デイジーの村で 13
くたびれた中年男性をその姿のまま縮めたような、不思議な生き物。緑の髪の揺れる小さな頭のてっぺんから、大きな双葉を生やした動く人型の草が、リーフィアスの肩から腕を、子供の遊びのように滑り降り、咲き乱れるデイジーの花群の上に降り立った。
そうして、楽し気にぴょんぴょこ飛び跳ねながら花を掻き分け飛び上がり、次の瞬間には、泣いているトイヴォの、襤褸のような服の裾にぶら下がった。
♪~
そのままするすると少年の肩まで登り、おっさん草が歌う。
♪♪~
耳には聞こえないが、きれいな旋律だとリーフィアスは思った。肩に登られているトイヴォのほうはというと、聞こえているようには見えなかった。それでもようやく激情が収まってきたようで、虹空石を踏み躙り続けていた足から徐々に力が抜け、やがて踏むのを止め、動かなくなった。
♪~♫♪~
うつむいたまま、トイヴォは静かに涙をこぼしている。
しばらくして、ようやく自分の肩にあのわけのわからない存在がいるのに気づき、驚いて尻餅をついた。
「わっ! な、なに……」
何で俺のところに来たんだよ? と当惑げに呟く声をよそに、おっさん草は頭の双葉を振り振り、群れ咲くデイジーの花の上に飛び移ろうとして、脆い足場に足を踏み外す──かと思いきや、そのまま踊り始めた。
「……」
声がまた出なくなったこともしばし忘れ、リーフィアスは、このいきものは今度は何をするのかと、トイヴォといっしょになってその踊りを凝視していた。
ぴょんぴょん、くるくる、とんとんとん。
踊りながら、おっさん草はトイヴォの踏み荒らしたデイジーの、花まみれの土の上まで来る。そうして、土に半分埋もれた虹空石を、ひょいと両手で拾い上げた。不思議な足取りで身をゆらしながらそれを空にかざすようにすると、陽射しを受けて、ふわっと虹が輝く。
おっさん草が楽しげに飛び跳ねると、七色の光もともに跳ねる。頭の双葉にも虹がかかっているかのようで、おかしな光景なのに幻想的にすら見える。
くるくる回ってキラキラふわふわと小さな虹をたくさん作り、それからまたとんとんと跳ねて──。
「ああっ!」
トイヴォが声を上げる。リーフィアスは心の内でさえ声を失う。
「た、食べちゃったよ、リーフィアス! この、変なやつ、禍つ石食べちゃった!」
「……」
それはもう禍つ石ではない、と思いながらも、リーフィアスも驚いていた。自分の口より大きなものを、どうやって呑み込んだのか。
♪♪♪~♩~~
人間ふたりの驚愕をものともせず、謎の草は素知らぬ顔で謎の踊りを踊っている。声なき歌をうたいながら輪を描くように、その場を踏みしめるようにすると、またぴょんぴょんと飛び歩くようにして、リーフィアスの身体に登り、元のように頭の上に落ち着いたようだった。──リーフィアスはまた声が出るようになったのを感じた。
「リーフィアス……あいつ、あんなもの食べて、大丈夫なのかな……?」
リーフィアスの頭の上に目をやりながら、困惑したように少年は問う。リーフィアスもまた、困惑したまま答えるしかなかった。
「わからない……虹空石を食べる者など、聞いたことがない。食べられるものではないし、言ったろう──?」
あれは宝石よりも稀で、貴重な石なのだ、と続ける。
「かつてわたしが見たものは、とある神殿に安置されていた。虹空石は、そこにあるだけで良い風が吹くというので……たしかに、その神殿はいつも爽やかな風に包まれていた」
装飾品に加工されたものもあるが、そういった虹空石はどこでも国宝として保管され、戴冠式などの特別な儀式の折りにしか人の目にふれない、とそのとき師匠から教えられたとつけ加える。
「売れば一生遊んで暮らせるくらいの宝石だよ。このデイジーの村で見つけたあの石は、トイヴォ、お前のために使おうと思っていたのだが──」
「いらないよ!」
破裂する爪紅草の種の勢いで、トイヴォは叫ぶ。
「いらないよ……あれのせいでこの村に穢魔の風が吹いたんだろう? みんな死んじゃったんだよ、あれのせいだよ。いくらきれいになったからって、嫌だよ、俺は嫌だよ、嫌だ……!」
「わかったよ、トイヴォ……。いずれにせよ、どうすることもできないよ。おっさ……いや、アレが食べてしまったから」
おっさん草、と言いかけて、リーフィアスは慌てて言い換えた。だけれども、何と呼べばいいのだろうか、アレを?
「うん……」
トイヴォは素直にうなずく。
「なんかよくわからないヤツだけど、悪いやつじゃないような気がする……草みたいに頭から葉っぱ生やして、ちっこいオッサンみたいだから、おっさんの草? おっさん草?」
「おっさん草……」
自分がなんとなく避けていた呼び名を、素直な少年が素直な心と素直な言葉で口にする。
「うん、おっさん草。おっさん草でいいや。だって、他に何て呼んでいいのかわからないもん。リーフィアスは違う名前がいい?」
澄んだ目で問われて、リーフィアスは言葉を濁した。
「あ、ああ、そうだな……呼び名が無いと困るから、おっさん草でいいんじゃないか」
言いながら、そろそろと頭の上に手をやると、そこにはやはり、ひんやりと瑞々しい葉の感触があった──。
ああ、そうだ。とリーフィアスは思った。
考えても栓無いことは、考えても意味が無いのだ。




