1「己は裏切ると嗤う」
ちょっと間が空きすぎていたので投稿……定期更新は諦めたほうがよさそうですね。できるだけ早く書くつもりではあるんですが、正直厳しい。書け次第投稿か……こっちの雲行きも怪しくなってきましたね。アウルムとかあれこれ書いてるから忙しい。
どうぞ。
不思議に導かれるような気がして、ミズチはいつの間にか歩き出していた。食って埋まる空腹とは違い、何かをしなければならないという感覚がある。その「何か」が何であるのか、目的地に向かわなければ分からない。龍晶が導く先は、生贄――彼らはただのエサだ。彼らにそのつもりがなくとも、かの強者に勝てるもののほうが少なかろう。
あのオンナを退けてすぐのこと、かれにもそれなりの自信が生まれている。
かれの体には疑いなく青等級の魔力が宿り、刃気の扱いも、それこそ玉牙に匹敵するほどに上達していた。精神力もかなり向上しており――賢くなったわけではないが――、精神支配の術式を受けてもはねのけることができる。
歩いているうちに、かれは六角晶に似ているが感じる魔力が段違いに高い、強力なものが株分けをしたらしい結晶体を見つけた。
『よく来たね……いや、あんたは不参加かい』
尻尾がない鋼鱗蛟など食器がない食事のようなもの。興覚めというより、存在を認めないような冷たい口調である。
「ギュルゥ……」
『不満があんなら尻尾生やしてきな。それともなにかい……それでもやるってなら、死ぬ覚悟くらいはできてんだろうね?』
「ギュウ」
『いいよ、入れてあげるよ。ルールをきちんと守るなら、なんにも問題ない』
あからさまに侮った口調ではあるが、彼女は参加を承諾した。
かれは株分けの案内を受けながらベディロンケール龍洞深部――巨大な縦の空洞へと向かっている。もっとも巨大なソリッド「龍晶」が屹立する、流れ出し流れ込む魔力であらゆる生命が強力に成長する「金剛六角塔」は、グレベルス痕源野におけるモンスターたちの最終到達地点と言っていいだろう。
そんな場所にたかだかミズチ程度のモンスターが入り込むことにはかなりの疑問があるのに違いない、獣や蛇や偽竜たちが、いっせいにかれのほうを見た。
『はい、はい……さて、石晶子を使って探知して、誘いに乗ってくれたあんたら――ひとまず感謝するよ。これから、勝ち抜き形式の蟲毒をやる』
ルールはこうだった。
ひとつ、相手の命を奪うことを勝利とする――これについて疑問を抱くものはまったくいなかった。
ひとつ、勝ったものが負けたものの持つすべてを奪う。結界の効力により、死んだものからは魔力が収奪、勝者へ譲渡される仕組みになっている。
ひとつ、特別な力がない限り、戦いの最中に傷は癒えない。龍晶は『癒しの魔法を使うのも反則さね、覚えとくんだよ』とたしなめた。
『これだけさ……よぅく覚えておくんだよ。そうそう、勝ち抜いたらどうするか言ってなかったね――約束する、「次に至る」だけの魔力をあげるよ』
それは享華が「享華」と言われる所以。華を享ける――光を束ねてできた華、つまり龍晶などの大きな魔力溜まりから魔力の供給を受けることが「享華」である。龍晶自身の裁量しだいで、体がついていかない量であっても魔力の供給自体は可能だ。命力と気力が揃ってしまえば即座に享華が始まるほどの魔力を渡す、と彼女は約束しているのだ。
獣が高く吠え、偽竜がそれに続き、かれらは体のあちこちを使って喝采を示した。
『組み合わせはあたしが考える、引っ張るから従いな。そこのと、そこの』
8ルーケはあろうかというおそろしく大きな鉱蟹と、さらに巨大――10ルーケをゆうに超えるサソリが第一会戦に選ばれた。
鉱蟹はかなり長い時間を生き残り、成長し享華してただのカニではなくなっている。甲殻に含まれるのは年月を経て変成したロクテノが主だが、レウジェギートや鉄を外部に集中して強度が高まっていた。威圧的なトゲがあちこちから伸びて、そのシルエットを大きくゆがめている。
一方のサソリは大きさこそ尋常ではないものの、外の茶色い岩に擬態するのにちょうどよい色彩、尻尾にはあまり特徴がなかった。挙げるなら、ハサミが内側に光を抱えているらしいことか。ミズチはそれに見覚えがある――
『いいかい?』
ガキャン、ゴン、と金属質の音を響かせながら、カニは威圧するようにハサミを振り上げる。サソリはというと、ハサミに魔力を充填して魔法発動の準備にかかっている。
『――行くよ』
二体を隔てる剣気の壁が、中心から溶けた。
瞬間にサソリの尻尾が伸び、しかしカニは小さな方のハサミをばねのように跳ね上げてそれを弾く。ゆったりとした動きで左右に揺れているのは、なにも動きが遅いからではない。いつでも致命部位をかばうことができるよう構えているからだった。
弾かれた尻尾の甲殻は砕けもせず、反動で多少浮き上がったあとすぐにサソリの頭上へと戻る。攻撃を防ぐ必要などないと言わんばかりに、鉱蟹は出すことができる最大の速度で接近していく。振り上げたハサミの重量バランスはでたらめである――否、その重量をこそ利用して、かれは超重量、必殺の一撃を放つ。異常でなければ、正常を超えることはできないのだ。
サソリはぞりぞりと素早く移動し、振り下ろされるハサミを横に避けた。石くれが舞い上がり、それらはサソリの制御圏内に入り――瞬く間に、カニは砂嵐とも見紛うほどの恐るべき「石の竜巻」に覆われた。
術式を埋め込まれて育ったサソリは、奇跡的に子孫を残した。それはある一種族として定着し、グレベルス痕源野のモンスターの中で生き残っている。しかし、それはサソリに液能として定着した魔術が、他に比べてやや効率が良かったというだけの話にすぎない。それはあくまで本能的に使用される改変力「液能」だった。単に効率が良いだけで、破り方さえ理解してしまえば大したことはない。
しかし――術式を理解し、改良を施し、ハサミの中にある刻印に頼らずに魔術を構築し行使できるものがいたとすれば。
人間であれ魔人であれ、できるはずがない、と断言することだろう。そもそもサソリごときにそれができる知能はない、と。
――例外は存在する。
好奇心が強いものがもっと多くを望めば、享華で知能を獲得することもある。肉体の強化、魔力の強化、知能の強化すべてが重なればどうなるのかという未知。その答えこそがこのサソリ――「鉱蠍岩魔」である。
生まれつきの力を昇華したものは、この空洞にはいくらでもいた。その中でも破格中の破格、攻防一体、この地において絶対ともいえる土のうち、石、岩、『そういったもの』ならば自在に操れる魔術だ――が。
それほどの天才であっても、それ以上に強いものには抗いようがない。
カニは何事もなかったかのように、砂嵐をそのハサミで切り裂いた。風が断たれるという前代未聞の事態に、サソリは一瞬動きを止める。ほんのわずかな思考の間に、鉱蟹はハサミを振り下ろした。尻尾でどうにか狙いを逸らして頭を叩き潰されることだけは避けたものの、尻尾の先にある毒針はひしゃげている。かれはとっさに地面を盛り上げ、続く一撃をそれで受け止めた。
が、それは小さい方のハサミでたやすく裂かれる。
鉱蟹――「メスケティウム鋼蟹」には液能がない。しかし、それを補うだけのものは持っている。右のハサミはバランスを崩してまで手に入れた、ひたすらに重く硬い重量武器。左はというと軽さと鋭さを兼ね備えた、音をも追い越すほどの速度で振るわれる凶刃である。刃物や丈夫なものを作るにはよく使われるメスケティウム鋼を取り込み、気能「瞬撃」によって縦の重量、横の鋭さを手に入れたカニに死角はない。
重い鉱蟹を攻略するのによいとされている方法はいくつかある。
ひとつは、甲殻の隙間を狙って出血させ、感染による静かな死を待つこと。もうひとつは転ばせることである。かれにはどちらも通用しない。まず、サソリは隙間を狙えるほど細くて器用、かつ頑丈な器官を持っていない。そして、重心が低く安定したかれの体をひっくり返すのは至難の業である。
もちろん、それは物理的な方法に限った話――
カニが急に動きを止める。足を動かそうとし、ハサミの動きが前に動こうとしてはびくり、びくりと後ろに戻る異常な状態になっていた。
『ふうん……?』
見る間にカニの形が変わっていく――トゲが丸まり、全体の大きささえ変わっていくようだ。しだいにすうっと浮き上がり、高く持ち上がったところで地面に叩きつけられた。恐るべき衝撃音が轟き渡り、鉱蟹の関節がめちゃめちゃに折れる。全身からドボリと体液があふれ出し、拘束する必要さえ感じないほどの重傷を負っている。
サソリはさらなる攻撃を加えた。
カニの形は丸まっている――そのトゲはいったいどこへ行ったのか。痙攣する足の形と動こうともしないハサミの形が、今にも死のうとするスライムのようにぐにゃりぐにゃりと内側から膨れ上がっていた。
そしてカニが鉱蟹の形そのままに、トゲをすべて失う。絶命の瞬間は誰にも見えなかったが、それを察しているものはいた。
(なるほどねぇ、命力が通ってない部分の鉱物を操作して……内側を壊したのかい。あの子にゃ効かないけどね)
龍晶はすべてを見抜いていた。
鉱蟹の甲殻のもっとも外側にある部分は、かれの体にとっても有害であることが多い。そのため隔離され、かれ自身の命力の影響下にない。サソリはそれに付け入り、鉱物操作の術式をそこへ作用させた。とどめに、外側の部分を内側へ反転させることで、体内を貫いて破壊したのだ。
『あんたの勝ちだよ。持って行きな』
鉱蟹の保持していた魔力がすうっと抜けて、サソリに移っていく。受けた傷は龍晶の魔術によって完全に回復し、鉱蟹の死骸を引きずっていく姿も意気揚々としている。
『しょっぱなから面白い試合だったね……。さあどうだい、いち早くやりたいってやつはいるかい?』
楽しそうに揺れる尻尾が、ぺたりと地面に置かれた。
『ここまで見て無理だと思ったんなら帰りな……ここから先は何にもしなくたって死ぬし、最善を尽くしたって死ぬ。命が惜しいってなら、危険なことをしないのが一番さ』
龍晶は、しごく真っ当にかれらを諭す。当たり前も当たり前、鉄火場に踏み込めば命は危険にさらされる。グレベルス痕源野のなかでも、蟲毒はもっとも高水準のモンスターが集っている。一体しか生き残ることができないというならば、それ以外は死ぬさだめにあるということ。
かれらは、自らの意思でここへ来た。しかし、自らの意思で帰ることはおそらくできない――前に進むことでしか戻ることはできないのだと、悟った。
自分の体に裏切られる……こわい。ボディービルダーは脂肪を落としすぎて免疫力が下がるとかなんとか聞いていますから、信じる手段でも正しいとは限らないことはありふれているのでしょうね。
すいません忙しくて解説とかしてる暇がないです。




