9「水飲み場の怪」
みんなの大好きな異世界転生だよ(取り繕う気のない大嘘)。
お ま た せ。異世界の難易度選択がディスペアーしかなかったけど、いいかな?
気能とは体の「機能」に通じ、要するに「空気を吸うように、当たり前にできる能」という意味である。対して液能とは「壺から流れ出るように、いつかなくなる力を使う能」といえる。ただし呼吸するに苦労することもあれば、恐ろしく多く、無尽蔵に近く流れ続ける容量の壺もあろう。ものごとに常はない。
ミズチは水を飲んでいる。もともと「竜の幼体」という意味なので水棲であるべきなのだが、陸生のトカゲが進化したミズチは陸の生き物、泳げはするという程度である。
近くには水弾を撃ってきた「水矢鯉」がえらを破壊され、ほぼほぼ骨にされて死んでいた。口をすぼめて液能を使っていた水矢鯉だが、進化したことで新たな力を手にしたミズチにはまったく意味を為さなかったのだ。
かれは鋼鱗蛟となり、そして六角晶の液能「魔力吸着」を手に入れた。かれの体構造は通常あるべきミズチとはかなり違い、全身に高レベルの魔力が流れる下地ができている。水棲のものとは違い、毒を生成して吐くようなことはできないが、かれらよりも劣っているとは言いがたい。全身に滴るほどの魔力を帯びたモンスターは、傷付くことさえなく、そして振るう爪の一撃が城壁を切り裂くと言われているほどなのだ。
とはいえ、応用の余地があってもそれは補助的な液能、かれがもっとも頼りにしているのは尻尾の変化した剣と刃気である。
水を飲み終わって尻尾を丸め、腹を地面につけてミズチは落ち着く。振動を感じやすくなるため、こうしたほうが敵の接近に気付きやすいのだ。壁を伝ってくる貝のたぐいや飛んでくるコウモリなども、音や重量の移動といった感覚を総動員してどうにか察知できる。大量に摂食したあとであるためミズチはつい眠くなり、鱗を寝かせて目を閉じた。
しかし、どうにも眠りにつくことができない。なにかの気配がそばにあるような気がして、その不気味さをぬぐうことができないのだ。
『ん? 気付かれちゃった?』
ミズチは、瞬時に尾剣を最大切断形態に整え、飛び退いて声の方向を見た。ミヅノのような少女の声に似ているが、ざり、ざりという奇妙なノイズが走っている。
――それ以前に、声の主は人間ではなかった。
ミヅノのような体の一部が変化しているものや、かれは見たことがないが「人語を話すモンスター」というものも存在する。しかしかれが見たのは明らかな敵であり、人間の形などどこにも見当たらない真正の怪物だった。
漆黒という言葉でも足りない、本能的な恐怖さえ覚えるような闇の色。
いかなる音をも立てず、飛ぶでもなく歩くでもなく、浮遊している球体、その種族名は「闇球」である。しかし、ふつう緑等級のはずの闇球は、ミズチの目にとてつもない脅威として映った。青等級をさらに越え、青藍等級、否、もしやその先の――。
突如として闇球は消えた。
『こっちだよー』
振り向こうとした瞬間、できたばかりの晶殻が半分ほども消し飛んだ。
『えっと……? そうそう、〈精神操作〉』
闇球はミズチに対して恐ろしい仕打ちをしたあと、さらなる外道の振る舞いに出た。
『わりと知能高めかな。強靭じゃないけど』
かれの全身が硬直し、鱗の一枚すら動かせなくなる。意志の方向が固定され、恐るべき怪物をも恐れない精神が挿入され、そして――
かれは下僕になった。
『ふむ? タルク、これはなんです』
「しまったな、互いの接近を阻害していたつもりだったが……転生者を干渉させてしまったか。殺し合わなければなんでもいいのだが」
珍しくゾンバァロが不思議そうな顔をしているので、タルクは「どうした」と聞いた。
『転生者……とは、何でしたっけね』
「魔力眼を持つものとして、基礎知識だったはずだが……。いいか、肉体と魂は一般的に不可分だとされているが――体に収まり切らない魂もある。これらは別世界のものだ」
『別の……といわれてもね』
「たとえば魔力が存在しない世界、空が赤い世界、人でなく竜が栄える世界。我々には想像し得ないようなものが、どうやっても行くことができないどこかにはある。そして魂は容易に世界を超えて飛翔する……知らない世界に知らないすべて、狂って壊れて他の生き物と同じになるのが末路だが、そうならない魂もあるようだ」
タルクは、その目を怒りに細めながらも映像をにらみつける。
『なるほど、言葉を話しているということは――』
「あれに入っているのは人語を解する弱者……人間だな。このように勝手な真似をして、今すぐにでもテケリを派遣したいところだが……放っておくほかない」
映像の中で、ミズチはいともたやすく操られ、乗り物にされてしまっている。この短期間でどれだけ魔法を熟練したのか、さすが双命核を五個も宿すだけの才覚はあるらしい。大きさはもとの数倍、気能・液能ともに数え切れないほど増えており、等級は緑だったはずのところからどれほどパワーアップしているのか想像もできない。
「あちこちを荒らし回って成功作を滅ぼしたうえに、乗り物までこちらから調達してくれるとはね……まったくいい度胸をしているじゃないか?」
『とっておきのアンデッドを用意しましょうか』
「お前に頼るのはシャクだが……ぜひ頼む。希望があれば、こちらからも素材を提供する」
『それは、それは。負のエネルギー体と、……そうですね、海竜を二匹ほど』
タルクは一瞬だけ首を傾げて、「なるほど」とうなずく。
「すばらしいプランだ」
『ふふふ、そうでしょう。いちおう条件を言っておきますよ』
「ああ、聞こう」
『甲殻がカルン位階7以上の硬度を持つものを』
それはずいぶんと無茶な要求だった。しかし、それが何に必要なのかをしっかりと理解しているタルクにとって、その要件は必要経費、切り捨てることができないものである。
「無茶を言ってくれる――と言いたいところだが、先日いいものが入っている。さらなる強化を施すつもりだったが、そちらに渡しておこう。良いものに仕上げなければ許さんぞ」
『私を誰だとお思いですか? この「死山血河」を』
魔将軍たちは、それぞれが藍等級を超えた一騎当千のモンスターである。なかでも屍魔将軍ゾンバァロは規模の点で飛びぬけており、その巨大さはひとことでは表現しきれないほどだった。
「さて、彼女がもう少し大きな行動に出たら、こちらも行動に出ることとしよう」
『それまでに準備を済ませておきましょうか』
腐乱死体は、とろりと溶けて消えた。地面には、最初から何もなかったかのようになんの痕跡も残されていない。
「トカゲ……いや、蛟の生存は絶望的か。であれば、こちらを確保するとしよう」
彼は長い生のなかで幾度も蠱毒を行ってきた。九割が望んだ以上の結果になったこともあれば、生存一割それすら失敗作、というむごいまでの結果に終わったこともある。彼が見切りを付けるのは、これまでに培ってきた精神衛生を保つ工夫である。
画面に大写しにされたのは、金緑に輝くカマキリだった。
短いくせに重要情報めっちゃ出まくり。
次からは二部ですが、書き溜めとほかの作品を執筆・投稿するために年明けからの連載とさせていただきます。年明けから忙しくなりそうなので、今のうちに書き溜めといたほうがいいような気がして。
設定集とか見てみると、転生した人たちがほぼ難易度ディスペアーしかなくて泣く。設定のひどさに、お前が泣いた……! 私でも泣いちゃいますね、こいつは。




