デイジーの村で 14 終
森葡萄の蔓で、籠を編んでやった。
「リーフィアス、上手だね。なんで俺、上手くいかないんだろ」
編み目が歪んで、用を成さない籠の成り損ねを抱え、トイヴォは落ち込んでいる。
「祖父さんに教わったんだけどなぁ……」
「気にすることはない。編む機会があまりなかったのではないか?」
瘴気に侵された穢魔の地では、子供の手仕事に向いた植物などは生えていなかっただろう、とリーフィアスは柔らかく指摘する。
「そうだったかも……」
「これから覚えるといい。慣れてしまえば難しいものでもない」
さっさと手を動かしながらそう応え、リーフィアスは籠を簡易な背負子に仕立てた。
「さあトイヴォ、これでアプルの実をたくさん入れられるな」
渡してやると、少年の顔が明るくなった。
「うん、ありがと!」
うれしそうに背負子を抱えるトイヴォに笑んでみせ、リーフィアスは自分用の籠に取り掛かり始めた。トイヴォはじっとそれを見ている。
「さっき食べたの、この蔓の、もりぶどう?」
「ああ」
「もりぶどうって、ひとつずつが小っちゃいけど、甘いよね」
アプルも甘いけど、森葡萄の実はもっと甘かった、と自分の中の驚きを語る。
「乾燥させるともっと甘くなるぞ」
「そうなの?」
「ああ。甘くなるし滋養も増すから、保存食に向いている。アプルを収穫したら、森葡萄もたくさん採ろう、トイヴォ。二人ぶんの食糧だからな、そのつもりで収穫しよう」
「アプルももりぶどうも、リーフィアスが乾かすの?」
歌で、本当に乾燥果物になるの? と不思議そうだ。
「吟遊詩人には必要な技だからな。旅には、できるだけ荷物が軽いほうがいい」
各地を遍歴する吟遊詩人たちは、食料を現地で得ることも多いのだとリーフィアスは教えてやる。
「ふーん……ねぇ、リーフィアス」
「何だ?」
「俺、やっぱり行かないとダメかな?」
このままここに居ちゃいけないのかな、と少年は問うてくる。
「ほら、食べられるもの、いっぱいあるし……」
「トイヴォ、この緑の弥栄はそのうち落ち着く」
「え? 枯れちゃうの?」
少年がこの世の終わりのような顔をするから、そんなことはない、とリーフィアスはしっかり否定してやった。
「枯れはしないよ、少しずつ本来の季節の姿に戻るだけだ。たとえば、新しく咲くアプルの花は次第に減ってゆき、咲いた花はそれぞれ実を生して留まる。秋の実りの頃まではそのままだが、冬に向かう頃には落ちる。そして冬には眠り、翌春になれば花を咲かせ、秋に向かって実を太らせる──季節のめぐりの中に、命の円環の中に戻るのだ」
他の草木も同じだ、とリーフィアスは教える。
「デイジーはもともと長く咲く花だから、冬前まではこのままだろう。だが、森葡萄は今が実の季節だから、アプルよりも早く季節の姿に戻る」
「そっか……」
「それにな、トイヴォ。おまえはまだ子供だ。子供がたった一人で生きるには、いろんな経験が足りない」
私が去ったあと、独りで暮らせるか? とたずねると、少年は黙ってしまった。──ほんの何日か前まで、彼も大人たちと暮らしていたのだ。
「……」
「人は一人では生きていけない。一人で暮らすことを選ぶ者もいるが、それは様々な経験の末に考えてのことだ。おまえにはまだそれが足りない。人との暮らし方を、もっと学ばなくてはならないよ。何故なら、おまえもまた人なのだから」
青人草らしくしぶとく蔓延るためには、同じ青人草の中でいろんなものを見て、聞いて、成長していかなくてはならない、とリーフィアスは続ける。
「わかったよ……」
心細げに揺れる瞳で、それでもトイヴォはうなずいた。
「──ここから神殿までって、どれくらいかかるの?」
「そうだな……二十日ほどかかるかもしれない」
デイジー村から一番近い小神殿まで、リーフィアスだけならもっと早く歩けるが、トイヴォを連れてとなると、それくらいはかかるはずだ。
「遠いんだね……」
「『道は遠ければ遠いほど、歩き甲斐がある』」
「何、それ」
遠いと疲れるし、不便だし、と納得がいかなさそうな顔をしている少年に、リーフィアスは語る。
「伝説の吟遊詩人、バルドの言葉だ。吟遊詩人であれ、吟遊詩人であれ、遍歴する者たちが胸に刻んでいる言葉でもある」
「……」
「人生も道と同じだよ、トイヴォ。穢魔の地で、おまえの道は閉ざされていた。だが今は、緑の弥栄の中で、道は大きく開かれている」
おまえも、アプルや森葡萄、デイジーのように、世界をめぐる流転の、その命の流れの中に戻るのだ、とリーフィアスは続ける。それが生きる力になるのだと。
「歩き甲斐のある人生には、いい風が吹く」
そう言って、歌詞の無い歌を歌う。澄んだ声が響く。すると、ふんわりと穏やかな風が吹いた。頬を撫で、髪を撫でていく風に、トイヴォが気持ちよさそうに眼を細める。
穏やかな風に呼ばれるように、爽やかな風が吹いた。いろんなものの匂いを運んでくる。アプルの花の、実の甘い芳香、デイジーの花の香り、良い土の匂い、草の匂い、森の湿った匂い。
風は音も運ぶ。鳴き交す小鳥のさえずり、葉擦れの音。虫の羽音、小川のせせらぎ、木々の枝が揺れる音……。少年とともに、リーフィアスもしばしそれに聞き入った。
「風は風を呼ぶ。良い風は良い風を、良くない風は悪い風を」
自分の長い髪が風に靡くのを見ながら、リーフィアスは言葉を続ける。
「時には強風も吹くし、嵐に巻き込まれることもあるだろう。躱し方、堪え方を人のあいだで学ぶのだ」
髪以外の何かも、頭の上で風に揺れているような気がするのは、錯覚ではないのだろうとリーフィアスは思う。きっとあの不思議な大きな緑の双葉が、同じ風にそよいでいる。
一体これは何なのか。自分の声はどうなっているのか──どうなるのか。
トイヴォにはわかったようなことを言っているが、リーフィアスも不安だった。吟遊詩人見習いでしかないと思っていた己が、緑の弥栄を取り戻す再生の儀式を成功させた。させてしまった。ならば、自分はもう見習いではないのだ。
──お師匠様……
心の中で師に呼びかける。あの悪戯っぽいくせに、どこか飄々としている緑の瞳が無性に恋しかった。自由気まま、何ものにも囚われない師は今、何処の空の下にいるのか──。
遍歴していれば、いつか会える。歌っていれば、きっと師の耳にも届く。歩く道は、きっとまた師の道とも交わるはずだ。
自分は、吟遊詩人なのだ。
「──道は遠ければ遠いほど、歩き甲斐がある」
トイヴォに聞かせた言葉を、自分自身にも言い聞かせる。
ひときわ強い風が、リーフィアスの髪を巻き上げ、吹き抜けていった。あとにデイジーの花びらを、餞のように舞い散らせながら。
デイジー村編、ようやく終わりました。
年単位でブランクがあったにもかかわらず、評価してくださった方、ブックマークしてくださった方、そして、途中まででも読んでくださったすべての方に、感謝と御礼を申し上げます。ありがとうございました。




