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37 お前がしようとしていたことはなんだ?

「何が、『奇遇』だ。俺が一人になるのを待ち伏せていたじゃねぇか」


 俺はわざと下卑た声を作り、ノノカを挑発した。

 ノノカは、ほんの僅かに驚いたようだった。

 だが、すぐ口元をほころばせ、余裕の表情を見せる。

 夕暮れの、ほんの僅かな逢魔が時。

 前にノノカに呼び出された時間を見計らい、俺は廊下を彷徨っていたのだった。

 一人寂しく彷徨う俺を見れば、恐らくノノカからコンタクトを取ってくることだろう。

 予想は、見事に的中した。

 廊下の角から現れたノノカはいつも通り、手にタブレットを持っている。

 淡い光を照らしだすタブレットを見据えたまま、俺は居合の距離を確かめるかのよう慎重にノノカとの距離を縮めていった。


[よく気がついたね。さすが、カズちゃん]

「お前が近づくと、匂いでわかるんだよ」

[すごいね。カズちゃんの鼻は犬並だ]


 バカにするように、ノノカは口を開けて笑うふりをする。


[知ってる? 遺伝子的に違いの多い男女は、お互いを特別いい匂いに感じるんだって]

「知るかよ。んなことより、ちょうどお前に聞きたいことがあったんだ。答えてもらうぞ」

[私も、カズちゃんに聞いておきたいことがあったんだ。是非とも答えてよ]


 ノノカは、目を細める。

 怪しく、その表情にはどこか未知なるものを期待するワクワク感を秘めていた。


[どうして、あんな危険な賭けをしたの?]


 その文章は、即座にノノカのタブレットに表示された。

 このような状態になるのを予想し、事前に準備していたのだろう。

 詰問のタイミングを奪われた俺は、仕方なく答える側にまわっていた。


「『ライオンのクイズ』ってのは知ってるか? 鎖に繋がれたライオンが何メートルの草を食べられるかっていうクイズだ」


 小首を傾げるノノカに、俺はジュンの出したクイズを披露した。

 回答とその理由まで聴き終えても、ノノカは、だからどうしたの? と、首をかしげて見せる。


「俺はな、この問題からヒントを得たんだよ。出題された問題文の中に、実は見落としがあるんじゃないかってな。

 俺たちにとっての問題って何だ?

 恋愛ゲームのことだろ。

 だから、俺は生徒手帳を見直し、総則の言葉の意味を考え直してみたんだ。

 総則文は『なお、純粋異性交遊じゅんすいいせいこうゆうは積極的に推進するものとする』っていう、異質な追加文の方についつい目が行きがちだ。

 でもな、実際にはその上に書いてある『不純異性同性交遊を禁ずる』って、文言もおかしい。

 不純異性(・・)交遊はわかる。不純同性(・・)交遊ってのはなんだ。友人関係すらも、束縛されてんのか? そうじゃない、恐らくおかしなことが前にあったんだ。

 もしかしたらと思って、俺はジュンに過去のペナルティについて調べてもらったんだ。一般生徒ではわからない、学園の因縁ってやつをな。そしたら、案の定、過去にホモ同士の笑える事件があるじゃねえか。

 これは使わない手はない、って俺は思った。

 俺とユキエと法馬の状況も、まさに過去の事件にピッタし当てはまる、ってのも功を奏したな。

 できるだけ多くの人の前で過去に事件を再現し、法馬の権威や誤解されてる俺とユキエの関係も払拭できれば、お前・・がやりそうなことを破壊できると思ったんだよ」


 俺は、自分の天才的ひらめきを胸を張って披露した。


[そんな漠然とした思い付きで、私の作戦は台無しにされたの。なんかムカつく]


 先ほどとは打って変わってノノカは面白くなさそうに、口を尖らせている。


「俺はな、初めお前が、法馬に脅されているんじゃないかと思ったんだよ。なにか弱みを握られて、協力しているんじゃないかってな。

 でも、よくよく考えてみれば、お前がそんなヤワじゃないってことは俺がよく知ってる。

 そうなると逆に法馬を操って、何か良からぬことをしようとしているんじゃないかって思うようになった。

 そうなると、ターゲットは俺にある特定の理由で深く関わる人間。――法馬とユキエがヤバイってことに気づいた。

 だから、俺はあの二人を救う・・ために、この作戦を実行に移した。

 さあ、答えてもらおうか。お前は、あの二人に何をしようとしていたんだ!?」


 ノノカは、小さく飛び跳ねた。

 それは、俺の声に驚いたからではない。

 プレゼントを貰った子供が喜び飛び跳ねるように、俺がノノカの行動を阻止しようと、自ら行動を起こしたことに、とても喜んでいるようだった。

 ノノカは、少し舌を出し、悪ふざけを楽しむようにくるりと体を一回転させ、ピタッと立ち止まる。

 ものすごい勢いでタブレットに文字を入力し終えると、俺に画面を見せてきた。


[カズちゃんの言うとおり、ちゃんと初めは法馬くんに脅されていたんだよ。どこからか、私とカズキの関係を仕入れていてね。奇策試験合格者を憎む法馬くんは、私まで監視してたみたい]


 恐らく法馬がノノカのことを知ったのは、俺がユキエから逃げて談話室で話していた時のことだろう。

 すでにあの時から、法馬は俺達の近くで聞き耳を立てて、俺を付け回していた。

 相変わらず、ジュンの不用意な発言が面倒事に加担している。

 

[でもね、彼を見ていて逆に面白いことに気がついたの。彼のユキエさんへ向ける目線って言うのかな。それが特別だなって。私にも、思い当たるものがあったから]


 ほんのりと頬を紅葉させ、ノノカはわざとらしく上目遣いで俺を見詰める。

 視線を払うように俺は、手をひらひらと振るった。

 ハイハイ。いいから、早く話を先に進めろよ。


[だから、協力を申し出たの。目障りなカズちゃんを葬り去り、ユキエさんを手にできる上、この学園に打撃を与えられる一石三鳥な作戦があるんですけど、乗りませんかって]

「誰が目障りだって?」


 俺が文句を言うとノノカは、冗談だよ、とでも言うように、また笑うふりをする。


「それが、遠距離恋愛による必勝法だったわけか」

[うん。あの方法にも、穴はあるんだけどね。法馬くんを乗せるには十分だったみたい]


 ノノカの言葉に、俺は少し眉をひそめる。

 穴があったら必勝法ではないと思うのだが。

 俺の表情など見なかったかのように、ノノカは話を進めていく。


[法馬くんには、これまでどおりカズちゃんを追い詰めてもらい、私に泣きつくように仕向けてほしいって頼んだんだ]

「おい、ちょっと待て。やっぱりあれは、お前の差金だったのか」

[全部じゃないよ。というより、ペナルティの裁量は法馬くんに任せてあったから、私の責任じゃない。だって、私が本気で、ペナルティを付けちゃったら、カズちゃんを簡単に追い詰められちゃうじゃない。それじゃあ、フェアじゃないでしょ。私が付けたのは、ひとつだけ。どうしても、気になったことだけだよ]


 心外だとノノカは、頬を膨らませる。

 どちらにせよ、お前が裏で手を引いてるんだから、同じじゃねえか。


[法馬くんには、私とカズちゃんの関係を知られていたしね。追い詰められて泡を食ってるカズちゃんを私が受け入れるから、傷心のユキエさんを法馬くんが優しく介抱してあげれば、きっとうまくいくよって乗せてあげたの]

「なるほど。それが、お前のタブレットに録音されていた取り決めか」


 ノノカは、俺の言葉に従うようにタブレットの音声記録を再生した。


『もう一度、確認? ああ、いいとも。取り決めは、しっかりと確認しておこうか、立花くん。

 君は僕の行動を制限はしない。

 あの男にペナルティを加えるのは、僕だからね。

 どのようなペナルティを加えるかは、僕の裁量で決めさせてもらう。

 君だって思うだろう? 一ノ瀬さんに必要なのは、あんな男じゃない。

 この僕だ。

 僕たちは、風紀員会と生徒会に阻まれたロミオとジュリエットみたいなもんなんだ。

 同じ思いを持っているのに、それを妨げられている。

 だから、僕たちはこの学園のシステムを破壊し、真の思いを遂げられるようになるべきなんだよ。

 いや、むしろこのシステムの穴を利用し、愛し合う者同士で結ばれるように操る。

 いい考えだと思うよ。

 立花くん、約束通り、ちゃんと僕と一ノ瀬さんが恋人になれるように協力してくれたまえよ』


 再び聞かされ、俺は腕を組み唸り声を上げた。

 あの時はジュンに焦らされ、ノノカが不正な行為などしていない理由を探すのに必死になっていた。

 思いがけず法馬の声が聞こえ、ノノカが法馬に脅され従っているのではないかという、自分の思いに飛びついてしまっていた。

 だが、今冷静に考えればそれは逆だ。

 法馬が、ノノカに操られている。

 そう考えたほうが、俺にはしっくり来る。

 ノノカの不可解な行動に対し、意味や真相を聞けぬまま、ユキエが先走りゲームの参加を決めてしまった。

 もう後戻りできなかった俺は、作戦を実行に移すことにしたのだった。


[ユキエさんが、偽装パートナーを探しているって話も、聞いていたから。

 法馬くんが偽装パートナーとなって学園公認を得ることを薦めたの。

 どちらか退学し、遠距離恋愛必勝法を使えば、学園側に恋愛ゲームの穴を強調しダメージを与えることができる。

 学園への攻撃に一役買った法馬くんに、ユキエさんもきっと振り向いてくれるよ、って]

「――だが、そんな計画は、始めっからうまくいくはずがねぇ。それは、身を持って体験しているお前が一番良く知ってるよな」


 俺の言葉に、ノノカは苦笑いを浮かべる。

 ノノカだってユキエが、どんな思考の人物か察しが付いている。

 ノノカがユキエにではなく、法馬にこの作戦を持ち掛けてたのも、ユキエに近づくのは身の危険を感じたからだ。

 

「ユキエは百合姫だ。仮に法馬と偽装パートナーを組んで、遠距離恋愛必勝法によって学園にダメージを与えても、法馬に気持ちを持つなんてことは、まずありえねぇ。

 それに、ユキエのやつは学園を退学する気は、全く無さそうだったぞ。嫌々でも父親の準備した生徒会の一員としてちゃんと在籍しているし、あいつも退学できない理由を持っているようだったしな。

 まさか、プールで沈んだユキエを置き去りにするような法馬が、自らを犠牲にして退学の道を選ぶとは思えねぇ。

 この偽装パートナーは、破綻するのが目に見えてる組み合わせじゃねぇか」

[だから、いいんじゃない。目障りな二人を消し去る、とても良い作戦だったでしょ。なのに、カズちゃんが、録音の内容を口走ったり、ユキエさんの性癖をバラしちゃったりして、法馬くんをキレさせちゃうから、失敗しちゃったよ]


 ノノカは、全く悪びれる様子もなく、むしろ喜んでいるようにさえ見えた。

 俺は、あえて真面目な表情を作った。

 まっすぐ、真剣にノノカの顔を見つめる。


「なんで、こんなことをしようとした。二人を消そうとした理由はなんだ?」

[わかってる癖に]

「答えろ」

[カズちゃんを傷つける人には、容赦しないよ]


 ノノカは、口を三日月のようにしてニンマリと笑う。

 まるで、自分は悪人ですと言いたげな、そんな表情。

 違うな。

 こいつは、そこまで悪人にはなれない。

 この作戦だって、本当にうまくいけば、法馬もユキエも望み通りの結果が得られるじゃないか。

 たまたま、ユキエが男に興味が無いってだけでうまくいかないだけであり、法馬だって、そのプライドをかなぐり捨てられれば、可能な作戦だったはずだ。

 むしろ変な小細工を仕掛けて、作戦を台無しにしてしまったのは俺なのだから、悪いのは俺のはずだ。

 俺の考えが、足りなかっただけなのだ。


「だから、武井って奴を退学にしたのか?」

[彼らの場合は、ちょっと違うかな]


 ノノカは、照れ隠しをするよう、小さく微笑む。


[あれは、失敗だったよ]

「失敗?」

[そう、失敗。法馬くんに、遠距離恋愛必勝法が実現可能であるということを示すために、現実的に機能しそうなカップルに攻略法を実践してもらったの。だから、彼らにはすべて事情を話してあったんだ]

「やっぱりそうか。あの二人は、まるでお前を探しださないと返済できない、みたいなことを言っていた。俺も法馬に直接返済していたから、まあそういうもんなんだろう、ってそん時は思った。

 だが、返済にこだわるだけなら、メールでもなんでも風紀委員会宛に返すことも可能だったはずだ。

 それにちゃんとしたパートナーだったら、ポイントの交換がいくらでも行えるはず。

 片方だけしか返済しないってのは、どうも意図的なもんを感じてたんだ」


 俺が理事長のセリフの中で、違和感を感じた場所。

『風紀員会へ行えば済むことなのに』というセリフは、ノノカがペナルティを喰らわせた二人にも当てはまる。

 あの二人は、わざと退学を実行に移していたのだ。


[その通りだね。カズちゃんが、そこに気がついて二人に接触してくる事を考え、武井君たちには小芝居を売ってもらうように話してあったの。でもね、それのせいで生徒会の人たちに目をつけられるようになっちゃって、ホント失敗だったよ]


 両手をだらりと下げ、ノノカはわざと大きなため息を付いた。

 なるほど、ノノカは武井たちの件で、すでに生徒会の人間に目をつけられていたのか。

 ん? ってことは。

 ジュンが理事長室で『ノノカちゃんの所在は僕らが、全力を上げて見つける』なんて、言っていた時には、生徒会の方では探すために動いていたってことじゃねえか。

 にゃろうぉ~やっぱ、あいつは信用ならねぇ~。


「ジュンが、お前のタブレットを見つけた時、あの部屋の前にいたウサギ人間もお前なのか?」


 ノノカは、驚いた素振りで目を大きく開いた。

 唇に指を当て、どうしようかなぁ~、と考え事をする素振りを見せる。


[カズちゃんなら、匂いでわかるんでしょ?]


 わかんねぇから、訊いてんだろうが!

 内心で叫びながらも、俺は平然とした表情でそっぽを向いた。


[ただ生徒会に目をつけられて、身動きがとれなくなっていたのはホントだからね。カズちゃんがバカげたゲームを立ち上げて、事態をかき回してくれたことに、ホント感謝してるよ]

「バカ言え。あんなのは、一時的に場を混乱させただけだ。なんの役にも立ってねぇよ」

[そうでもないよ。きっと役には立ってる。カズちゃんのやることだもん。意味が無いことなんて、あるはずない]


 笑顔を見せながら、ノノカは俺にタブレットを見せつけていた。

 何を根拠にこいつがそんなこと言っているのか、俺には理解不能だった。

 なぜか不愉快さを感じた俺は、ノノカの作戦を文句をつけていた。


「もし、作戦がうまく行っていたとして、俺が泣きつく先がユキエやサヤ・マヤ。場合によっては、名も知らないような女子生徒だったら、お前はどうするつもりだったんだよ?」


 腕を組み、俺は見下ろすようにノノカを見詰めた。

 スッと、ノノカの顔から表情が消える。

 日頃から無言だが、一層にもまして黙ったままノノカはタブレットをいじり始める。


[もし、そうだったとして。カズちゃんが、そちらを選んだんなら。それでも構わないと、私は思ってたよ]

「――嘘つけ」

[本当だよ。カズちゃん、プールの中で、俺に任せろみたいなこと言ったじゃない。ああ、もう大丈夫なんだなって思ったの。だから、私は安心して、二人を繋いでいたバンドを外したんだから。嘘じゃないよ]


 感情の載らない、タブレットの言葉だけがつづられる。


[むしろ、他に好きな人が出来たんなら、そのほうがいい。カズちゃんがお姉ちゃんの事を忘れて、新しい一歩を踏み出せるようになったんだったら、そのほうが絶対いい]

「……なに、心にもないことを」

[本当だってば。カズちゃんがちゃんとした恋人を作り、幸せな生活を初められるようになるなら、私は一向に構わないんだから]

「じゃあ、なんでお前は、今にも――泣きそうなんだよ……」


 白い場面に、黒い文字がつづられている。

 5月の終わりの廊下は、すでに赤い光に満たされている。

 小柄の少女が持つタブレットは強く握りしめられ、小刻みに震えている。

 小学生が泣き声を抑えるように、目にたまった涙を落とさぬように、ノノカはぎゅっと目をつむった。

 浮き上がってくるしゃっくりを抑え、息を飲み込んで、ため息をつく。

 開いた目の端に、まだ涙の粒が浮かんでいた。

 ノノカは、それを片手で拭い、唇を強く結んだ。


[さあ、カズちゃん。これからが本題だよ]


 まだ眼が赤いままでノノカは、表情を一変させる。

 今までの話は、もう済んだ。

 もう、話すことはない。

 そう言いたげなノノカの顔は、真剣さに満ち、強い眼差しを持っている。

 

[現在、ポイント0の一橋一樹くん。

 元風紀員・法馬葦人の付けたペナルティはなくなっても、他の風紀員が付けたペナルティはなくなることはありません。

 つまり、私の付けた【不成立三角関係】というペナルティ。

 一ノ瀬由紀恵。そして、立花野々花。この二人に対し、深い関わりを持ちながら態度をハッキリと示さないあなたは、いったいどうやって、このペナルティを回避するおつもりですか?]


 俺には、黒い瞳が、赤い炎に包まれているようにも見えた。

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