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2「トムライ」

 ここからキツくなっていくので、前話で「うわこいつマジか」と思った人はこの話までで切り上げることをおすすめします。


 どうぞ。

 金持ちの道楽として「モンスターの飼育」が数えられるが、確実にうまくいくとされている種族はかなり少ない。街の近くにもひょっこり現れるものや気性が荒くないもの、これだけでも数少ないが、飼うに足るだけの面白みやなつき具合を見せるものも珍しい。結局のところ道楽は道楽であり、簡単にできるはずもないことだと諦められるのが関の山だった。


 しかし、それでもあきらめない変態たちの努力によって、いくつかの種類は飼育可能になり、方法論も確立された。そのうちのひとつが剱蜥蜴である。とはいえ飼い方を間違えれば主に歯向かうばかりか数十人を狩り殺す可能性もある。


 人の味を覚えたものはなついたふりをして純粋な子供を引き寄せ、家族が心配して来たり友達を数人連れてきたところをまとめて殺したりと悪辣な手を使う。そういった弱者を狩るものは「爪刃」と呼ばれる部位が生えてきてよく発達するため、種族が「爪刃竜」であると推測されるものは見敵即殺の標語とともに日雇い斡旋所でも賞金首になっている。


「あーあ、うちのホニアちゃんに会いたいなぁ……」

「旦那ァそればかり言っておりやすね」


「やーっと綾錦竜に享華したとこでこの商談や、嫌気も差そうっちゅうもんやで。家族みんな仲良うしとるから構わんけど、わし一人と依存関係やったらストレスでなんぞやり始めとる頃合いや」

「おれにはよく分かりませんなあ、あの子の可愛さは……」


 なに言うとんねやめっちゃかわいいやろが、と商人――ボーガ・ジュウトは使用人に詰め寄る。


「いや、わからんでもないんですがね。あんまし小さいとこまで見ておられるんで、おれぁ付いていかれねえんでさ」

「基本は分かっとるんやな。優秀、優秀」


 背中に乗せたり顔をなめたり、エサを喜んで食べているところや尻尾を振っているところを見るのがふつうである。鋭変した尾剣のきらめきを堪能したり突起をひとつひとつ数え上げて種別を報告したり、甲殻を徹すマッサージを考案したりするド変態もいるため、一概にどこまでがマニアックなのかを示すことはできない。


「野生のを連れてきて、ってえのはやらねえんですかい?」

「あかんあかん、分かっとらへんやんか……小さいときから慣れとかんと、仲良うなれんのやで。母親と別れたらなんもできん子に育つしな」


 親鳥と離されたヒナがすぐに死ぬのと同じことで、子育ての手厚い種族は幼いうちに親から離されるとエサもまともに取れぬ軟弱者に育つ。そのため、ある程度人に馴れた群れとコンタクトを取って子供をもらってくるのが一般的なやり方だ。


「野生にもいい子がいるんじゃないか、ってえ言いたかったんでさ」

「まあ、わしにも野生に夢見とった時代があったわ。現実見たら悲しなるで……ちゅうか、あちこち旅するトカゲは基本的におらん。綾錦竜は野生では生まれへんのや」


 ひとつの地域では、二種類から三種類の金属を取り込むのが限界だ。もとから体の中にあるものや装甲に使えるほど多くないものを除くとその程度になるため、合金を作ってもそう役に立たないこともある。ふたつみっつの国を制覇でもして回らない限り、綾錦竜の誕生はあり得ない。


 飼育環境にあれば、いろいろなエサを与えることができる。それこそ大陸の半分を食い尽くすような真似も、成分から考えれば可能だ。


「それはそうと、気付いとるか?」

「引き延ばしだろうとは思っていやしたが、ね……」


 わざわざ語るほどボーガの愛は浅くない。言語化している暇があれば愛でる、それこそが真なる愛である。口にしていたことは嘘ではないが、それは襲撃を遅らせるための符丁のようなものだった。


 馬車を牽く「鋼筋馬」の足元に矢が突き刺さり、驚いた御者がつい馬の制御を手放してしまう。ほとんど一瞬のうちに山賊が周りを取り囲み、それぞれの武器を向けた。


「荷物を置いてってもらおうか、荷馬車丸ごと置いてけば命は取らねえぜ?」

「この山道でそれはキツいなぁ……おい」


 護衛がさっと出るが、人数の差は明白だった。


 じりじりと距離を詰めていく山賊たちは、口元に笑みを浮かべている。モンスターを狩って食うのも悪くはないが、街から街へ運ばれる物資も彼らの重要な食糧だ。不足しがちな生活用品やあれこれの情報、馬車を丸ごとというのも大きな収穫である。商人たちは肉食モンスターのエサになるか、山賊たちに肉が足りていなければ肉になることもあるだろう。


 最悪の展開――と言うには、もう少し甘いが。


「ボーガさん、どうしやす?」


 それには答えず、商人はひげを掻きながら低く言った。


「のォ、お前ら。だいぶ格安にしといたる、ここで荷物がさばけても儲けはそんなに変わらんわ……買わんか?」

「あァ? 料金払って山賊やるバカがどこにいんだ?」


 お前らこの山に来て日ぃ浅いんちゃうけ、と商人はうなる。


「この気配が分からんのか? お前らを追加で雇う、荷物をただ同然でくれたるからわしをこっから逃がせ。……あれやアレ、分からんのかッ!!」

「なに言っ――」


 音も引っかかりもなく、大木が中ほどから切断される。


「うわ……、」


 山賊が数人、訳も分からぬまま死んだ。


「どうなんや、こっちの準備はできとるぞ!!」

「くそ……とにかく行くぞ! 商人、約束を違えるなよ!?」


 魔力の薄い人間にもはっきりわかるほどの「圧」とおそろしいほどの寒気が、山中にしんと響く。山賊と護衛たちはさっと身構え、謎の敵を迎え撃とうとした。


「シュウゥ……!」


 目にも止まらぬ速度でその場に降り立ったのは、一匹の地竜――否、剣竜だった。アルナテラ国軍の中でもとくに秀でたものが所属する騎士団が駆るという、最低でも青等級の強力なモンスターである。それだけでも恐るべき力を感じさせる存在であるというのに、青紫の装甲に赤や緑を煌めかせる剣竜はこの場で最強ではなかった。


「こ、これは……!?」


 ふう――と死臭が漂う。数千の鋼の糸が立て続けに切れたようなあまりにもおぞましい声をあげて、辛うじて見える形だけは保ったそれが咆哮する。数人が恐怖のあまり武器を取り落とし、その場にうずくまってしまった。


「あり得ない、ただの人間でさえ手が震えるほどの魔力量ッ、……紫等級か!」

「伝承にある、……「斗怨邑火(とむらい)」……!?」


 物理的な圧力は何もなかった。しかし、そこにいるという恐怖が彼らの心を壊しかけている。あるいはいっさいの手出しがなくとも、彼らは狂い死んでいたかもしれぬ。


「シュァッ!」


 ぬらりと伸びた腕のようなものを、剣竜は尾で切り払う。瘴気を帯びたそれがぼとりと地面に転がり、粗暴な男たちであるはずの山賊も護衛も、半狂乱になって逃げ惑った。


「うわ、うわあ、うわああああっ!!」

「助けて! 助けてくれぇっ!!」


 位階が違う、などいうものではない。そこにあるだけで生命にかかわる死の化身が、何を捨ててでも逃げなければならないものがそこにあるのだ。意思を保って戦えるものなど、いるはずもなかった。


「ゆう、ぅうう」

「ヒィいいっ!?」


 それが手を伸ばした瞬間に、ありとあらゆる抵抗が消え去った。ぬるりと撫でられた――気味の悪いもやが通り過ぎて数瞬、山賊は全身から血煙を噴き、真っ白になって死んだ。


「ギュウゥ……」


 しかしながら、もやのような「斗怨邑火(とむらい)」は剣竜を殺すつもりがないようだった。手を出しては尾剣に切り払われ、しかしゆるゆると迫っていく。そして、その容積は目に見えて増えていく。


「全員逃げろッ! 近付いただけで死ぬぞ!!」


 あるいは山賊の頭目も、この場で理性を保つことができただけで人間としてはかなり優秀だと考えてもよいのだろう。怪物と怪物の戦いに人間が入り込んだところで、止めることも倒すこともできないのだ。であれば、逃げに転ずるのが当然である。


 もうこの山を張って商人を狙うことはできまい、と考えながら逃げる頭目は、剣竜がついにもやに捕まったところを見てしまった。


「キュッ、ギュオ……」


 いやいやをするようにもがく剣竜だが、ぞちゃ、ぞちゃという濡れそぼった足踏みのごとき音を立てながら数十の手を伸ばすもやから逃れることは叶わない。聴覚にぬめりを持って入り込む異常極まりない擦過音が、山賊たちの耳に貼り付く。


「キュォオオオオッ!!」


 甲高い悲鳴のあと、訪れる静けさにも油断をせず走り続けていた山賊たちは、ふいに奇妙な音を聞いた。


「おい、木が……」


 どん、どどん、どど、どん……と、腹に響く重い音が連続している。どうやらそれは、木が何本もまとめて倒れ、山の斜面を転がってはほかの木々にぶつかって止まっている、といった音であるらしかった。


 ふもとには被害が出るのだろうが、あまり関係はない。根無し草に近い彼らからすれば準備期間が用意しにくいまま拠点を離れるようなものであって、道程がやや厳しくなるだけのこと。商人からそれなりの量がある物資を仕入れられるのならば、ほとんどいつもの旅と変わりはなかろう。


 先ほどの寒気には二度と近付かぬことを決意しつつ、彼らはさらに走る速度を上げた。木々が倒れる音はいまだに続いており、どうやら転がった丸太で別の木が折れるような音までも聞こえ始めている。さっさと山を降りて逃げなければと思いつつも、背後の様子に耳を澄ませたそのとき――ずう、と濁った血の色をした円弧が彼らの頭上を通り過ぎた。


「おぅ?」


 一瞬遅れて、木々が音もなく彼らを襲った。




 皇歴七年・花の二月、牧竜都市ギエラ周辺で勢力を拡大しつつあった山賊は壊滅した。戦闘の痕跡から、藍色等級以上の剣竜もしくは玉牙などの剣を持つモンスターとの交戦があったと考えられている。しかし不思議なことに、破壊と殺戮の跡は現場に残された剣竜のものと思しき足跡とまったく一致せず、そして――それが竜のものであるならば、まず70ルーケはくだらない恐るべき巨大さを誇る怪物である、ということも判明した。


 それほどまでに巨大な竜がまともに潜伏することは不可能であるとされているため、痕跡を追うことは容易だと思われたが、捜索は困難をきわめた。足跡はある時点からふっつりと途切れており、それが獣にもある足跡をごまかす悪知恵でもないと知れた以上は追跡のしようもない。


 竜災の前兆として徹底的な捜索が行われたものの芳しい結果はなく、ある日に起きた魔力異常、そして近付く双月夜のせいか魔力探知も難しく、ある日に二年の歳月が誰も知らぬ間に過ぎ去っていたことが判明し、竜災は起こらぬまま、ことは終わったかに思われた。


 その二年があまりに致命的であったことには、誰も気付かなかった。

 約五十メートルのトカゲって、近くの街からも見えるんじゃねーかな……と思ったんですが、山賊が潜伏できるような山間だと直接街に面してはいないと思うので、証拠を信じるしかないのに物証がデタラメ言ってる、みたいなややこしいことになりそうですね。

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