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32 パートナーゲームとは?

 高いシークレットブーツを脱ぎ、体型をごまかしたスーツを捨てると、ノノカは相変わらず、小学生のようだった。

 学園指定の水着は、競技用にも使える本来引き締まったものだ。しかし、ノノカの体型に合わせるものがなく、新調された『それ』は、紺を主体とした一見スクール水着にしか見えない、なんとも恥ずかしい仕上がりだった。

 肩をすぼめ、お腹辺りで手を組むノノカは、気恥ずそうに下を向いている。

 完全に、一部のマニアへの施しとしか思えない。

 これらがこの学園の意思と考えると、少々ゲンナリする。

 トコトコと俺の側に歩み寄ったノノカは相変わらず言葉なく、顔だけを向けて、ちょっとだけ笑った。


「なあ、お前ってあれか。生徒会と風紀委員会との二重スパイとかなわけ?」


 俺が三白眼になって顔を近づけると、ノノカは大きな動作で首を傾げて見せた。

 口を開き、言葉を発そうと息を吸う。が、その先への一歩が進まず、ノノカは首を押さえ、口を結んだ。

 手をひらひらと振り、自分の手元にコミュニケーション用のツールがないことをアピールする。

 俺が両手を組んでジッと見つめると、ノノカはジェスチャーで何かを伝えようとしてきた。

 しかし、俺には一向に伝わってこない。

 ノノカは、文字ツールに頼りきっていたために手話ができない。

 かといって、できたとしても俺が手話を知らないので、会話にはならなだろうが。

 伝えることを諦めたノノカは、肩を落とした。

 そっぽを向き、アヒルのように口をとがらせる。

 改めてキリッとした表情を俺に向けると、舌を出し、目のクマのあたりを指一本で引っ張った。

 あ、これはよく分かる。

 あっかんべー、だ。

 んだと、こんにゃろう!

 俺が殴る素振りを見せると、ノノカはわざとらしく両手で頭を抑える。

 俺らにとってはいつもの光景だ。

 ――が。

 その光景を、嫉妬の炎で見つめる瞳を、俺は見逃すことができなかった。

 ああ……なんか、ユキエの床のタイルだけが、黒くクスンでいるように見えるのは錯覚か。

 ノノカの頭を超えた先で、黒く燃え盛る炎を身にまとったユキエが、赤く光る目で俺を見つめている。

 あのまま、目からビームが飛んできそうだ。


「カ~ズ~キ~……うら、うらやま――ぐぬぬぅうううう……」


 地の底から湧き上がるような低い唸りが、聞こえてくる。

 恐怖のあまり、俺の口元が歪む。

 引きつったほほ笑みを、ユキエに向けざる負えない。

 ギヂッと、歯を食いしばる音が聞こえた。リアルに。

 急にユキエは向きを変え、法馬に顔を近づけた。

 側に立っていた法馬も、急な大接近に驚きとともに引き下がった。


「法馬クン! あなたもカズキのやつに、文句があるのよね?」

「あっ、はい! そ、そうです。その通りですとも」

「やっぱり、そうよね。つまり、私達は同士よ! 同じ敵を持つ仲間ってこと。絶対に、あのカズキをコロ――う~ぬ、とっちめるのよ。いいわね!?」

「はい!」


 ユキエに両手でがっちり捕まれ、法馬の腕はブンブンと上下に振られている。

 カチカチに固まった法馬の体は、振られるたびにブリキのロボットのようにガクガクと、ギコチナイ動きをしている。

 ただ、その眼鏡の奥の瞳だけは柔軟で、腕とともに上下に揺れる球体を確実に追い続けているのがわかった。

  

「お二方とも、仲がよろしいようで何よりです」


 首だけになって台座に置かれたウサギ頭が、悠長に喋り始めた。

 その声は、なんの加工もされておらずジュンの声であると、まるわかりだった。

 当然、プールサイドにジュンの姿はなく、カサネに、サヤ・マヤ。そして、名も知らない法馬の仲間と思われる風紀員数名が、プールサイドには控えている。

 周りを見れば、お目付け役と思われる別のウサギがいつの間にか角々に待機している。

 ゲームを本格的に始めるつもりらしい。


「それでは、皆さんには楽しい楽しいパートナーゲームを実践していただきたいと思います。そうですね、競技名としましては『二人三脚水泳』とでも称して置きましょうか」

 

 ゾワッと背後に気配が生まれ、振り向くとそこには別のウサギが立っていた。

 何かを言おうとした口を開いた瞬間、手首にパシンッと引っ叩かれたような弱い痛みが走った。

 なんだ、と俺は自分の右手を持ち上げると、同時にノノカの左手が上がった。

 よく見ると、お互いの手首には青いプラシチック製のバンドが巻かれていた。

 しゃがんだウサギは、同じように足首にも青いプラシチックバンドを取り付けた。

 作業を終えると、ウサギは弾かれるように後方に飛び去り、台座の側に並ぶ。

 ジュンのウサギを挟むようにして、二人のうさぎが立っていた。


「ちょ、何よこれは!?」


 最初に抗議の声を上げたのは、いつもながらユキエだった。

 ユキエと法馬も俺達と同じように、手首と足首に同じ青いバンドを取り付けられている。

 青いバンドは柔軟なプラシチックの一枚板で出来ており、楕円状になって俺達の手足を繋いでいる。

 手首を二周して巻かれているが、素材自体が柔らかいため、片手でも十分外すことができる。

 端を持ち上げ、ペチンとバンドを弾いてみせた。


「おっと、一ノ瀬さん。開始前に、それを外したらダメですよ。これからルールを説明しますから」


 台座に乗ったウサギの生首が、とても楽しそうな口調をしている。


「ご覧のとおり、お二方の手首・足首にバンドを付けさせて頂きました。これからお二方には、その状態のままプールに入っていただき、プールの端まで競争して頂きます。当然、先にゴールした者が勝利となります。二人三脚の水泳版といったところですね。よろしいですか?」


 ひどく簡素に、ウサギはルールを説明した。

 そんなこと競技名を聞いた時点で、大体わかる。

 問題は、そんなことではないはずだ。


「なに馬鹿なこと言ってんのよ。こんな状態で泳げるわけ無いでしょ!? 普通の二人三脚だってまともに歩けるかどうかなのに、こんな状態で泳ごうだなんて自殺行為よ!」

「なるほど、自殺行為ですか。無理心中、入水自殺、過去の文豪が行ったまさに愛の逃避行。パートナーゲームにピッタリですね」

「ふざけんのも対外にしなさいよ、あんた!?」


 キレかけのユキエに対し、ウサギはアハハと短く笑い飛ばす。


「もちろん、そんなことできるはずなって、分かってますよ。このゲームの肝は、駆け引きと取捨選択の勇気ですから」


 ウサギはもっともらしく話し始める。


「一ノ瀬さんに、法馬さん。あなた達の組み合わせが、いかにおかしなモノか気づいていないのですか?」

「どういうこと? 体型的にはあってるんじゃないの。始めっからするつもりはないけど、カズキとじゃあ、吊り合わないでしょ。まあ、確かにあまり詳しくお互いを知らないってのはあるけど、目的を同じにする良いパートナーだと今回は思うわ」

「目的を同じですか。でも、立場的には、かなり違う気がしますが」

「分けわかんない。何いってんの?」

「一ノ瀬さん、あなたは生徒会の代表として、今回のゲームの参加を決められました。片や法馬さんは、風紀委員会の代表。――法馬さんは、勝つことでカズキくんの風紀委員会への入会を阻止しようとしています。では、風紀委員会への入会を失ったカズキくんの処遇はどうなるのでしょう? そこで意味を成してくるのが、同時に勝利した一ノ瀬さん――いえ、生徒会の代表という肩書です。二人ならご存知とは思いますが、生徒会と風紀委員会は、カズキくんの肩書である奇策試験合格者を巡って、独自の裏ゲームを行っています。彼を互いに、手に入れようとしているわけです。今回のゲームで勝った風紀委員会は、自らその権利を放棄すると言っているのです。では、生徒会の代表としては、どうでしょう。こんなチャンス逃す手はありません。こちらに引き込むのが筋というものです」

「そ、そんなの私が認めないわよ。勝者は私なんだから、カズキが生徒会に入るのは私が拒否するわ」

「一ノ瀬さん、何を言ってるんですか。そんなこと、ワタシタチガ、ユルシマセン」


 音もなく現れたウサギたちは、無言でユキエを取り囲んでいた。

 いつも威勢のいいユキエが、青ざめ床にへたり込む。

 ユキエは、自分より背の高い人間が怖い。

 耳の長いウサギのかぶり物は、ユキエを威圧するのにも十分な効果を発していた。

 ユキエが口を開かなくなったことに満足したのか、ウサギたちは定位置に戻っていった。

 一緒に取り囲まれた法馬も事態が飲み込めず、目を瞬かせている。


「法馬くん。頭のいいあなたなら、この状況がどういうことかわかりますよね。つまりあなたは、勝ってはいけないんですよ。風紀員としてはね」

「――ッ!」


 言葉も発せず、法馬は息を飲み込んだ。


「真面目なあなたなら、わかるでしょう。大事な風紀員会のためには、あなたは勝つことは許されないんです。勝ってしまったら、あなたは不遜ものだ。その肩書に、どんな傷が付くんでしょうね?」


 無表情のウサギ達は、同じように感情なく言葉を紡いでいく。

 生徒会の主催のゲームと言えどもこれでは、あまりにも一方的な気がする。

 風紀委員会など生徒会が楽しむための当て馬、そう思えてしまう。

 俺は、無意識にウサギたちを睨みつけていた。

 すると突然、クルッとウサギたちの頭が一斉に俺を見つめた。

 台座に置かれたウサギの生首も含め、全員が俺を見つめている。


「カズキくん、次は君の番です」

「な、なんだ!?」

「カズキくん、君はこのゲームに勝ち。今あるペナルティによる負債をチャラにしてもらおうとしている。いいでしょう、そのぐらいの賞与は問題ありません。それで、今後自力で生き残れるというのであれば。ですが、その場合、ノノカさんには退学になっていただきます」

「なんだその展開は!?」

「すみません。これはゲームを提案した校長先生のご判断です。カズキくんに与えられているペナルティは、風紀委員会による不正なものであると判断した上での帳消し。それならば許可する、と校長先生はおっしゃいました。故に、カズキくんにペナルティを科した法馬葦人および立花野々花の行動を徹底的に調査し、不正を調べる必要があります。その結果、立花さんが退学になる場合もあるということです。もし、立花さんが不正に誰かの退学を、要求するような行為があれば、の話です」


 ノノカの立案した必勝法は、実行者に自ら退学を要求する行為だ。

 もし、ではない。確実に、存在するのだ。


「当然、カズキくんが負けた場合は、今受けているペナルティの全額返済を義務付けるものとします。もちろん、返せればの話ですが」


 返せなければどうなるかは、よくわかっている。

 常にジリ貧。いや、もうすでに崖に足が一歩出掛かっている。

 かと言って、このゲームで勝つことはできない。

 はじめから、勝ってはいけないゲーム。

 勝つと、大事なものを失うように準備されている、そういうゲームなのだ。

 法馬が勝つと、自身の自信を失う。

 ユキエが勝つと、自身の存在価値を失う。

 俺が勝つと、自身の守るべき相手を失う。

 ノノカが勝つと、自身の居るべき場所を失う。

 かと言って、負けてもいけない。

 法馬が負けると、プライドを失う。

 ユキエが負けると、目標を見失う。

 俺が負けると、約束を失う。

 ノノカが負けると、居る意味を失う。


「恋愛は駆け引きです。何を求め、何を失うか。常に選択です。それは、現実の社会も同じ。決断の時は、急に訪れるのです」


 ウサギたちは、また一斉に顔を向きを変えた。

 プール奥にある電光掲示板に『25:00』という表示が現れた。


「時間内に、プール端に辿り着いた者が勝者です。もし、誰も辿り着くことができなければ、全員にペナルティを与えます。パートナーゲームでのペナルティ、どれほどのものかは、お噂を聞いておられることでしょう」


 全員が退学になってもおかしくない、とウサギたちは聞こえよがしに小声で囁きあった。


「そうだ。ひとつ、可能性をあげましょう。繋がりを外して、一人だけでゴールもしてもOKですよ。その代わり、一度切った絆は一生もとには戻りません。今後一切、その組み合わせはカップルとして認めません。いいですか。いいですよね。――さあ、好きにゴールをしてください。あなた方が、求めるものを手に入れるために!」


 ウサギたちは、一斉に両腕を天へと伸ばした。

 それを合図に、どこからかクラッカーが鳴らされ、紙吹雪が舞った。

 そして、カウントは『24:59』『24:58』と一秒ごとに時間を刻んでいく……。

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