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21 信用できるのか?

 勢い良く教室の扉を開けて、最初に目に入ったのは、手をつなぐ男女の姿だった。

 手を繋いでいた女子が俺を認めた瞬間、大慌てで手を離し、その手を背中に隠した。


「な、なんだよ! いきなり入ってくるなよ!」


 サヤは、カサネの隣で顔を真赤にして、俺に抗議をした。

 カサネは、変わらぬ澄ました顔で俺に一瞥くれると、どこか名残惜しそうに後ろに隠されたサヤの手を

見ているようだった。


「事情はわかってる。俺を気にせず手を繋いでいろ。それより、サヤ。ノノカはどこだ? 本当にどこにいるか、わからないか?」


 飛び込んだサヤのクラスに、やはりノノカの姿は見当たらなかった。

 放課後の時点で、クラスに残っている生徒は少なく、部活か、はたまた他の活動に勤しんでいるようだった。

 サヤは、何故か唖然とした表情で、俺を見詰めており、カサネも無感動に首を傾げてみせた。


「なんで、そんなに慌ててるの? ノノカちゃんの身に何かあった?」

「違う、そうじゃない。とりあえず、今はノノカの居場所を突き止めたい。アイツに、聞かなきゃ行けない事がある」


 俺は出来るだけ、感情を押さえてサヤの言葉に丁寧に答えたつもりだった。

 だが、サヤの俺を見る目は、酷く怯えていた。

 表情を変えず、俺とサヤとの間にカサネも手を伸ばしてきた。

 どこか警戒されている雰囲気が感じ取れる。

 不味いな。

 どうも俺は、ノノカの関わる事件に対しては、ニュートラルになりきれないようだ。

 構えた前傾姿勢でいた俺は、上体を起こし、気のないヘラヘラとした笑顔を自発的に呼び寄せた。

 いつもなら、このスイッチングで、事態を収めることができる。

 だが、今回はそうもいかないようだ。

 変わり身の速さに、むしろカサネから一層の警戒を引き出してしまった。

 すでに、サヤとの間に立ちふさがるかのようにカサネが腕を組んで、俺を見下ろしていた。

 

「いやいや。なにも、そんな不味いことじゃないんだよ。ただちょっと、ノノカのやつに、お灸をすえなきゃならないことがあるんだ。アイツ頭はいいのに、全然人の気持ちをわかってないからさぁ~。ガツンと言ってやらなきゃいけないことが、ね? 幼馴染としてあるわけで」


 警戒を解くために、ラフでダラダラと、いつもの雰囲気の俺を演じ続けた。

 それでも、カサネは無表情に俺を観察するように腕を組んで構えている。サヤも、カサネの背中から不思議な生き物でも見るように、こちらを覗いている。

 にじり寄るように俺が一歩足を動かそうとすると、カサネも間合いをとるように一歩下がる。

 この場の空気が、まだ俺に向いていない。

 そんな空間の中を、切るような音が俺の背後から迫ってきた。

 パンパンに膨れたカバンに、俺は横から殴られた。

 机をなぎ倒し、横へと壮大に転がる。


「おらぁ、カズキ! あんた、一体どこほっつき歩いてんのよ!?」


 怒声を上げて闖入してきたユキエは、仰向けに転がった俺にカバンを叩きつけた。

 容赦無い追い打ちに吐きそうになるが、俺は不思議と笑いがこみ上げてきた。

 ユキエ、お前が空気を読まないバカで、ほんとうに助かったよ。

 飛び跳ねるように立ち上がった俺は、雰囲気の変えるチャンスを逃がさずユキエに食って掛かった。


「痛ってぇよ、俺にだって、たまにはやらなきゃらないことがあんだぞ!」

「んなこと、知らないわよ! アンタは、私の身代わりになるって使命があんの。サボってんじゃないわよ!? ぶっ飛ばされたいの!?」


 すでにぶっ飛ばしてから言う言葉ではないと思うんだが――。

 俺がうんざりした表情を作っても、ユキエは自分が放置されたことにばかりプリプリと怒っていた。

 ユキエの背後から、急に存在を表したかのようにまったく別の生き物が現れた。

 ツインテールを揺らす双子のもう一人――恐らく本物のマヤだ。


「どうかしたの? さっきまで、随分怖い顔してたね?」


 マヤは少し驚いた表情をまといながら、俺とサヤを交互に見た。

 マヤに目配せされたサヤは、何も言わずに顎を引く。目だけで、俺をいまだ警戒している様子だ。

 さすがのマヤも、双子のシンパシーだけでは、事の成り行きを理解できないようだ。頭に疑問符を浮かべていた。


「俺は、ノノカを探してんるんだ。アイツに、ちょっと話があるんだよ」

「メールとかじゃ、駄目なの?」

「返事がない。『ラブレターゲーム』の時から、ノノカから返信は来てないんだ」

「そうなんだ。不思議だね」


 まったく真剣みの感じられない、他人事のような態度で――実際他人事だが――マヤは言葉を紡いだ。

 下手に警戒されるよりは、気のないほうがまだいい。値踏みをするような視線で、マヤは俺をみつめていた。

 ちらりとユキエの表情を確認すると、狐のような釣り上げた目で口をへの字に曲げている。

 あんまり、こいつと、こいつの父親の力を当てにしたくないが、そう言ってはいられない。

 俺のゴーストが、そう囁いている。


「なあ、校長の娘であるお前は、ユキエがどの特別教室で授業を受けているか知らないのか?」

「ノノカちゃんの特別教室ですって! そんなもの知ってたら、こんな寂しい思いをしてないわ!」


 言葉の意味に若干歪みを感じるが、ユキエもどうやら知らないらしい。

 まあ、ある意味助かったか。

 俺をジロジロ見ていたマヤが、ほぉと感嘆の声を漏らした。


「カズキくん。ユキエが、校長の娘だってこと知ってるんだね?」

「何言ってんのよ、マヤ。あなたがカズキにばらしたんでしょ?」

「あれ、そうだっけ? ふふ、何だか忘れちゃたみたい」


 興味のない雰囲気のまま聞き流すようにマヤは、とぼけて見せた。

 だが、目線だけがサヤをしっかりと捉えている。

 ばらしてしまった当の本人であるサヤは、カサネの背に身を隠し挙動不審だ。

 マヤは視線をこちらに戻すと、ゆっくりと小首を傾げた。

 揺れるツインテールが、自分は不思議に思っていますよと、無言のアピールをしてくる。

 

「どうして、ノノカちゃんは特別授業を受けてるの?」

「理事長から許可をもらって、受けさせてもらっているらしい。どんな授業かは俺も知らん」

「ふ~ん。だったら、理事長に直接聞いてみましょうよ」

「まあ、それが、出来れば早いんだが。俺は、女子寮に近づけないし、理事長と話すようなコネもねぇから……」

「だったら、ジュンくんに話しましょ」


 そう言うと、マヤは高機能スマートフォンである生徒手帳を取り出すと、ジュンに電話をし始めた。

 確かに、ジュンのヤツは情報通だ。

 アイツのよくわからん人脈なら、理事長と会うコネがあるかも知れない。

 だけど、俺は変な要求をされないか不安でならなかった。

 アイツを、信用していいんだろうか。

 俺の不安を気にもせず、マヤは電話に出たジュンと簡潔に話を始め、短く電話を切った。


「大丈夫だって」

「何が?」

「理事長先生に会うことできるって。行きましょっか?」


 生徒手帳をスカートのポケットにしまうと、マヤは迷いなく歩きはじめた。

 急いで追いかけ、マヤに耳打ちする。


「な、なあ、マヤさん。ジュンは、何者なんだ? 君達はパートナー関係も結んでないようだけど、何か理由があるんだろ? よく信用できるな」

「そうね。私も、ジュンくんが何を考えてるかわからないけど。今回のことは関係ないから」

「そうか、理事長と会うんだろ? そんなコネを持っている奴、そういないと思うが」

「そうかなぁ。弟くんが、お姉さんに会うだけなんだから、難しい話じゃないんじゃない?」


 マヤの微笑みに、邪推は感じられない。 

 あのチャンネルが通常通りアニメを放送しているなら、大した事件じゃない。世の中の流れを、某チャンネル基準で見ているニートのような、平然とした態度だ。


「ん? どうしたの、急にうずくまって」


 俺は、廊下でダンゴムシのようにうずくまっていた。

 マヤは、今までの中でもっとも不思議そうに俺に声をかける。

 ああ、なるほど。

 俺が、変なんじゃない。こいつらが、変なんだ。

 しゃがんだまま、顔を上げると、俺を取り囲むように4人が怪訝な表情で俺を見ていた。

 もういい。

 どうにでもな~れ。

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