイム、何とな? ところでミサもどこかにいるのか?」
「あ、そうだったっす。姉様の連れたレベッカって言う鼻の利くペットが和尚の手掛かりを掴んで、あの迷宮のダンジョンコアっす。ちょうどそこにボクも通りかかったんすけどね。ダンジョンコアを脅して和尚のいる場所に飛ばさせたんすよ。まさか姉様と逸れるとは」
「そうか。わざわざ拙僧のためにすまんかったな。学院は良かったのか?」
「はいっす。ちゃんと卒業させてもらったっすよ」
ゴブシムが失踪して約一年が過ぎて、ようやく彼の手掛かりを掴んだのだとキャミィは語った。
「早くミサを見つけねばならんな」
「そっすね。変な暴走を始める前に」
――暴走する輩が他にもおるんかい。
カッツォたちは二人の話を聞いて眩暈を覚えた。




