1「声響く」
大変お待たせしました、やっと新章をお届けできますね……。書くものが多すぎてキツい毎日ですが、やっとニートになったので日当たりの執筆ノルマは増えるんですよね。もっとやれ(無責任)
どうぞ。
メインの肉料理が運ばれてきた。
「羽尾蜥蜴、尻尾薄切り肉の蛍火焼き、ラエネブレンドソースがけです。飼料にザスの実を混ぜて、薫り高い脂身になっております。添え物の茹で根菜塔盛りも併せてお楽しみください――」
先進的な技法を取り入れるような、冒険的なことはしない。この店の味は五十年単位でなければさほど変わりもしないのだ。ふと季節を外した根菜が入っていることに気付いて、それの効果を思い出す。
「うん、うん――。気遣い、すまないな」
「ごひいきのお客様にそう言っていただけると、嬉しい限りでございます」
ずいぶんと歳を重ねて、前ほどに元気な食事ができなくなった。店主もそれを重々分かっているのだろう。果実を使ったあっさりしたソースや、脂をまろやかに感じさせてくれるテペンを根菜盛りに取り入れるといった、こちらへの気遣いが違和感なく盛り込まれている。
「いい羽尾蜥蜴だったようだな……挿脂のバランスがじつに見事だ。香りもじつによいものだし、魅せ鱗もつやが――うん?」
「料理の味付けや中身は健康を気遣ってございますが、若いころのご趣味をくすぐるようなものもご用意したいと思いまして……」
店主からも、わずかな笑いが漏れる。
「それで、かね。このきずあとは――」
「逃げ出そうとしたときについた傷痕だそうです。つまり、もっとも元気なものだったということでして――いかがです?」
若いときは食うに苦労してばかりで、命を奪って食うことに固執していた。それが長生きにつながるのだと信じていたからだ。とくに元気なものを殺し喰らう、それこそが命の本懐だと信じて疑わなかった。
――肉質なんてどうだっていいんだ、活きのいいやつを寄越せ!
――すこし寝かせたほうが、味の良いものに仕上がりますが。
――いいんだと言ってるだろう、命を食えなければ意味がないッ!
――それがあなたさまの信条であれば、致し方ありませんね。
思い返せば、食事に来て怒鳴り散らすなどというまったく恥ずかしい記憶であるが、それもまた彼が人らしくなるためのひとつの出来事であったと言えるかもしれぬ。
「うん。やはりこの店はいい……高価いメニューもそうだが、安いものでも手が行き届いていて、気遣いを感じられる。ときたま終わり間近に来るのでもなければ、ふつうには食べられないのが何よりの証だ」
店主が羽尾蜥蜴の肝のすり蒸しを持ってきて、説明を始める。
「赤肝と白肝を使ったゼステです。お客様の好みに合わせまして、血の匂いがよく香るように六種類のスパイスを混ぜてございます」
「なるほど。以前に比べ、改良が加わったということかな?」
「剱蜥蜴のゼステで、一般のお客様にも喜んでいただけるようにと改良を加えました。取っ付きにくい料理でなくなった、と評判をいただいておりますので、ご賞味いただければと……」
「ふむ。私好みのものをもう少し先へ進めたように思える――さてと、手を合わせよう」
手を合わせ、目を閉じる祈り――奪った命に許しを請い、己が血肉とすることを宣言するしぐさである。基本的に食べられないとされる部位以外を残すことは許されなくなるが、礼節を知ったローゲルに「食べ残し」という言葉はない。
割小刀で切り分けたアヌレイカを口に運んだローゲルは、まずその食感を楽しむ。野生のものにも近い、ほどよく締まった肉。とろける挿脂と、さくりと快い歯触りを残しながらほどける、照りを残しながらも焦げた脂身。噛み切るときにはややあっさりとしすぎているようにも思えるが、しっとりと控えめな肉汁と濃いめの脂がねっとりと絡みつき――極上の、蜥蜴肉の旨味を舌にやわらかく広げる。
「ふむ――ふむ、これは良い」
大昔から「竜飼い」が行われてきた牧畜都市ギエラでしか食べられないというものではないが、肉の本場であれば肉料理は多い。当然のこと、調理についても長けた料理人が多い。この店の持ち主であり主料理人であるギフスは、その中でもローゲルがもっともひいきにする料理人だった。
脂のみを食うとこってりしすぎていた――小さくうなずきながら、根菜盛りを口に運ぶ。しゃきしゃきとした快い食感、細く切った生のテペンには味はほとんどない。しかし、舌を洗うにはそれがちょうどよい。まっさらに味を楽しめるようになったところで、紛れていたミトソコフェクにソースをわずかに付け、その味を試す。
「甘みに酸味、震えに辛み、残り香は草風のような……。ふむ、ふむ」
笑いが込み上げそうなほどに、手間のかかったソースだ。単に調味料を合わせて混ぜて加熱して冷まして、という想像できる範囲内ではあるが――その工程数は計り知れぬ。
肉の味を楽しむためにわざとソースのかかっていない部分を食ったが、そのような児戯は必要なかった。手はやや早くなり、肉の塊をざふと切り分け口に運ぶ。
「うん――うん。全盛期を思い出す、良い味だ」
「お褒めに与かり、恐悦至極にございます」
肉の味と濃さを、涼しい酸味と苦みのない菜さが優しく抑え、調和を築いている。
「活きのいい肉だということだったが、野生と比べても遜色ない」
よく運動をさせていたのだろう、暴れたというのも納得だ。
「味が強い剱蜥蜴の肉もいいが、味付けを上手く乗せるに修練が要る、年経たものの肉は臭みも出る。あっさりしていても味が乗せやすく、どのようにしても引き立つ羽尾蜥蜴の肉……年を取った今はこちらがいい」
「ひと月前にも同じことをお聞きしましたね」
「私も年を取ったかな……老いはあろうが」
地竜や剣竜の系譜にあたる剱蜥蜴は雑食であり、近隣のグレベルス痕源野に生息する個体はその尾剣を使って獲物を狩る肉食のものばかりだ。もとから草食の羽尾蜥蜴とは違って肉の類を与える必要があり、肉の味が強いぶんクセも強くなる。それがいいという食通もいるが、ローゲルは昔からの道楽者ではない。
「昔から剱蜥蜴の肉には飽き飽きしていたからな……。享華した鋼鱗蛟ははらわたが金臭い、肉はいいのだが。野営では獣を狩ってこいと上司に言われ、私もまたそう言った」
樹上で生活している羽尾蜥蜴はめったに捕まらない。半端な処理でもそれなりの味になるのは良いが、味を知ってしまうと剱蜥蜴の肉が物足りなくなる。それゆえ、まずは罠を用意して猪などの獣を狩り、それを食うのが軍――魔王軍の野営における食糧である。
「店の調度は変わらず、食器もあの頃と同じものだ。代が変わった今、いつ死んでも悔いはないが……この店はいつまでも続いてほしいものだな」
「ご心配には及びませんよ。私もこの腕を弟子に継承し終えています。この身が朽ちたとしても、師匠より受け継いだ料理が途絶えることはございません」
ははは……と、しばし場に笑いが満ちた。
「さてさて。ゼステをいただこう」
「改良したばかりですから、ご意見をいただければと思っております」
肝すり蒸しはかなり濃い料理だが、スパイスや熟れていない果実を少しずつ混ぜることで味も良く、食べやすくなる。精のつく料理だとされる所以である。ちなみに果実のたぐいを混ぜるに際して、その種類が大っぴらに語られることはほとんどない。
むっちりとした表面にさじをすぷりと入れ、すくい取る。わずかな振動を観察しながら口へと運び――
「ふふ……。いつだったか聞いたな、乱暴な合わせ方でも楽しめるものはあるかと。あのとき「残念ですが、ご期待に添えるものはありません」と……今、答えが返ってきたぞ」
「よく覚えておいででしたね。確かにそうとも言えるかもしれません」
強い甘みと芳香を持つ繊維質のツヴェンが、扇形に切って入れてある。乾すと珍味扱いされるほどに素晴らしく甘酸っぱいものになるそれを使って、血の味やねっとりした質感はそのままに、強烈なアクセントを差し込み肝の味を変えている。肉類が逃れ得ぬ臭みを、また別の方向から感じさせる「乱暴な合わせ方」であった。
「スパイスも良い……混ぜ入れた挽肉もいい脂を出している」
「よくお気付きで。固め焼いてから入れておりますから、ほとんどは気付かれないものなのですが……年季が違いますな」
濃い味……ひたすらに濃いと言って差し支えなかろう。しかしながら、それを完食できるよう整えるが料理人、この手腕はやはり街一番のものだった。
「白肝もまた、これはたまらん」
「そこまで喜んでいただければ、料理人冥利に尽きます」
もともと白肝ははらわたでもとくに美味な部位とされ、赤肝と併せてすりつぶし蒸して固めたものは滋養に富み、赤肝のすさまじいクセを和らげつつそれ単体の旨みもある。
「せっかくだ、それぞれに味わってみよう」
固め焼いてからゼステに入れた挽肉と、もっちりした白肝。どちらがいいかと考えて、さじですくった挽肉を口に運ぼうとしたそのとき――
「すみませーん……」
「あの、お店開いてますか?」
扉をわずかに開けて、若い夫婦が店の中をのぞいていた。
「特別にお招きしたお客様をおもてなししております」
「そうですか……。行こう、エリザ」
「うん。やっぱ宿屋のご飯しかなさそうだね」
「ギフス、君の料理は広まるべきだ。金は私が出す」
やや困惑した様子ではあったが、ギフスは「かしこまりました」と言って二人を店に入れた。
「ほう、新婚旅行。食事を楽しみに?」
エリザとヘクスと名乗った男女は、ギエラへ新婚旅行に来たらしかった。
「慧眼だね……ここほど肉料理がうまいところはない、この店は私のいちばんのひいきだ」
「ご注文通りにお持ちしました、羽尾蜥蜴、尻尾薄切り肉の蛍火焼き、ラエネブレンドソースがけです。添え物の茹で根菜塔盛りもどうぞ」
山の中にあるという村では、このような料理を見たことがないらしい。茹で根菜塔盛りは庶民のものなので、驚いているのはその肉の塊であろう。
「クリットは見たことあるけど、羽尾蜥蜴の肉ってこんなにいい香りがするものなんですね。しかも、すごく大きな塊で」
「飼料からこだわって育てた、とてもいい肉だ。一口切って食べてみるといい、店主の腕前が分かるはずだ」
ヘクスという青年は、素直に言葉に従う。
「へぇ……すごい、です」
「ふふふ、そうだろう」
食べ慣れておらず、言葉が見つからないようだ。
「ふぉわぁ……」
「奥さんも、ずいぶん満足しているようだ」
うっとりした顔で微笑む若い女は、「すごくおいしいです!」とはじけるように言う。
「どうかね、ギエラの肉料理は」
「噂には聞いてましたが、すごいものですね。竜が分けてくれた肉もすごくおいしかったけど、料理っていう……なんだろう、これまでの人生が変わってしまうような」
優れたものや輝ける体験は、人を変えるという。この青年の一生は、この瞬間に変わっていくのだろうか――と、老人はすこし期待している。
「竜と絆を結ばれたのですか? 不思議なこともあるものですね」
「村の近くに、剣竜がいたんです。藍色と紫の甲殻で、赤や緑がちらついてとっても綺麗な……。穏やかでキュウキュウ鳴くんですよ」
「またあの子の話してるー……」
「そんなにたくさんの色があるなら、ただの剣竜ではないね。綾錦竜ではないかな?」
さまざまな色が折り重なって輝くという意味の「綾錦」という言葉を冠する、鉱石を体に取り込んで装甲を強化していく地竜類の剣竜――四色以上を纏うものが該当し、遥かな旅路を生きたことによる高い戦闘能力と恐るべき生命力を持つ、ふつう青等級以上のモンスターである。
「へえ、レゼリ・セプレンド……? あの子ってそんなに綺麗な名前だったんだね」
「これからも可愛がってあげなくちゃな」
料理に感嘆しながらも、夫婦は仲良く会話している。
「綾錦竜は流浪の竜だ、ひとときでも共にいられただけで幸運だと思うべきだよ」
「えっ、いなくなっちゃうんですか?」
地竜の系譜にあたる生物「剱蜥蜴」を買う富裕層の物好きは多く、その享華はかなり深いところまでも研究されている。肉を食うものとして食材にも精通するローゲルは、そちらの方面についても詳しかった。
「そもそも天然にはほとんど存在しないものでね、金持ちがあれこれと餌をやってようやく実現するような……限りなく架空の産物に近い。いろいろな種類の鉱物を取り込んでそれぞれに混じった色を生み出す、そんな特性があっても十種類以上のものを取り込まなくてはそんな色にはならないし……旅をする地竜というものも、なかなかいない」
真面目なところもあるがのんびり屋、という地竜たちの性格は旅を望まない。
「じゃあ、あの竜はいったい何なんでしょうか? おとなしいけど、本当は強い?」
「それはそれは、強いだろうね……この世界に満ち満ちるモンスターを退けて旅をしてきた生き物だ、弱いはずがない」
ひと月に一回のこの店では、出会いなどない。ただ静かに食事を楽しみ、終えれば帰るだけのことだ。今回ばかりは違ったようだ――この貴重な体験は、いったいなんと考えればよいのか。
「さて、私は食事を終えた。君たちの話を聞かせてくれるかね?」
「え、ええ。ご満足いただけるかどうかは分かりませんが」
ヘクスという男、そしてエリザという女は、静かに語り出した。
ああ、笑いが止まらない。




