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闇ニ玉散レ百剱  作者: 亜空間会話(以下略)
畏れ多き龍脈にて
36/61

C-Cherry Crystal Cross:3

 ふう……。夜勤明けで映画見に行ったらぜんぜん眠くならなくて、体がいかれたのかなと思ってすぐ寝ました。怖かった……若いからって無茶しすぎたらいけませんよね。同僚がそのたぐいの無茶を何度もやっているので、体を壊さないか心配で心配で。


 どうぞ。

 残響が消えて、その場には生きている彼女と死んでいる姉が残る。


『よくやったじゃないか、さくら。これであんたが蟲毒に出られるね』

「……はい」


 口だけはそう動いていても、あるのは真逆の感情だった。押しつぶされそうな感覚と、体が震えて止まらないほどの寒気――姉に強気で放った言葉を、今すぐにでも撤回したくなる。勝ち誇りたいのに、心も体も許さない糸にがんじがらめになっている。


 姉を殺した――。


『さくら……正直に言っちまうよ? あたしが生まれて数百年、母さんが生きた千年だって、ばあさんが生きた年月も……繰り返されてきたんだよ。石晶子から六角晶になって、玉牙、そして龍晶――』


 享華するたび、彼女らは知能を増していく――つまり、六角晶にはほとんど「なにもない」のだと、桜玉牙は気付くことができなかった。


『何億の石晶子が放出されて、六角晶だってその辺にいくらでも生えてるじゃあないか。あんたがいったい、どれだけのモノの上に立ってると思ってるんだい? ここで殺した一匹の分を合わせて、数十数百……律儀に数えるつもりかい?』


 それどころか、数千数万を費やしたとしても、「最初の一」は消えるまい。桜玉牙には母の言うことを理解できない。そして母も、桜玉牙の言い分を受け入れるつもりなど毛頭ない。個々の性格の違いと言ってしまえば、ただそれだけに帰す問題である。


「ひそかに力を溜めるだけでは、いけないんですか」

『あんたの寿命が尽きるほうが先さ。ただじっとしてるだけで生きてられるほどここ(・・)が甘くないのは、あんただってよく分かってることじゃないか』


 好戦的なものも多いが、戦いを好みながらもそれを効率的に行う頭脳を持ったものも決して少なくはない。リスクをとっても玉牙という巨大な力を倒そうとするものは、かなりの数にのぼるだろう。ただ安穏と生きられるほど、ベディロンケール龍洞は平和ではなかった。争い合い殺し合うサイクルの中でも、桜玉牙こそが最終の標的となる運命なのだ。


『殺して食って、生きるんだよ。それが命さ』


 そうして生きてきた龍晶にとっては、それこそが真理だった。


 桜玉牙は迷っている。母の言うことを聞かないという選択肢はある――それでも、生きていくことが不可能になりはしないだろう。だが、限りなく近付く時点で命が終わったと同じようなものだ。


 反抗するという選択肢は魅力的だ――すぐさま母が自分を殺すだろうという推測をはねのければ、もっとも現実的かもしれない。


(ここは、ひとつに絞って考えちゃダメ……)


 従っているふりをして、瀬戸際のところで裏切る。それまでは素直になったふりをするのもいい、受け入れたふりをするのが得策だろう。


「母様、私は……覚悟を決めたいのです」

『殺しな、そこらにいるモンスターどもを。殺して殺して、自分の心がすり減ってくくらいに。迷いを消すには、ひたすらやるのが一番さ』


 経験したことがあるかのような、どこか優しい口調だった。彼女はそれには気付かず、言葉だけを受け入れる。


「分かりました」


 地面を踏みしめながら、結晶塊は腕剣に光を宿す。その日のためには、それが必要なのだ――心の中でつぶやきながら、小さなサソリに歩み寄る。尻尾を掲げて威嚇するのをよそに、彼女は光を集中した。


「さようなら」



 ◇



 与えられた使命を果たすことができるのか――私は、彼女にはできないと考えています。何かを成し遂げるために必要なものはいくつもありますが、彼女は決定的に必要なものを持っていません。


 あのタルクさまも、自分の目的を叶えるために自身が生贄になろうとしていました。ところが、そのためには力が足りず、才能も足りていませんでした。だからこそ誰かを生贄にするしかなくなり、幾度も蟲毒を行いそれに執着するようになったのです。


 彼女には才能があります。光を使うものとしてまともに戦えば、母よりもはるかに強い龍晶となることができるでしょう。あるいはその未来こそがタルクさまの望むものなのかもしれません。しかし、才能があり素質があり、能力が揃っていたとしても――意志が、覚悟がなくてはいけません。意志はくじかれ、覚悟をすることができずにいるのならば、より強固な覚悟が彼女を砕くでしょう。


 あるいは人間がもっと強力な力を手に入れ、魔物を大陸から駆逐してしまえば、ほんのわずかな地域では「平和な暮らし」ができるのかもしれません。そのような場所ならば彼女の思う暮らしもできましょう、戦いなどとは無縁な……なんと表現すればいいのでしょうか皆目わかりませんが、そのような場所もできるとは思います――幾百年経とうが、ヒトが魔物を駆逐できるなどとは思えませんが。


 そもそも力を尊び戦いに生きるものこそ本来のヒトであり、「あの男」に穢されて染め上げられていった民たちを思うと反吐が出ます。子らが変わっていくのを見ても止めることができず、あげく古臭いと笑われ、暴れれば狩られ殺される定め……タルクさまはその世界を覆すと約束してくださいました。


 だからこそ彼の実験体となり、幾度も体を崩壊させそうになりながらもここまでついてきたのです。タルクさまの望む結果はこの私にも出すことができませんでしたが、その手伝いをすることで贖罪をしている……つもり、ということになるでしょうか。


「テケリ? テケリ、いるかな?」

「はい、ここに」


「ちょうどよかった、王子の面倒を見ていてくれないか」

「承知いたしました」


 タルクさまはあれこれと言いながらも、よく王子の面倒を見ています。執務に忙しくなったり、あのお方直々に戦闘に出向いたりといったことが増えましたので、私が子守を任されることも増えています。かわいらしいお子ですし、男の子としてはおとなしい子ですから手もかかりません。


「王子様、よーしよし……」


 御年はまだ一歳ですのでおむつも取れていませんが、ほんの少しずつ言葉を話し始めたところです。子供を研究するという不可思議な学問の成果によると「喃語」というそうですが、私には以前使われていた「言葉の芽」という表現のほうがしっくり来ます。


「んぁ、まぁう……」

「どうされたのですか、王子様?」


 少しだけ、不機嫌そうな顔をなさっています。乳母からたっぷりお乳を吸ったと聞いていますし、おむつも先ほど取り換えたはずなのですが、何かご不満がおありなのかもしれません。ほっぺをむにむにとつついたり、お手をなでたりとご機嫌取りを試してみますが、どれもあまり効果がないようでした。


「むぅー……あぁ」


 手をぱたぱたと動かして、私の胸元を叩いています。母性のためにと思って、小娘だった時代から体形は整えてありますので、ここについてご不満を述べられるのであれば男に渡そうと思ったのですが――跳ね返る感触に、それまでの不満を忘れてしまったようでした。やはり「母性を持つべき」という私の判断に狂いはなかったようです。


 頭をなでていると、王子様も落ち着かれたのでしょうか、すやすやと寝てしまいました。どういったご不満だったのか突き止められなかったのは残念ですが、ともかくも揺りかごに戻すことにしておきます。


 ――戻さなければなりません。


 あの男と同じ、つややかな黒い髪。この世のものとは思えないほどに強大な魔力密度、そして焦げ茶色の瞳。


 私の左足を太ももから切り落とし、魔力経路を破断し、自慢だった肌の色をすらおぞましい色に染め変えて、牢獄に入れながらも秘蔵した美術品か何かのように扱った、あの男。私がこの世でもっとも憎むあの男に、不気味に思えるほど似ているのです。


「リュウザキ・マサト……」


 王子様のかわいらしい寝顔に、あの男のような邪念は感じられません。しかしながらこの私には、千年近く生きておきながら、幼い子にさえ苛立ちを覚えてしまう未熟の身。いつ邪念に駆られて王子様を害してしまわないとも限りません。あるいは、タルクさまはそれを見越して、私の心を鍛える試練として子守を課したのかもしれないとさえ思います。


「王子様はこんなにかわいらしいのですもの、あのような……」


 あの男は、私を丁重に扱いました。姫君だからという理由のほかに、すでに女を侍らせていながらも、戦いで傷付けたことを恥じていた可能性もあります。ひと思いに命を絶ってくれれば、そのほうが生き恥をさらさずに済んだというものです。


 決して犯しはしなかった――ほとんど裸身である私をじろじろと見つめながら、体調はどうかなどと聞かれる屈辱。命を絶たれもせず、向こうの好き勝手に任せるほかないなどという気持ちが、あの記憶がよみがえるたびにむくむくと湧いて止まりません。


 命を冒涜しながらも、志は否定しないタルクさま――雑草など、抜いて捨てるか焼いて肥やしにするかの違いだ、とおっしゃっていました。雑草の中から花が生えたなら、真っ先にそれを記録し、その花が最大限に咲き誇るようすべてを変えていただけるでしょう。花壇に植えられた気分のままで、私は宙ぶらりんです。


「災厄などその輝きで退けて戻ってきてください、タルクさま……子守は、私だけでは荷が重いのです」


 揺り椅子に座りながら、王子様を起こさぬよう抱き上げ、私は彼が少しでも心地よい眠りにつけるよう尽力することにしました。私が小娘だったときに、母は暇さえあればこうして私を眠らせてくれていたのだと聞いています。愛があればそれが通じ、ヒトと魔の境界さえ忘れさせるのだと。


「王子様が、少しでも幸せに暮らせますよう、祈っておりますよ」


 揺り椅子に揺られながら、私も眠りに落ちていきました。

 またしばらく……ことによると数か月お待たせするかも。話はできあがっているのですが、書くのにはかなり時間がかかりそうなんですよね。次回予告とかしちゃおうかな……するか。楽しいし。


 魔王領ひどい目に遭いすぎ……転生者の被害受けてるのここだけじゃん! おまけにタルクさまの実験体も思っくそ勝手やってるし(しかもまだ生き残ってやがる)。魔王いい加減に目ぇ覚ませやコラ。



次回「集えよ光、束ね束ねて華となれ」


 不思議な力に導かれ、ベディロンケール龍洞最深部にやってきたミズチ。かれらを呼び寄せた「夕龍晶」は、ここで殺し合いを行い、勝ち残ったものには相手から得られるすべてを与える結界を作っているのだと説明する。一も二もなく参加を承諾したミズチは、これまでとは水準が違う恐るべきモンスターたちと対峙することになる。

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