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闇ニ玉散レ百剱  作者: 亜空間会話(以下略)
王歴8年:灰白はやがて黒へ
15/61

4「灰白」

 章タイトルと併せるとタイトルだけで内容が分かるはず。


 どうぞ。

 ミズチが目を覚ますと、そこは寒々とした石造りの部屋だった。糸束のようなものがまとわりついて、動こうにも指一本動かせない。不思議なことに、その糸からは魔力というよりはモンスターそのもののような気配を感じる。


「……?」


 目をぱちくりしてまったく状況に付いていけていないミズチに、落ち着いた男の声がかけられる。


「やあ、目が覚めたかな? この半年でずいぶん大きくなってくれたものだ」

「子供に接するような言い方をなさいますね」


 横のほうから聞こえた声に、かれはさっと頭を向けた。


「そんなに警戒しないでほしいね……私は君に実害を加えていないはずだよ? ああ、今のその状態はまことに申し訳ない。しかし君に本気を出されるのは少し困るんだ」


 歯抜けで理解できていないミズチだが、にこやかに、心底嬉しそうな声を発する男がまったく警戒していないのを理解して――させられていた。魔力眼などなくてもわかる、強者という言葉が無に帰すほどの相手。強力な攻撃手段を持つ相手を目の前にしても、おだやかな態度でにこにこと笑っていられるほどの怪物。


 「従魔将軍」タルク・ザーンは、そういう男だった。


「鱗の成分を調べさせてもらった――君はじつにいい勘をしているよ。さまざまな鉱物成分が混じり合い、美しいまでに強固な結晶体を形成している。それを鋭変するんだ、強度にしておよそ二倍のものまでは切断可能だろうね」


 今まで耳にしたことのない話題であるために、かれはそれを理解できない。ただ、男が喜んでおり、かれを害する危険が減っていることだけは伝わった。


「液能である「刃気」……これもじつにいい。消費が大きいのが難点だが、それもいずれは克服されることだろう。そうだな、龍晶あたりを喰らえば……」


 その辺にしておかないと、と傍らに立つ女が止めた。


「タルクさま、そこまで情報を詰め込んではゾンバァロ様も困ってしまいますよ」

「あれは頭脳を百ほど持っているんだ、処理能力が落ちたりはしないさ。そうそう、君に話があったんだが……君はこれを知っているかな? 魔王に対して不敬を働いたものなんだが」


 いつか自分の背中に乗るといったバケモノが、宙に浮かぶ板に映っていた。うなずくという動作で確認を取ったタルクは、表情を少し変える。


「キュゥウ」


 許してください、といった意味を含む声だった。尻尾をくるりと横に丸め、万が一にも切れることのないよう鈍変してさえいる。にこやかでない態度は、威圧的というより一方的で理不尽な死を思わせる、例えば避けようもなく頭へ落ちてくる鉄塊のようだった。


「いや、いや。君を責めるつもりはないんだ――洗脳されたものは被害者だと、魔将軍のなかでもそういう見解をするものが過半数、九割を占めた。ああ、そうだ。これについてどう思う、これは仲間かな? それとも敵かな。敵であるならば、君をむりやり戦わせたこれを許せないはずだが……」


 その通りだ。


 この黒い怪物は、「小さなオンナ」の形をとってかれを操った。危険な戦いを強制されたことこそなかったが、抵抗もできずに使役されるなどただごとではない。それに、このような強者の前に引きずり出されている以上、彼女は――。


「そうだろう? まったく困ったものだよ。仲間を殺されたからといってそこまで怒ることもないだろうに……。そもそも死んだ直接の原因は彼女だ」


 どこの世界からかやってきた少女三人は、同じ蟲毒の実験室で再会した。仲間たちがほかにもどこかで暮らしているのではないか、と考えた彼女たちだったが、その道程は困難だった。


 錆蜘蛛に入り込んだ少女は蜘蛛が苦手で、心身の不調和に悩まされた。流星蹴砕兎に入り込んだ少女はというと、戦いというものをまるで知らなかった。闇球に入り込んだ少女は――狂いもせず、戦いも苦手ではなかったが、自分を管理できない。


 射手蝦蟹が兎を殺した。首元を貫かれたにしては長く命をつなげたようだが、意識を持つ生き物にとってそれはただ悲惨が長引くだけである。闇球は射手蝦蟹を一撃で倒したが、錆蜘蛛は未だ体になじむことができず不安を膨らませていく。数日もたたず心身の違和から発狂した錆蜘蛛は、闇球に介錯された。


 言ってしまえばこれだけなのだ。世界が少しばかり理不尽を取り戻しただけで、彼らは簡単に狂ってしまう。これはその好例だった。


「就任からもう何百年やら覚えてもいないが……仲間が死ぬのは日常だよ。大した感慨を覚えるようなことではない。愛するものさえ守ればそれでいいのさ、分かるだろう?」

「ええ、もちろんです。このテケリ、タルクさまのためならば命をなげうつ所存」


「やれやれ、愛の重さにも困ったものだよ……互いに命を捨ててしまっては、生き残って記録を残すものがいないじゃないか」


 訳の分からないことに頭を抱えているタルクだが、本題を忘れてはいない。


「さてと、罰を与えないわけにもいかないのだが。我々が直接やると、どれだけ手加減しても君は死んでしまうからね。少し厳しい山奥に投げ捨てて、それで罰を与えたことにさせてもらおう。我々は結果についていっさい関与しない、それでいいだろう?」


 ミズチは、言葉の意味は分からないながらも含むところは理解できていた。


 ――つらい目に遭ってもらう。


「君のいるその場所に転移魔法を仕掛けた」


 指を差しただけにしか見えなかったが、大きな魔力を得たせいかミズチにも魔法の気配は感じられるようになっている。


「糸はほどける、心配しなくていい。しかし転移した先は厳しいだろう……君の全力をもってしても、生き残れるかどうかは運次第といったところか。フフフ、私にとっても興味深い場所だ、ぜひ君が生き残るところを見せてほしいものだね」


 どこなのですと尋ねるテケリに、タルクは笑って「グレベルス痕源野だ」と答える。


「さあ見せてくれ――命というものを」


 楽しくてたまらないといった表情が、ぐにゃりと歪む。そして、ミズチは白い球体に包まれて転移した。




「グレベルス痕源野がどのような場所か、分かっていない道理はないはずです。いくら有望な実験体とはいえ、このような……」

「……私は火が好きだ。しかし――燃え盛る火よりも、消える寸前の炭火のほうが面白いと感じることがある」


 愉悦にも種類がある、とこの男は言っているのだ。


「しかし飽きたわけではないさ。逆だ、今こそなんだよ。業火! フフフフフ……! あまたの命が散っている、幾多の命が伸び続けている。それこそが私の見たかったものなんだ、炎の燃え盛る時代――!!」


 遊び半分に殺され四散する骸。蟲毒で敗れ、怨念を宿しつつもどこへも行けない無辜の魂。強者の戦いに巻き込まれ、数百まとめて消し飛ぶ虫ども――その死屍累々など、彼の眼中にない。


 タルク・ザーンの目にあるのは、ただ生きる者のみである。食べもしない命を殺すもの、悔いもなく腐乱死体の前から去るもの、相争い何が起ころうとも決着をつけるものたち。


()が修行を終えたと言い出したら、あそこへ送り込むことにしよう」

「彼は過剰戦力なのではありませんか? 現段階で――」


「言わずもがなだ、テケリ。双命核がなくとも藍色等級にたどり着くものが溢れているあの場所で、もしかすれば彼に届くものが出現するかもしれない。一種の定規なのだよ、彼は。だから私は彼を買っている……彼ならばどのような結果になってもすばらしいものを残してくれる、そう期待している」


 多くの者は死を結果だと考える。なぜならそれは終わりであり、そこから先へたどり着くことのない地点だからである。しかしタルクにとって、それはいまだ経過にすぎない。命を操り死を転がし、物質をも生かす彼にとって生命の状態はすべて一時的なものであり、通過し復元し、逆行さえできるものなのだ。


「種を蒔く。そして収穫する。人がそれに喜びを見出したように、私もまたモンスターを作り、彼らが殺し合い成長していくさまを見ることがとても楽しい」


 彼らを生かす生命力は、タルクが望むような「輝くような」ものだ。


「そして、だ……天然自然のそれよりも、私が作ったものが上回っていたとしたらだよ。それはとても嬉しいことじゃないか?」


 それは、おもちゃを自慢する子供のような顔だった。






 グレベルス痕源野は、「万魔時代」と呼ばれたはるか昔の争いが遺した大陸のきずあと(・・・・)である。グレベルス大陸の北部に位置するその場所は、面積およそ一万キエス‐ルケリクスに及び、痕跡の及ぶ範囲にも人が住まうため大陸の歴史の基盤とされている。そしてまた、中央部から北部は不可侵域にして修羅の住まう狂地、立ち入るだけで死が約束されるといわれる超危険地帯だ。


 有名なところを挙げれば、まずは北部と中央部のはざまに生息し、近付くものすべてを死滅させ、毎日のように地形を崩壊させるという藍色等級「響鳴竜」だろう。竜だけでいっても青藍等級「刃過速竜」、藍色等級「無流(ズィロ)」というようなもはや伝承に近いもの、身近な危険としての「走牙竜」や「餓竜」など、危険は決して少なくない。


 ほかに有名どころはというと、ソリッド系統「麗晶綺景(ユートピア)」「輝哭霊」、爬虫類系統では「砂漠魚」「三頭蛇(トライヒドラ)」や「剱蜥蜴」、節足動物系統「幻灯螂(ファンティスマ)」「爆炎蜘蛛」「天馬墜蝦蟹(ペガサスシューター)」――ずいぶんと羅列したように感じられるが、これでもごく一部にすぎない。


 通常ならば、どれだけ危険だとされる場所でも見渡してすぐに危険なモンスターが見つかることはない。しかしグレベルス痕源野だけは別で、「見れば見つかる」といわれるほどにモンスターの数が多いのだ。必然、安全地帯というものを探すことが急務になる。




 転移してきた鋼鱗蛟は、すぐ目の前にいる幻灯螂と目が合った。


「チチリ、チッ、チ」


 充てられている漢字と反してカマキリでなく、その祖先から姿が進化していないカカトアルキのモンスターは、ぎゅっと持ち上がった前足の先へ小さな炎を作り出した。先手必勝とばかりに尾剣を横薙ぎに振るったミズチだが――


 重く鋭い一撃は、空を切る。くるりと反転して切り下げても、尾剣が地面にめり込むだけで鉄色に煌めく相手へ攻撃が届いていない。どういうことかとミズチは疑問に思ったが、その前に小さな炎がかれに触れた。


「ギ、シュウッ……!?」


 炎の小ささとはまったく違う、異常に熱い感覚がかれを襲う。たまらずに苦鳴をあげたミズチだが、虫の知能はそれを嗤うこともなく、ひたすらに待っている。人に近いほどの知能を手に入れたかれは、しかしそうとは思えないほどの愚に出た。


 巨大な刃気を作り出し、実体がないがゆえの軽さで以てすさまじい速度で旋回させる。チン――と、ごくわずかな音が聞こえたその場所へ、空気の動きを察して刃気六つほどを突き刺す。ひとつめは足先を切り落とすにとどまるが、ふたつめは腹部を刺し貫き、みっつめは心臓に亀裂を作る。


「ヂチッ、チ、ヂイィイッ……!!」


 液能「幻灯」があっけなく剥がれ、姿を現した幻灯螂は頭部と胸部を縦に両断された。動いていた足が止まると同時に、ミズチの背中にくっついていた小さな炎が消える。


「…………」


 初めて出会った相手の恐ろしさをいまさら理解しながら、ミズチは隠れ家を探しに歩き出した。

 幻灯螂、初見殺しなのでふつう負ける。魔力アホほど消費してようやっと勝ってます……。刃気の消費量は「ガード用発生<攻撃用発生<動かす」くらいの比率なので、今回のミズチくんめっちゃ無駄遣いしてますね。数字じゃなくて感覚的な量としても、かなり多いはず。


 タルクさまが許してくれてよかった……「じゃあ実力見せて」とかなってたら死んでた(確信)。

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