2「刃気・真」
(2019/07/03 ミスを修正)
(2019/07/22 金剛六角塔内部の様子を追加)
ついに刃気を攻撃に使うときが来た! 将来的にやりたいことを考えるとテンション爆上げですね。投稿がこんなに遅くなって申し訳ない、書きたいことが多くて多くて……使徒セロノとかグレイブとかぜんぜん書けてないのにアウルムも進めなくちゃならないし……。
どうぞ。
『蟲毒をやるよ。参加者を募ったから、じき集まるはずさね』
母の言葉に、桜玉牙はびくりと顔を上げた。
『覚悟を決めな、さくら。あんたはあたしを継ぐのさ、あたしが母さんから継いだようにね。いやだとは言わせないよ』
石晶子からたった二人生き残った片割れ――紅玉牙を殺してから三年。彼女は結局のところ迷いを捨てられずにいた。殺して殺し続けて、付近の生物がみな彼女を恐れ、見た瞬間に逃げ出すほどに殺戮を重ねても、迷いは消えてくれない。その迷いがいったい何から生じているのか、どうすれば治まるのかも知れないままだ。
『――はい』
『なんだい、素直になったんならこっちに来な。ずいぶん待たせてるよ』
まずは二、三の観戦を経て、挑戦するものがいれば彼女はその挑戦を受ける、という形式であるらしい。どこまでも勝たせたがっているということを察しても、負けることの方が難しいのは事実だ。
結節質アルエリウムに魔力を吸着した結晶体は、硬度で言って少なくともカルン位階6、高さ4ルーケにも及ぶその体の重量は半ズドン近くにもなる。踏み潰すだけでもかなりのダメージになるであろうことは想像に難くない。
『まったく……覗き魔、アンタも素直に出てくりゃ殴らないってのに』
『これは失礼したね、夕龍晶どの』
彼女の知らない声が、宙に浮かぶ四角い板から発せられた。今にも剣気でそれを斬る構えであった母は、今にも斬り捨てんとするようなひどく苛立たしげな声で応える。
『やめな、気色悪い。何をしに来たんだい』
『あなたの成果を見に来た……私の実験体も何体かいてね。どちらが勝つのか、少しばかり気になるんだよ』
しかしまた、いつ見てもいい場所だねとタルクは笑う。
海の色から草色まで、さまざまの青や緑を宿した結晶があちらこちらに生えている。これらはただ魔力が結晶化したもので、モンスターではない。近くにある大きめの六角晶がこぼした残滓であったり、ここで争って死んでいった玉牙のかけらであったりと、来歴は様々だ。いずれそれは「魔力砂」と呼ばれる物質に変わり、川に流れていったり人間に採取されたりといった経過をたどることになるだろう。
そして、巨大に成長しつつも形を変えることはない六角晶は母なるものの魔力の流れの一部となり、自我を消失している。このように膨大な魔力の中にあっては、元来そういったものに鈍感な人間であっても多少では済まない威圧を受けるに違いない。
中心――と言うべきか否か、集まったものたちが戦う場所よりは奥まった場所に龍晶は立っている。大部分は地面よりも下に埋まっているが、ほんの三割ほどの地上部分だけでもじゅうぶんな威容と言えよう。
夕焼けの狂おしい紅、海辺で見る果てのない青、逢魔が時の禍々しい血紺、種々の色彩が躍る見渡すこともできないほどの結晶巨樹――それがグレベルス痕源野に君臨する女皇、国神と呼ばれることもある龍晶の一柱「夕龍晶」である。
タルクと同じく多数のモンスターの成長を待つ身であるが、方針の違いからかこうして見に来ても木で鼻を括るような態度しか見せることはない。
『まるであたしの子供が負けるみたいな言い方じゃないかい?』
『私はあなたのようなことはしない。それだけは覚えておいてほしいね』
まるであざ笑うような声だった。母に対してこのような口が利けるものがこの世にいようとは思わなかった――娘でさえ絶対の服従を誓うほかにないというのに、このひどく横柄な態度で龍晶に接しておいて生き残っているという事実に、桜玉牙は戸惑う。
『ああ、この男はね……生き物を見るのが好きなのさ。生き死にを含めてね』
『そう、その通り。そしてきみの母と同じく蟲毒を行っているものだ』
そもそも「モンスターを集める」という段階はふつうの生き物には為し得ない難行。それを各所へ送り届ける手間や、うまく戦いを発生させることもたいへん困難だ。人間が組織立ててもなかなかできないことを、魔王軍の力を借りて成し遂げる。なるほど地力が違えば困難の度合いも変わろうというものだが、強力であれ劣弱であれ、モンスターは言うことを聞かない。聞けば聞いたでおとなしくなりすぎて、蟲毒を行うには邪魔になる。言うことを聞かないままにあちこちへ移動させるとなると、並大抵のものではない。他者への転移魔法が使えるような怪物であればいざ知れず――事実上その方法しかないということになれば、諦めるが常道というものだ。
彼女にはここまでの知識はない。ただ、洞窟の外でモンスターを都合よく集めるのがとても難しいことだとは理解していた。
『ま、そういう話はあとにしよう……なかなか面白い戦いじゃあないか』
『あたしにゃバカ同士にしか見えないけどねぇ』
地虫と蛟竜の戦いである。口から魔法を撃ち出す地虫に対して、蛟竜は恐るべき速度で移動しながらそれを回避し、一瞬霞むほどの勢いで跳躍した。目を持たない生物は、それ以外の感覚が非常に優れている――空中にあるからといって、その跳躍がすさまじいものだったからといって、見失うことはない。
そして、地中を進むときや休息するとき、脱皮するための土繭を作るときなどつねに土を操る魔法を行使し続ける彼ら「土蛇虫」は、魔力が尽きるということを知らない。甲殻の一部に土の龍脈とつながる成分を取り込み、持ち前の魔力というものを身体保持のためにしか使わぬゆえの気能「地の眷属」である。
――もっとも、どちらにしてももっと冴えた手段がある。
恐ろしいまでの跳躍を見せた蛟竜「爪刃竜」は、その尾で空中を――否、そこにあったなにかを打ち据えてさらなる高みへと身を躍らせる。
『面白いって言ってるのは……あんたの改造が加わってるからかい』
『そう、彼はこの私が生み出した双命核を食って、力を得ている』
地虫は、岩の壁に向けて魔力を投射した。鍛え上げられた干渉力がその岩を一瞬で伸ばし、蛟竜の体を打ち砕こうとする。
「ルィッ……」
嘲るような声とともに、かれは魔力を行使した。双命核によって得た力、防壁にして足場でもある液能「空跳脚」である。いくつも展開された光の壁はかれの意味不明な思考を現実へと押し上げ、無数に配置された鏡を走る光のような、まるで読めない軌道を描かせてみせた。
『……ま、少々うぬぼれ屋で自己演出過剰なきらいはあるが、蛟竜にまで享華しているのだから実力はあるだろう』
『あんたも冷たいことを言うじゃないか』
蛟よりも一段階上の生物、それが「蛟竜」である。より竜に近く、特異性を増した幻想的な力を行使することも多い。生物学的には爬虫類に近い存在だが、魔王国古語ではトカゲを意味する「シディナ」とは違って「シディルザ」という単語が充てられ、まったく別のものであるという解釈が根強い――要するに幻想の一歩手前ということになる。
「ゴルォゥ!!」
ずんと轟くような声をあげ、かれはその過剰な速度を以て地虫に突撃、胴体を両断した。まだ動こうとする上半身をガツンと蹴り飛ばし、飛びかかって口器に食らいつき、魔力が集中する牙を食いちぎる。
『じつに残虐だね。さすがだ』
何を言っているのか意味が分からないが、これがかなり強力な相手であることはわかった。もう少し、分析の時間が必要だ。
『勝負あった、あんたの勝ちさね……次を始めるよ、とっとと持って行きな』
「グォルゥ」
蛟竜はくわえた地虫の死骸をずるずると引きずり、残っていた下半身に尻尾を突き刺して引っ張っていく。
『さて、そこの眠そうなのと、気合十分なの。やりな』
『おお、かれは私が目をつけている子じゃないか』
蒼銀と金をまとう鋼鱗蛟、そして翠を纏う鋼鱗蛟――両者はにらみ合っている。かれらはにらみ合ったまま戦いの場へとなだれ込んだ。
ミズチが目を覚ましたのは、先の戦いが始まる頃であった。のしかかる重量を感じて、それがトカゲ流の愛の儀式であるということに気付きはした――ミズチの頭にあごをしきりにこすりつけ、尻尾をからめようとしている。鱗の硬さや、気付かせることなく接近する有能さを表現する行動だ。
「キュルゥイ、ルゥ」
「ギュゥ……」
エディルム・モールト鋼と蒼哭銀がエクレア構造を作っているミズチの甲殻は、いまこの段階でもかなり硬い。キロントとメスケティウムが半分ずつ混じった翠の甲殻は、それよりもやや柔らかいうえ使いどころが限られる。
そして何より、ミズチは幼すぎた。人間の年齢でいえば、十八の男が十とすこしの童女を抱こうとしているようなもの。機能が成熟していない以上、ミズチはそれを受け入れる気がない。あと少しの匂いはあるが、機が満ちたとて相手にされないだろうことは想像に難くない。
総括すれば、雌の本能として判断される基準に満たない相手であった。
ミズチは上に乗っている同族の尻尾を軽くどけて、どいてもらうように尻尾をたたく。相手はしぶしぶながらミズチから降りた。
剱蜥蜴たち地竜系統の剣竜にとって、強さは絶対の基準ではない。剣王竜のように強さ自体はごくわずかであっても、群れをまとめる知性が求められることもあるからだ。
しかし、強さを証明することで雌を獲得するという風習にあっては、雌から「強さが足りない」と示されることは大きな恥になる。戦いに突入した二匹の鋼鱗蛟がにらみ合っている――主に雄の方が強く見ていることは、わずかの感情を持つ生物としては当たり前のことであった。そこまで強くはっきりした感情はないが、強さを証明したいという欲求は「この雌に対して」ではなくともある。
尻尾をゆらりと揺らしながら、ミズチは尾剣を油断なく構える。見たことがないものに対して、かれは警戒を怠らない。たやすく破れる技であっても、それが初見のものならばひとまずは避ける、それがかれである。
『――行くよ』
合図とともに、両者はさっと距離を取る。様子をうかがいながら、円を描くように移動し、徐々に近付いていく――止まったその瞬間、雄は大きく跳ねた。ミズチはそれを避けるでもなく、以前よりは短い尾剣を鋭く振り下ろす。
「シュォウ!」
頭部へと迫る尾剣を相手にして、雄はなんとその手を前に出し、尾剣を殴ることで攻撃を避けてみせた。ミズチはといえば、わざとバランスを崩して滑り、尻尾が相手に向いたところで再度の攻撃を繰り出す。同じ手段で弾こうとした雄もさすがに防ぎきれず、指が何本か折れてしまった。
「ルゥォオ……」
すかさずミズチは向き直り、雄を殴りつける。鍛え上げられた膂力は雄の鱗を吹き飛ばすほどの傷を与え、かれの歯は数本が抜けたり砕けたりとかなりの傷を負った。ふだんはあまり使わない殴打という手段であるが、尾剣による同じ攻撃でもなかなかの威力がある。使える際には使ってもいいだろう――と、ミズチは刃気を作り出す隙に本能的ながら思考した。
真面目に相手をするに値しない――これが、ミズチが下した判断である。
ならばやることはひとつ、こういう機会でもなければ試すことがないだろう、刃気についての実験。
「シュウゥ」
魔力を注ぎ込み、かれは切り落とされる前の尾剣と同程度にまで巨大な刃を作り出す。
これまでかれが刃気を使った目的は、おもに防御だった。それなりに少ない魔力でさっと作り出せる、自分の尻尾と同程度の強度を持つもの――それがかれの認識だ。攻撃を防ぐに最低限の大きさと幅で作られ、空中にできた障害物くらいの意味合いしかない。鋭さ自体はかなりあるため、攻撃に使うこともできたが、かれはそうしなかった。
空中に作り出した刃気を動かすためには、さらなる魔力が必要だったからである。初めて刃気を使って羽尾蜥蜴を殺した際にはそれを意識していなかったが、戦いが連続することもある洞窟の中では魔力の残りを意識することも多くなった。一度の戦いで枯渇するようなことをしていては、いざというときの防御が心もとなくなってしまう。
一番の理由は、「背中の晶殻は魔力を固体化して成長するものだから」というものだ。体に合わせて成長するのでバランスがいびつになることはないが、成長にも魔力を使うことは間違いない。現在の「使った魔力も補填する」という状況は最適……かつ、敵対するのに余裕を残せる相手というのも珍しい。
反りがなく、異様に尖って物質的な輝きを放つもの――牛刀のような深紅の刃気が作り出され、ゆっくりと狙いをつける。
『ほう。なかなか面白い考えだ』
間際に思ったことはいったい何であったのか――尻尾をくるりと巻いて、最大の防御姿勢をとった鋼鱗蛟の雄は、その頭部を貫かれて死んだ。
『勝負あったね、あんたの勝ちだよ』
ミズチは雄から吸い上げられた魔力をすべて受け取り、消費した魔力をもすべて補填されて、自らのうちに目覚めようとする新たな姿を感じた。
そして、地面に転がった今日の食糧をくわえると、先ほど寝ていたところへと戻っていった。
ミズチくん幼女なの……?(困惑) という疑問も多いと思うので、現在出てきている時系列順にミズチくんの人間でいう年齢を解説。
年号不明
剣王竜のもとにいたとき(3歳くらい)
王歴8年
ドルト・グリース王国将軍と出会ったとき(5歳くらい)
???
グレベルス痕源野に来たとき(7歳くらい)
???
古橋君が自滅したとき(9歳くらい)
???
ベディロンケール龍洞に来たとき(10歳ちょっと)
じつは間がけっこう空いていたりする。この理由はというと、見せ場がないから&ちゃっちゃと見せ場に持って行きたいから。あれこれ条件があるのと、日常的に強敵と戦ってるといつか死んじゃう気がしてわざと空白を作ってます。空白期間はイベントなし日常期間なので……前にも同じこと書いたような気が。




