間章 「危うい糸・2」
遅くなってすいません……。
どうぞ。
「おいチーク」
「何でしょう?」
呆れ気味のゴテムに対して、チークは笑顔で答える。
「……ミズチを乗り物扱いとは出世したな、おい」
「許してくれるんだからいいじゃないですか」
ミズチはどこか楽しげに、尻尾をふにゅふにゅ揺らしながら歩いている。
きっかけは、王国の将軍ドルト・グリースが「クルナール」という剱蜥蜴をかわいがっているという話だった。
「あれだけのデカさで享華してねえとは驚きだぜ……」
「魔力密度が低いからじゃないでしょうか。今の強さでもじゅうぶん強いと思って強くなり続けてるふしがありますし」
「まあ、強いぜ。ちょっと相手してもらったことがあるんだが、威圧されただけでチビっちまったな……また、尾剣の振るい方のキレがやべえんだこれが」
「あまり傷を増やさないでくださいね、ヘロゥ」
生物には猛毒であるはずのレウジェギート鉱蟹を、ミズチはなぜかものともせずに食っている。
「ま、仕組みは分かったんだけどよ……信じられねえな、こいつら」
「鉱蟹の時点でおかしいんだけどね? そこには気付かないのかしら」
気能である「甲殻変性」は、取り込んだものを鱗や甲殻の材質に変換する。それが生命に対して危険であるという矛盾を起こすようなものであっても、例えば表面材質に使うような工夫を凝らして使ってしまうのだ。
橙色の合金「エディルム・モールト」の内訳は鉄、キロント、アルエリウム、そしてレウジェギートである。アルエリウムが晶殻に高純度で使われ、レウジェギートが毒としてミズチの体を蝕み始めたタイミングで肉体は可能性をつかんだ。ロクテノとアルエリウム、そのほかの微量金属や希少鋼素を混ぜ合わせた蒼哭銀にしても同じことである。通常ならこれで満足してもおかしくはないほどの、すさまじい装甲である。
「これってオシラナギとかいう……日出瑠の、最高級の刀に使う鋼材だろ? そいつを作っちまえるようなのが、こいつなんだな……」
『私モ蒼哭銀デ作ラレテルデショ。モット褒メテ』
「道理で固くて強いわけだな。変形もできるし、すげー有能だぜほんと」
『……照レル。ソウイウノ禁止』
ウツル・ヤザナは言葉を発しない棒に戻った。
「ん? どうしたミズチ。乗れってことかい?」
「キューゥ!」
大正解! とでも言いたげに、かれは尻尾を大きく振る。
「しかしだな、ミズチよ……お前、背中のそいつはどうするんだ」
「ギュッ……」
忘れていたらしく、尻尾がくるくるへなへなとわけのわからない揺れ方をしている。見るに、悩んでいるようである。
「大丈夫ですよ、危なくないように乗ればいいんです。こんなふうに」
「キュルゥ……」
晶殻の間に足を通して、もっとも大きな晶殻を持ち手にするという斬新な方法で、チークはミズチに乗った。
「チーク、もうちょっとスカートがどうにかならないかしら」
「あっ、すみません」
長めのスカートなのだが、明らかにズボンを想定した乗り方をしたせいでかなりみっともない状態である。
「着替えたほうがいいでしょうか」
「素直に、横に向かって乗ればいいと思うわ」
またがるからズレるのだ、という発想である。
(ちっ、チークが着替えるかもしれなかったのによ……!)
(衣擦れの音だけでも価値があるってぇのにな?)
『頼マレテナイケド、槍ニナッタ方ガイイミタイネ』
『ケツヲブッ刺スワ』などといって怒り出したヤザナを鎮めるのには相当な時間がかかった。ミズチは不思議そうに見ていたが、尻尾の先端部分がやや整えられていたように見えた――とトルダは証言している。
「そういや、お前はどこに向かってたんだ、ミズチ?」
「ゴテム、そいつはだいたい察しがついてる」
「どういうことだ?」
「ベディロンケール龍洞には「国神」がいるって伝説がある」
――国神目覚めしとき、光は集う。
「こういう言い伝えがあるんだ……正直さっぱりだが、こいつの背中」
「そういうことか。察したぜ」
神話において「光」や「華」と表現されるものは、本質的に同じであるとされている。その正体は、魔力を吸着し魔力を生み出す世界の仕組み――「六角晶」とそれに連なる結晶生物たちだ。
――光は束ね、新たなる神の礎とならん。
「私なりに考えると……この子は蟲毒に向かってるってことかしら?」
「不幸なもんだな、たまたま六角晶なり食って甲殻にしただけなんだろうに」
勝利するのは、「神の眷属」であるとされている。そもそも眷属以外に高い戦闘能力を持ったものでも、常識の埒外にある「剣気」には対抗のしようもない。
「ちょっと待ってください……この子の使ってたあれはなんでしょう」
「あれって――あっ、あれ? そういえばそうね」
黒いものを攻撃するのに使った、赤い魔力の刃。名前を付けるとすれば「刃気」とでもなるのだろうか、本来の鋼鱗蛟なら持っているはずのない液能だ。
「おっと、賢いやつはあんましいないと思ってたんだが……こいつは別らしいな」
何かが、ゆらりと身を起こす。
「何かしら改造の痕が見えるわね。普通じゃないわ、警戒して」
「見りゃ分かる」
次に見えたのは、異様に丸みを帯びたハサミだった。その内側には、線で描いた魔法陣と思しきものがある。
『魔力充填による自動詠唱開始・小礫浮遊操作術式発動――発射』
チークが降りると同時にミズチは飛び跳ね、そのサソリが放った小石の散弾を受けた。だが、さすがは硬質合金――ものともせずに進んでいく。
「わざわざ魔法の種類を言ってくれるなんて、人間でもなかなかないわね」
魔法使いであるトルダは、遠距離からの様子見に長けている。が、敵の正体も操る力も分かった以上はそれを潰すまで。
「音声でぜんぶバレちゃう液能なんてごめんだわ……。ヘロゥ、ハサミを壊して」
「言われなくても」
少々理解力があるものなら、誰でもそれに気付くことができただろう。ハサミに魔力が充填されたタイミングで魔法が起動し、周囲の石ころがざあっと巻き上がった――魔力行使端末はハサミだ。
「ヤザナ……なんかいいのあるか?」
『石ヲ彫ル「タガネ」ナラ、ドウカシラ』
「そいつで頼む。棒ならなんでもこいだ」
『分カッタワ』
ヘロゥは槍使いであると同時に、棒術使いでもある――というより、扱いを習熟した棒の中に槍が入っていたというほうが正しかろう。
『岩片浮遊操作術式発動――発射』
「今度はでっかいヤツか――」
指先ほどの小石ばかりだった射出魔法は、対象を岩片に切り替えられて、こぶし大から人の頭ほどの石塊を浮遊させ始める。対象をヘロゥとミズチの二者に決めたそれらは、あやまたず致命部位に向かって飛翔した。
「――なら、見切れる」
槍の穂先は、小石などよりもよほど小さい。それが数百飛んでくれば避けられないのは道理だが――逆に、はるかに大きなものがそれなりのばらつきを持って飛んできたのであれば、王国で一番の使い手にとってはまるで問題にならない攻撃だ。軌道を予測して見切り、それが後ろから戻ってこないことを確認して、その魔術はやはり付け焼き刃もしくは付属物にすぎないのだと理解する。
浮遊・操作魔法ならば、ふつうコントロールを手放すことはない。後ろで飛び散ったと見せかけて、もっとも大きな破片にコントロールを移すなど初歩中の初歩。液能と同じように、本能的に使っているだけだ。
「せッ!」
ハサミをかち上げ、下に潜り込んで関節部を順に突いていく。前足がすっと伸びて彼を蹴ろうとした瞬間、ミズチがサソリの頭を殴り飛ばした。
『もう見抜いたカ。サすがニ早い』
ぶちゅ、ずぷ、とサソリの口から灰色の虫が這い出てきた。
「寄生虫に寄生したってことね……」
「きせい、ちゅう――って何だよ」
「あとで説明するから、戦いに集中して」
「おう」
細長いウジ虫型の寄生虫が、気味の悪い粘液の糸を引きながら鎌首をもたげる。
「気味悪ぃバケモンだな、こりゃ……」
「大丈夫よ、任せて」
トルダは、そこらから集めた岩をがしりと閉じた。
「脂が多いヤツはね、蒸し焼きにするときっちり焼けるのよ」
「あァ? ……ああ、前のアレよかマシかねえ」
炎魔法を扱う彼女は、敵を焼き尽くすことにかけてはかなりの腕前を誇る。どのような環境でも同じように、同じ威力を発揮するようにという調整は卓越したものがあった。
ぱちん――と指を鳴らすと、岩の隙間が赤熱する。
『ぐご、ゴグ、ぐがあぁアア……』
「ゆっくり味わってね。おしまいまできっちり……」
スライムは「変質すること」に弱い。生まれたてのものが長生きしないのはすぐさま混じる不純物に耐えられないからであり、成長したものでもそれを特性としない限りは大きな変化に弱くなる。その構成物質が熱に弱いことによって、悪夢を名乗るスライムは熱に弱かった。
「ひぃー、こいつは……」
「ふふふ……」
炎の竜巻や炎の箱を使うのが好きな彼女は、文字通りの火力にものをいわせて敵を圧倒する。しかし洞窟の中では大きな炎が使えない。その熱量を圧縮して、ごく小さな敵を焼き尽くすくらいは難しくないが――彼女は、故郷を滅ぼしたスライムという生物を「焼き尽くす」程度で済ませるつもりはなかった。
「ヘロゥ? サソリは任せるわ」
「了解、っと」
ハサミを振り下ろす動きに合わせて関節部を切り、尻尾を叩きつける動きに合わせてそれを切り飛ばす。ヘロゥとミズチは協力して相手を圧倒している。
「……とどめだ」
サソリは頭をかち割られて動きを鈍くし、ぐたりと動かなくなった。
「っし! こいつでもう終わりだぜ、これ以上は運べねえや」
しばらく行動を共にしているうちに、ヘロゥたちの目的は果たされた。ミズチも目的地に近付いてきたらしく、そわそわしている。
「なあ、お前の強さはさんざん見てきたが……どうなるんだろうな?」
「シュゥ……」
ゴテムはかれの頭をよしよしと撫でてやりながら、やや心配そうに笑った。
「残念だが、蟲毒ってのをどうやるのか、見たことはねえ。お前みたく強いモンスターなら何も心配することはないと思うんだが……」
「ひいきのしすぎですよ、ゴテム。恐ろしい怪物をたくさん集めるのが蟲毒ですし、それを勝ち残るのもその中で最強の怪物ですから」
人間でありながら青等級を超えようとしているヘロゥや、魔力量だけでいえば青藍等級に到達しているトルダとも違う――魔力量と肉体の性能、戦いにおける実力を兼ね備えた怪物たち。
「あのときの地獄みたいな戦いを乗り越えた……俺たちもあれこれやってる。こいつにだってできるはずさ。将軍の言ってたトカゲは、たぶんこいつだ」
「えっ、本当なの? トカゲ――そうね、享華すればミズチになるけれど……本当にそうかしら?」
鱗を見ればわかるさ、とヘロゥは小さく言う。
「離れ形見を残したというなら、本体の状態と同じ。国に戻って、将軍にそれを見せてもらえばいい。黄橙の金属光沢、覚えとくぜ……な、ミズチ」
尻尾をゆらゆらと動かしながら、ミズチは歩いていく。
「応援してるぜ。とはいえ――」
「言わずもがな、よね」
「よくあること、ですから……」
「言うなってぇのによ、ったく」
一度別れをすれば、会えないものだと思え――何度も言われて、幾度となく体験してきたことだ。否と言っても、運命は微笑まず、嗤うのみ。優しい女神などいない……杯に賽子を浮かべ、盤に足を置いて口の端を吊り上げるものが、退屈を紛らわすために盤を蹴飛ばし杯をぶちまける。運命とはそういうものだ。
「じゃあな……」
揺れる尻尾が、ふうっと闇に消えた。
設定書いてたら長くなりました、アンドお待たせしましてすいません。誰だよ早く書けるとか言ってたのは……? Cを挟んでから、次章ですね。ようやく次章の敵がぜんぶ決まったので、詰まり気味のCを何とかすればゆっくり進んでいくと思います。無理に連続投稿にこだわるとえらいことになりそう……。
ヘロゥ・ゲスティ(24)
アルナテラ王国有数の棒術・槍使い。純粋戦闘能力が青等級に到達した数少ない人間で、かの王国将軍ドルト・グリースに次ぐ実力を持つ。整った顔立ちに加え、勘違いさせるような言動を取るため女性に好意を持たれやすく、相棒のヤザナや婚約者のチークはずいぶんやきもきさせられている模様……この時点で二人いるので、心配して変わるとは思えないが。
もと傭兵で、現在は王国内の日雇い斡旋所に出入りしている。得意分野はモンスターの討伐。逆に言うとそれ以外はあまりできない。
ゴテム(30)
もと鉱山労働者で、現在はその知識を活かして鉱石を分別・鑑定する仕事に就いている。武器としてメイスを持っているが、扱いに関しては「一から鍛えたほうがいい」(ヘロゥ談)とのこと。振り回す速度はともかく、戦いには向いていないようだ。日雇いの鉱石収集に参加したのは自分の店の名を挙げるためで、グレベルス痕源野とはいえ洞窟内はそれなりに環境がいいことを知っていた。
家名は不明。本人曰く「捨てられたが、あまりに幼少の頃だったので覚えていない」。
トルダ?(?)
炎を扱うことを得意とする魔法使い。女性というにはやや幼く見え、実年齢は娘盛りを過ぎたころだと思われる。魔王国レギロ領で生まれた生粋の魔人であるせいか、人間よりも魔力量が多く、青藍等級にも及ぶ魔力を秘めている。加えて魔力を供給するアクセサリーを付けており、魔力切れの心配なしに魔術を行使できる。炎を見ることが好きで、暖炉を眺めながらぼうっとするのが趣味。ものが焼ける様子はだいたい何でも好き。
レギロ領は王歴5年に滅んでおり、住民の消息や何が起こったかの情報はほとんどが不明であるため、彼女の名乗る「トルダ」という名前が本名であるかどうかは不明。スライムというモンスター種に対して恐るべき憎悪を抱く彼女の様子からして、レギロ領を滅ぼしたのはスライムのたぐいであると考えられる。
チーク・ディスティマ(23)
王国の日雇い斡旋所戦闘部門で働いている出張治療師。栄養管理や看護をこなし、前線にも出る「戦場の看護婦」とでも言えそうな存在。料理上手かつ戦いもそつなくこなすなど、かなり優秀である。よくケガをして帰ってきていたヘロゥを治療しているうちに心配が愛着に変わり、強さに惚れる。最近はあまりケガをしないのが嬉しくも寂しい様子。治療するケガがないに越したことはない。
年下ではなく、ヘロゥのほうが誕生日が速いだけ。つまり同い年である。よく話したり一緒に冒険したりという縁もあり、彼と婚約している……が、彼の相棒が素直じゃないので困惑している。
ウツル・ヤザナ
一身(=五鍋=2ルーケ、150センチほど。この世界における人間・魔人の身長の平均値)の、「蒼哭銀」で作られた棒。先端部分をさまざまに変形することによって、その戦闘能力を大きく変更する。疑似的に女性の魂が宿っており、武器自身の学習によって変形のレパートリーが増える、信頼関係しだいによっては本来出せないはずの本気を引き出すことも可能になる、非常に有用な武器。
女性であるせいか使用者の男性ヘロゥが好きで、餌付けで仲良くなったトカゲごときに嫉妬してしまったりするかわいらしい面もある。いつか頑張ってモンスターになり、化身してあれこれしようと画策している。すでに半分以上モンスターなのだが、そこには気付かない抜けた面がかわいい。




