第二十一話 降臨
魔物を倒したブダゴルラが、体を支える杖として錫杖を使っている。
クラス四の魔物を既に二体倒し、傷も疲労も軽くない。
そんな過酷な状況にも関わらず尚も魔物の発生は止まらなかった。
(このままでは、沸き続ける魔物に村洞が蹂躙されること必至……いつこの氾濫は止まるのだ!)
悪魔どもがこの氾濫を起こしているのならば、悪魔を置いてこの場に駆けつけたのは誤りだったかもしれない――
いや、と彼はその考えを脳裏から消した。
今は選択を後悔している時ではない。
彼は己を奮い立たせ生まれ来る魔物に備える。
そんな彼の奮起を嘲笑うかのように今回発生した闇は一際大きく、その中に散りばめられた星々も格段に多い。
それが凝縮して現れた魔物は果たして――
(ここで出てくるか……悪魔の化身が)
ブダゴルラが死を覚悟させられた対象は人型の魔物。
胸から上に無数の蛇が生えている悍ましい姿は、悪魔の化身と喩えられるに相応しい。
(うむ、しかしここに至りこの強敵とは、氾濫も終局を迎えた兆候やもしれんな。踏ん張り時……と言うことか)
ブダゴルラは大きく息を吸った。
傷が開き、ヒビの入った骨が疼くが、代わりに勇壮な意気が沸き立ち、弱気と入れ替わった。
「あ、いた!」
「なんかボロボロなんですけど!?」
「てかあの魔物!!」
ブダゴルラは不運を呪った。
追い討ちをかけるように悪魔たちが来るとは。
「法師様!」
「かなり重傷を負われているようです! 早く治療しないと!」
ところが味方のドワーフも一人だけ一緒にいる。
人質にされているわけでも無さそうだが――
ブダゴルラは一旦魔物からもカッツォたちからも距離を取った。
カッツォたちは魔物の不気味な容姿と伝わってくる力に気圧されている。
ドワーフはブダゴルラの元に駆け寄った。
「法師様! 長の命により参じました!」
「長の? 悪魔のことは……」
「それは一旦置いていただきたく。今は共闘せよと申しつかっておりますれば」
話の最中、唐突な痛みの緩和が起こりブダゴルラは反射的に身を縮めた。
「失礼しました」
ルケアが回復の魔法を彼にかけたのだ。
敵意の無い、純粋な癒やしをブダゴルラは感じた。
彼は目線でドワーフに説明を促す。
「あの者たちは悪魔ではない、と長はお考えです。そして彼らに法師様の手助けを請われたのです」
「どのみちこのままでは魔物に滅ぼされる、か」
ブダゴルラは己の回復を確かめるように掌の開閉を繰り返し、魔物の正面に立った。
「それがしが万全でも及ばぬ力を持った魔物だ。足を引っ張り合っていては全滅必至である」
「協力プレイでしょ、いいわよ」
「この人結構強い忍者系の動きしてたよね。期待していいのかな」
「強敵が味方になったら弱くなるのってお約束だけどな」
ドォン
どこか緊張感の欠けた言葉を交わすが、三人の緊張感は十分だ。
ブダゴルラは錫杖を片手上段に構えると、魔法で魔物の足元に流砂を作った。
魔物の体が傾きかけたのが開戦の合図となって、カッツォたち四人、ブダゴルラとドワーフの計六人が行動を開始した。
ドォン
遠くではない所で、まだ謎の振動と音は続いている。
推定戦闘力二千強の魔物相手に六人は戦いを優位に進めた。
戦闘力約千三百のブダゴルラをメイン盾兼アタッカーに据えた即席のパーティー。
時に連携が乱れることはあったが、概ね安定した攻防パターンに入っていた――
のであるが。
ドォン ドォン
この調子で押し切れるかと思っていたら、魔物は蛇の集合体を切り離し、胸から上に新たに三つ首の蛇を生やした。
新たな頭はそれぞれ大蛇と言える大きさである。
また分かたれた蛇の集合体も独立した一体の魔物として動き出した。
「二段階目とかって……そんなのあり?」
「まだ大丈夫! こっちもそれほど消耗してないし!」
初めの内は優位に戦闘を進めていた勢いから、強気を維持していた六人だった。
ドォン ドォン
しかし――
「やば……い、よね」
「無理ゲーじゃねえか……今から逃げられそうにねえし」
今までのは様子見だった、と言わんばかりに魔物の攻撃は激しくなった。
蛇の集合体からは麻痺の魔法が飛んでくる。
三ツ首の二つからは火と氷の息が吐き出され、残る一つは魔法で防壁を生み出している。
その上戦闘力も上がっており、六人は瞬く間に負傷を増やし窮地に陥った。
ドォン ドォン
「なあ、何かないかな。あんたも変身するとかさ」
この期に及んで軽口を叩けるサジに、ブダゴルラは妙に感心した。
「悪魔、か。それがしの信仰が誤りだったとは思わぬが……悪魔の件に関しては、正しくなかったようだ」
「回りくどくて乙〜。ていうか私たちも結構間抜けな勘違いしてたとしたら、ちょっと今いい感じよね」
「せっかくだけどさ、この状況はヤバいよ。負けイベントじゃなくてゲームオーバーなやつじゃん」
カッツォの言葉に全員が嘆息した。
ドォン ドォン ドォン
「ってか、さっきからうるさいなもう!」
この山に近づいた時から響いていた音が無視できないほど大きくなってきた。
結局誰も分からなかった音の原因だが、今それは魔物の動きを止めるほど強烈な気配を伴って近づいている。
「伏せろ!」
ブダゴルラが叫んだ。
魔物が上を向いて防壁を展開した。
「ぷぎゃぁああ!」
ドォォォォン
何処からともなく聞こえてきた叫び声の直後、魔物を防壁ごとあっさりと突き破り、一塊の火球が地面に衝突した。
「い、隕石?」
「違うぞ! 離れろ!」
顔の前に腕を翳して巻き起こる熱風と土煙を防いでいると、地面から火球が飛び出してきた。
よく見るとそれは人の形をしている。
「魔物!?」
「さっきのやつを一撃で消し飛ばすって、やばすぎじゃね……?」
「まて! 魔物の気配ではないぞ!?」
ブダゴルラの言ったとおり、魔物特有の魔力の揺らぎが無い。
カッツォたちがブダゴルラとドワーフを見るのと同時に、ブダゴルラとドワーフもまたカッツォたちを見た。
「それがしたちと同族のわけがなかろう」
「ぼ、僕らも違いますよね!? 普通に!」
共闘を経て双方誤解があったと分かってはいるのだが……あれは悪魔かそれとも魔族かと、つい互いを見てしまった。
と、それが油断だとでも言うように、上空高くに飛んだ人型火球は再びカッツォたち目がけて急降下してきた。
「ど、ど、ど……どいてっすうぅぅぅ!!」
「しゃ、喋った!?」
「バカ! 早く避けねえと……!!」
ローラに向け一直線に人型火球が突っ込む。
サジの悲痛な叫びも恐怖で固まったローラの足を動かすに及ばず。
ルケアが咄嗟に張った水の防壁は瞬く間に蒸発し、ローラの顔が炎で照らされる。
天涙の羽衣もこの業火の前でどれだけ役に立つか……
「ローラァァァァァ!」
地面にくっきりと写し出された彼女の影が、悲惨な未来を予感させた。
「何をしておるか!!」
「ふぎゃっ!」
ローラの死が一瞬後まで迫った直前、宙に穴が空き、拳が伸びて人型火球を拳骨で叩き落とした。
ビタン、と大きくも間抜けな音を立てて人型火球が地面にめり込んだ。
(え? 何このギャグ漫画っぽいムーブ……)
カッツォ、サジ、ローラは共通の思いを抱いたが口に出せない。
さっきまでは確かに脅威であったし、それを一撃で叩き落とした謎の手もまた恐ろしかった。
謎の手は何処に行ったのか、宙に空いた穴も無くなっている。
ひとまずは、と六人は墜落した人型火球を覗き込んだ。
プスプスと煙を上げながら俯せで倒れているのは人間の少女のようだ。
何か言いたげなブダゴルラの視線がカッツォたちに刺さる。
「この外見、やはり」
「だ、だから違うって!」
「ふむ。冗談だ」
(法師様、冗談言うんですね)
ドワーフは人知れず突っ込んだ。
「しかし、これは何という怪物じみた……」
「これが、ミナテミスさんの言ってた、頂の見えない戦闘力ってやつか……」
「でも、よく見ると可愛くない?」
「は? あんた何……」
「あざっす!! カワイイは正義っすよね!」
伸びていたはずの少女が寝転んだままパチリと目を開け、快活に話しかけてきた。
カッツォたちが固まる中、少女だけは目を輝かせていた。




