第九話 美しい衣
父親に抱きついていたルケアも今はごまかすように弟妹の世話をしている。
顔はまだ赤い。
しかし彼女の歓喜は本心からであった。
離れていても両親は変わらぬ愛情を抱いてくれていたことが何より嬉しい。
しかも、自らの分の衣が作られることは無いと諦めていたところに、それをプレゼントされると言うのだから喜びも一入だ。
だが、上機嫌を隠せない彼女を見て心配する友人が一人。
(ルケア、あんなに喜んでるけど大丈夫かなぁ)
同じく衣をもらう予定のローラである。
(あんな……古代ローマの下級兵っぽい出立ちに似合う物ならいいけど)
女性用の衣の上にナックルや脛当てを着けるの?
ローラの心配は、それファッション的にどうなの? と言うものだ。
「良かったねルケア」
「やったじゃん」
(おいおい、あんたらも私と同じ考えがあったから、ルケアの衣については触れなかったんじゃないの?)
能天気な男二人を横目で見たが、ローラはこれ以上考えるのをやめた。
(ま、なるようにしかならないか)
朝食後、早速四人はルケアの父親と共に、テパ=ドンの家へと向かった。
メダカ似の小魚が泳ぐ水路は穏やかで清らかだ。
周囲の畑には作物が豊かに実り、ある畑は淡い緑の海のように波打ち、ある畑は黄金色に輝いている。
都会生まれ都会育ちの現代っ子、カッツォたち三人は正直、日本の原風景と言われてもピンと来ない。
それでもこの景色を前にすると、田舎暮らしに憧れる人たちの気持ちが少しは理解できる気がした。
家の脇で水車が回っているのがテパ=ドン宅だ。
初めて見る実物の水車に三人が目を奪われている内に、ルケアの父親が家の玄関をノックした。
「テパ爺〜、おるけ〜?」
「おう、なんじゃいの。おめの方から来ただか」
呑気な感じの声を上げて出てきたのは、白眉白髭の老人だった。
目を覆う位に伸びた白眉も年代物の白髭も、老人の表情を読み取りにくくしている。
けれども老人からは声と同じく呑気そうな雰囲気が漂っており、表情が見にくいことに不安は覚えないだろう。
ルケアの父親が娘を連れているのを見て、老人は「んん?」と首を傾げた。
「おお、ルケアちゃんでねえか。帰って来たて聞いとったが元気そうだのん」
「こんにつは。お久しぶりだす、テパ爺ちゃん」
「おうおう、ええ子なんは変わっとらんの。嬉しいわい。ささ、上がってき」
好々爺と言うに相応しいテパにカッツォたちも招かれて、目をキョロキョロ動かしながら屋内に立ち入った。
有名な機織り職人と言うから従業員が何人もいるかと思えば、そこには最低限の家具と、一つ大きな織り機があるだけだった。
「テパ爺ちゃんはたった一人で生地織りから型取り、縫製までやるんですよ」
「おお〜」
凄さがよく分からないのにとりあえず感心した風を装う。
そんな安っぽい反応でもテパ=ドンが気分を害した様子は無いので、カッツォたちはホッとした。
「そら儂は糸属性と器用属性持っとるからのう。他の職人よか大分有利だの」
(何だその属性……ジョークなのかな? 笑った方がいいのかな?)
述懐するようなテパ=ドンの口振りだった。
三人の安堵は一転、困惑に変わる。
「そらぁ、テパ爺が努力したから天が授けてくださった属性だら。誇ってええで」
「そうかの」
「それよか、ほら、あれあれ」
慰めているのかどうでも良いのか、どちらとも判断し難い言い草でルケアの父親が言った。
思い出したようにテパ=ドンは戸棚を開け一つの桐箱を取り出した。
「そうじゃそうじゃ、ほれルケアちゃん」
桐箱の蓋を外した中には、煌めく白銀の衣が収められていた。
「合うとええがのぅ」
テパ=ドンが衣を広げると周囲から感嘆の声が上がった。
白銀の衣は風に舞うように薄く、角度によっては透き通る青色にも紫色にも見える。
「綺麗……淡い虹が掛かってるみたいだわ……これが私の」
カッツォとサジは素早くローラの口を塞いだ。
ルケアは子どもを守るように受け取った衣を抱いて身を被せた。
(もがもが、何すんのよ! 私の衣……)
(バカ! 空気読めって!)
ローラはあの美しい衣装が自分の物になると思い冷静さを失いかけていた。
カッツォとサジも衣を美しいと思う心はある。
しかし彼らは元の世界にいた頃など、夏はTシャツのみ、冬はパーカーさえあれば外に出るファッションとしては問題無しと考えていた程の人物だ。
美しい衣服に奪われる心など持ち合わせてはいない。
「テパ爺ありがと〜! 嬉しいだす!」
感激半分、焦り半分でルケアはテパ=ドンの手を取った。
テパ=ドンは相好を崩して孫のようなルケアの頭を撫でた。
しかし長い顎髭を撫でると、何を思ったか一つ溜息を吐いた。
「じゃが、あと少し糸がありゃ替えの衣も作れたんじゃがのぉ」
「ほう!」
彼の呟きを聞き漏らさず、食いついたのはローラである。
「糸さえあれば作れるってことですよね!?」
「ん? まあ、そりゃあの」
自分も素敵な衣が欲しいと熱を帯びたローラの質問が立て続けに浴びせられる。
その結果分かったことは――主材料は魔力を含んだ“天涙の糸”。
あと一掬い程の“天涙の糸”があれば、他の糸と混ぜて生地を織れると言うこと。
テパ=ドンと積もる話のありそうなルケアを置いて、勇者三人組は水車の前に移動した。
「問題は天涙の糸のある場所だよね」
カッツォは意味ありげにローラを流し見た。
暗に、一着あるんだからいいじゃないか、と言う意味を含めた視線である。
「別に。魔遊帯だったら一度行った……って言うか押し通ったじゃない。何が問題なのよ」
いや、どんな危険を冒して通ったと思っているんだ。
カッツォもサジも非難がましくローラを見た。
そんな視線をローラは跳ね退ける。
「何よ。悪いことは無いでしょ? 糸も手に入るし、何より戦闘力的にだっておいしいんだし」
カッツォとサジから感情が消えた。
そのとおり。
なんと彼らの戦闘力は魔遊帯を突破したことで五も上がっていたのだ。
クラス四の魔物と戦った時に次いだ上昇値である。
「いや、あれ結構ヤバかったし」
サジが無表情のまま言った。
魔遊帯マラソンをやろう!
……と誰も言わないのは、適当な補給地点が無いこともあるが、主には突破が命がけになることが理由だろう。
「だからぁ、今回は突破じゃなくてぇ、ここからたった三分の一! 程度の所まで入ればいいだけだってば」
聞き分けのない子に言い聞かせるようにローラは言う。
反対側からよりは、この村から近い場所に天涙の糸はあるらしい。
「でも」
「でもじゃない!」
一直線に突き抜けるのと途中で折り返すのとでは、勢いが違うではないか。
そんな反論は声に出す前に潰された。
これは説得に骨が折れそうだ。
むむむと唸って男二人が思案していると、ルケアがひょっこり顔を出した。
よし、味方が増えた!
男二人に明るい希望が湧いてくる。
「あの、私も参加するんで……よろしくお願いします」
なぜそうなる!?
ショックを受ける男たちをよそに、ローラは喜びルケアを抱きしめた。
「ルケア、ありがと〜! あなたならきっと分かってくれると思ってたわ!」
「はい! 喜びは二人で分けた方が、はい!」
何かこう、女の友情的なことを言おうとして上手く言葉にできなかった感がルケアから出ていた。
男たちは悟った。
ルケアは今後の旅でローラからの嫉妬に耐えられないと考えたのだ。
美しい衣を独り占めした状況での旅に。
かくして四人は再び魔遊帯に突入することになったのだった。




