4「偽り剥がせど真見えず」
どうぞ。
甲殻を纏う生物特有の軽く固い音を立てて「炎朧魔鎌」は崩れ落ち、火柱を噴き上げてその遺骸も消滅する。出せる力のすべてをほとんど出した結果がすべて徒労に終わったことを知って、ミズチはぐったりと力なく地面に伏した。
警戒を解かずゆっくりと巣穴に戻ってみると、あまりの戦闘の激しさからか周囲にめちゃくちゃな破壊痕が残されていた。とうぶん近寄ろうというものはないだろう。休むに悪い環境ではないが、愚か者が巣を狙いに来たとき、倒すべき敵があまりにも分かりやすすぎる。何かしらのカムフラージュでも、ミズチの気配を隠すにはやや足りないだろう。
分かりやすく、かれは周囲の岩に傷をつけてマーキングすることにした。必要以上に鱗が傷むためやりたくはないのだが、命には代えられない。先ほどの化け物のような、命を消費してまで戦おうとするものはミズチの知識には存在していなかった。そして、いると分かった以上はその対策をしないわけにもいかない。
最悪の状況――ミズチは、この「グレベルス痕源野」の性質をまったくと言っていいほどに分かっていなかった。
影響汚染は「性質の汚染」であると同時に、非常に分かりやすい精神汚染でもある。影響汚染を受けた土地に住むものは、汚染をもたらしたものをオリジナルとして、その魔力の性質やオリジナルのとった行動を模倣するようになる。そこに生まれるものは自然に操作されており、知らず汚染による行動を最適化する生物と化していく。
この地で古橋が誕生したという事実は、つまり悪夢のベストマッチだったのだ。彼は汚染を受ける前から同じような行動をとる性格であり――だからこそ、薄れかけた第二の汚染も色濃く受けて、恐るべき華能を生み出してしまった。
それにしても――空腹だ。ミズチは、そう思った。
魔力も使い、飛び跳ねまわって攻撃を避け続けた。極限まで集中し、効果がなかったとはいえ攻撃を受けてしまうという恐怖も味わった。鱗をやすやすと切り裂く怪物がいないとは限らない――受けてしまうというそのこと自体が、ひとつの失敗なのだ。
開けた場所では、一匹の獲物をしとめただけですぐ逃げられてしまう。洞窟は生物の絶対数がそこまで多くない代わりに、見つけた相手はほとんど逃がさず仕留めることができる。食味に満足なものが手に入るのは外だが、それはもうしばらく延期すべきだろう。はかりにかければ、どちらがいいかは考えるまでもない。
ミズチは生物的な勘を頼りながら、グレベルス痕源野地下、ベディロンケール龍洞へ向かう。どこからか漏れ出ている、蟲毒のときに知ったものに近い魔力波動がその手がかりだ。水晶のような樹木のようなモンスターが、洞窟にいる。それらに群がるモンスターは、ミズチの欲する成分を大量に蓄えているだろう。経験に基づく推測である。
洞窟というものが人間の入れる大きさであることは珍しいが――大きな空洞につながる小さな穴であれば、獣が入れる大きさのものもある。ミズチはがんばって身を縮め、0.6ルーケあるかないかという全高ギリギリの穴をくぐっていく。行方には赤い六角晶が立ちふさがっていたが、かれは刃気でそれを粉砕した。口に多少入ったものをどうにか吐き出しながら、かれは引っかかる背中をぐいぐい押し込んで――
「キュオゥ!?」
ぼてっ、と地面に転がり落ちた。どうやら穴の入り口は地面と隣接していなかったようである。いちばん縦面積が大きかった背中が通り抜けたことで、次いで大きかった尻尾もとくに問題なくするっと通ってとっかかりがなくなった、という理屈らしい。隙をさらしたことを警戒してすっくと立ち上がるが、かれの周りには何もいなかった。
周りにいるモンスターは、どうやら自分よりも弱いものが多い――かれはそう悟って、とりあえず落ち着ける場所を探し始めた。
ところが、何かうるさいものがまとわりついてくる。キィキィと小さな声を発しながらミズチの様子をうかがっているのは、半ルーケもない小さなコウモリだった。飛行性のコウモリとしてはごく一般的、四半ルーケほどのごく小さな種類なのだが――
「……?」
ふいにミズチは、川の流れに遡上する魚の群れを思い出した。一匹ではない――という表現は不正確だ。たくさんいる、という表現もまだ足りない。鳴き声は耳障りだとしか思えなかったものがすさまじい音量になり、海がざわめき波が砕けるような、壁が揺れて感じられるほどの大音響に変化していった。
何かがおかしい、どう考えてもその数が生きていけるとは思えないような数。砂浜の砂を数えるような感覚を引き起こす、寒気を生じるような、そんな表現でやっと釣り合う可能性をもたらしてくれる――正確な数など分かるはずもないほどの、とほうもなく多いコウモリの群れであった。
そしてコウモリはなだれのように集まり、群れ全体がぬらぬらと揺らめきながら、形を変えていく。食い合うような、血肉を引きちぎりすするようなひどく不気味な音が断続的に聞こえる。そして粘液質の光が全体に広がり、その群れは一匹の大きなコウモリへと作り替わっていった。
「ィイイイ!!」
飛びかかり、爪を突き立てたコウモリは引っ掻くような声音でがなり立てる。そして攻撃が甲殻に弾かれたと見るやかなりの速度で飛び上がり、ミズチの尾剣を回避した。重くも鋭い一撃はかれの放ったうちでもかなりの精度を誇ったはずだが、コウモリのコントロールはそれを上回っていたらしい。上向きに少しばかり浮き上がろうとした勢いを利用してミズチは飛び上がったが、もとより下向きに付いた腕を持ちあげて引っ掻く動きは、相手の動きについていくには遅すぎる――何より判断が遅かった。
コウモリは再びの攻撃に移り、的確に甲殻の隙間であり鱗の隙間――しわになった皮膚が伸びた、もっとも薄い箇所を的確に狙う。
「ジュウッ!!」
首と肩の境界線。何をするに支障があるわけでもなく、重要な血管も通ってはいない。だが、ザクリと切り込まれた爪は、尻尾を焼かれるよりも、尻尾を殴られて骨が歪むよりも、さらにすさまじい怒りを呼び起こした。そして、つうっと流れる奇妙に暖かい血が、もやもやした恐怖を生じる。
肉をするりと裂いた爪が、急降下でほんの少しだけ鈍った速度をさらにわずかだけ鈍らせる。その隙を狙って、自らを傷付けるような軌跡であっても一切のためらいなく――ミズチは尾剣を振り切った。異常に思えるほど硬質な感触が砕けるように通り抜け、コウモリの足はぼすんと地面に落ちる。
「ィイ、イ、……」
足の形がぐにゃりと歪み蠢いて、複数に分かれ、それらは小さなものに変化して飛び立つ。恐るべきことにそれは気能――生物としての性質である。彼らは動物のコウモリとは似て非なるもの、凝魔霊命体の一種「遁十四彩」。取っている形が似ているというだけで、近くにいる飛行型生物を学習しただけのことだ――おそらく、洞窟にいる飛行型生物でもっとも多機能・利便性が高いのはコウモリだろうと思われるが。
ミズチは出し惜しみなどしていられないことに気付き、最小のコウモリ一匹を刃気に引っ掛けて殺した。それはとろりと崩れて――しかし、本体のほうへと戻っていく。
「びぃいい、ぃいい」
引き攣れた喉が吸い込む空気のような、ひどくおぞましい鳴き声だ。
殺し方を察したミズチは、全速力で崩れた魔力を追った。最小の個体が死ぬとき、その魔力は真なる本体に回収される。つまり、最初からこうしていればよかったのだ。妨害しようと立ちふさがった巨大なコウモリを、かれは勢いに任せて爪で粉砕した。相手の再生を待たず全力疾走し、おぼろげにそれが見えた瞬間、大きく跳躍して飛びかかる。
「シャアアッ!」
ゾァンッ!!! ――と、薄っぺらいなにかがめちゃくちゃに破れ、ザラザラと魔力を帯びた粒が転がり出る。
「ひぃ、ひぃいい、びぃい」
どうやら膜を破られたことで内臓が噴き出してしまったらしい。ミズチの知る何とも違う、あまりに異様な姿である。分からないなりにその内臓らしきものをかじって食っていると、不意に相手の死んだ気配があった。
「キュルゥ……?」
すべてにおいてまったく理解が及ばないまま、ミズチは戦いを終えた。
ミズチくんアホなの? と書いてて思ったけど、動物とか見てるとすっごいアホっぽいことやってたりするので、かわいげとして入れておきました。
「遁十四彩」
我々の世界にあるもので例えると「あられ入り四色クッション」。なんじゃそりゃと思うかもしれないが、見た目も中身もそのままとしか言いようがない。その辺に落ちている死体を食ってあられ(のようなもの)に変換、布っぽい表面のつなぎ目から魔力をコストとして放出し、変換したものを「形」と「性質」だけ真似て分離・融合可能な魔力生命体として放出、使役する。地面を這いずるクッション、かつ食うほど強くなるという意味不明だが考えようによってはめちゃくちゃ強い……なんだこれ、ほんとなんなんだこれ、説明のしようがないんじゃないのかこれ。
魔力を帯びたあられみたいなものを体内に大量に溜め込んでいる性質はこのモンスターにおける最大の謎で、これを消費している様子はまったく見られない。また、強くなった果てに享華した場合どうなるのかも全くの謎。というか、能力が増える以外に強くなる方法がないため、それが享華の条件を満たすのかどうかも分からない。
かなりのレアものでほぼ発見されておらず、名前がついていること自体奇跡みたいなもの。まさかのモツ喰いで倒された。ミズチくん、食べ終わるまでずっとポリポリやっていたら喉が渇いたらしいです。そらそうよ。




