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序1「エリザの結婚」

(2020/01/03 矛盾を修正)


 冬ごろと言いましたが、うん……四章くらい同時に書く&友人からの依頼&ネ友に恥をかかせないための作品を書いていたらちょっと時間がなさすぎました……。本当に申し訳ありません、六つ同時は無理でしたね。しかし、都合よくプロローグと本編にはあまりつながりがないこともあって、プロローグ2話だけを先に投稿することにしました。残りはちょっと……しばらく、お待ちください。


 遅い投稿になってしまいましたが、どうぞお楽しみください。

 アルナテラ国はヘリスタン山脈のふもと、アーラック村の片隅で、結婚式が行われていた。咲き乱れる春の花を花冠にして、由緒正しい婚霊紫(こんれいし)に彩られた――さすがに新しく仕立てる余裕はなかったのだろう、母のものを仕立て直した礼装(ドレス)を着こなしている。村の中でも珍しい、黒にも近いほど濃い焦げ茶色の髪を飾り編みのベールで覆っている。村を挙げての祝い事に参加しているものの中には、涙を流しているものもある。彼女を取り合って剣で争う、彼女を嫁にもらいたいとやってきた異郷の者を追い払う、さまざまな思いがあった。


 そして、今では誰もがこの結婚を祝福している。


 エリザ・フラウネ――今年で十六になる彼女は、幼馴染のヘクス・レッティーノを夫に迎えることになった。幼少のころから共にあり、育っても仲の良かった二人が結ばれることに反対するものは、最終的にはいなかった。


 もっとも、彼女に面倒を見てもらった子供たちが大泣きしたり、男十人が嫁取りを賭けて大乱闘する大騒ぎになったり……ある騒ぎが起こったりといったことはあったが。


「――あっ!」

「いるッ! 婚霊だ!」


 ふいにざわめきだした村人たちは、エリザの後ろを指差す。


 そこには、ものすごい美人――おそらくこの世の誰よりも美しい女性が、彼女の名前を取った美しい紫の礼装を纏って、微笑みながら立っている。


(――――――)


 婚霊はエリザの頭を優しくなでて、次の瞬間には何もいなかったかのように消えた。


「こほん……それでは、エリザとヘクスの婚礼を始める。両者、歩み寄って――」


 村長はせきばらいをして、儀式を始める。


 黒い礼装のヘクス、そして右腕を吊った花嫁。


「命ある限り、互いに愛し合うべし。共にある幸福を交え、「一対の聖画」のごとく美しき生を行くべし。つねに分け与える国神のごとくして、大樹のさまを為せ――若き二人に祝福を、歩く道に祝福を、道を行くものに祝福を」


 三礼の言葉が終わり首を垂れる二人に、桜花(シェスラ)が振りかけられる。


「婚儀は成りました。それでは、食事を存分にいただくとしましょう」


 村長は破顔し、村中が歓声に包まれた。




「いやあ、波乱かと思ったが……婚霊が現れるなんて思いもしなかったよ」

「俺は予想してたぜ。あんなに好き合ってたからなあ」


 幼なじみの二人は、もともと仲が良かった。何かあっても仲が険悪になることもなく、男女の区別がつく年齢になって距離が離れることもなかった。


「ガリエの野郎が来たときゃどうなるかと思ったが――まあ、結果はアレだしな」

「金貸しなんぞに村一番の娘をやってたまるかってんだ、あんちくしょう」


 街から垢抜けた行商人がやってきて、アーラック村でわずかながら商売をやっていたことがある。ガリエ・シュトルスという若旦那を文字通り顔にして、村の女はこぞってそちらに買い物に行くほどの人気を誇っていた――エリザを嫁にもらっていきたいと言った男の本業は、高利貸しであった。


 村でも悪名高い博徒のヅクタに金を貸したはいいものの、街に行く用事がない、返せる金がない、ものでも代用できそうにないとさんざ言い訳をされて損を埋めに来たのである。あわよくばと狙っていたエリザはというとヘクスに夢中であり、見込みがないと分かってあっさりと退いたらしい。ほかに愛人を何人も抱えている男だ、そのくらいの分別はあろう。


「それにしてもよう……エリザちゃんはかばっちゃいるが、どこのどいつだ?」

「そいつぁ俺も気になってたんだよ。あの右腕、痛々しくって見てられねえや」


 婚霊紫の礼装のエリザ、しかし右腕を吊っているのは内側にすさまじいアザがあるからだ。何者かが「殺意ある果実」――ラエネの毒を使って泥だんごを作り、物陰から投げつけたためである。とっさにかばった腕の内側に当たったからまだどうにかなったが、これが顔にでも当たっていれば婚儀はなしになり、彼女は二度と日の目を見ることがなかったかもしれぬ。いたずらというにも悪質に過ぎた。


「フトおじさんにヴォロさん、もういいんですよ」


 いつの間にか、エリザは話し込んでいる二人の前に来ていた。


「そうは言うがよぉ……」

「新婚旅行に、メレニゲス領のギエラに行くんです。いやな気持ちを引きずっていきたくなくて。だから、おじさんたちも……ね?」


「まったく、できた嫁さんだな。つくづくヘクスがうらやましいぜ」

「だなぁ。ギエラってえとアレかい、羽尾蜥蜴の料理が有名な?」


 ふふ、とエリザは微笑む。


「ヘクスが「新婚旅行だから奮発するよ」って言ってくれたので、贅沢することにしちゃいました。予算はありますから、それは超えられませんけど」


 明日、「鋼筋馬」が牽く馬車でギエラに向かう予定だ。


 山中にあるためほとんど無視されてはいるものの、アーラック村はエルコモント領に属している。どちらかといえば中心都市が近いのはメレニゲス領であり、移動にはそうかからないだろう。


「楽しんでおいで、エリザちゃん。新婚旅行ってのは、ほんとに一生の思い出になるもんだからな。うちのやつも、未だにあんときのスカーフを大切にしてる」


 それはそうとよ、とヴォロはあごひげをかく。


「順々にあいさつしてるが……ヅクタはどうすんだ?」

「いちおう、お礼を申し上げておきたいなと。昔から困った人だなと思ってましたけど、一度でもお世話になったのはほんとのことですから」


 ごく小規模な村であっても、それは社会の縮図になる――密な個人のつながりがあっても秘密は存在し、よじれもつれた人間関係がある。博徒であるヅクタも、そのような縮図の表すものの一人、いわゆる「二割の怠け者」である。


 いまひとつ名の売れない修理鍛冶屋をやっていたそうだが、いつの間にやらこの村に居着いて村の片隅に住んでいた。もと鍛冶屋だけあって刃物の研ぎ直しや生活用品の修理、木工もできたようで木の食器を売っていることもあった。辛うじて生活に足るだけの金は稼ぎ、物々交換も行われている村の様式に従って手間賃に食糧を持って行くこともあったそうなのだが――彼は、よく村の外に出かけては有り金をまるごとスってくる。


 いつだったか若いころには、そりゃもう毎晩気持ちいいくらいに勝って勝って勝ちまくって、背負うくらいの大金手にしたもんだぜ――と本人は言っている。八割がた嘘ではあろうが、そういう場所ははじめ気持ちよく勝たせるものなので、一晩くらいはそういう日もあったやもしれぬ。


 例えば、農具の鎌と村の防衛に必要な剣を手入れしていつもより多めの二千クインほどを手にしたとして――それを賭博に費やす、それだけは間違いない。割高のナイフでも用立てられようという金額であるし、食費に使えば数週間ばかり食糧事情も好転することは確かなのだが、彼はそうしない。


「ヅクタさん、どうも」

「えれぇ別嬪がいると思ったらなんだ、主役の登場かい。へへ……」


 この男は素がこれであって、悪気があってこの薄気味悪いしゃべり方をしているわけではなかった。


「ガリエを村から追い払うのに役に立ってもらっちゃって、ありがとうございました」

「いいってことよ。俺の借金はチャラになんなかったがな、へへっ」


 どことなく下卑た目つきを浴びながら、エリザは会釈してその場を退いた。






「それじゃ、行ってきます!」

「行ってきます、皆さん」


 ヘクスとエリザは、肉料理の名所であるメレニゲス領ギエラへ向かう馬車へ乗った。二足歩行の地竜のほうが速度は速いのだが、そこまで高級な乗り物を用意できるほど金のある夫婦でもない。四足歩行の竜車ともなれば領王でも持っているものは少ないというほどの逸品であるが……そのあたりの脱線はここまでにしておこう。


「馬車に乗るって初めて……ヘクスは?」

「いや、俺も初めてだよ。見たことしかなかったから、気になってたんだ」


 馬車はかなり長距離の移動でしか使われないが、エリザは村を出たことがない。村の外に憧れることもあったが、若いなりにあの場所で暮らしていくことを受け入れることができた彼女には、浮ついた憧れよりももっと欲しいものがあった。


「あの子、大丈夫かな……?」

「村の方へは行かないはずだよ、エサがないし「友達らしい」人なんて一人もいないんだから」


 二人が話しているのは、村の近くの洞穴にいた剣竜のことだった。入り口がやぶで隠れている洞穴の少し奥まったところに、体を縮めて眠っていることが多い。ときたま狩りに出て猪や鹿、蛇を狩ってきたり、果物を食べてきたのか口の端をぺろぺろとなめて、戻るなり尻尾を丸めて寝ていたりする。世間のいうイメージとはずいぶん違う、かなりおとなしい竜であった。


 王国へと二年間の研修兵役に出ていたヘクスは村周りの見回りもしている。偶然村から離れたところで出会い、王国軍仕込みのトカゲ()らしですぐに友達になった――そこまではよかったのだが、6ルーケはある剣竜が隠れられるところはそうなかった。都合よく洞穴の入り口がやぶで隠れていなければ、すぐにでも見つかって村総出で狩り出されたに違いない。


 ヘクスはこのことを妻になるエリザにしか話さなかった。内緒であの場所に行った回数もそう多くはなく、エリザにも剣を貸して「ともだちのしるし」をさせたことで、おそらく村に降りてきても二人が仲良くすれば何の問題も起こさないだろう。


「でも、果物も喜んで食べるんでしょ? ラエネの匂いを嗅ぎつけたりしないかしら」

「うーん、そこは不安だけど……狩りに出る方向が村とは正反対なんだ。あっちの方がいい餌場なんだと思う。じっさい、村の近くにはぜんぜん出ないモンスターばかり狩ってくるから」


 ある程度モンスターの知識を叩き込まれたヘクスは、中途半端にかじられた骨からでもある程度は種族を推定できる――モンスターを相手にするときの基礎的な知識として、王国の兵士の基礎教育科目になっている。ときおり山から下りてくる豪槍猪や雷角鹿あたりはアーラック村の周辺にもいるのだが、高木の多い森に住む羽尾蜥蜴や見つけること自体が難しい鈍丸太虫(レェゼベディオン)となると話は違う。




 不安そうな顔をしている妻に、ヘクスは困ったように笑いかける。


「さあ……不安に思うのも分かるけど、エリザ?」

「ええ、そうよね。楽しまなくちゃ!」


 新婚旅行をずっと夢見ていたエリザは、にっこりと笑った。


「おいしいもの食べて、景色のいいところにも行って……あなたと過ごして」

「今日のためにギエラの名所は調べてあるよ、だいじょうぶ!」


 発車した馬車の中で肩を寄せ合って語らいながら、エリザは生きてきた中でいちばんの笑顔を浮かべていた――


(最初は変な感覚だったけど、二度目の人生も悪くないよね……)


 この前の人生(・・・・・・)も含めて、いちばんの笑顔を。

 しかしこの「桜花シェスラ」ってほんと何なんだろうなぁ……ピンク系統の色で、花びらが舞う光景は広く認知されているみたいなんですが、風で散るコスモスみたいなものなんでしょうかね?


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