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闇ニ玉散レ百剱  作者: 亜空間会話(以下略)
王歴8年:灰白はやがて黒へ
11/61

0「とある少女の狂死」

 前回の転生者さんの背景回。


 どうぞ。

 手もなく足もなく、身じろぎしても肉体の感覚そのものがほとんどない状態を耐えるような精神は、それに生まれつかなければ身に付くものではない。幻肢痛というものがある以上は、手足がある生物はそれを当たり前として生き、死に、魂のみを異なる体に入れられることは耐えがたい苦痛を伴うことだろう。そしてそれは、肉体の形に呼応した精神の苦痛という構造上、手足のあるなしで判断されるべきことではない。


 巨大なハエトリグモのような生物が、ドタンとこけた。立ち上がろうとするが、八本ある足のうちまともに動いているのは四、半分は震えるか動いていないかという奇妙な状態である。


『もうやだよ……。動きたくない』

『っていうけどさー、出ないとヤバいでしょ、ここ?』


 もさもさと毛の生えた茶色いハエトリグモが少女の声で不平をもらすと、宙に浮かぶ黒い球体が同じような声で答える。


『ユッコやられちゃったし、仇は取ったけど……おんなじのがいっぱいいるみたいだし。話しかけても答えなかったら即ぶっぱでいいよね?』

『なんでそんなになじめるの……? わかんないよ』


『丸まってるのと似てるし? クモボディー大変そうだけど、考えずにやったらできるんじゃないの』


 クモの精神も、球体の精神も、あるべき形のものではない。


『ユッコがいたから、クラスの半分くらいは見つかりそうだけど……。千佳みたいなのが全員だったら、何人か狂っちゃいそうだよね』

『ユキノはなんでそう怖いこと言うの』


 クモは諦めたように地面に伏した。






 ■■高校の一年五組、浦辺ユキノは黒板を写していた。古文は教本を読んでもさっぱりで、説明を聞きながら質問もでき、本文と現代語訳を並べて書いてくれる機会はたいへん貴重だったからである。前に立ってかつかつとチョークを鳴らす川崎は人懐っこい新人教師で、ときどきぽかをやりながらもしっかり教えてくれる。同じ女だということもあって、いろいろなことを聞いたり楽しくしゃべることができる相手だった。


「水野くんー、見えてるぞ」

「あ、すません」


 隠れて本を読んでいた水野が注意され、教師の目というものを改めて意識する。本は隠しているつもりなのだが、背を曲げて視線が下にあれば、いやでも教科書など見ていないと知れるものである。ユキノは「気を付けないとなぁ」と思いつつ、物理の時間はやっぱり同じようにしていることに思い至った。もっとも物理の教師はただ黒板を書きながら延々と話しているだけで、生徒に興味があるのかどうか疑わしい。誰を注意したこともないので、物理の時間はみんなやりたい放題だ。




 次が体育だというので、古文が終わってすぐ、女子は移動を始める。とっとと行かなくちゃと思いつつ、ユキノは目を見開いている川崎に気付いた。


「せんせー、どうしたの?」

「あれ……」


 廊下の窓から『それ』は見えた。


 どれほどの資源を使えば作れるのだろうかと思わせるほどの巨大な木馬が、メリーゴーランドのように跳ねまわっている。ひどく遠いためにかろうじて全身が見えているが、それ以外にもっと近い何かがどういうものなのか、全体像が見えない。


 まばゆく輝く光の剣のようなものが、校庭に突き立った。あまりに凄まじい揺れに、学校の一部が崩れていく。


「先生、危ないっ!」

「浦辺さん!?」


 何かが見えて、彼女はとっさに教師をかばおうとした――が、遠くの木馬に匹敵する大きさの剣から光が放たれ、学校の半分が一瞬で蒸発する。


「あつ、……」


 上“半”身と呼べるだけの部分は残っていなかったが、少なくとも心臓は残っている。彼女は数秒だけ、ほんのわずかな時間を長らえることができた。


「先生――」


 結婚指輪がどうにか外れていない指が、ほかの指と並んで落ちていた。チョーク使ってると手が荒れるのよね、と言いながらも美しさを保っていた指が、落ちてきたがれきに潰されて薄桃色の肉片に変わる。


 ゴシャッ、という音とともに、ユキノは意識を失った。






 何が起きたのか分かってはいないが、あのとき感じた力と自分たちに宿っている力は同じであるように感じられる。おばけ木馬と光の剣は、こちらの世界からやってきたのかもしれない――と、ユキノはファンタジーのようなことを考えた。


(魂だけ別の体に、なんてふつうにファンタジーだもんね)


 いわゆる輪廻転生という考えはあるが、世界や宇宙がひとつだとは限らない。物理法則に従わない部分がある飛躍を遂げれば、霊魂はどこへでも跳躍することができるのだろう。そこまで難しい思考をしたわけではないが、大意としてはそのようなことを考えて、ユキノは暗い洞窟の中をゆったり移動していた。


 種族名「ダーク・ストレージ」であるユキノは気能として空中を浮遊している。体を丸めたまま思った通りの方向へふわふわ移動する、という実に不可解な移動手段だったが、水の中で揺られるようなものだと思えば大したことはない。すでに死んだ「スピーディージャンパー・ラビット」のユッコも、手足は四本でやや体感覚が狂う程度、見た目にも気持ち悪さはなく、精神的不安定さはなかった。


 ただ、問題なのは「ラストブラウン・スパイダー」の千佳だった。


 鏡を見てはいけないほど不気味な姿、加えて人間だったときとまったく違う体構造で、動かし方は一から覚えなければならない。人格と体のつり合いが取れないためにつねに精神的な不安定さを抱え、動くことすらままならず、目の前で友人が死ぬのを見なければならなかったこともあり、すでに絶望に喰われている。


『もうやだ……指、指だけでいいから……』


 「シザーボウ・ロブスター」というエビのようなザリガニのようなモンスターに撃たれ、ユッコは首に大穴を開けて血をどろどろ流しながら死んでいった。死にたくない、痛い、寒い寒いと泣きながら、死ぬ前から体を冷たくして命を散らした。竜の甲殻さえ砕くというキックを繰り出す足が役に立つことは、ついになかった。


(……繰り返させない。私が千佳を守るんだ)


 どうやら修羅の洞窟らしいこの場所は、いくらでも魔物が湧いて出るゲームのダンジョンと同じようなものらしい。少し歩くたびに魔物が現れ、苛烈な攻撃性をあらわにしてこちらを殺しにかかってくる。


『このへんのは倒し切ったみたい。近くに気配ないよ』

『うん……。ちょっと寝ようよ、ユキノ』


『おっけー。千佳、だいぶ疲れてるもんね』


 いつも通りのチェックを済ませて、ユキノは目を閉じようとした。


(あれ、千佳の情報が変だ)


 種族名、大きさ重さや魂の形などを総合的に見ることができる液能を使ったユキノは、それに不自然なノイズがかかっているのを見た。


(……なんだろ)


 それは、すぐに元に戻る。


 どうやらなんでもなかったようだと判断し、ユキノは眠りにつく。


 疲れ切って眠ったにも関わらず、ユキノは楽しい夢を見た。友達と部活に打ち込んでいたとき、校庭で友達が走っていた。それに手を振るでもなくただ見ていると、いつの間にか横にみんながいる。風景は灰色に溶けていったが、友達はずっと走っていた。




『ふへへ……んぇ?』


 目が覚めて、ユキノは現実に戻る。洞窟に閉じ込められ、意識は違う体に入り、今にも狂ってしまいそうな心を必死に繋ぎ止めている。


『ぐ、ぎ、ぎ――ぎぃ、いい』


 話題作りで無理に採用した声優のようだった。モンスターのようなうめき声なのに、声の中身は千佳そのままだ。


『千佳、ちょっともう』

『ぎぃいいー』


 液能を使ってクモを見たユキノは、鳥肌が立つほどの恐怖に思わず震えた。


(魂の形が――!?)


 髪の長いブレザーの女子高生、といった風情だった見た目の魂が、ぐちゃぐちゃに崩れている。スカートの長さは左右まちまち、右手はなくなり、右足もひざから下がない。頭は右側の輪郭がかろうじて残っているが、虫に食われたように左側がひどくへこんでいた。腹や胸はマシンガンの掃射を受けたかのように穴だらけで、もはやまともな形などどこにもない。


『ぎいい』


 クモの前足が壁を削る。すると、生えていた結晶が腐食してぼろぼろと粉末状に分解していく。


『ねえ、千佳……?』


 スムーズな動きで、クモは跳躍した。前足に腐食の力を纏いながら、交差剣撃のような構えを取り、まっすぐに飛び込んでくる。


『やめ――』


 感じたこともないほどの激痛が、さらりと撫でられた体表に走った。腐食毒がゾロゾロと球体の表面を錆びに変え、ナイフで削ぎ落とされるよりもひどい惨痛がユキノを襲う。


『ああ、もうダメなんだね、千佳……』


 魂がぼろぼろと崩れながらも、クモの形に収まっていく。ヒトだった精神は形を失って溶け、なくなってしまった。


『――お、りゃあっ!!』


 腐食が広がる表面を、ごちゃりと斬り落とす。気絶しそうなほどの痛みだが、目の前にある悲しみに比べればどうということはなかった。


『そうだよね。生まれ変わったら、その生き物になるのが正しいんだよね』


 ユキノには、いわゆる「前世の記憶」というものがなかった。もしか前世がこうして怯えながら魂を崩壊させていったのだとしても、ユキノは彼女自身として生きていたのだ。


『でも、……ごめん。死んじゃったから、送ってあげる』


 ちょっと悲観的だったが、笑うときは笑う子だった。


 テストの結果は偏っていて、数学はいいのに古文はダメで、いっしょに勉強した。


 集合写真で変顔をしようとして、写真屋さんに笑われたこともあった。


 前原千佳は、そんな子だった。ちっちゃくてかわいらしい、ユキノの高校に入って初めての友達だった。漫画を一緒に読んだり、お互いの部屋でいろんな話をしたり、イヤホンを片方ずつ差して同じ曲を聞いたりした。



 ――そんな楽しい記憶を、ユキノは痛みとともに切り落とした。



『ごめんね』


 音もなく、形を成した虚無が致命部位を損壊する。


『ぎぃいいい』


 少しの間だけ、クモは動いていた。頭を引きちぎられたアリのように、クモは足の動きを少しずつ緩慢にしていく。


 やがて、そこにある命はひとつだけになった。


『……ごめん、千佳』


 黒い球体から、嗚咽が漏れる。


 誰のための涙なのかは、彼女にも分からなかった。

 新年早々、難易度ディスペアーな異世界。いや、生まれ変わってここにいるはずの俺らもこんなに苦労してるじゃん? という発想をしてみたらこうなった。まあ、そんなもんでしょ。


 ちなみにクラスだけじゃなくて先生とか巻き込まれた人たち全員生まれ変わってる……こっちにきた人は少ない、これで死亡カウント4。増えていくのが楽しみだなぁ……。

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