1「転がる殺意」
(2020/12/27 誤字修正)
やっと書けてきた。章ごとの連投にするつもりでしたが、それだとほかの作品の二の舞になるのが分かったので書け次第投稿にしておこうかと思います。とりあえずここだけ連続にしておいて、書き溜めがなくなったら考えようかな……?
どうぞ。
グレベルス大陸の勢力図は、次のようになる。
無数の小国が連なり、魔王という存在がそれを統べるのが魔王領……ということになっている。勢力は最大だが内乱が絶えず、強力なモンスターを生み出し続けることによって、知性ある存在もすべて等しく糧となる運命。発展のしようがなかった。
人間族が住まう巨大な国だが、種族そのものの可能性がほとんどないことによって魔王領に侵されつつあるのがアルナテラ国である。国土はじわじわと縮まっている――というと危険な状態にも思えるが、魔王領の内乱の多さから、その速度はひどくのろのろとしたものだった。
災濫大陸東端から移民としてやってきたのが、日出瑠の民である。かの大陸は全体的にグレベルス痕源野にも匹敵する危険な地であるため、生き残る術や戦いの腕を異常な閾値まで鍛えているものが多い。魔王領の領主でも彼らに手を出そうとはしないと言えば、その恐ろしさは伝わるだろう。不幸なことに、彼らの移住してきた場所はかの痕源野のすぐ近くであり、肥沃にして最大の災厄を受けねばならないともされる南部地域であったが――それはまた、別の話。
大陸北部の「中心点」から同心円状に広がる、死の砂漠から乾燥した荒野、やや乾燥のマシな荒野から草原へと環境が変わっていく、未だにその傷痕が癒えない大地――それがグレベルス痕源野である。遥か昔に起こった怪物の戦いにより、大陸のじつに二割ほどに及ぶ地域に影響が及び、それは未だ消えていない。
これは「影響汚染」と呼ばれ、超高密度の魔力が広範囲にばら撒かれることで土地の性質そのものが変わってしまう、という恐るべき現象である。そしてその変動は、モンスターの性質にまで影響を及ぼしていた。かれらの受け継いだ特性のうちでも、もっとも顕著なのは炎、そして膨大な魔力だろう。ほかに「命を一瞬で爆発的に消費する」という特性もあるにはあるが、そのような気能を持っているものの種類は少ない。
ひとことで言ってしまえば、この場所はモンスターが強力に育ちやすい下地がある、ということだった。
名もなき剱蜥蜴――から鋼鱗蛟へ享華したミズチは、隠れ家を見つけても安心はできないことを悟っていた。異常に危険なこの場所では、隠れ家を欲しがっているのはかれだけではない。当然のことだが、穴を掘る隙はとても大きいため、すでに掘ってある巣穴は需要が高い。中に何かいるかと確認しにミズチと目が合うモンスターは、日あたり十といったところだった。追い払うことのほうが多いが、僥倖だとばかりに殺して食うものも日にあたり一匹はいる。
ミズチの残念なところは、まったく鉱物成分を含んでいない「きらきらした」虫をそれまでと同じだと思って食っていたことである。かれらの色はごく一部を除いて特殊な構造によるものであり、色すなわち材質という単純なものではなかった。必要なものほど美味く感じるはずなのに、さっぱり美味しいと感じない――そのあたりでミズチはあたりを付けて、昆虫を捕食することをやめた。
そして、刃気や尻尾の一撃で葬られることが経験則で分かってしまったのか、かれの住む巣穴に近寄るものが少なくなってきた。困った事態になっているということは察しているが、巣穴の外に出るのは英断と呼ばれるべき危険行為である。腹が空いたという事実から逃れられるわけではないため、いつかはそうせねばならない。ミズチはそこで前提の誤りに気付いた。かれは、未だトカゲのような気分でいたのである。その体はすでにミズチ、前足の使い方にはバリエーションが生まれていた。
「ギュルゥ……」
後ろ足で体を支え、前足を交互に動かすことで土を掘ることもできる。移動速度も前とは比べ物にならないほど上昇し、急な旋回や以前より無理のある角度でも尻尾を振ることができるなど、戦闘能力にも大きな影響が出ている。あのオンナにいいように操られる前から享華は終わっていたのに、試す機会を失念していたままだったのだ。
かれは、外に出ることを決めた。
めずらしく痕源野は空いている。モンスターが活動する時間帯にも隙間があるため、上手く縫って出てこられた結果である。かれは、ずっと前に食ったことのあるものの匂いを感じて、誘われるように歩き出した。
岩や石ころがごろごろと転がる中部は、隠れ家も多い。できる限り物音を立てたくない生物や戦いの術が少ない生物がいるところを通れば、比較的安全である。草食動物のいるところを通るとなお安全だ。
「――?」
果物を食っていたと思しき竜が、口を開けたまま死んでいた。口から濁った血を吐いており、もっとも近くにあるかじりかけの果物は「ラエネの実」。何があったかは一目瞭然――いわゆる「攻性植物」の罠にかかったのである。
荒野で水分を確保するには、地下水脈に沿って生えればいい。それはごく簡単なことで、水の量さえ豊富なら奪い合いなく繁茂することもできる。しかし栄養はというと、どうしても吹き飛ばされやすい枯れ葉やごくわずかに溜まった何やら知れぬ細かな死骸など、不足しがちだった。そこでラエネの樹が生み出した戦略は、『殺意ある果実』を一定期間にひとつ作り出すことである。
かの『殺意ある果実』は、ときたま生まれる種の大きなラエネの実のことだ。大きな種には粘膜を破壊、加えて血液を侵すという凄まじいまでの殺意を込めた致死性の猛毒が含まれている。死したもの――主に、種を察知した時点で吐き出せるほど口が小さくない竜のたぐいは、水分と養分をたっぷり含んだ肥やしとなることだろう。動くこともできぬ植物が、肉食の竜をも追い返す草食竜への致死性兵器となる――まさにひとつの、ジャイアントキリングである。
避ける方法は、歯に当たるほど大きな種を見つけた瞬間に、その実を丸ごと吐き出すことしかない。つまり、これは大型生物特攻兵器なのだ。
それを避けるすべを親たちから教わっていたミズチは、竜の吐瀉物に目をやる。とろりとした白い液が付着した、卵ほどもあったのだろう種――肥やしを作るための兵器が、三、四度ほど噛み砕かれた状態で落ちていた。毒が回っているかもしれないその死骸には目もくれず、ミズチはラエネの実へと尾剣を振るう。あやまたず尾は実の生っている茎とその表面をさくりと切り裂き、毒の有無を知らせた。――どうやらないらしい、と安心したかれは、邪魔するものもなく穏やかな場所であることを確認して、それを食い始めた。
安定した気候で栽培されたものは名物にもなるというそれは、食味も悪くない。地下水に含まれる成分を吸収するくらいにしか役立たないとはいえ、それはおやつとして十分だった。
三つほどを平らげて、ミズチは周囲の気配を探りつつ、巣穴に戻る。食事を終えた後にはつい油断をしやすくなるが、食事中という最大の隙を突かれなかったところを見ると、こちらの方こそ警戒されているらしい。眼球だけを動かして敵がいないかを確認し、かれは無事に巣に戻ることができた。
科学用語で書くなら「粘膜にびらん(ただれ)を引き起こし、血球を破壊する」となるんでしょうか。どんだけ凶悪やねん、毒ガスのがまだマシだぞ……。




