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5「こうして、また」

 三日クオリティのやっつけ仕事ですのでお見苦しいかとは思いますが、どうぞご容赦いただきたく存じます……。今回もキツいので、まだ希望のある次回を見ていただいたほうがよろしいかと。


 どうぞ。

 ひとが死んでいく。叩き切られ、押し潰され、轢き転がされ、血にまみれた泥だらけの人体が、子供がいたずらに蹴る石のように道を滑っていく。藍色等級以上の生物によって引き起こされる、竜災と呼ばれる大規模殺戮は、半ば以上終わろうとしていた。


 そんなこともつゆ知らず、穀物庫に閉じ込められた男は騒いでいる。


「おい、おい! 誰か一人くらいいるだろ、出せ! ここから出せって言ってんだよぉ!」


 倉庫の中にいるのは、男と妊婦だけだ。男は妊婦には構わず、自分が逃げ出すことばかりを考えていた。竜災の前にあってなお助けることを考えられる人間も稀有ではあろうが、閉じ込められたそもそもの理由もくだらぬものである。真っ先に逃げ込んでみれば先客がいて、八つ当たりに蹴飛ばした扉へ滅刃気が命中、歪んだまま枠へ飛び込んだ扉がふたたび開くことはなかった。もしか扉を蹴飛ばしていなければ、あまたの屍を踏み越えてでも逃げられたかもしれなかったのだ。


「お願いです、静かにしていて……竜が行ってしまえば、出られるかも」

「あぁ? こんな状況だぞ、何日閉じ込められるかわかんねぇだろが! こんな暗くて狭ッ苦しい場所にいられるかよ」


 穀物庫とはいえ、貯蔵しているそれを水もなしにかっ食らうのは無理がある。ある意味では正しいと言えぬでもない意見だが……しかし、地響きや建物の倒壊する音、遠くからの絶叫が途切れずに続く状況では、耐えてやり過ごすことの方が重要であった。


 殺し尽くすべく目を走らせるトムライは、何人たりとも逃さない。


 メリ、メキッと音がしたかと思うと倉庫の梁に裂け目が生まれ、穀物庫の二階部分がぎりぎりときしみ始める。


「おい、ちょっとどけ! 落ちてくるぞ!」

「は、はい!」


 ひどく傾いた二階部分から穀物の袋がドサドサと落ちて破け、中身をあらわにする。あわや圧死というところで逃れた二人だが、崩落は終わっていなかった。かなりの重量を支えていた梁が中央から折れたことで、二階全体のバランスが決壊してしまったのだ。一階よりは少なく積まれていたはずの袋は、しかし床が傾いてしまえばズレてさらに均衡を崩す。支えるものがなくなった重量は、法則の導くままに放り出された。


「う、おわっ!?」

「きゃあああっ!?」


 折れた梁の一部と袋が落下し、妊婦の足を潰した。嫌な音を立てて肉と骨が壊れ、血がのろのろと穀物に染み渡っていく。


「た、助けて……」

「バカヤロー、無理に決まってんだろ!」


 どうにか助かりたい、ここから出たいのは確かであるが、そのために協力するつもりはさらさらない。どこまでも利己的にしかなれないために、肝心なところを逃すのがこの男だった。梁が抜けた隙間を広げれば逃げられるのでは、と考えた男は、崩れた石材で足を踏み外し、ひどく肩を打ち付ける。


「くそっ、痛ぇ……」


 彼は、忌々しげに吐き捨てつつ見上げた壁の隙間に、あってはならぬものを見た。街ではもっとも高い盤掲塔(コゼリドー)よりも、さらに高い何かが屹立している。


「ひぃ、あ、あぁっ……」


 否――高く見えるだけで、実際の大きさは塔には及ばない。こびりついた血のぬめり、砕いた石材の粉さえもはっきりと視認できる刃は、そこまで大きく見えるほどに接近していたのだ。そして、それはこちらへ迫り続けている。


「お願いです、助けて……! 夫も、息子も待ってるんです!」

「この街見てどうだか分かるだろド低能が! 生き延びたいんだよ俺は!」


 再び出られる隙間を探し、男はどうにか滅刃気を避けられる手段を模索した。


(倉庫が崩れたらこいつの巻き添え……そもそもどこから崩れるもんだか分からねぇ、二階部分にゃ近寄らんのが正解だな。くそっ、なんだってこんなしち面倒くせえのと一緒に閉じ込められちまったんだ、助けるのがあんまり厄介なんで恩も売れねぇしよ)


 下手の考え休むに似たりとは言うが、まさにその通り、数秒足も手も止まっただけ時間の無駄であった。刃の軌道から離れて忍び、倉庫が崩れたならば倒壊に巻き込まれぬよう壁に張り付いて姿勢を低くしたり梁から離れたりして、ひとまず朝になるまで待つ――これこそが最適解ではあったが、不安と恐怖のあまりに正気をなくしかけている男は、とにかくここから出たい、そればかりを考えていた。


「あっ、ァ……た、助けてっ、助けて――」


 さらに崩れた穀物庫の壁が降り、妊婦の大腿を砕き潰した。激痛のあまり声が引きつり、か細くなっていく。


「バカ黙ってろ、気付かれたらどうすんだよ!?」


 肉が裂けて脂肪が露出し、腱がメチミチと異様な音を立てて露わになる。もはや治療も望めない状態だった。魔術を使っても、構造がめちゃめちゃになったものを自動的に修復できる便利な治療など望外である。


 うめきながら涙を流す女のことを放って、男はどうにか逃げようと、折れた梁の一部を使って壁の穴を広げようと躍起になっていた。


「くそ、くそっ、固ぇ……くそぉ!」


 もとより五十ドン以上ある布袋を大量に収蔵することを目的として作られた建造物、男ひとりの力で壁に穴が開くわけがない。そのように脆弱であれば、彼の力でなく内側にため込んだ重量で自壊しているはずだ。理性でそれを分かっていたとしても、ほとんど狂騒状態に陥った男は、無意味をやめられなかった。


 振動が伝わったのだろう、壁の穴がわずかに広がったかと思うと、さらなる亀裂が広がり始める。これならば壁に大きな穴が開く――人ひとり通るでなく、壁が丸ごと崩落するほどの勢いだ。


「や、やっ――」


 たぞ、と言おうとした瞬間に、男は壁に飲まれた。


「ごぎゃあっ!? ぐ、ぐ……」


 穀物袋がつっかえになり、どうにか倒れずには済んだが、ひどく無理な姿勢を強いられているせいか、すぐに腰も背中も痛み始める。


「う、ぅ」


 腕と腹を渡るように袋に潰され、口と鼻から黒血を流す女は、あとわずか生きられるかどうかというところであった。


「あ、あか、ちゃん」


 女は、すでに身重ではない。あるいはそれに気付けないことが、せめてもの慰めであったのかもしれぬ。


「ああ、あああ……嫌だ、嫌だ……! やめろぉ、来るなぁ!」


 滅刃気は、迫っていた。石畳を断ち割り、ぶちまけられた死骸を引きずり、引っかけては捨てるようにゆったりとした移動を続ける。ぬらりと赤黒い乾きかけの血液が、ちぎれて混ざってわずかに乾燥した臓物と肉片が、胃液をすべて吐き出させてなお飽き足らぬほどの汚臭を漂わせている。


「あ、うわぁああ、あああ!!」


 ごり、ごり、ごりと石材が割れていく。それでがれきの類が横へ落ちればよかったのだが、あまりに無理な姿勢を強いられた体がとっさに逃げられるとも考えにくい――何より、右腕が袋のあいだに挟み込まれ、関節は完全にイカレていた。


「あが、ぎぃ、ぎっ――ぐゥオッ」


 がれきに押さえられ、二階へ進む階段の基礎と滅刃気に挟まれた足首が、ぼりん、と破断した。無論それだけで死ぬことはなく、男は自分の体へ迫る刃を見ながら命を絶やさねばならない地獄を味わうことになった。グリゴリ、ベリ、ぐみょりとふくらはぎから肉が剥がれ、男は狂い死にそうなほどの痛みのあまり、悲鳴を上げることもできずにがたがたと震えている。


「は、はごっ、ふ、ふぅい」


 奇妙な角度で曲がったままの大腿に、刃は切り込む。


「あ、あああ、ぁあああ――!!」


 骨が折れ砕けた音と肉が断裂した音が重なり、ぼもっ、といういまひとつしまらない響きとともに男の体は投げ出された。しかし、がたがたと震える体からは左足と右ひじから先が失われ、刃気が進むままに押されていく。そして男は、ほとんど意識を失いかけているなかで、もうひとつの絶望を見た。


 引きずられていく先には、壁がある。


 このまま体がそこへ至れば、そのまま――。


「はぁ、は、は、逃げ、にげっ」


 恐怖と激痛と失血で、体はまともに動かない。力が抜けていく中で、視界だけが奇妙にはっきりとしていた。ずり、ずり、と壁は近付いていく。


 しかし、ここで男は福音を得た。


「や……やぁ、った、ぞ」


 崩れた石材と袋は絶妙な傾斜を描いており、刃気に持ち上げられた男はゆっくりとその坂を登っていく。このままうまくいけば、少なくとも肉片にされて死ぬ終わりは免れる。その辺の穀物で血を固め、竜災先遣隊の助けを待てば、もしかすれば死ぬことだけはないかもしれぬ。


 当然だが、そのような希望的観測が的中することはなかった。


 ぼすっ、と男は反転していた視線ゆえ見えていなかった陥穽に落ち込み、そのままに圧力を受けることとなった。


「いやだ、やめご、がッ……やめぇぶれぇ、もういやなづぁ!」


 グギ、メキボキッ、と袋ごと人体が潰れる音がささやかに流れ、死は成し遂げられた。






 血で汚れ、穀物にまみれ、折りたたまれたようにひしゃげたある男の亡骸は、その目こそ往来へ向いていたがなんの光も写してはいなかった――写していたとしても、そこに希望を見出すことはなかったに違いない。


 なぜなら、彼の叫びに応えるべきものが死に絶えていたからだ。


 男の死骸とさして変わらないか、よりすさまじく損壊された人体ばかりがごろごろと転がり、牧竜場から逃げ出したのであろう羽尾蜥蜴や剱蜥蜴たちの亡骸もそれに混じっていた。あまりに凄絶な憎しみに満ちた破壊が、生きとし生けるものすべてのみならず、街のすべてに対して行われていた。


 街を覆う死が晴れるまで、あと少し――。

 潰れて死んでいく人の声をきっちり音にできたどうかが不安なんですよね……さまざまにほっぺたや喉を圧迫して声を出し、それを音に直してできるだけリアルに近付くよう努力してみました。ほんとうに三日くらいで書いたので、質は低い……時間と余裕を持って、無理なスケジューリングはしちゃいけないってことですね、うん。


(チェック後の追記)

 明日は投稿できなさそうです。スケジューリングが無茶すぎたから……とは言わず努力しますが、二日三日お待ちいただくことになってしまいました。話自体はできていますので、手が追いつくようがんばります。

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