間章 「危うい糸・1」
ちょっとだけ書けたので投稿。
どうぞ。
やかんに蒸気を集める装置を付け、それを冷却して水を得るというシステム――きわめて原始的な「真水を得る装置」である。グレベルス痕源野では「魚のいない水を飲むな」という実際的な教えがあり、それを守らなかった場合はレウジェギート中毒になって全身がぐたぐたになってしまう。ところが、そう都合よく水場が見つかるはずもなく、魚のいるいないを簡単に確認するすべがないときには、この装置に頼ることになる。汲んだ器と飲む器を分けていればまず中毒の心配はないだろう。
「ったく、レウジェギートを取ってこいったって、なあ……」
グレベルス痕源野地下「ベディロンケール龍洞」、全体からすればごく小さな細道でも、人間からすればそれなりに巨大な場所で――ヘロゥたちは野営していた。
「この辺りは鉱蟹やら剱蜥蜴やらの「金属を取り込む」気能を持つモンスターが多いんでな。採掘をやるより、魔物を倒したほうが質のいいモンを取れるてぇわけだ。倒すだけ倒して、質のいい部分をかすめ取るだけで金になる。四人いる分、持っていける分も少なかぁねえからな」
いつまでも「鉱山を開拓すりゃいいじゃないか」と言っていたヘロゥに、漁師のように日に焼け、体つきもいかにもごつい、いかつい大男――ゴテムが諭すように言う。
「それに、レウジェギートの鉱石は純度が低い。精錬するのが大変で燃料費のもとが取れねえんだよ。まだしも鉱蟹の甲羅ひっぺがして、焼いた灰持って帰ったほうがまともな質のもんができるってもんだ……これで二度目だぜ、おい」
体力の必要な仕事をしている四人が長距離を運べる分量はそれなりである。鉱石を馬鹿正直に持って帰るのは論外として、鉱蟹の甲羅をそのまま持って帰ろうと考えていたヘロゥたちには、知識のあるゴテムが必要だった。
「ずいぶんと慣れてるのね、ゴテム」
「鉱夫やってたこともあってな。掘らない方がいい鉱石は一通り頭に入ってんのさ……トルダ、潰した灰はどれくらい溜まった?」
「まだまだ持って帰れる分量ね。鉱蟹をあと五、六は倒しても余裕があると思うわ」
「なら、その分だけ倒そうぜ。トカゲはミズチじゃなければ倒すのも手だ」
剱蜥蜴や鋼鱗蛟の鱗・甲殻はたいへん複雑な構造になっており、見た目には金属が多く見えても実際の量が少ないことが多い。また、剱蜥蜴はともかく鋼鱗蛟はリスクに対するリターンが見合わないことで有名だ。尾剣の扱いが異常な高水準を記録しているグレベルス痕源野のものはなおさらである。
「確か、エディルム・モールト鋼を増産するんだったか? 鎧にも剣にも使えないってのに……」
「建築の基礎に使うんですよ、ヘロゥ。老朽化も緩やかですし」
「そうだっけ……? やっぱ俺、戦い以外できないな」
「きちんと支えますよ、ヘロゥ」
見せつけてくれちゃって、もう……とトルダは笑った。
「水矢鯉のスープですよー……。ちょっと乾し野菜が少なくなっちゃいましたね」
「そこはチークが野草なり取るところだろ? そっちの知識は専門外だぜ、俺は……」
ここって洞窟ですから、とチークが冷静に言う。
「肝を使えば栄養は足りますけど、味が濃いので飽きが来るんです」
「やれやれ、治療から看病からこなす治療師さんは……。栄養がありゃまだマシだ、味も栄養もまともじゃねえもんをかっ食らってんのがふつうだからな」
労働者だったゴテムの食事に対する感覚はそんなものだ。戦いに生きるヘロゥにしても「調理番が料理上手だったらラッキー」くらいにしか考えていない。トルダは美味いものでもまずいものでもとくに関係なく食べる味覚音痴である。
「ま、チークの料理はうまいからな。納得するように作ってくれりゃいいぜ」
「だよなぁ……。チーク、これうまいぞ」
「それは良かったです」
「あらいい笑顔」
それなりに巨大な水矢鯉を捌いて、集めた水で乾し野菜と切り身を煮ただけの料理だ。調味料はというと残り汁を煮詰めたものを放り込んだだけである。
「それにしてもなんだが……あんまし、外みたいにモンスターと出会わねえな?」
「ああ、ゴテムも気になってたのか……鉱蟹に蝦蟹、それに六角晶と地虫。どれも鈍いやつばっかしなんだよ」
「鈍いってなぁどういうこった」
「……どう言や伝わんのか、俺の言葉だとちっとアレなんだが――生き物にも賢いのとバカがいて、虫とか魚よか、トカゲやら獣のほうが賢いんだ。ここにはちっとも賢いやつがいねえんだよ」
喜ぶべきところではあるのだが――その偏りは、一種の不安を呼び覚ます。
「楽になっていいんじゃないかしら。やつらしぶといけど、取れるものだけ取って帰れれば、それが一番よ」
「トルダの言う通りですよ、二人とも。戦いなんてない方がいいです」
「とは言ってもよ……鉱蟹倒さんことにゃレウジェギートは集まらんぜ」
「音で集まってくるだの匂いに惹かれてくるなんてことにならないだけマシでしょ。いつだったか、群生地で血をばら撒いて挽肉にされた馬鹿の話あったじゃない? 洞窟って匂いが広がるわりに出ていかないから、けっこう危険なのよ」
「――っと、おいでなすったぜ」
「おいおい……ミズチじゃねえかよ!?」
単なる剱蜥蜴ではなく、足が獣のように下に向かってついている鋼鱗蛟だ。不思議なことに尻尾は短く、生えたてなのか、研ぎすぎた短剣のようにギラついている。
足取りは少しふらつき気味だが、全身を覆う甲殻の色は――。
「な、――なんだ、あいつは……? おい、なんなんだアレは!?」
「……甲殻変性の効果でしょうけど、そんな」
――黄橙と灰蒼の混じり合った、合金の重ね。
黄橙のほうはエディルム・モールト鋼、灰蒼は「蒼哭銀」らしい。
「ふふ、ははは……なんだこりゃあ。楽な仕事だと思って来てみりゃ、こいつぁ……死んだな。絶対ぇ無理だ」
「トルダ、後ろで構え……俺が指示したら行動な。ゴテムは俺の後ろから来い。チークは杖だけ持って、治療の準備を」
「無理よばか、やめなさい!」
「俺がやる。心配するな、慣れてんだ」
「ヘロゥ、ダメですっ!」
豪槍猪の革を使って作られた、動きやすい革鎧。手に持つ棒は、日出瑠で作られた、人造精霊が埋め込まれた一品もの「ウツル・ヤザナ」。靴と籠手には魔法が組み込まれ、彼の動きをサポートして最適の攻撃と回避を行うようになっている。
しかしながら――青等級に届くとはいえ、彼もまた人間。気能もなく液能もなく魔術の心得もなく、槍の扱いを仕込まれて、国で有数の槍使いになったというだけの話である。
「ヤザナ、剣矛だ」
『ワカッタ』
人の身長として一般的な一身の長さを持つ、いわゆる「一身棒」としてそこにあったヤザナの先端部分が、ゆるりと揺れて変形していく。全体の形としてはハサミのように交差する刃がゆったりと完成し、中心の棒からは槍がするりと突き出した。ソードブレイカーとしても使えそうな、三叉槍である。
「おいヘロゥやめろ、本気かテメェ!?」
「こういうときに冗談言っても始まんねぇだろ」
ゆったりと歩み寄り、ミズチが尻尾を掲げるのを目にして、ヘロゥはその槍をゆっくりと持ち上げた。ミズチもゆっくりと彼に近付き、尻尾をゆらりと揺らしている。
「――」
互いの刃が届く距離。振るえば血肉がはじけ飛ぶであろう尾剣と三叉槍は――
かちん、と打ち合わされた。
「……お?」
ゴテムが、ぽかんと口を開ける。
「キュルゥ……」
「匂いに惹かれてきたんだろ。余りをやるよ」
水矢鯉の頭部がすさまじい音を立てて噛み砕かれている様子から目を逸らしながら、なんとなく事情を察したトルダは「ともだちのサインだったかしら」とため息をついた。
「武器を打ち合わせることで、味方だと示すサイン……「ともだちだよ」とか「協力しよう」って意味だ。トルダが動かなきゃなんとかなってた――というか、鋼鱗蛟はそこまで凶暴じゃないんだぜ」
「心配させすぎです、もう! 次からは先に教えてくださいね?」
「戦いしかできねえと言いつつ、モンスターについちゃけっこう知ってんじゃねえか。戦いを避けるすべも知ってるとは、大したもんだ」
「いやぁそれほどでも……んだ、どうしたヤザナ」
地面に置いていた棒が移動して、ヘロゥの腕にくるっと巻き付いていた。
『女ノ子ニ、好カレスギ。私ノコト忘レナイデ』
「いや、俺はチーク一筋でだな……」
『嘘ツキ。街ナラ自然ダカラ許シタケド、コレハオカシイ』
「あ? ――おいまさか」
鋼鱗蛟は尻尾をふにゃりと揺らしながら、「キュゥ」と一声鳴いた。鍋のほうを見ているが、熱いのは苦手なのか、近寄る気配はない。
「……え、メスなんですか」
「メスのほうがでかくなるとは聞いてたが、いや……」
『三人モ女ノ子ヲ侍ラセテルナンテ、私ヘノ配慮ガナサスギル。餌付ケデ落トスアタリ、スッゴク凶悪』
「悪かった、悪かったから……常に頼りにしてるのはおまえだけだぜ相棒」
ヘロゥ以外の三人が代わるがわる頭をぽんぽんとなでたりのどをつついていると、ミズチは目を細めてキュウキュウと嬉しそうに鳴いている。尻尾で地面をぽすぽす叩きながら、水矢鯉のうち加工されなかったアラの部分をおおかた平らげていた。
「高い声で鳴いてるときは警戒してない。あと、尻尾を刀みたいに整えたら戦闘態勢だ。素直に逃げても無理かもしれねえ」
「なるほどな……って言っとけよ馬鹿野郎」
「――ん? どうしたんだミズチ」
「シュウ……」
「おいやべぇぞ、戦闘態勢じゃねえか! 相手はどこだよ?」
ミズチが見ているのは、チークのかばんだった。
「チーク、そんなヤバいもん入れてないよな?」
「乾し野菜と干した薬草くらいですけど」
「ああ、最近妙な噂が流れてきててな……聞きたいか、二人とも?」
「なんだよゴテム、耳が早いのは知ってるが」
チークのかばんに、洞窟の天井から滴った水がかかっていた。
「――災濫大陸から、とんでもねえモンが流れてきたらしい」
「大陸横断ご苦労さま……続き言えよ」
「黒いスライム、だとよ」
「スライムが海を渡れるわけねぇだろバカ。考えてもの言えよな」
「生き物の中に入り込んで、乗っ取る。魔物だけじゃねえ」
「――なるほど、そういうことね?」
つる、つるり、と黒いものが流れるような動きで出てきた。
「シャァアッ!!」
「うおっ!?」
ミズチは背中の晶殻を輝かせ、刃気で黒いものを叩き潰す。
『効カない、ゾ』
「しゃべりやがった……」
『私は、悪夢。我ガ主ノタめに、コノ大陸に版図を広ゲんとシテいる』
「版図を広げるだと? バケモンが……ふざけんじゃねえ」
ゴテムは怒り心頭といった様子だが、ヘロゥとトルダは正確な戦力評価を下していた。
「ゴテム、会話しねえほうがいいぜ……」
「これ、ただものじゃないわよ」
『この私ハ分体に過ギない。我ガ主ノちかラを知ラシめんガタめに、私ハここヘ来たのダ』
「おいマジかよ……」
ミズチは警戒しているが、それ以上手を出さない――出してもまったく効果がないことを悟っているからである。
『今ハ力ヲ蓄エルのが先決。また会おウデはなイカ』
「シュウウ……!!」
黒いものは飛び跳ね、その形を徐々に膨らませながら闇に消えた。
悪夢さん、主はぜったい泣いてるからやめて、今すぐやめてやってくれ……あの子はそんなことするつもり皆無なんだよ。誰よりもみんなを気遣ってたんだぜ? それがこんなことになるなんてなぁ……。書いてるの私だけども。
ミズチくん女の子だったの!? と思うかもしれませんが、いちおうクルナールにペロペロされてるシーンでも「お姉さんとちっちゃい子供」と書かれていたのでミスリードとしてはセーフ。いろいろある都合上、いろんなシーンでアウトに見えないように女の子にしておきました。決めたのが今この瞬間ってのは内緒にしといてくださいね……?
パーティーメンバー四人+棒んなの子+ミズチくんの解説はまた次で。情報量が多すぎる……次回投稿の日程は不明です。わりといい感じなんでふだんより早く書けるはず。




