間章 「断たれた剱・1」
どうぞ。
王歴8年陽の月に、タルク・ザーンはグレベルス痕源野南部・剣王竜の支配地を訪れていた。南部といってもほとんど南端で、日出瑠にもかなり近い場所である。金色のローブをまばゆい日差しに煌めかせながら、彼は鋭角のシルエットに声をかけた。
「やあ、剣王竜どの。みんな元気かい?」
『久しいな、タルクどの。ご覧の通りだ』
尾が刀になった「剱蜥蜴」から享華を続け、群れを率いるまでに強くなった竜である。どてどてと駆け回る子供たちを見ながら、彼は目を細めていた。盟友という言葉を使うことはないが、彼らは共存関係にある。
「――どうかな?」
『すでに見繕ってある』
群れという巨大集団をある程度制御するには、集団のレベルを守らなければならない。上にせよ下にせよ、大きく逸脱するものは集団から引きはがす必要があった。具体的に言えば、才能がないものと才能が有り余るもの――彼らは群れに不利益をもたらす。集団とは凡愚の集まりであるべきだが、それにしても程度はわきまえねばならぬ――自壊する集団ではいけないのだ。
「では、例のように」
『承知した』
トカゲたちにも、言語めいたものがある。いわゆるボディーランゲージのたぐいではあるが、語彙がほとんど存在しないこともあって、情報を伝えるに支障はない。
(あつまってー!)
剣王竜が大きく尻尾を振って、先端部分で空気を裂く音を響かせる。
(なになに?)(なにー?)
高い音が聞こえやすいのは子供であるため、子供たちだけがわらわらと集まる。目的の子供たちも、同じように集まってきた。
(くんれんにいくよ。きょうは、いちばんになったら「おやつ」あげる!)
(わーい!)(おやつー!)
剣王竜はラエネとホテラをひとつずつ示した。味覚が未発達の子供たちは、まだまだ自分の必要とするものが分かっていない。単に味の良いものを食べたがるため、果物は大人気だ。子供たちはキュウ、キュゥと大喜びで尻尾を振っている。微笑んで見ているタルクをしり目に、彼は尾剣をすうっと立てた。
(いくよー……よーい?)
空気がびんと鳴った瞬間、子供たちは勢いよく駆けだした。
トカゲたちの「訓練」は、自分でエサを取りに行くことである。小さな獲物や果物などで妥協するものも多いが、中には自分よりも大きな動物を狩ってきて褒めてもらいたがる無謀な輩もいた。
「それで……? どっちの比重が多いのかな」
『無能が多い。わたしが目をかけているのは、今駆けていった子だ』
「ふむ。やや小さいが、鋭変は」
『当然、使いこなしているとも』
それはいいね、とタルクは笑う。
剱蜥蜴の戦闘能力は、まず鋭変ができるかできないかで大きく変わる。戦闘センスの問題であり、ほとんどの子供は教育によって覚えることができるが、できないものにはいつまで経ってもできない。使いこなしているというほどの水準であれば、それなりに優秀な子供であると言えよう。
「では、少し見に行ってくるよ」
『ああ……』
すぐにさらったりはしないと知っている。しかし、ちょっとした危険をどうくぐり抜けるか、それを楽しみにしているのがタルク・ザーンという男である。剣王竜は、親たちのように助けたりはしない彼の愉快犯的冷酷さをひどく忌み嫌っていた。
『――む? 何か、嫌なにおいがするが……』
鼻が利く娘に確かめさせたが、風向きが変わってしまって分からないという。
『……コルゥリノ、怪しいにおいを見つけたらすぐに報せてくれ』
『分かりました、お父さま』
こういった勘は鈍い方だが――と、剣王竜は今日がろくでもない日にならないことを祈った。
一方の子供たちは、そのにおいを鋭く感知して周囲を避けていた。それをものともせずに進んでいたのは、倒せる自信があるか、恐れを踏み倒してでも功績を上げようとするものだけだ。
まだ小さな子供であるトカゲは、そのにおいを捉えても臭いとしか思わなかった。かれの力は、おそらくそれを倒し得るのだろう。いつの間にか周りに仲間がいなくなっても、怖いとは思わずに進み続ける。獲物の匂いがするからである。匂いからして、いつか勝ったことのある大蛇「卵食蛇」だろうか。
ほどなくして、かれは蛇を見つけた。かなりの巨体を誇る蛇は、いま食事中であるようだ――どうやらふだんとは異なる狩りのしかたを覚えたのか、食っているのは中型のイノシシである。骨を展開してから口をゴバリと大きく開き、押し込むようにして飲み込もうとしている。蛇は、トカゲの思っていた相手ではなかった。卵を食うようなおとなしいものではなく、3ルーケほどの相手でもお構いなしに呑み込む「呑獣大蛇」である。その剣が通じる相手ならば倒せる、というのがかれらの信条であるため、トカゲはひとまず切りかかろうと近付いたが――
寸前で立ち止まり、尾を前にくるりと構えた。
「ジュうウァアあア……」
とても嫌なにおいが、鼻をつく。それは匂い――嗅覚を刺激するものではなく、本能に訴えかける危険性、つまりは雰囲気だった。近付くだけで危険であり、存在する時点で間違っているという直感である。
小型の肉食恐竜を骸式アンデッドに変えて放った「喰竜骸」だ。
「シュウウ――」
蛇は恐るべき重量を持つ尻尾で地面を叩き威嚇したが、骸は動じた様子がない。暗黙の了解すら分からぬ鈍愚かと断じて、蛇はさらに近い場所を叩いて、より大きな音を立てた。
否――そうではないのだ。音の聞こえる仕組みは正常に作動しているだろう――骸の脳には、確かに音が届いているはずである。しかしそれを理解する理性はない。かれには理性も知性もない。言葉にしてしまえばあまりにもおぞましいが、本能もどきとして植え付けられた、行動理念ともいえない衝動に似たものがかれらを突き動かすのみである。
――死を。死を。
――すべてを黒き淵のもとへ。
それは、カルト教団の信者が与えられた言葉を理解もせずにひたすら繰り返すのと似ていた。体に満ちた「死力」が及ぼす影響は絶大だ。その死力が抜けてしまうまで、かれらは無限に戦い続けることができる。倒れることの決してない、恐れやためらいの一切を排した兵士として、永劫の活躍を見せてくれることだろう。ほかに二、三の解決すべき問題はあるものの、かれらは死を振りまくために止まることなく歩き続ける。
二足で歩行し、身軽さと爪牙を備えた喰竜骸は強敵だ。死の気配が迫っていたのは当然のこと――もともと、喰竜にとって剱蜥蜴の子供はそれなりに狩りを楽しめるおもちゃ程度の認識である。こうやって訓練のために一匹ずつが離れるタイミングならいくらでも狩れる美味しい獲物だった。
「ジゅウウう……」
剱蜥蜴を狙った骸は、即座に腰をひねり爪に応戦したかれに対する認識を改める。たやすく殺せる獲物ではないようだ――しかし、防御という行動に対しては疑問を覚えた。それは違うという、確信めいた違和感がある。複雑な式の計算過程をまったく無視して回答を得たような、証明する計算なしに、唐突にAとBが同じだと書いてあるような――テストであれば不正解だろう、信頼できない感覚。
何度も攻撃を重ねても、相手の取る行動は同じだ。尻尾を的確に動かして爪を弾き、防いでしまう。しかし違う、なにかが違う。それは盾ではない。
骸は蛇のほうへと矛先を向けた。蛇はかなり簡単に仕留められる獲物であり、今のところ食事中で隙をさらしている。逃げようとなんとか食事の速度を速めているようだが、間に合うほどの加速ではない。いたぶって殺すのもいいが、トカゲという敵がいるのだから早く済ませるべきだろう。
骸は蛇の頭部上半分をざくりと削り取り、白に近い桃色の断面を喜悦とともに眺めた。口内に入っているイノシシは全身の骨をめちゃくちゃに折って死んでいるため、かれには何もする必要がない。
「――じュウウ」
後ろから唐突に襲いかかった刃は、凄まじい衝撃とともに骸を弾き飛ばした。
(1/28追記)
すみません、ちょっと仕事が。明日も投稿できるかどうか怪しいので、設定だけ書き殴っておきます、どうかこれでご勘弁ください……。
「剣王竜」 (けんおうりゅう)
地竜類・剣竜系統派生:武装甲殻類上位種
気能:「甲殻変性」
特技:「飛刃撃」、「竜の言葉」を「トカゲことば」に翻訳すること
本編の主人公こと「トカゲくん」(現在はミズチくん)がいた群れの長。群れは夫婦の集まり+その子供たちで構成されている。群れのまとめ役として強大な力を持ち、青等級ながら藍色等級に匹敵する実力を持つ(剣竜類は魔力が少ないので、多くの場合、実際の戦闘能力と等級にはズレが出る)。長年の食生活により、使わなかったミネラルや果実の種の木質部分、多種類の獲物の甲殻から抽出した成分によって強固極まる甲殻を手にしている。
仲間を大事にし、子供にやさしく、無謀な判断もせず上位者に敬意を払うこともできる人格者。また、群れ全体のために仲間を切り捨てる非情な決断もできる、理想のリーダーといえる。タルク・ザーンに群れの調和を乱すものを提供しているが、かれらがどうなっているかは知らない。タルク曰く「その質問をするのは責任感からかい、それとも興味からかい?」とのこと。素直に話す気はないらしい。
強固な装甲と竜脚による素早い動き、尻尾の剱を振るって衝撃波を飛ばす「飛刃撃」という特技も身に付けている(特技とは、本人の資質でできるようになった技術の成果を指す)。藍色等級に匹敵するきわめて高い戦闘能力を持つため、ほかの群れと争いになることはめったにない。
とある夫婦の子供が優秀すぎて持て余していたところでタルクが来たため、彼に子供を渡している。基本的に夫婦どうしが干渉することはないため、かれと血縁関係はない。




