3「桜雨降る」
さくら、ついに本気出す。
どうぞ。
同族を半分ほど平らげてミズチが眠っている間も、蟲毒は続いていた。
『なかなかいい個体が揃っているじゃないか』
『あたしの手にかかりゃこんなもんさ。さくら、次の戦いに出な』
母が選ぶ相手は「強いが倒せる」ものばかりだ。先に経験を積ませて、すさまじく強いものでも倒せる技術を身に付けさせようとしている――とはいえ、それに抵抗することもしない。彼女は半ば以上諦めていた。
「従魔将軍」タルク・ザーンが称賛したほどの個体と戦うとなれば、いくら玉牙といえども無傷での勝利は難しい。その牙は彼女の死に届くかもしれぬ――と、そう思えば、彼女の腕剣もしぜん魔力を帯びてくる。いったい何が相手になるのかを見れば、ありふれた地虫のようでありながら体からあふれるほどの魔力を帯びた、青藍等級の怪物であった。
『なるほど、山崩竜虫か。よく応じたものだね……これは罠かもしれない』
『あたしの判断にケチを付ける気かい?』
『あなたの娘を心配して言っているんだがね』
『あんたにそんな心があるとはねぇ?』
タルク・ザーンにも心がないではない。ただ、価値を認めないものに対して――彼に価値を見出されるものが、どれほどあるのかということは別にして――冷酷だというだけのことである。
『あなたはどれほどご存知か知らないが、武者修行でもないのにこの呼び出しに応じるのはさらなる力を得んとする怪物。娘をむざむざ殺されてもいいのかい』
『そんなに簡単にやられるようなら、そこまでさ』
母が引き寄せて戦場へと引きずり出し、二体は相対する。
これまでこの決戦形式の蟲毒に出てきた地虫は、「地上に引きずり出された地虫」でしかなかった。地中を掘り進む力をサソリの扱うような魔術として再現し、移動はともかく攻撃をどうにかしていただけにすぎない。しかし、地面を融解しながら高速移動し、大地とつながってそれを自在に操る魔物となればこれまでとは段違い――
『始めるよ』
瞬間、凄まじい岩石の嵐が桜玉牙に襲いかかった。
ほとんどは無視できるが、弱点に大打撃を与えてしまうような大きさと速度の岩はどうにかして防御せねばならない。「防御のフェイント」という奇妙な動きを実現するために、彼女は自身の持つ剣気を振り回した。彼女の液能が持つすさまじい熱量は礫片を蒸発させながら岩片を融断し、相手の狙い通りに大爆発を起こす。
『読みが甘いね。玉牙は強すぎるのが難点だ、自らの弱みを認識していない』
タルクが目をかけるミズチは、自分の弱さを理解している。そしてそれを補うために装甲を強化し続け、尾剣の扱いを日々研鑽し続けてもいる。かれの絶対的・根本的な力の欠落は、それでも埋まらないほどに大きい。かれが強さを求めるのも無理からぬこと――末が地竜や剣竜であろうと、かれらの生まれはただのトカゲにすぎないのだから。
『きみたちは成長があまりにも激しすぎる。こんなものだと高をくくってしまうのさ。実際の苦労というものがまるで分かっていない』
『あんたにも苦労した時代があったような言い方だね』
『血筋だけですべてが決まるというなら、竜類はみな労せず紫等級に至ることだろう。生まれ持った力がなければ、私とて百年も生きていなかっただろうと思うよ』
爆砕される岩と、振るわれる光。恐るべき衝撃が洞窟内をびりびりと震わせ、戦いの疲れや満腹から眠っていた者たちも驚いて飛び起きる。
玉牙にあるのは四本の足と二本の腕剣。体を支え、隙のない防御も実現しようとすれば動かせるのは三本まで、常時攻撃に回せるのは腕一本だけである。剣気があろうともそれは同じことだった。
彼女の防御は、相手が攻撃を徹せるときに限ってはかなり薄い――それも当然のこと、彼女は全身がアルエリウムでできている。希少な材質であり、ところによって「国神」とも呼ばれる性質の原因でもある、人の知る中では最良といってもいいほどのものだ。しかし剣を徹すものには無為どころか、それはよく研がれた刃物の前に首を差し出すのと同じこと。全身の固さがほとんど均一であるために、身の守りようがないのだ。
いくらアルエリウムが頑強であっても、山崩竜虫の飛ばす岩の衝撃は彼女の耐えうる限界をどのようにでも超えられる。
そして、地虫の攻撃方法はそんな単純なもののみに留まらない。
『さくら、押されっぱなしじゃあないかい……』
地面が盛り上がり、飛んできた岩は彼女を挟もうと動き、砕かれたところで諦めることもなく再融合して玉牙のごとき形に変転する。土の槍が幾百となく降り注ぎ、突き出し溢れ出し、竜巻のように舞ったかと思えばもう一体の玉牙もどきに変形した。
「はっ!」
裂帛の気合い、一瞬で伸びた光剣気はあやまたず一体目の玉牙もどきを貫き、その上半身を爆散させる。だが――
「あつっ……!」
敵はすべてを織り込み済みだった。飴のように溶けて赤熱する上半身はそのままに振り回され、桜玉牙の体を傷付け、べたべたと貼り付いて神経を苛む。命あるものならば絶対に為し得ない、道具だからこその行動であった。
固まりかけた熱と柔らかさを利用して硬さを試し、地虫は相手を砕き得る岩塊を作らんと土を圧縮し始めた。
(まるで無駄がない……意思はぜんぜん見えないのに、怖いくらい正確で迅速)
山崩竜虫にも知能はある……あるが、人間との会話を成立するほどでもなく、数年を要するような迂遠な計画を立てるほどの狡猾さでもない。あくまで虫けらが享華を繰り返して得た程度のもので、この場にいる生物で程度が近いものはというと金と蒼銀の鋼鱗蛟であろうか。それが足りないかと言われれば、答えは否だ。必要十分、有り余っていると言っていい――知能のある生物は時間をかけるほどに学習していくからである。
要するに先手必勝、相手が賢い立ち回りを確立させる前に殺してしまえば問題はないのだ。かれはそうやって生き残ってきた。足元をとろかして拘束し、岩をぶつけて頭蓋を叩き壊して殺し、食う。難しいことではない、いつもなら数瞬で終わることだった。
(光だけじゃ足りない。まだまだ先がある……!)
ただ収束した光をまっすぐに放つだけならば、六角晶でさえ思いつくことだろう。
彼女の放つものは、「光」であっても光そのものではない。
(はっ、そうだ――しっかり操れば、私にだって)
地虫ごときが地面を操り、岩を浮かせ、玉牙もどきを動かすという三つを同時に為したのだ。龍晶となるべき彼女に同じことができぬはずがない。たったひとつしか液能を扱えない道理はない……彼女の放つ光は結果であり、過程を引き出すこともできる。彼女の扱える魔力は瞬間的な出力こそ地虫に劣るが、保有量自体は数段上である。たった今思いついた手段も、彼女ならばじゅうぶんに為し得ることだ。
彼女は凡才だった。覚悟も中途半端で、学習速度も遅い。命がかかっていると感じることが少ないためか、危機感も欠けている。卓越したものなどひとつもない――その体と力以外に誇るべきものは存在しない。
逆に言えば、力だけはある――この場にいる何者にも追随を許さぬほどの。
(どっちも作る。私の魔力なら、できる)
あふれんばかりの魔力をどっと放出して、彼女は剣気を作りだした。いくつもいくつも、張り巡らされた壁に迫るほどの広範囲、壁の中に充満するほどに刃が作り出される。半分透き通った桜色の刃がふわふわと漂い始め、山崩竜虫は困惑したように周囲を見渡した。
そして桜玉牙は、腕剣に力を込めて光を作り出す。
「はあっ!!」
桜色の刃がもっともよい形を作った瞬間に、彼女は光を撃ち出した。地虫が慌てて配置した岩が爆散し、成果は確認される。
(こういうのは下手な方だと思うけど、これならいける!)
微調整は非常に難しいため、そのまま撃ち出したほうが命中しやすい。しかし、それでは彼女の狙いは達成できない。
相手を攻撃するにあたって、まず防御を崩す必要がある。相手も無尽蔵に近い魔力を行使し、なおかつ焦りというものがまったく見えないため、正攻法――相手を消耗させて下すことは不可能だ。
こちらは繰り出す一発ごとの出力では完全に勝っている。
(イメージするんだ……! 傀儡と虫を同時に倒す!!)
彼女が狙っていること、そして繰り出した攻撃は「反射」である。
固有の「光剣気」を予測不能の軌道で相手に撃ち込むために、光を反射する剣気を大量に配置した。一度目にして狙い通りの軌道を描くことに成功した……ほとんど、相手を倒すにじゅうぶんな条件が整ったと考えていい。
地虫は瞬時にそれを察したらしく、岩塊をいくつも無秩序に射出して剣気を砕こうとしている。桜色の破片が宙を舞い散り、それらはあたかも桜花が風に吹かれるようであった。
『ふふふ……。なかなか面白い光景だ』
『うちの子は、爆発力だけで生きてるのさ』
さすがに呆れ果てた、といった声にタルクは笑った。
『いやいや、それが素晴らしいんじゃないか』
『双命核でもくれるのかい』
それはダメだと答えるだけ答えて両者の戦いを見ている従魔将軍は、自分が目を付けているミズチが戦いに見入っているのを見つけた。
(見たところで参考になるものではないんだがね……君には術は使えないよ)
かの鋼鱗蛟が行使する「刃気」は確かに剣気に似ている。しかし、応用や変形においてはまったくと言っていいほど発展性を持たず、玉牙の操るような方法は模倣しようもない。数十をまとめて展開し連続攻撃する、光に変えて超高速攻撃に転じる、腕に装着して物理的な射程延長につなげる――そのどれもが、コストや可能性のために封じられている。
(……羨ましいのかもしれないね)
うらやむほどの知性があるかどうかはわからないが、それはともかく異様に感じるほどじっと見つめている。かれに表情というものはないため、さらに異様に感じられるのかもしれない。
『どこ見てんだい、あの子が活躍してるってときに』
『あなたも親バカだな、まったく……』
『あんたが言うんじゃないよ』
続けざまに撃ち込んだ光は岩を融解させた――しかし、溶岩は復元しない。地虫の土を操る魔術は届いていなかった。
「やっぱり……」
魔力が通るべき経路に置いた剣気が数枚、ダメ押しに薄く広げた魔力を纏わせておいた結果だ。相手の自在な土魔術は、魔力経路の封鎖に弱い――当たり前のことだった。
「これで……決めるっ!!」
切り結んでいた玉牙もどきを蹴り飛ばし、彼女はあえて剣気を崩す。機、と見た山崩竜虫は岩ひとつと玉牙もどきに力を集中させ、それらを突撃させた。
「――ッ」
限界まで圧縮した光が剣気を通って三方向に分裂する。一本はまっすぐに飛んで、玉牙もどきの細い腰を消し飛ばした。魔力の制御が乱れたか、そこで停止する。
二本目は一度反射して、飛んできた岩塊を爆発させた。
(――いけない!)
三本目の軌道を変更、自分の上へと向ける――彼女よりもはるかに大きな岩が粉砕してガラガラと転がった。
しかし、地虫にできる悪足掻きもここまでだ。
玉牙もどきを再利用した岩塊がふたつ飛んでくる。光で爆砕して腕剣ではたき落とし、防御に使われた岩も分裂した光剣気で消し飛ばした。そして最大の力を込めた一撃を放つ――体節の二か所を同時に貫かれ、地虫は苦痛のうめきを漏らした。
制御が甘くなり、防御が崩れた瞬間を狙って桜玉牙は光の剣を振り切った。灼熱が通り過ぎた地面は赤熱を描き、山崩竜虫の頭部が縦に切断され――ゆっくりと、不格好な半身が地面に落ちる。神経系は完全に焼き付き意識が消え、肉体も再生不能……生命を見る液能を使うまでもなく、死んでいることは明らかだった。
『勝負あったね……あんたの勝ちだよ』
「はい、……母様!」
ねぎらうような声に、桜玉牙は嬉しそうに応えた。
『やれやれ、どうなることかと思ったが。優秀な娘じゃないか』
『さてね。……じゃ、次の戦いに移ろうか。あんたの実験体同士の』
こいつ章ボスなんだ……(小声)。まあ、相手がチートな方が倒しがいがあるし、作品全体として「あたまおかしいチート持ちの凡才VS普通じゃないけど強くはない天才」(VS古橋君とか)っていうものに終始しているので、こいつもちょうどいい塩梅ではある……強くしすぎたかな。
やっと出てきた「剣気」と「刃気」の違い。いちおう文字にしておくと
・剣気
龍晶の子であり享華を繰り返した「玉牙」が身につけるデフォルトの液能。個体によってさまざまに変化し、攻防自在かつコストも大したことない。暴れ出した玉牙が手に負えない理由のひとつ。なお、光に変化させた桜玉牙は非常に特殊であり、今後同じような剣気を身につける個体が現れる可能性はきわめて低い。
・刃気
剣気の劣化型。どうして発現したのか現時点では不明。少なめの魔力でも問題なく作れるが、振り回すために追加コストが必要なので燃費はかなり悪い。そもそもミズチごときがこれを連発できるほどの魔力量を持っている道理はないので、当然ともいえる。基本的には防御に徹しており、狙った場所にすぐ作れることもあって「致命の一撃をとっさに避けきれないとき」「相手の攻撃の脅威判定をするとき」などに重宝している模様。
……な感じですかね。このあいだは攻撃に使ってたけど、本当にコストを惜しまなくていいときっていうのは全然ない。加えて本気で相手を殺そうと思ったときにはすでに防御で魔力を消費してそうですし、同じものを十は作れる余裕がないとまず使わないと思います。




