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デイジーの村で 11

亀投稿ですみません…。

※2019年5月30日、最後のリーフィアスの台詞を少しだけ変えました。

「……! リーフィアス、あれって……」


繁る枝葉に覆われて、迷路のような道なき道を先導していたトイヴォが、驚いたように立ち止まる。震える声の向く先、アプルの森が少し開けて、広場のようになっていた。


「──あれはデイジーだ」


そこを埋める一面の花の名を、リーフィアスは教えてやる。


「デイジー……」


呟いて、夢見るようにトイヴォは呟く。


「朝焼け色に月色、ああ、空色まである……」


かつて、この土地のいたるところで見られたという、色とりどりのデイジーの群落が風に揺れている。リーフィアスも師との旅でよく見かけた、ありふれた花だ。


「俺、初めて見たよ、リーフィアス! 昔は当たり前にどこにでも生えてたって、ロア婆さん言ってたけど、本当だったんだ!」


村の名前にもなった、平凡で、ありふれた、退屈な変わらぬ日々の象徴。何の面白みもないそれが、どれだけありがたいものだったのか、穢魔の風のせいで嫌と言うほど思い知らされたのだと──幼い頃から、何度も繰り返し聞かされたという祖父たちの嘆きを、拙い言葉で訥々と語る。


「禍つ風が吹いたのは、村の人間が何か悪いことをしたせいなのかもしれないって、祖父さんも、エメリの旦那も言ってた。──七日も吹かれたのは、神様の罰なんじゃないかって」


ありふれた幸せな日々、それが奪われるには何か理由があったのだろうと──。


「それは違う、トイヴォ」


リーフィアスは少年の琥珀色の瞳をじっと見つめ、ゆっくりと首を振ってみせた。


「流転の神々は、人に罰など当てたりしないよ。神々は我々青人草(人間)を愛でるだけだ。穢魔の風、禍つ風はそういうものではないのだ」


辛い目に遭って、その原因を己の側に探してしまうのは、人の心の弱さのひとつでもある。そういう気持ちをなだめ解きほぐし、癒すのも、吟遊詩人(バルド)の役目だった。


「あれはいつも突然やってくる。善人の住む村にも、悪人の住む町にも。善悪の区別などないのだよ。少なくとも、人の決めた善悪など、穢魔の風には何の関係もない」


「──じゃあ、デイジーの村はただ運が悪かっただけだっていうの?」


無意識だろう低い声で、トイヴォは問うてくる。その昏い、どこか憎しみのこもったような瞳に、師匠のようにはいかないな、とリーフィアスは手持無沙汰に髪を掻き上げようととして──頭の上の不可思議な存在を思い出し、所在なくその手を下ろした。


「運、か……」


それが残酷な言葉だと、リーフィアスも知っている。それでも、と思うのだ。


「いま生きている私たちが、明日にはどうなるかわからない。同じように、今日は収まった穢魔の風が、またいつ吹くかもしれない。それとも、ずっと吹かないかもしれない。何故吹くのか、どこから吹いてくるのかもわからないのだから、そういう言葉で表すしかないのかもしれないな」


「……」


「お前は運がいい、トイヴォ。そうして、私もまた運がよかった一人だ──穢魔の風で全滅した村で、たった一人生き残ったのだからな。お前と同じように」


淡々としたリーフィアスの言葉に、少年は目を見開いた。


「リーフィアスも……?」


「ああ」


うなずく吟遊詩人(バルド)を、トイヴォは声もなく見つめている。


「私はお前よりもっと幼く、死にかけていた。吟遊詩人(バルド)の旅の途中、異変を感じて駆けつけた師が再生の祝詞を歌って大地を癒し、緑の弥栄を取り戻してくれたお蔭で、私も辛うじて命を繋ぐことができたのだ。──このデイジーの村と違って私の村は海辺で、祝詞の歌にふれて一番に萌え出てきたのはアプルではなく、ハマナシだったよ」


「ハマナシ……」


「ああ、花はそこの木陰に咲いている小(いばら)に似ている。実はアプルよりもずっと小さいけれども、やっぱり甘かった。落ちた実からこぼれた種から、またすぐに芽が出て生長を始めて、花が咲き、新しい実が生った。師が歌うあいだ、何度もそれが繰り返され──今でも忘れられない光景だ」


見渡すかぎりのハマナシ。師の腕の中で見た、広がる緑の弥栄。いつか死の床で思い出すのは、きっとその時の鮮烈な記憶だろうと、リーフィアスはいつも思う。


「流転の神々の御力で、草は栄え、緑はますます栄えるが、全ての花が実を結ぶわけではない。全ての種から芽が出るわけではない。何が違ってそうなるのか、誰も答えることはできまいよ」


「……」


「我らはこの世界に生まれた草だ、トイヴォ。草はただ蔓延るのみ。おまえにだって、そこに生えているデイジーと、別の場所に生えているデイジーの違いなどわからないだろう? だがデイジーはデイジーだ。誰かに見分けられようとそうでなかろうと関係ない。ただひたすらに芽生えては伸びていくだけだ」


「むずかしいよ、リーフィアス……」


少年はどこかすがるような瞳で目の前の吟遊詩人(バルド)を見る。


「何で草は蔓延るの? 何で人は生きていかなければならないの?」


いつか死ぬのに。枯れるのに。何故、()があるのか。それはリーフィアスも考え、思い悩んだことだ。


その問いへの答は──。


「我らが草だからだ」


「え?」


きょとんとした顔で、トイヴォはリーフィアスを見る。


「──草だと、何で蔓延らないといけないの?」


それでは答になっていないと、不満そうな少年に、リーフィアスはかつて己自身が悩みぬき、ようやく到達した答えを語って聞かせる。


「草の本懐は弥栄だ。何故栄えなければならないのか、考えても意味がない。あえて言うなら、そんなふうに生まれたものだからだ。けれど、考え悩み思い患うことは、草のいろどりになる。歓びも悲しみも、すべて我ら青人草を生き生きと輝かせる養分になるのだ」


「……」


「だから、大いに悩み、悲しみ、歓び、楽しめばいい。それがおまえのいろどりになる。この村で、両親や祖父、隣人たちに慈しまれて育ったのが、トイヴォ、お前だ。私とは違う、師とも違う。トイヴォという一人の青人草だ。お前はお前自身のいろどりをまとい、お前の生を生きねばならない。生きて、逞しく蔓延り、お前のいろどりをもって、亡き人々のいろどりを次に伝え、繋いでいくのだ」


それが、青人草の蔓延り方だ、とリーフィアスは言葉を結んだ。

少年はしばらく黙って考えていたようだが、やっぱりむずかしい、とうつむいた。


「何もむずかしくはない、トイヴォ」


リーフィアスはそっとその肩に手を置いた。


「つまり、お前はそのままでいいということだ。運がいい草は、そのまま蔓延っていればいいのだよ、わたしのように。それが生きるということだ」


少しの諧謔を含んだ言葉に、少年がちらりと笑みを見せ、何かを言おうと口を開いたときだった。

リーフィアスは、()()を見つけてしまった。


話がなかなか進まなくてすみません…。


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