8「華宿す強者と強者」
すみません、一話ほとんど書けたかなってタイミングで戦いの順番が違うのに気付いちゃって……。次回の投稿は早めになる予定です。
どうぞ。
藍晶蛟竜は尻尾をふにゃふにゃと揺らしながら寝ていた。脳の容量が大きくなり、知能が上がったことで夢も見るようになっている。何かしら、ご機嫌で陽気な夢でも見ているのかもしれない。甘えるように細い声を出して、くるっと尻尾を丸めたあたりで「キュッ、ルィ?」とあたりを見回して、目を覚ます。
目の前にある蝦蟹の食いさしが荒らされていないのを見て、かれはもうそれを荒らすような連中が生き残っていないのを思い出した。するすると寄ってきては柔らかい部位だけかじって逃げていく地虫はなかなかにひどい。ミズチや蛟竜は堂々と食い、見つかると仲間面をして取り入ろうとする――当然、尻尾で殴られて逃げ去っていくが。
アルエリウムをやや多く含んだ甲殻をぼりぼりと噛み砕きながら、かれはみっしり肉の詰まったいい蝦蟹を食った。有害物質――レウジェギートでも取り込んでいなければ、蝦蟹は人間からしても美味しい、よい食材である。
全身に力がみなぎっている――蛟竜はそう感じていた。以前にはできなかったことが、今ならばできる。はっきりと察することはできなかったが、それはおそらく「速度」に関することであるらしい。移動は早くなったが、それ以上に何かがあるようだ。二割も残っていなかった食いさしを食べ尽くしてから、蛟竜はまた眠りについた。
『起きな』
「ギュィ……」
警戒心が強めの野生動物は、声をかけられただけで起きる。接近の気配を感じとっただけでも起きるし、仲間のものであっても匂いを感じとった瞬間に目を覚ますものもいる。
『勝ちを決めるひとつ前の試合だよ、きばりな』
引っ張られて場に出されるとき目に入ったのは、ちょうど警戒していた相手だった。その高い知能と恐るべき魔術の腕で、玉牙に本気を出させた地虫に匹敵するかそれ以上であるかと思わせるほどの強さを誇る「鉱蠍岩魔」――が、享華した姿。
魔術的な紋様と幾何学的な直線刻印が全身に刻まれ、青緑に輝く八つの目を油断なく光らせている。ハサミには浮遊魔力を吸収し続ける力があり、大きく肥大化した尾の先端はその鋭さと頑強さもさることながら、筋肉を腐蝕する毒を含んでいる。加えて、蛟竜の嗅覚はねじれた槍のようなその尾尖にもうひとつの匂いを感じ取っていた。
節足動物・夾角類:操魔類上位種、「碧巌式焔蠍」。
奇しくも享華してすぐの二体の戦い、等級はたがいに青藍。
『――行くよ』
互いを隔てる壁が崩れた瞬間、サソリは岩を持ち上げた。地虫の使う攻撃として見慣れたものであったが――余裕をもって回避したそのとき、岩は爆裂した。巨大な音と、かれの装甲でも痛みを覚えるほどの勢いで散らばる礫片。
体勢を立て直しながら回避に集中していたかれは、サソリが行った何がしかの行動を見逃してしまった。岩を弾くため尻尾を鈍変していた蛟竜は、サソリが魔術行使のためにハサミを使っていないことに気付く。
大した特徴のなかったネズミや蛇は別として、今までかれが戦ってきたモンスターたちは必殺の攻撃を放つための武器を体のどこかに持っていた。前に見ていたサソリの戦いでは、ハサミを破壊されたものは魔術をまともに扱えなくなり、相手の為すがままに殺されるほかないほどの弱体化を見せていた――背中の一部が光って魔術が発動し、指向性のためにハサミを使っているような状態のサソリには、部位破壊は意味をなさないようだ。
相手が何かを狙っていることに気付き、蛟竜は様子をうかがいながら尾剣を鋭変する。
それは、すでに手遅れであった。サソリが浮遊させている岩の表面に、かれは何かを感じ取る。それはこれまでにも感じてきた相手の信ずるもの、一撃必殺の気配。これまでに見たことのない新しいものにそのような気配が加わっているのは異常なことだが、ともかくも蛟竜は避けることに専念する。しかし――
「ギュウッ!?」
爆裂ではなく、さらりと崩れ去った岩は匂うものをまき散らす。そしてそれはパチ、バチッと音を立てて碧い炎を巻きあげた。もうひとつ、ふたつと岩が飛び、ばきりと分かれるたびに炎が噴き上がる。
グレベルス痕源野において、炎使いは珍しいものではない。爆発する毛玉を投げる「球雷蜘蛛」や加熱する爪と尾剣を使う「紅錬蛟」、個体数は多くないが「炎灯螂」やそれらの享華体。大別した「炎使い」の種類はそれなりにある。万魔時代に荒れ狂った炎の影響汚染によって、のちに生まれたモンスターたちの性質が先天的に狂わされているからである。だが、炎をそのまま使うものはそれほど多くない。恐ろしく高い知能のあるサソリがたどり着いた自らの強化プランは、流れる血を覚醒させるというシンプルなものだった。
『じつに面白いね。レヒェルの炎を自分のものとして昇華させたようだ』
『あんたの知り合いにゃろくなのがいないね』
自嘲かい、とからかう声はやや疲れているようだった。
『あんたらしくないね、調子が変じゃないか』
『お気遣いどうも……悪夢を終わらせた疲れがどっと来てね。久々に化身を解いたりと大変だったんだよ』
『昨日は久しく本気を出してないようなことを言っときながら……。そういや何日か顔を出してなかったけど、あのときだったんだねえ』
流れ着いた悪夢は、悪夢と呼ぶにふさわしいものだった。「剛魔将軍」に「連魔将軍」、「炎魔将軍」と「雷魔将軍」、「従魔将軍」、そしてありとあらゆるモンスターを相手取ってきた亡国の王子、悪夢の本体に必滅の一撃を叩き込むため災濫大陸へと飛んだのが「剣魔将軍」である。
彼は一輪の花を持ち帰ってきた――なんでも「マリアージュ」という種類らしく、どのような意味かを聞いたタルクに、青年は「一番の幸せって意味ですよ」と笑った。よくは理解できなかったが、なにかしらの因縁を解消したようだ。
『転生者の考えていることはどうにも分からないね。それよりこちらだ』
『なかなか見ないサソリじゃないかい?』
『そうだね、確かに……』
尾に毒液を分泌する器官があるというサソリの基本は踏襲しつつ、その毒液が二種類に分かれるという無理を実現している。
(早いね。すでに燃焼剤を直接塗っていることに気付いたか)
サソリが尻尾を振り下ろすと同時に岩の匂いが変わることに気付いたのだろう、液体二種類を嗅ぎ分けることは容易だ。
(……が、どうかな? 対処できるのかどうか)
タルクの推測として、碧炎の対処はそう難しいものではない――炎の温度はかれの軟組織を焦がす程度で、甲殻をとろかすほどにすさまじいものではないのだ。問題は実行できるかどうかである。
蛟竜はするりするりと炎をかわし、どうにか傷を負わずに倒そうと躍起になっている。
(分からないでもない……そうしたのはほかならぬ私だからね)
死を避けるということは、傷を避けることであり危険を避けることである。死を遠ざけんがために強くなろうと成長を続けている藍晶蛟竜が傷を怖がるのは、当然のことだった。ただ、かれについて多くを知るタルクが導き出す答えも、唯一絶対というわけではない。
蛟竜は尾剣を振るい、岩を爆発させた。
『な、なんだいあれは』
『刃気……いや、純粋な肉体性能から生じた――「飛刃撃」か』
それは、地竜種の中でもとくに有名な「剣王竜」の持つ技である。魔力をあまり多く持たない彼がどうやってそれを放つのかといえば、当然、純粋な力を以てのこと――風を切り空を断ち、十ルーケ以上離れた獲物をすら両断すると言われる、力任せの絶技だった。
『刃気も使い始めたね。勝ち筋が見えてきたようだ』
岩を防ぐためには、自在な軌道を読まなければならない。当たる直前で炸裂するようなものは刃気で防ぐにもっとも不適切だったが、フェイントを織り交ぜてきた今ならどうにか刃気も役立てられる。
炎だけは避けつつ、かれは刃気を攻撃に転用しようとしている。
(魔力の流れがよく見えないのが痛いが……そういうことか)
両者から放出される魔力が入り混じり、「魔力眼」をもってしてもその混雑状態は非常に見えにくい。それでもなお、不自然な状態だけは目に付くものである。
薄く広がる魔力が濃くなって尖っている――魔力的に見た「刃気」が、根元からきりきりと絞られて魔力の密度分布をやや異なったものに変える。魔力に作用するエネルギーが重く蓄積して物質を飛ばした。サソリの攻撃には大した注目を向けず、同質のエネルギーではあるがやや軽い刃気のものを観察する。
(跳ねひもを使った玩具のような飛ばし方……あまり賢いとは言えないが、大きな進歩だと考えるべきなのかな? 消費がかなり少なくなっている)
飛ばし方は原始的だが、威力は凄まじい。装甲をぶち抜くことだけを考えた刃気は、その肉厚で重い四角形でサソリの右ハサミに半ばまで切り込んだ。機能不全を起こしたハサミを捨てることこそしなかったが、サソリの狙いがやや甘くなる。その隙間に、蛟竜はするりと入り込んだ。
サソリの決め手はひとつではない。
そして、蛟竜の決め手もいくつもある。
蛟竜がサソリの頭を殴打し、相手が意識を濁らせた刹那に尾剣をさっと振り下ろした。鋸で斬る音を数十倍に大きくして、切り始めから切断までをぐっと圧縮したかのような異音とともに――甲殻が切り裂かれる。
あまりに近い位置に叩き下ろしたためか、蛟竜の首元のとげは消し飛んでいた。自分の甲殻を粉砕する覚悟で岩を落とそうとしていたのであろう魔力が霧散し、頭胸部を両断されたサソリがぐったりとくずおれる。
『……あんたの勝ちだよ』
自分で削った以外に傷のない、完全な勝利であった。
タルクさまは「攻撃を受ける覚悟をしたらクッソ強くなるよなー」と思ってたみたいですが、ミズチくんはというと「余裕を持つのはまだまだ先、ぜんぶ使って勝つ!」という方針らしい。こういうところ変に賢くしすぎると気持ち悪いので、想定からずれる形にしてみました。
まだまだ先の話ですが「マリアージュ」は章タイトル。例の「誕生罪判例その2」さんのお話です。実質、転スラみたいなもんかな?(悪質な嘘) この世界におけるイメラティナの一種「スライム」がどういう存在かはすでに語られているので、ご想像に難くないものだと思います。




