第十三話 最強の射手
眩い光に包まれたサジは目を瞑り息を吐き、天国での一歩を踏み出す心の準備を整えた。
(あ、でも地獄だったら嫌だぞ)
地獄堕ちの可能性を思いつくのは少し遅かった。
サジの目はもう開いている。
「あれ?」
されど目の前に広がるのは、蓮の花が浮かぶ池でも煮立った血の池でもなく、さっきまでと変わらぬ生い茂った植物だった。
カッツォも、ローラも、ルケアも変わらずそこにいる。
ただ、友人三名の視線はサジを見ていない。
サジは釣られるように三人の視線を追った。
(誰だ? あの人)
誰かが枝の上で弓を構えている。
光で照らされる範囲から外れていて詳しい容姿までは見えない。
それなのにサジには、その人がサジの視線に気づき微笑んだと感じられた。
「!!」
その人の指が弦から離れた。
その瞬間、先程サジを包んだのと同じ光が迸った。
(全然違う……これが矢の音かよ)
サジは愕然とした。
自分の矢が空を裂く音は、遅刻を免れんと全力で漕いだ自転車の通過音だ。
それに比べ今放たれた矢は大型バイクの、いや、フォーミュラーカーが目の前を通過した時の尾を引く通過音だ。
そんな、体ごと引っ張られるぐらいの迫力さえあった。
閃光はムカデ魔物を消し去った。
サジは今更気づいたが、蜘蛛魔物ももういない。
彼はようやく自分たちがこの射手に助けられたのだと分かった。
「あ、ありがとうございます」
「うん、良かったな無謀な少年。探検ごっこは危ないぞ。早くここらか出ようか」
「え?」
子ども扱いされた不快感よりも射手の声に意識を取られた。
クラス四の魔物を一撃で葬った猛者の声は意外なことに、透明感のある落ち着いた女性のそれだった。
「そうそう、せっかくだからそれ持って行こうかな」
枝から下りた射手がサジに近づいて来る。
彼女を間近に見たサジはゴクリと喉を鳴らした。
(す、すっげえ美人……)
濃紺の陣羽織に革のパンツと頑丈そうなブーツ。男っぽい戦装束なのに、抜群のスタイルがそれを武骨と思わせない。
褐色肌と流水を思わせる銀髪とのコントラストは、力強さと儚さが混在し幻想的である。
鋭くも憂いげな目、筋の通った鼻や引き締まった口元などは、サジの好みど真ん中であった。
彼女は蜘蛛魔物が残した巣を手で触ると、そこらに落ちている枝で糸を巻き取り始めた。
「あの蜘蛛の糸は粘着力の無い足場の部分があってね。それが中々上質な弦になるんだよ」
射手は糸を採取する理由を語ってくれている。
親切な心根なのだろう。
ところでサジはふと気になった。
「あ、魔物が素材を残すってことあるんすね……いいなぁ、そういうの……」
憧れのモンスターハント&素材収集生活である。
何百時間と費やした人生ドレイン系ゲームの記憶がサジの脳を刺激した。
「そうだろう、珍しいだろう」
サジの素直な感想は射手に好印象を与えたようだ。
彼女は嬉しそうに糸を巻き取っている。
「本当に珍しいのだけどね。魔物を倒して何かを得られると言うのは羨ましい。あの方の話のように……」
(?)
後半は独白のようで聞き取れなかった。
ただ素材が残るのはやはり珍しいことらしい。
「あ、すんません。俺も手伝います」
サジは気が利かなかったことに気づいて、自分も糸を巻き取り始めた。
「気にしなくていいよ。それほど量は必要ないからね。ああ、でも君自身の弓にも使えるから持っていて損はないかな」
「え? あ、そう言やそうじゃん……」
サジは弓が破壊されたことを思い出し落ち込んだ。
肩を竦めて射手が笑った。
「ふふ、面白い子だな、君は。あっと、粘つく所は取らない方がいい。ほら、こっちをあげよう」
射手から差し出された巻き取り済みの糸を反射的に受け取って、サジは慌てた。
「うえ? あのそんな、悪いっすよ……」
「子どもが遠慮などしなくていいさ。糸を取るのだって大した手間でもないし」
(子どもって……)
サジは怪訝な顔をした。
射手の何気ない一言で妙にがっかりする自分が不思議だった。
(俺ってそんな、人からの評価気にする奴だったけ?)
彼の物思う顔を、誰が気にかけることもない。
射手も既に周囲に気を配っている。
「さあ早く出よう。私の用事は済んだし、君たちがここに留まるのは賛成できないからね」
先導を買って出た射手に反対する声などあるはずもない。
四人は遅れまいと射手について行った。
「ミナテミス! お姉さんがあの!?」
森の出口が見え肩の力が抜けた頃、四人と射手はようやくまともな挨拶と自己紹介を交わした。
射手の名前はミナテミス。
彼女はミナと呼んでくれと気軽に言ったが、それは世界最強と名高い人物と同じ名であった。
「あの、と言われる程大した人物ではないよ、私は。ところで君たちは武具を揃えて何をするつもりだい? 傭兵になりたいとか、そんなのではないのだろう?」
ミナテミスにはまだ勇者だとか魔族と戦うだとかは伝えていない。
彼女を前にしては自分たちの実力不足は明白だ。
カッツォやローラは正直に言うのも気恥ずかしいと思っている。
「あの! 俺たち預言の勇者なんです!」
ところがサジは勢いよく告白した。
カッツォとローラは苦い顔をして顔を背けた。
ルケアはミナテミスの表情を窺っているようだ。
「預言? 勇者? 何だいそれは」
「あ、それはですね……」
ミナテミスの質問にサジは答える。
魔族を滅ぼすのだ、と胸を張って。
「魔族を、滅ぼす……」
ミナテミスの目は点になっている。
「なぜ?」
「なぜって、そりゃ……」
サジは魔族の害悪を説いた。
魔物を生み出し病気を発生させる人類の敵だと。
「んん? そうなのか? 魔物は勝手に湧いて出るし、病は生き物が集まれば発生するじゃないか」
「え、でも」
サジは助け船を求めてルケアに視線をやった。
「オレサイ教ではそのように教わったのですよ」
「オレサイ教か」
ルケアの顔をチラと見てミナテミスは長い息を吐いた。
「何ですか」
何となく信仰を貶された気がして、ルケアの声は自然と刺々しくなった。
対してミナテミスは冷静に答える。
「確かに過激な面はあったが、他種族を貶めるような教義は無かったように記憶しているがな」
「それは……」
ルケアは返答に詰まった。
オレサイ教に教典は無い。
魔物や魔族らしき異形、それに人が戦う様を描いた壁画と、それを前に腕を組む神の像が聖地にあるのみ。
神職が「祈れ、戦え」と神託を受けたことも合わせ、魔物と魔族を滅ぼすのが神の御意志だと解釈している。
そこに魔族の悪性は示されてはいないのだ。
ただ教義に表れされてはいないからと言って、魔族の悪性を否定する材料も無い。
むしろ神職や長老、ほか国家の要職にある者まで信ずる説なのだから、信じて当然なのである。
「まあ何を信じるのも自由。私が口出しすることではないがね。……ただし他種族と戦争をする気なら、それなりの覚悟を持つことだ。あの森の魔物で死にかけているようでは、自殺するに等しいからね」
やはり魔族と戦うことは命懸けになるようだ。
四人は暗く重い気持ちになる。
「あの、ミナさん! 僕たちを手伝ってはくれませんか!?」
「そうよ! 世界最強が一緒ならこんな心強いことはないわ!」
カッツォとローラの要請を聞いて、サジは期待の眼差しをミナテミスに向けた。
だがミナテミスは一瞬放心した後、大声で笑い出した。
「あはははは! やめてくれ! きつい冗談じゃないか!!」
何を冗談だと言うのか。
カッツォたちが重ねて懇願しようとしたが、先にミナテミスが言葉を続ける。
「私が最強だとか、全くバカバカしいやら恥ずかしいやら」
ひとしきり笑うと彼女は真顔になった。
「私だって命は惜しいからね。それに無意味な戦争になど参加するわけもないさ」
「そんな……」
「君たちは世間知らずだ。旅をするならもっと広い視野で、様々な物事を見て学ぶといい。……無垢な心でね」
肩を竦める彼女の物言いは、まるで挑発とも取れる響きがあった。




