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闇ニ玉散レ百剱  作者: 亜空間会話(以下略)
畏れ多き龍脈にて
28/61

7「魔王死す」

 急にどうした、って感じのタイトルですが……。


 どうぞ。

 タルク・ザーンは「やれやれ」とため息をついた。


「ベディロンケール龍洞、か……。すると、かれはアレに出くわしてしまうことになるね。何をどんなふうにするか――それがアレ次第であることが非常に困る」


 魔王城の一室、彼の研究室には数人の弟子がいる。万全の監視体制を整えるために必要な人材であることもあるが、研究資料をまとめるのに手が足りないときや、意見のすり合わせを行っていることもある。


「龍晶ですか?」


 記録用結晶体に読み取り専用データを書き込みながら、ルミィル・ペントラムが尋ねる。データの打ち込みが早いので採用された、まだ若い女性型の化身だ。


「いつか言ったが、アレはたいへん気まぐれでね……私を上回る。子供に対する価値観の押し付けもひどいものだ。まあ、かれが力を蓄えて尻尾の再生を待つうちに、剱蜥蜴のデータをまとめておこうじゃないか……まったく、なぜ今のタイミングで魔王が死ぬんだ」


 ふだんなら、研究室の人手が足りなくなることなどない。テケリはデータの打ち込みがあまり上手ではないが、間違いはしないため、遅いぶん確実な資料ができあがる。


「ストルフィ、一般向けの教科書を書いていたね? 少し見せてくれるかな」

「はい、先生」


 ストルフィ・クロット、報告書はいまいちだが、研究者の中では一般にもとりあえず読めそうな文章を書く男――が、結晶体を差し出した。


「ふむふむ――うん、悪くはないな」

「そうですか」


「……すごく嬉しそうね、ストルフィ?」

「それはそうですよ」


 師匠と仰ぐ人物から、書いた文章を「悪くない」と評価されることは、彼にとって非常に珍しいことだった。


「さて……読み上げていくので、確認されている資料との相違があれば教えてくれ。ルミィル、君が簡易資料としてまとめてくれると助かる」

「わかりました」


(……まったく、せっかく面白い実験結果が出そうなときに限って、国内で殺し合いがあるとはね。事後処理に追われるのはほとんど私……二日も寝ていないじゃないか)


 きわめて事務的な返事を聞きながら、タルクは数日前の出来事を思い出していた。




 災濫大陸から流れ着いた死骸から発生した死病を魔将軍数人でどうにか食い止め、テケリに心配されながらもその正体を突き止めて報告をまとめ、眠りについてしばらくしたときのこと――魔王城内で(・・・・・)空間が破壊される気配を感知して、彼は飛び起きた。


 魔王への挑戦者が勝利すれば次の魔王になる、というルールはずいぶん昔から遵守されているが、挑戦者候補の中に空間に関する力を持つ者はいない。急いで向かいながら、タルクは空間が破壊された原理についておおよそを推測することに成功した。


 この世には魔力や霊体を構成するなにものか――と、物質を構成するなにものかが存在する。それぞれは互いに影響し合い、そして消滅することもある。今回の件では、どうやら魔力の干渉によって物質素が激しく消失し、物質的空間が一時的に虚無と化したようだ。彼ほどの知識を持つものにもすぐには理解できない現象が、いまこの城の中で起こっている。由々しき事態だった。


「――王? どうされました?」


 あまり好きではない匂いが二種類に、ひどく濃密な血の匂いと、数回しか嗅いだことのないものだがはっきりと覚えている匂い――液能「死滅攻撃」の痕跡から漂う独特の香り。いったい何があったのかと考える前に、香りがふわりと揺れる。


 なにか(・・・)が恐るべき速度で伸び、「剛魔将軍」カードが振るう剣がそれを切り落とした。


「タルク殿、これは」

「私もいま来たところで、事態が呑み込めていない――王は?」


「生命力を鑑みて、あの状態では……逝去と言うべきか」

「困ったね、それは」


 醜く肥え太った男が、真ん中から削り取られて消滅したようなありさま。腕と足のくっついた脇腹が、律儀に左右に並んでいた。頭部はどこにも見当たらない。


「カード……私が防ぐ、君は攻撃を頼む。いいかな?」

「承知」


 魔将軍の中でもかなりの古株であるタルクの力のひとつは、受けた攻撃を解析し、自分のものにすることである。同じ攻撃を叩き返すつもりがあるわけではなく、殺害手段を報告する必要があると考えたためだが――


「タルク殿、あれはいけない……紫を超えている!」

「少々死にかけるくらいの経験は百度を超えている。いいさ」


 目の前にあるモノ……おそらくソリッド生物・ボックス系統の系譜なのだろうモノ。いくつの力を従え、いくつの力を同時発動しているのかも解析できないほどの強さだ。当然のことながら、魔将軍が怖れるほど――紫等級を超えた魔力を有していた。


「来たまえ。じっとしていても私は倒せないぞ」

『*――***』


 イバラのような黒い触手が伸び、彼を襲う。とっさに掲げた手で防ぐが、その表面は闇色のやけどを負っていた。


「ふうん……? ふむ、「死滅攻撃」に「破魂」、「闇魔法」の合わせ技か。あの魔王でも抵抗はできなかったわけだ」


 魔王になる以前は、魔力を吸収して肉体を再生し、無限に戦い続ける「喰魔将軍」として活躍していた男である。魔力を帯びていない攻撃を当てるほか倒す方法はないとされていたが、すべてを吸収できるわけではなかったらしい。


 ――が。


「どうして生物が……「破魂」などという、物質に付与する液能を持っている……?」


 肉体がそれを帯びることは、おそらく不可能だ。というのも、それをしてしまえば瞬間に自滅するからである。急激に魔力密度を上げることでダメージを最小限に抑えたものの、タルクは抵抗に失敗すれば影響を受けて消滅していただろう。


 カードは剣で切り付け、もう片手に持つ大槍で突き、殴り、薙ぎ払いと怒涛の連撃を繰り出していたが、たいして堪えた様子はない。


「効きませぬな」

「ソリッドは厄介だからね、仕方ない……「爆裂剣気」を使おう」


 龍晶と争ったとき、彼らの力を解析して凶悪に作り替えた液能である。2ルーケはある巨大な魔剣が五本ほども生成され、すうっと飛翔して刺さり、大爆発を起こした。


「――ダメだね」

「どうするのです」


 どろりとした表面がずるずると揺れ、そんなものは最初からなかったとでも言いたげに、傷が消える。


「……ああ、なるほど。魂が壊れているから、「破魂」を使えるというわけか。そして適性ができてしまえば、魂が戻っても使える、と……。まったく、恐ろしいものだね」


 ソリッド生物は、もとは器物。魂があろうとなかろうと、ボックス系統のモンスターはすべてになじんでしまう。それができる(・・・・・・)ことになれば、できるのだ。


「一か八か――やるしかありませぬぞ」

「そうだね。どうやっても生き残れるのはゾンバァロだけだ」


 死力によって動き、死そのものである彼は「死滅攻撃」でも死なない……どころか、その力を増すだろう。


『一応ですが、私も力を貸しますよ。これほどの死力を操るものは珍しい』

「今回ばかりはありがたい、頼むよゾンバァロ」


 言葉が聞こえたのか、戦闘時間を見て脅威判定を改めたか、ゾンバァロがとろりと現れていつもの死体の形を成した。タルクの苦々しい顔に、彼は皮肉げに笑う。


『気味が悪いほど素直ですねぇ?』

「そうならざるを得ないからさ……」


 目的がエネルギー回収のためであろうが、協力があること自体はありがたい。まことに残念なことに、タルクは生死を行き来できるほど鍛えていないのだ。


「――付与、完了だ」

「では、仕掛けますぞ」


『防御は任せてください』

「応っ!」


 カードは自分に反応して伸びる触手をかいくぐり切断し、的確に相手を削りながら接近する。


「熱は効くのかな? 「熱波」はどうだろうか」


 数千度の熱風を、カードに当たらないように調整しながら吹き付ける。非現実の黒が、異常な高温に焼かれて炭の黒に染まっていった。


『効いていますね。圧縮しましょう』

「言われずとも……」


 液能「熱波」で作り出した恐ろしい温度の風をさらに圧縮し、ごく小さな矢の形に加工して撃ち出す。


「カード、裏側に」

「…………」


 仲間を巻き込むような戦い方はやめてくれませぬか、と言いたげではあるが、彼は素直に従って敵手の体の反対側へと回り込む。


「さて……。解放」


 刺さった矢が、一万度を超える熱を拡散させた。


『――**――――*』

『激痛らしいですね』


 焼け残った触手がねろり、ぬずりと異形の動きを見せ、何かの手のような形を作り出したが――




 今までのことが夢ででもあったかのように、それは姿を消した。


『――は?』

「液能か。カード、無事かな?」


「耳が痛い以外は」

「すまないね」


 相手が逃げた――気配すら感じられない遠くへと逃げた時点で、戦いは終わりだと考えていいだろう。


「しかし……もう少しで()が帰ってくるタイミングで、こんなことが起こるとはね。困ったものだよ」

『ところでタルク……それはどうしましょうか』


「それ、とは」

『その赤ん坊ですよ』


 タルクは子を持った経験がない。作ろうとも思わない――というより、実験体に対してそのように思っているので、わざわざ自分の遺伝子を残す必要があるとは考えていなかった。


「知らないね。カードは?」

「存じ上げておりませんな。しかしながら魔力波動は魔王のものと……近親者、子息ほど近い。王位継承者ということになりますが」


「ほう! それは、それは……。大変なことになったじゃないか」

『皮肉ですねぇ、今日という今日に……』


 恐ろしいほどの力をつけ、いったん郷里に戻って宣言をしたあと魔王に挑戦する予定だった「剣魔将軍」は、明日の朝戻ってくるはずだった。


「……ん? ということは、また我々は統治を担当するのかい」

『そういうことになりますね』


「教育係にはあれとカードを付けるとして、私はその資料をまとめる……ああ、面白い時期だというのに仕事が増えてしまうじゃないか、まったく!」

「仕事はやるものですぞ、タルク殿」


 分かっているとも、とうなだれながら、タルクは王の傍仕えたちに部屋の片付けを指示した。






「……まったく」


「先生、落ち込まないでください。ぼくらがサポートしますから」

「そうですよ、タルク先生」


 弟子たちはこう言っているが、タルクの楽しみというものを真に理解していないから言えるのだ。一分一秒を満たす命、命、命――そしてそれが強くなり、強者を倒し喰らい、自らを築き上げていくさま。できるならば、一瞬たりとも目を離さずに見ていたい――彼は「星」に取り憑かれていた。


「ああ……まったく」


 嘆息しても、何一つ変わりはしない。


 魔王は死に、その息子の教育をしなければならず、国政をある程度担当することも依然として同じだ。やりすぎればほかの国政担当者からにらまれるため、大きな改革をできるわけでもなく、ずるずると同じように続いていくのだろう。勝手になることなどほとんどない。


「楽しみはこれからだというのに――」


 タルクは、これから訪れる灰色の時間を憂い、大きくため息をついた。

 実験体9792号=ミズチくんの報告書を書いてくれたストルフィ、ようやく登場……しなくてよかったけど、人手不足のときには魔王城でタルクさまの手伝いをしています。それ以外のときは、たぶん家庭教師とか講師をやってるんだと思う。ルミィル・ペントラムさんは事務の仕事をあちこち飛び回っているので、どこに行ってもすぐ仕事が見つかる優秀な人。


 ちなみに「なにものか」のセリフはモールス信号とかではないです、浅学なのでまったく存じ上げてません。勉強が足りないのは分かっているんですけども、リソースの割り振りもありますから……。私は生物関連の知識を持ってきてアレンジするのがいちばん向いている、自分で分かっているので。

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