第十二話 仲間の死は必要なドラマか
クラス四の魔物でも四人なら互角以上に戦える自信がある。
だが暗く狭い森の中でどれだけ普段の力を出せるか。
しかも強敵は二体いる。
敵の能力はまだ欠片しか見ていないが、絶体絶命の窮地と言っても過言では無さそうだった。
「理想は一体を速攻で倒して四対一にもってくことだけど……」
「厳しいな。しばらくは防御に徹して、後退しながら分離させねえと」
ムカデ魔物の触覚が絶え間なく動いている。
四人の些細な動きに反応しているようだ。
後退しようと言っても、四人はその場に縫い留められたかのように動けない。
「……動かなきゃどうしようもねえ」
サジが弓の弦を引き絞る。
「行くぞ!」
ムカデ魔物の体節の間を狙って矢を放った。
硬そうな外皮だが体節と体節の隙間は装甲が薄いのがセオリーだと思ったのだ。
(上手いことダメージを与えられれば良し。そうじゃなくても防御させればその間に少しは距離をおける)
しかしサジの思惑どおりに事は運ばない。
「げっ!?」
ムカデ魔物は体を器用に捩って螺旋を描き突っ込んで来た。
(は、速い!)
「サジ危ない! うっ!」
剣を盾にしてムカデ魔物の突進を防いだカッツォだが、力負けして吹き飛ばされた。
木に強か背中を打ちつけ肺の空気を吐き出して、カッツォは地面へとずり落ちた。
「大丈夫かカッツォ!?」
「ゲホゲホ…………うん、なんとかね。硬くて速い……けど力は圧倒される程じゃない」
以前戦ったクラス四の魔物、食花や栗歩と同じ位の戦闘力なのだろうか。
だとするとそのパラメータの内訳は目の前のムカデ魔物の場合、きっと素早さとか攻撃力に偏っているのではないか。
ゲーム脳の三人は一様にそう思った。
「はあ、今回はタフネス極振りってこと? 鈍足系の敵が良かったかも……」
「振り切るのは難しいってか」
四人はここで魔物を倒さねばならないと判断した。
「一斉攻撃に賭けるしかない」
「どっちが柔らかいと思う?」
「ムカデはあの速さですよ」
「私はどっちも嫌だけど……」
「まだ蜘蛛の方が狙い易いか」
巣に立つ蜘蛛魔物は四人の様子を窺っているのか、さっきから特に動きは無い。
巣がちょうど的のようだし、中心の蜘蛛魔物は大きく狙い易そうだ。
体毛がワサワサと気色悪く靡いているが、硬そうなイメージではない。
脚の数本でも消滅させれば無力化だってできるかもしれない。
四人は蜘蛛魔物への攻撃を決めた。
「ムカデは大丈夫だな」
「オーケー、いくよ……せえ、の!」
カッツォが剣を振るって起きた衝撃波に、ルケアが風の魔法を加えて竜巻にした。
サジが放った痺れの矢には、ローラが水流を加え効果の促進を図った。
狙いもタイミングも上々。
発射まで蜘蛛魔物は揺れるように僅かに上に動いただけで、まず当たりそうだ。
当然「やったか!?」などとは言わないが、直撃は確信するところである。
「なっ!?」
ところが蜘蛛魔物は下方へ、自然落下ではあり得ない速度で落下した。
ビイイイン、と蜘蛛魔物の糸が振動している。
強靭なバネのようだ。
その弾性が蜘蛛魔物を地面へと押し出したのだ。
一方で四人はそんな分析もできない程焦っている。
「は、速……っ!」
ぐっと地面に体を押しつけた蜘蛛魔物が、今度は自らの瞬発力で四人に向かって来た。
三人は地面に倒れ込み回避する。
しかしローラだけは、強い光を見た猫みたいに硬直した。
「……っ!」
サジがローラに向けて右腕を突き出し、弓の弦で彼女を押した。
「きゃっ!」
バグンッ
ローラの居た場所を蜘蛛魔物が通過した。
空間を食らい削る音が彼女の背を凍らせた。
蜘蛛魔物は進路の木をへし折り着地し、少し遅れて何かが上から落ちてきた。
「? ……!」
それは弓の一部だった。
蜘蛛魔物が通過する時に食い壊されたようだ。
「サジ!」
サジが右手を押さえ蹲っている。
(まさか、私を突き飛ばした時に弓ごと……)
サジの手が無くなっていたら。
ローラは震えて彼の手に視線を注ぐ。
「危ね……さすがにゾッとしたわ」
「紛らわし……って何よ!? 血が出てるじゃない!」
ローラは悲鳴に近い言い方でサジに怒った。
彼の右手はしっかりと存在していた。
ただ、手の甲から肘までの皮が小削ぎ取られたようで、痛々しい赤身が露出している。
「なんとか助かったのはいいけど、状況は最悪に近いよね」
呑気に生存を喜ぶなどしている場合ではない。
カッツォは冷めた口調で言った。
「そんな言い方……」
「いや、カッツォの言うとおりだ。こんな傷はどうってことねえよ」
そんなことはない。
ジンジンと熱を持って傷が疼いている。
それでもサジが強がりを言えるのは、命の危険に晒されているからこそである。
「両方とも素早さの高いタイプって……クソな組み合わせだぜ」
悪態をついても隙を窺うことは怠らない。
とは言え、ムカデ魔物は四人の些細な動きに触覚を動かし、蜘蛛魔物はいつの間にかに張った巣に身を預け四人を睥睨している。
先程作戦が失敗したばかりであるし、攻撃することでこの窮地を脱せるとは思えなかった。
「これは、アレしかないわね」
「あれだよね」
「え、え? 何ですか、あれって……」
ルケアだけは分からないらしい。
ふっ、と彼女の足が地面から離れた。
肩の辺りをカッツォに、脚をサジに担ぎ上げられたのだ。
「何を……」
戸惑うローラにサジが言う。
「逃げるんだよおぉぉぉぉ!」
「あーれー!!」
彼女は盗賊に攫われる村娘の如く運ばれた。
勝てない敵からは逃げるしかない。
願わくばそいつらはザコであってくれ――
「ちっ」
「やっぱ、ボス、なのかな」
願い叶わず。
どういう糸の張り巡らせ方をしていたのか、蜘蛛魔物は四人の前方に回り込んでいた。
ムカデ魔物は後ろから悠々と近づいている。
前後を挟まれた。
事態は先程より悪化してしまった。
「選択ミスだったね……イタイなぁ」
「言ってもしゃあねえよ。こうなったらもう倒すっきゃねえ」
「そんなこと言っても、勝算なんてあるの?」
「へっ。今より俺らが弱かった時だって、クラス四の魔物と善戦したんだぜ? なんとか、なるさ」
サジの言葉にローラはイラッとした。
何かは分からないが、どうせ何かのゲームのキャラの口調を真似したのだと勘づいたからだ。
(すかしてんじゃないわよ……って言いたい! でも今は無理!)
逆境に置かれて覚醒しろ! 潜在能力!
ルケアを除いた三人は、この期に及んでも都合の良いことを思う。
もちろんそのようなことは起こらない。
積み重ねた努力の分しか自身に還元されるものが無いのは、こちらの世界でも同じなのだ。
(!!)
くだらないことを考えているのが隙となったのか、蜘蛛魔物がターザンよろしく糸にぶら下がり急襲してきた。
狙いは無手のサジだ。
彼の右手にはカッツォたち三人がいる。
後ろに跳べばムカデ魔物の餌食だろう。
左に体を捻りつつ突進を躱し、左腰のナイフを取って斬りつける。
サジは瞬時に判断し行動する。
「いっ! ……しまっ……」
痛恨のミス。
ナイフを抜き出そうと焦るあまり、右手の負傷部位が左腕の革小手と擦れた。
サジは痛みでナイフを落としてしまった。
さらにナイフを落としたことで一瞬意識が逸れたことが、回避を遅らせた。
誰も何も言えない。
サジも最早、息を飲むことしかできない。
スローモーションで蜘蛛が迫り来る。
敵の動きがよく見えるのに、悪夢のように体の反応が鈍い。
グボアァ
蜘蛛魔物の大口が開き、死刑を執行する鋭利な無数の歯が姿を現した。
(ごめん……)
誰に向けたのか、末期を悟ったサジの頭に浮かんだ言葉は謝罪だった。
カッ
閃光が発せられ視界が真っ白になった。
蜘蛛魔物が白い光に溶け消えていく。
(最後は痛みも苦しみも無いのか)
サジは天国へ行けたのだと思った。




