第十四話 狩人の村
不偏不党だの公平公正だのと言うミナテミスが、共に魔族と戦ってほしいと言う四人の申し出に応じることはなかった。
(何よあの日焼け女。世界最強かもしれないけどビビりじゃないの)
ローラは不満オーラを隠しもせず、道端の小石を蹴っては前を歩くカッツォに当てて、憂さを晴らしている。
(僕にあたるのはやめてほしいんですけど……サジもこの空気読んでよ)
カッツォが心の声でサジを非難する。
サジだけはミナテミスにあれやこれやと話しかけているためだ。
ミナテミスに気に入られたい心理が滲み出たサジの行動。
ミナテミスに不満を抱くローラの気に障るわけである。
「ミナさんって戦闘力二千あるんすよね! どうやって鍛えたんすか!?」
「鍛えた、と言うよりは生活を通じて自然にかな。幼い頃から狩りをしていたしね。魔物と戦うのも日常だったよ。もちろん死なないために工夫はしていたけど」
「へえ。じゃあミナさんの出身地は強い人ばかりとか?」
「う〜ん、私が一番だなぁ。そこそこ強い子もいるが、役割分担と言うものがあるし」
歯切れの良くない言い方だが、そんなものかなとサジは納得した。
「そうだ、クラス五の魔物と戦ったことってあるんすか?」
「もちろん。ギリギリ一人で戦えるレベルかな」
「もしかして、それ以上も?」
「そうだね。仲間と戦ったことがあるのはクラス六なのかな」
自分のことなのに何故疑問系なのだろうか。
首を傾げたサジを見たのか、彼の質問の前にミナテミスが口を開いた。
「サーチを使って戦闘力を見るだろう? あれには限界があるのさ。大体五千ぐらいだと思うが、それより上は勘で強さを推し量るしかない。ほら、高過ぎる山を近くで見ても頂は見えないだろう? あれと同じだよ」
「そんな、世界最強でも見えない頂なんて……あ、ところでその魔物には勝てたんすよね?」
「なんとかね。でも上を見ればキリがない。仲間と這う這うの体で逃げ出した、なんて戦闘は一度や二度じゃないね」
「そんな……」
サジは愕然とした。
世界最強とその仲間が何度も敗走しているだと。
それなら自分たちの旅は絶望一色ではないのか。
「旅人の身としては心配かい?」
サジの心中を見透かしたのか、ミナテミスが静かに尋ねた。
サジが何も言えないでいると彼女は一つ頷いた。
「今のところ高位の魔物は限られた地でしか現れない。私と仲間たちは好奇心でそこに立ち入ったが、危険を避けるなら君たちは好んで行かなければいいのさ」
「でも、魔族を打ち倒す旅なのにそんな場所を避けるなんて……」
「う〜ん、魔族って言うのは凡人種以外の種族を言うのだろう? ……なら案ずる必要はない。彼らも強い魔物が跋扈している所には住まないのだから」
「え?」
それは何故。
魔物を生み出し使役するのが魔族ではないのか。
自身でコントロールできない魔物も生まれてしまうのか。
「分からないかな? ……そうか。やはり君たちはその目で色々見てきた方がいい」
サジは分からなかった。
何故ミナテミスは迂遠な言い方をするのか。
何かを知っているならズバリと言ってくれれば良いのに。
「面倒だと思うかい?」
「あ、いえ……」
「済まんが性分でね。若者にもっと成長してほしいと願う、年長者の老婆心だと流してくれないか」
何が成長と関係あるのか……と疑問に思うこともなく、サジはミナテミスの言葉を好意的に捉えた。
「感激したっす! 俺頑張ります!」
そして思いついた案を思い切って言うことにした。
「そうだ! 成長を願ってくれるなら、俺に教えてくれないすか?」
「お、おおう? 突然だね。何をだい?」
「弓を!」
距離の近過ぎるサジに、さしものミナテミスもたじろいだようだ。
修行イベント、必殺技の習得、レベルアップ、そしてやがて世界最強の師を上回り彼女が敵わなかった魔物すら倒せるように……
サジのその空想は必ずしもゲーム脳だけのせいではない。
思春期特有の想像力、英雄願望、それに綺麗な女性を前にしての逞しい妄想。
諸々合わさって脳内を彩る輝かしい未来予想が生まれ、ミナテミスへの師事を前面に押し出したのだ。
「教える、か」
ミナテミスは真剣に考えている様子だ。
もう一押し、土下座でもすれば了承を得られるかもしれない。
サジが腰を落としかけた時、ミナテミスが「うん」と言った。
サジは尻を突き出した姿勢で「え?」と彼女を見上げた。
「何かを教える、というのはあまり慣れたことではないが、私にできる程度のことで良ければ指導してもいいよ」
「ちょっと、あまり勝手しないで……」
「マジすか!? っっやったぜえ! あざっす!」
ローラによる制止はサジの勢いの前に飲み込まれた。
「いいんじゃない? サジのレベルが上がるなら」
「ふん。せいぜい役に立つスキルの一つでも身につけてほしいものね。ねえルケア」
「……え? あ、はい」
「? どうかした?」「いえ、何でもありません」
考えごとでもしていたのか、心ここに在らずなルケアにローラは首を傾げた。
「疲れたよね……早く休みたいわね」
「……はい。そうですね」
ルケアのぎこちない微笑みは疲れを表していると思わせるに十分だった。
修行イベント発生、とはしゃぐサジを冷たく見つめ、ローラは急かすため彼に一つ蹴りを入れた。
「預言、か。上手くいけばこの子たちが、あの方の志を達する一助になるやもしれんな……」
ミナテミスがポツリと呟いた。
魔王殿、と含み笑いするのも合わせて、気づいた者はいなかった。
ミナテミスの故郷は、ルケアの故郷に負けず劣らずの素朴な村だ。
違いと言えばルケアの故郷と比べ畑は少ないが、騎乗に用する鳥、ダチョボがそこかしこに見られることぐらいか。
そしてそのダチョボを駆って的を騎射しているのは、まだ中学生程度に見える少年少女であった。
「は〜、上手いものねぇ。よくあんなユッサユッサ揺れる鳥に乗って的を射れるわ」
「スキル使ってんじゃね?」
サジはポロリと言ってから気まずい顔をした。
しかしミナテミスが気にした様子はない。
「いや、使っていないよ。あれは単なる娯楽だしね。まあ今やってるのはボチボチ上手い子かな」
これが娯楽。
さすが世界最強を世に出した村だ。
四人がそれぞれ感心していると、ミナテミスが言った。
「サジ、君もやってみるといい。ダチョボには乗れるだろう?」
「乗れます!」
練習しておいて良かった。
手綱を持って落とされないぐらいはできるのだ。
サジは握り拳を掲げてみせた。
「いや、乗って歩けるだけでしょ。手綱から手離したら落ちるでしょ」
「そうなのかね?」
「やってみんと分からんし! やらせてください! 俺に」
やめとけば、とカッツォが言っている。
サジは聞く耳を持たない。
的当ての見学をしている少年に、「これ借して!」と言うと同時に少年の弓矢を奪い取り傍らのダチョボに跨った。
少年は呆気に取られている。
突然の出来事に驚いたのか、サジの乗ったダチョボは狼狽するように勢いよく走り始めた。
「うわ! バカ!」
まだ片手でしか手綱を持っていなかったサジは、もう片方の手も慌てて手綱に伸ばした。
ただ伸ばした方の手は少年から取った弓を持っている。
バシッ
その弓がダチョボの頭を打った。
起こり得るべくして起こったことである。
「クエエエッ!!」
ダチョボの精神状態は狼狽から狂乱へと変化した。
「ちょ、ま、やべ、おい」
頭を振りながら走るダチョボを御すことができない。
「うごっ!?」
サジは間もなく地面に落ち、後頭部を強烈に打ちつけた。
「落ボしたぞー! 医者呼んでこーい!!」
一人の少年が叫んだ。
サジの周りに人だかりができていく。
すいません、ごめんなさい。
カッツォたちは人騒がせな友人に代わり、集まった人たちに頭を下げていた。




