7「風は吹き過ぎて」
遅くなりましたが、やっと投稿できそうです。
どうぞ。
勝ち残り――否、生き残りも少なくなってきたところで、休憩時間は伸びたものの緊張感はいや増すばかりだった。
『あんたとそこの、来な。始めるよ』
食ったものの消化どころか体の享華まで終わっている蛟竜は、準備万端、いつでもとばかりに龍晶の導きに従う。対する蝦蟹は、もう少し休んでいたいというふうにハサミをふらふらと振った。戦いはすぐに始まる――二体は向かい合い、壁には亀裂が入っていた。
『さあ――行きな』
先ほどまでのいかにも怠け者らしい様子が嘘であったかのように、蝦蟹はハサミを閉じた。かれはすでにその攻撃を知っていたため、まずは横っ飛びに避けて、炸裂した地面を無警戒に受け止めた。
ばらばらと舞った礫片は、蛟竜に対してなんの痛痒ももたらさない。
玉牙のそれと似通った結節質アルエリウムでコーティングされ、蒼哭銀がエクレア構造を作っている甲殻は、頑丈というにも度を越した防御力を発揮していた。例えるとすれば、水鉄砲を防ぐのに鉄のプレートメイルを着ているようなもの――何度も享華した「飛鳥撃蝦蟹」の空気弾であっても、一度ならば直撃を耐えてみせることだろう。効果がないわけではない――だから、油断などしない。
ある力を求め、その力を持つものを食い、果てしなく強くなった望みで得た気能「瞬撃」。それなりにある装甲の重量のため、先に食った蛟竜のように速度を出すことはできない。しかしながら、瞬発力が上がる、それに耐える体になるという気能は効果を誇らしげに示している。
空気弾を避け、弾けた地面をすら霞むような速度で回避し、地面にわずかな引っかき傷のみを残して蛟竜は移動する。蝦蟹はその傷と視界内に写りこむ一瞬の影を参考にして照準を合わせているらしい。狙撃手として非常に優秀ではあるのだが、ハサミを閉じる――装填と発射が同時に行われるその武器であっても、まだ蛟竜の速度には追い付けない。
「シュオゥ!」
殴る、ではない。蛟竜は、接近して腕が届く範囲に入ったハサミを押した。使われる筋力は同じ、衝撃力によって傷を負うこともない。結果、ハサミだけが大きく振れて蝦蟹は横倒しになった。
だん、ずだん、と尾剣を振り降ろして、蛟竜は蝦蟹を三分割し、さらにハサミを粉砕した。
『……勝負あったね』
それを残虐というには、前の戦いは過酷すぎた。
殺さなければ殺される――その思いは前よりもさらに強くなっている。百の実験体が入り混じっての蟲毒、グレベルス痕源野での数々の戦いでも、かれがこれほどに強く思ったことはなかった。
尻尾を切り落とされても、戦力が下がっただけのこと。本当に命を狙われているわけでもなく、相手にも真の殺意はなかった。あるいは、虫けら程度しか殺したことがなかったからこその勇気のなさかもしれぬ。本当の意味での生命の危機は、ほとんどなかった。全身を痛みに包まれ、血みどろで生き残ったことはない。だからこその殺意――あの愚かな蛟竜のように「勝ちたい」ではなく、「生き残りたい」という願いを持った。
遺骸を引きずっていく蛟竜は、龍晶にはどこか哀しげに見えた。
蛟竜の肉体性能は、ちょうどいい相手がいないくらいには上がっている。しぜん、強力になったのであろう刃気を試すほどの相手も少なかろう。だが、それは喜ぶべきことでもあった。戦わねばならない相手はこの中でも頭一つ抜けている……どころか、他の連中を自分の腰程度の高さに置いている。力がいくらあっても、一度負けてしまえば死ぬのだ。あのあり得ない強さにほんのわずかでも近付かなければならない。
まだまだ少年と青年の中間程度の知能しかない蛟竜にも、最終的に戦うことになるであろう敵は見えていた。残っている全員が、それを見据えている。あまりに集中した殺気に、彼女はわずかに身じろぎした。
サソリ、蛟竜、地虫や蝦蟹、死屍累々のなかから彼女を見ている者たちはおそるべき猛者だ。どれもすでに彼女が戦ったものたちの延長線上にあることは確かだが、運であれ技術であれ、正確無比な操作技術であれ、生き残ってきた腕前もまた確か。
『あんたと、あんた。たっぷり休憩したろう、やるよ』
地虫と蝦蟹が戦いの場に出された。
モンスターが少なくなるにつれて、戦いの編成を考えているのか、それともしっかり休ませているのか、戦いの合間の時間は増えていった。残りが十数体ともなれば、全員が戦ったところでその日の戦いは終わり、一日近い休憩を与えられる。かれらも同じくまる一日を食事と睡眠、休養に使うことができた。
『――行くよ』
合図が出た次の瞬間に、この中では比較的弱い「岩竜蟲」は上半身に生えた第二の上半身とも思えるものを勢いよく動かした。触手のかたまりがほの白い光をたたえながらめちゃくちゃに開く様子は、おぞましいの一言である――が、それはじつに合理的な仕組みだった。
触手のすべてが魔力を投射するための端末であり、その数を増やせば干渉力が上がるだろうという単純な発想に基づいて享華するたびに触手が増え、恐るべき数になっている。その力は干渉力だけで言えば等級ひとつ分ほども上がっており、侮っていい相手ではない。
こちらが「力」ならば、相手――相当に強化された装甲を持つ「飛鳥撃蝦蟹」は「技」と表すべきであろうか。下位種である「射手蝦蟹」から一度享華しただけでありながら、持ち前の射撃能力を強化し、風を操る液能をも手に入れている。
地虫が岩を持ち上げて飛ばそうとした瞬間――ガォン、と岩が破裂した。気能を液能でさらに強化し、体の形さえそれに合わせてしまっている特化型の一撃は、同じ特化型にもじゅうぶんに通用する。
そのハサミは「鋭い」という印象を与えるほどに長く伸びている。取り込める空気の量も増え、空気が加速する時間も比較的延びた。加えて一番前にある脚が奇妙なところまで高く伸び、あつらえたようにくぼんでいる。蝦蟹は、そこにハサミを置いてしっかと狙いをつけた――そして、放つ。ピシュン、というようなごくわずかな音ではあったが、とっさに転がって避けた地虫の触手は余波だけでねじれて吹き飛んだ。
さすがに危機感を覚えたのだろう、地虫は岩を数個持ち上げてろくろく狙いもつけずに飛ばす。その隙に狙いすました一撃を放とうという魂胆であったらしく、慎重な動きをする岩が動きを微調整していくが――岩は跳ね返ってきた。尾部を踏みつぶした岩をぽいとどかした地虫はそれを再利用せんとするが、岩は炸裂し、地虫に少なからぬ傷を負わせる。
焦った地虫は小石を雹のように凄まじい勢いで飛ばすが、それらは蝦蟹の起こした風に巻き取られ、ことごとく跳ね返される。そしてハサミは足の上に構え置かれた。
『ほう……なるほど、その段階には達しているのか』
享華を続けた蝦蟹は天竜――遥か天の彼方に住まう、空の旅人をすら狩り殺す。その技の片鱗を、この「飛鳥撃蝦蟹」は身につけているようである。
『で、あれば。君が死ななければ、双命核を投与するのもいいかもしれないね』
タルクは、もはやなりふり構っていられなくなっている。以前であればこのように浅慮に走ることはなく、蟲毒を行い、双命核を勝ち取ったものを観察していたはずだった。
(魔皇が魔王代理として統治を担当するのは構わない、時間が空いた分、彼らの観察がやりやすくなるからね……元号を変えるのも勝手にしろとしか思わないが、しかし。蟲毒を禁止されたのは大問題だよ)
いかにも現代人らしく、「そこにある神」よりも「心より出ずる神」を信じたがるという心の病気を抱えている。一方通行であるがゆえに完璧になってしまう意思疎通もどきこそが「信仰」であると信じて疑わない、平和の弊害そのものだ。
『そういやあんた、自分の実験はどうしたんだい』
いまさらながら、彼女はタルクがあまりにも長い時間こちらを見ていることに気付いたようだった。確かにその通り――ほんのわずかに残った実験体が活動しているところは常に観察されているが、進行中の事態はあまりにも少ない。魔力の流れが遮られて監視がうまくいかない場所もあった。
『私が何の理由もなく暇を持て余すと思うかい』
はったり半分、焦り半分といった声に、龍晶もそれなりに事情を察したようだった。
『いや、少しばかり正直に言うとね……あまり自由にやれなくなったのさ』
『うらやましくって見に来たわけかい』
『うらやんでなどいないがね……』
蝦蟹は、ハサミの射出口に疾風の矢を作り出した。
『いいぞ……独自の研鑽と改良。これぞ私が見たかったものだ』
単に矢であるわけではなく、先端を切り離してさらに加速することができるようだ。居城で修業を積んでいる最中のフレグィリエがいれば「おお、多段式のミサイルじゃん」とでも表現したかもしれない。
ハサミが閉じられたら終わりだと理解したのだろう、地虫は必死になって妨害しようとしているが、それは叶わないことである――干渉の強度はともかく、術の練度があまりにも違いすぎる。魔力をかき乱して術ひとつを破壊したときには、新たな三つが用意されている。明らかに間に合わないペースだった。
ハサミが、閉じる。
風の剣がざあっと切り開いた道を貫いて駆け抜け、矢は地虫の額にみごと命中――視認できるぎりぎりの一瞬で貫通して全身を爆砕し、龍晶の作った壁にわずかな揺らぎを作り出す。
そして、かれは勝利した。
『最近、人の国じゃ魔力の流れが少ないじゃないか。実験ができなくなったってのと関係があるのかい?』
龍晶には世界情勢を知る方法はない。タルクのように遠くを見る術式を開発しているわけではなく、あくまで派遣した使い魔に言葉を代替させているにすぎないからだ。しぜん、知ろうと思えば詳しい「従魔将軍」に聞くことになる。
『魔王国で大きな動きがあってね……文官による統治はともかくとして、魔王代理が幼すぎるという理由で「魔皇」が統治を行うことになった。戦いをほとんど禁じるような法令を出したり、「人道的な」研究をしろと言ってきてね。蟲毒は禁止された』
『ずいぶんとまた甘っちょろい政じゃないか。あたしの子供だったら張ッ倒してるよ』
母親は、娘はとうの昔に覚悟を決めたものだと思い込んでいる。笑いながら言っているあたりは、疑いすらしていない事実を色濃く示していると言えよう。
『真面目に守ってるのかい』
『魔王の遺児を前に、堂々と教育に悪いことはできないからね。もうそろそろ成人なのでなおさらだ』
闇の魔法によって五体をほとんど消し飛ばされて死去した先代「魔王」の遺児は、もうすぐ成人する。親の影響がまったくなかったからか清く正しい心を持ち、しかしながら両親の強力な力をほどよく――破滅的な水準でなく――受け継いでいる。
『あんたもまた、俗世に染まったもんだねえ。双月夜の龍はどこへやらだよ』
『結局のところ私は月であり、星ではなかったのさ。それだけのことだ』
戦いに備えている蛟竜を見つめながら、タルク・ザーンは苦笑した。
配信されてますが、オーズいいよね……。あの怪人「ヤミー」がまた怪人好きをそそるんですよ、これが。なろう作家がヤミーを生み出したらどうなるだろうか、と考えてみると「数が関係する」からメズールのものっぽくて、夜に増えることを考えるとサクラエビ? それとも相互クラスタを意識してクマノミ? どうやって欲望を叶えるのか気になりますね……pv増やすポイントつける書籍化爆売れアニメ化くらいか。
失敬、脱線が過ぎました。初期段階では大陸しか作ってなくて、最近宇宙を作ったからなんか月がふたつになってて……いきなり訳わからん言葉が出てきて申し訳ないです(日常茶飯事)。月と星ってどういうことかって言うと……えーっと、惑星と衛星というとわかりやすいんじゃないかなと。




