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闇ニ玉散レ百剱  作者: 亜空間会話(以下略)
王歴8年:とある蟲毒の結果
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8「享華:鋼鱗蛟」

 タイトルの読みは「きょうか:こうりんみずち」。


 クリスマスに初の享華、お楽しみに。

 生物の暮らしは食う、寝るとごく単純だが、その中でも「上位生物」と呼ばれるものたちはさらに単純な暮らしをしている。理由はといえば簡単な話で、怯えて隠れ住む、巣を作るといった行動の必要がまったくといっていいほどないからである。歩いて移動し、獲物を殺して食い、寝るだけでよい。絶対数が少ない上位生物は敵として認めるに値するものがおらず、労せず生きることができる。


 そのため、ただ徘徊しているだけでも死ぬことはなく、大雑把に生きられる。緑等級モンスター「射手蝦蟹」はそういう生き物だった。相手に距離を詰められることなく急所を一撃で撃ち抜き、死んだ相手を悠々と食うだけで生きている。近付こうとするものはおらず、動きの遅い生き物はその場に固まってやり過ごし、自分が死なないことを祈ることしかできないという怪物だ。


 トカゲは繰り出された空気弾を刃気で弾く。前よりも強固になったその鱗でさえ防ぐことはできず、相手の力はもともと格上、まったく追いつけていない。


 近寄る手段は、刃気を使って防御しながらというだけで済む。ところが、相手の力は全貌が見えない。そしてトカゲは、背中に熱を感じている。決して体調がいいわけではなく、戦い向きの調子ではなかった。


 このままでは魔力が尽きる、と体が告げている。そして、急速に芽生えようとする何かがかれの体力をさらに奪っていった。


「ギ、ギィ……」


 何かが起ころうとしている――が、トカゲの意識は途切れた。




 一方のザリガニは、複雑な思考ができないため「死んだか」程度の認識でトカゲを解体しにかかることにした。空気弾の当たった音でだいたいの硬さを推測し、肉をちぎる断面があった方がいいのかどうかを判断している。


 もともとまともな脳のない生物、相手の生死や静・動、おおまかな強さしか理解することはできない。とくに特徴のない甲殻をかしかしと鳴らしながら、ザリガニは空気弾を発射する圧縮機であり、また下には裁断機にも似た重くて分厚い刃のついたハサミをゆっくりと持ち上げる。これには「食事中は近付くな、お前もエサにするぞ」という威嚇も込められている。そして射手蝦蟹は、細くて切れやすそうな尻尾を標的に、ハサミを振り下ろした。


 ゴィン、というひどく重い不快な音が響き渡る。鱗が寝ているためにいつもよりは切れやすいかもしれないが、物理的な威力ではハサミは空気弾に劣っていたようである。弾け散った鱗がハサミに傷を付けたことにやや不快を感じながら、ザリガニはあることに気が付いた。


 トカゲが「生きていた」とき、かれはこれを頼みにしていた。つまりこれは武器であり、何かしらの威力を持つものだったのだ。であれば、それだけの強さを持つ部位ということになる。


 ここを狙うのは得策ではない、もう少し太い場所を狙う必要がある、とザリガニは判断する。ごく近くにもう少し太い後足がある。今度はそちらでいいだろう、と無造作にハサミを振りかぶり、かれは重量をのせた強力な一撃を放った――が。


 突如としてトカゲの鱗がシャッと立ち、驚いたザリガニが少し勢いを弱めたのが災いしてか、ハサミは大したダメージを与えぬままに鱗をかすめた。金属で強化された鱗はヤスリのような威力を発揮し、ハサミの表面がわずかに削られる。さっと跳ね上がった尾剣はハサミの関節に半ばまで食い込み、腱を一本切断した。


 不快のあまりに、ザリガニはハサミを凄まじい速度で振った。しかしながら、その選択は尾剣が腱をこすりながら抜け、トカゲが無事に着地、自分にとって不利な状況を作り出すにとどまる。ハサミによる直接攻撃は効果が薄いと経験で知ったザリガニは、常日頃使っている必殺攻撃を使うことにした。


 狙いを眼球に定めたザリガニはハサミを閉じようとしたが――


 意志のみが空振りをして、ハサミは閉じない。ハサミ自体が重く、動かすことすら異様にだるい。使えなくなったようだ、と断じたザリガニはハサミを自切した。


 次の瞬間、トカゲがかれの口に向かって尾剣を跳ね上げる。


「ギギィ、ギィッ!!?」


 いつもは肉をちぎるために使う右のハサミを使って、ザリガニは必死にそれを止めようとした。しかし、岩よりも硬い感触が返ってくるのみ、潰すどころかどうにか引き剥がすことすら望めそうにない。必死に噛み砕こうとした口器に何かすさまじく大きなものが突き刺さり、ザリガニは意識を失った。


 尻尾をこちらに向けるトカゲの背中は、激しく発光していた。




 かれの視線は、いくぶんか高くなっている。それは急激な成長というよりは、ある種の進化であった。種族そのものが変化し、成長の可能性も大幅に増えている。そして、吸い取った力のひとつを見た目にも分かる形で宿していた。


 小型爬虫類のそれよりも、獣に近い脚の形、付き方。背中にはうっすらと光る結晶が三対も生え、ほかの甲殻とは段違いの“力”を放っている。尾剣や鱗はそのままだが、体全体が少し高くなり、大きくなったことで基礎体力も上がっている。腹がひどくへこんでいるのは、進化のために栄養を使いすぎたせいだった。かれはすぐにザリガニを解体しにかかり、甲殻の内側に顔を突っ込んで肉や内臓を破片までなめつくす。2ルーケはあるかなりの大きさのザリガニではあるが、甲殻の分厚さのせいか食える部分はさほど多くない。


 かれは目を血走らせながら、新たな獲物を探しに歩み始めた。




 貝殻を砕き、甲殻を破り、鱗を削ぎ取り、かれは獲物を食った。常ならば食わないような部分さえ食い尽くし、ひたすらに養分を溜め込む。それはある種の義務であり作業にして快をもたらす行為でもある。


 そして、余裕ができたかれはある程度の事情を呑み込んだ。


 この洞窟には無数のモンスターがいる。しかし、その多くは橙等級以下の「六角晶」であり、それは道を照らすように壁に貼り付いたごく小さな水晶のかけらだった。自力で歩き回る、肉を持ったモンスターは半分以下、しかも上位生物はごく少ない。緑青等級に到達できたかれからしてみれば、ここはただの餌場だ。


 そして、この洞窟の奥にいる超巨大かつ恐ろしいほどの力を感じさせる気配は、どうやら水晶たちと同族、魔力による生態系を築き上げる結晶体らしい。そこならば少しは落ち着いた生活ができるだろう、とかれは気配の方へと向かう。当然のように上位生物を大量に纏ってはいるが、そこへたどり着くまでの道筋は気配や感知能力でだいたい見えている。


 かれ――「鋼鱗蛟」は、悠々と歩み始めた。

 あ、世界観上重要な「Tales2:花の話」を投稿してなかった。二部の終わり辺りに投稿しますかねー。


 トカゲくんがミズチくんになった。皆さん蛟ってご存知ですよね? わざわざ解説しなくても知ってる前提で進めているので、分からないことがあったら迷わず調べるか質問してくださいね。

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