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闇ニ玉散レ百剱  作者: 亜空間会話(以下略)
王歴8年:灰白はやがて黒へ
20/61

B-Brilliant Blue:1

 今日はミヅノのおはなし。


 どうぞ。

 西刀幸(にしとうざき)ミヅノは、温泉旅館ハルカ・ミチユキに滞在していた。生まれ育った日出瑠(ひいずる)空冨久(カラヴサ)のコヅエ山、そのふもとにある庶民的な宿泊施設・銭湯である。安定した人気があり固定客も多い、品のよい場所で、生まれた場所であるというひいき目を抜きにしても、ミヅノはこの場所が気に入っている。


(いや、生まれた場所だからこそ、なのだろうな……)


 季節というものがふんだんに楽しめる国はそうない、とミヅノは知った。思い出深い出来事がいくつもあるのは事実だが、この国にいたのは生まれて十年かそこらのこと――彼女が生きてきた時間のうちの二割にも満たない(・・・・・・・・)


「相変わらずべっぴんさんやねぇ、ミヅノちゃん。(うち)が生まれる前からそれなんやろ、私ももうちょっと丁寧にしたほうがええんちゃうのん?」


 中居――といってもそろそろ女将になる予定らしいが――のマナツが、ぼうっと外を眺めていたミヅノに声をかけた。


「いいのよ、マナツさん。私も国言葉がすり減りそうで怖いの、そのままにしておいてちょうだい」

「助けてもろたときとはえらい違いやわぁ、ほんま。どうしはったん、それ」


「こっちのほうが面よ、いつもの「あれ」が本当の顔。奥様から聞いているでしょう、私が出奔した事情は……」

「ええ、せやけど。やっぱり、私はこっちがええわ」


 街中で外すつもりはないわ、と説得すると「そらそうやんな、当たり前よねぇ」と笑う。マナツも四十にしてはかなり若々しい奥様といったところだが、妖怪変化のようにみずみずしい若さを保ち続けるミヅノは「あれ」と契約してから見た目の年齢を一歳たりともとっていない。麗しい若さに年増のような妖艶さ、老婆のような落ち着きや経験――それらが同居した、まことに不思議な女だった。


「最近はどうなの? 山のふもとだとモンスターも多いでしょう」

「腕の立つんを雇っとるから、心配あらへんよ。ミヅノちゃんこそどうなん、その刀でも倒せへんばけもんとか、おったん?」


「ほとんどは倒したけれど……。見逃したのは、いるわ」


 安らげる時間をこうやって使うのも、普段の戦いに明け暮れる生活から離れることも、ここを出たばかりの彼女には無駄にしか感じられなかったことだろう。


「どんなん? ……見逃すて、どう()うことやの?」

「剱蜥蜴にね、面白いのがいたのよ。ちょうど五()ほどの子供なのだけど、あの霊剣気を操っていたの」


「ええっ、ほんま!? ほんまなん!?」

「赤かったけれど、あれは確かに剣気よ。国神さまには劣るのでしょうけど……」


 赤から橙、黄色、緑、青、そして藍色にわたる等級は、そこでは止まらない。並みの生物には到達しえない、神の領域に一歩近づいたものたち――彼らは「紫等級」という一種の絶対者として君臨している。さまざまな国で紫が珍重され、高貴な身分のものしか纏うことが許されない理由は、それが何よりも恐れられる存在、覇者の証であるからにほかならない。


 一般的に、紫等級に到達したモンスターを発見したものは「神を見た」と喧伝する。どのようにしてそこへたどり着いたのか、その性質はどのようなものであるのかを考えず、それは神であると信じ込むのだ。彼らが「国神」と呼ぶものが邪悪であることはめったにない――が、それ以外のほとんどはそこへ到達する猛者だけあって凄まじい力を持つ。知性が伴うことはまれであり、暴虐を行わないものはさらに珍しい……と述べれば、神と人との邂逅が何をもたらすかは想像に難くないだろう。


 ここ日出瑠(ひいずる)において信仰される国神は龍晶、およびその子らとされる「玉牙」である。周辺国に引けを取らない強大な勢力にして、かのグレベルス痕源野の地下に住まうものどもに比肩するとも言われる神秘のモンスターたちだ。


「どういうことなんよ、それは……」

「ほら、金色のとかげがいたでしょう。食べたものを鱗に取り込むのが剱蜥蜴なの」


 彼らは尻尾こそ危険だが、人間の味方をするおとなしい爬虫類である。緋鯉のように「餌を調整して体色を整える」という遊びは、上流階級のたしなみとして根強い。


「じゃあ、どこかの国神さまを食べたってこと?」

「それは、違うと思うけど。いつかの伝説みたいに、竜の子を食べた鳥みたいなものじゃないかしら」


 竜の巣から落ちた子は、多く見捨てられる。自力で戻ってこられないようでは長じても大したものになるまい、という配慮(・・)からである。獅子よりもなお厳しい竜たち、当然ながら脱落するものの数も計り知れない。脱落す(くたば)る理由のうち半数以上は捕食によるもの、それも近隣に住む生物――高所を飛び回る鳥によるものであることが多い。


 そういった鳥の中には、竜を喰ったことで巨大なエネルギーを吸収し、いっきに等級を上げていくものもいる。鳥が竜の子を喰らって怪物と化し、周辺の山々に恐るべき被害を出した。そこで現れた英傑が、命と引き換えにそれを倒したという伝説が残された。真相がどのようなものであるか、モンスターの研究が進んだ現代であればおおよその想像はついている。


「とかげが、ねぇ。魔力になじむとかげもいる()うし、無理ちゃうんやろけど。ものすごい力使うモンスターが増えてきてるんやったら、護衛に使うお金も増えてくるんかもしらへんね」

「仕方がないわ。最近はなんだかおかしいもの」


 あちこち――グレベルス大陸の全域で行われている蟲毒は、各地のモンスターの生息域やパワーバランスに大きな影響を与えている。修羅の地であるグレベルス痕源野に影響を与えるほどに強力なものは未だ現れていないが、ここ五年間に試行され続けている実験は徐々にその結果を現しつつあった。


「この近くのウナリ山にねぇ、なんか出た、()うんよ。何かは分からんけど、見た人は青かったて言うてる。……どやろ?」

「いいわ、いつもお世話になっているもの。戻ってこなかったら――」


「言わんといてぇな、もう。……な?」

「ええ」


 ミヅノは部屋に戻って、いつもの戦装束に着替える。


 荒贄(アラニエ)なる恐ろしげな名前のモンスターが作ったという、暑さ寒さに関係なく着られる水色の着物、心臓を守るための黒い革鎧、呪物「アイテムボックス」、素早く動くためには不可欠な紺の袴。一般的な打刀と脇差の「二本差し」とは違い、彼女が腰に差す刀二本は状況に合わせて戦いやすいものを選んでいるだけである。


 彼女は、呪物からいつもの「橙」と――白銀の刀を、するりと抜きだした。


「いつ使うか、分からぬものだな」


 彼女の意識はすでに切り替わっている。偽竜をも倒した流浪の剣士は、いま再び刀を手に取った。対するは「玉牙」、神の眷属たる刃の怪物――。


 龍面の剣士は、そうして宿を発った。






 西刀幸(にしとうざき)という家の名前はともかく、直系はすでに絶えている。西刀幸アマサダの長男が死亡、次男は干物屋に三男が鍛冶屋というのが当時の状態――否、その時点ですでに直系ではなかった。アマサダは父から絶縁されていたのである。彼の長男は生まれてすぐに何やらわけのわからぬ言葉でうめきだし、ごく若いうちからすさまじい戦績を積み重ね、最期は龍に挑んで散った。自らの力を過信しすぎたのやもしれぬ。


 次男の干物屋は、そのまま次の代に受け継がれた。アマサダの家業である鍛冶を継いだのは結局のところ三男になり、今も街の鍛冶屋としてそれなりに儲かっているらしい。次男の干物屋は現在潰れ、残った資金を使って建てた旅館がハルカ・ミチユキである。昔は新築なのに廃屋同然などと笑われもしたが、儲かってから建て替えた今は立派な名所の仲間入り、押しも押されもせぬ拠点のひとつだ。


 問題は、干物屋が潰れた経緯だった。


 長女が突如として狂気に堕し、龍の封じられた呪物を手にして兄を殺し、出奔したのだと伝わっている。大筋では間違っていないが、彼女の狂気も、そして兄の狂気も、立派な思いやりに満ちたものであった。


 ミヅノの兄ユウグスは、客の二種類の需要を満たした。


 ひとつは、人口の安定化によって増えた役立たずの間引き。


 ひとつは、定法の禁ずる人食いへの商売。


 危険なモンスターが討伐されていくことでむやみな人死には減った。しかしながらそれは恐れを知ることのできぬ無鉄砲が生き残るでもある。食糧の増産も相まって人口は増えたが、雇うに雇われぬ無能の分母もまた増える。


 そして。


 亜人の中には人を食うものもある。街に住む亜人のほとんどはその味を知らないが、昔から生きていた老人や過酷な環境で生き抜いてきたものたちの中には、あの味(・・・)が恋しいのだと言ってはばからないものもあった。


 彼は、そこに目を付けた。紛うことなき商機だったのだ。


 干物屋にあるまじき恐るべき剣の腕を持っていたユウグスは、役立たずを屠り、ためらいもなく商品に変えた。青竜人(リザードマン)や鬼人のなかでも匂いを知っているものがまず買い、彼は街を蝕む恐るべき害悪へと変貌していく。


 兄の恩恵を受けて剣に邁進し、日々を精進していたミヅノは、それをまったく知らなかった。店の奥で熱心に仕込みをしている兄を見ても、さすが兄者は根っからの商人であられる、私も己の道を行かねばと感心していたほどである。ところが、いつものように干物を食卓に出そうとした兄が「しまった」といってそれを奥へ持って行った。



――兄上、捨てられたのですか?

――馬鹿を言え、商品を捨てたりしないよ。


――魚やとかげであれば、私たちの糧にも……

――獣の肉さ。血抜きしても人には食えん。



 わずかな齟齬と、奇妙な違和感。


 兄は常日頃「食べ物に感謝しよう」と笑う人だった。ところが、そのときに限ってはそれを食べ物として扱おうとさえしなかった。そして、その干し肉そのものにも奇妙な点はあった。どれだけ肥らせたのかと思うほどに脂肪が多い――これから冬を迎える豚よりもさらに多い、並大抵の獣であれば、足が折れているのではないかと思うほどに肥った肉だったのだ。獣の脂を食うと頭が痛くなるミヅノはそれを食おうとも思わなかったが、そんな獣はどこにもいないのだと確信していた。


 そして、そのような干物を買っていった青竜人がそれを焼いたときの、肉ではあるが獣とはやや異なる、えもいわれぬ匂い――火葬場のような、匂い。


 そして聞いた、役立たずは消えていくという噂。それだけであれば、斡旋業が賑わい始めているのだと解釈することもできたのかもしれない。しかし、そういった者が街へ出入りしているという話もなく、何より消えた者たちが新天地に旅立って行ったという話はどこにもなかった。


 近くで有名だった博徒のマガタが消えた翌日、ミヅノは見た。


 国神と龍が相争う様子を描いた刺青――マガタの背に彫られていた、その外道さと同じくして名高かった刺青、それが奥の壁に張り付いていた。否、広げ、かけられていた。その元に並ぶ壺からは濃密な血の匂いが漂い、下味をつける漬け壺に入っている肉、そして明らかに人のものである骨が大量に入った甕が、すべてを物語っていた。



――見てしまったか。

――兄上っ! 畜生にも劣る外道を、なぜ……!?


――誰も困っていないよ。博徒に何人が泣かされたか。

――人の倫というものがあります! ……お覚悟!!



 ミヅノは一瞬で叩き伏せられた。


 もとより兄のほうが腕前が上であったこともあろうが――彼は「実践」していたのだ。身を立てられぬ程度には剣を志していたもの、けんかっ早いもの、それらすべてをものともせずに斬っていた。人ならざるものをも斬れる時点で、彼の剣はすでに人の域を逸脱していたのである。


 だが――その剣は、かえって彼の首を絞めることと相成った。

邦題「素晴らしき青剣」


 定期的に人食うやべーやつ……。作者の作品ってこういうのばっかし出てきますけど、経験はないです……あったらヤバいな。しょうゆ漬けにした鶏肉の生を食った直後に「人肉ってこういう食感らしいぞ!」と言った父親。いまさら思い出したけど……やっぱり私の抱えてる異常の原因、大半は父親じゃねーか!


 地味にミヅノの家系の男性は母音縛りしてます(アマサダ=天定・あ、ユウグス=夕楠・う)。い段は「キリキチ・桐吉」とか「ヒキシ・曳潮」とかですかね……? 少なくとも「キチ」が「吉」として漢字にある時点で、かなり和ネームとして作りやすいんじゃないでしょうか。

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