22 勧誘されているのか?
「お待ちしてました」
教育棟最上階に鎮座している理事長室の前で、ジュンは平然とした顔で俺達を待っていた。
理事長室、校長室など学園の重要人物のために造られたこの階は、他の階とは異なり、赤い絨毯が床に敷き詰められている。。
悪趣味とも呼べるこの仕様に、少なからず俺は、嫌悪感と威圧感を覚えた。
ジュンは、澄ました顔で俺達を見ると、片手をドアノブに掛け「じゃあ、入ろうか?」と、促してきた。
「ちょっと待て、ジュン」
「なんだい、カズキ?」
「単刀直入に聞く。お前は、敵か、それとも味方か?」
ジュンは、目だけを細めた。
このシュチュエーションを楽しんでいるのだ。
「それは、カズキが決めることだよ。カズキが、僕を信用するなら、僕は味方になる。カズキが、僕を裏切るなら、僕は敵になる。カズキが決めかねている以上、僕はどっちでもない」
「それじゃあ、わかんねぇんだよ。はっきり言え!」
「それは出来ない。それだとゲームにならない。カズキがノノカちゃんとゲームをしているように、僕も、とあるゲームに参加しているんだ。だから、教えてあげない。ただ、今回だけは、特別に味方だと思っていい。僕は、姉さんと相性最悪だから」
それだけ言うと、ジュンは合意を待たずに、理事長室の扉を開けた。
扉を開けた先は、古い紙の匂いがした。全体を木目調の備品で揃えられた理事長室は、その四方を取り囲むようにたくさん蔵書が積まれている。
扉からまっすぐ正面には一枚ガラスの明かり窓が備え付けられ、その手前に理事長と書かれたネームプレートのある木製テーブルが置かれている。
明かり窓から光により全身を黒く浮かび上がらせたシルエットが、その木製テーブルの上に座っていた。ほんの少し奥には豪華な作りの椅子が備わっているにも関わらず、その女性は腕と足を足を組みテーブルの上に腰を下ろしていた。
「姉さん。来客なんだから、テーブルの上に座るような行儀の悪いことは止めなよ」
「黙りなさい。私は、時間を有効に使いたいの。座って悠長に話す気はないから、とっとと本題に入ってちょうだい」
ジュンに話しかけられた理事長は、長い栗毛の髪を垂らし、不機嫌そうに目を釣り上げて答えた。
赤いスーツに身を包む彼女は、スカートから生える足を一旦組み直すと、テーブルから立ち上がり、足早に俺達の前まで近づいて来た。
「何のよう?」と、先頭に立っていたジュンを無視して、理事長は俺に顔を向けた。
「俺は……ノノカの居場所が知りたい。アイツは、今どこに――いや、どこにいるんでしょう? あなたが、特別な授業を行なっているらしいってのは、聞いてる。だから、その居場所を教えてくれ。アイツに、聞かなきゃならないことがある」
「また……それなの。あなた、女子寮に来た時も同じような事を言ってたわよね? そんなに、立花さんの事が大事なら、首輪でも付けておきなさいよ」
「いいんですか!? だったらこの犬用の首輪を、早速ノノカの首に掛けて、んで長い鎖をですね――」
「何言ってんの、あんた?」
ネタ振りしておいて、理事長は問答無用にばっさりと切り捨てた。
あんたが、やれって言ったんじゃん。
「はっきり言いましょう。立花さんの居場所を、教えるわけにはいきません。立花さんにいま必要なのは、あなたではないと考えています」
「どういうことですか、この学園では男女でのパートナー関係が大切なんですよね。だったら、関わりを断つような事は、絶対に許されないと思うですけど」
「あら? やっぱり、あなたも立花さんに気があるのね。立花さんは、あなたが『自分を受け入れてくれる事はない』みたいなこと言っていたけど、立花さんの思い違いなのかしら」
「そ、それと、これとは話が別です!?」
何をやぶから棒に、変なことを口走るかな、この人は。
ノノカと、俺の関係は今のこの状況とは関係ないだろう。
アイツは、恋愛ゲームを破壊しようとしてるんだぞ。
それを見過ごしていいのかよ。
――いや、待てよ。
この女、ノノカにわざと、そうさせているのか。
特別授業とか言っておいて、ノノカに学園のシステムの破壊工作をさせているんだ。
じゃあ、なんの為に?
そりゃあ、やっぱり自分が経営者としてちゃんとやれる所を本社に、見せ付けるためだろうな。
理事長職に着きながら、こいつはお飾り扱いらしいからな。
ユキエのオヤジが作り上げたシステムを破綻させて、二四三屋校長を失脚せようとしているんだ。
そうすれば、理事長である自分の立場に注目が集まる。
恋愛ゲームなんてヘンテコなシステムを取りやめ、学園を立て直し、経営者としての実力を見せる。
ノノカ達風紀員を巻き込んで、こいつは自分の足がかりを作ろうとしているんじゃないのか。
俺が悶々と思案を重ねる中、理事長はすっと俺の顎に手を伸ばした。
「どうしても、っていうなら方法がないわけではないわよ」
妖艶なほほ笑みを浮かべ、理事長は俺の顎を撫で上げる。
さ、誘ってんのか、テメエ。
「あなたが、私の管理する風紀委員会に入るっていうのはどうかしら?」
理事長の誘惑に硬直している俺よりも、強く反応を示したのは隣に立つジュンだった。
標準装備の薄仮面が乱れ、姉に対して冷ややかな視線を送っているように見えた。
日頃能面のような微笑みだから違いがわかりにくいが、若干怒ってるようだ。
弟の微妙な変化を無視して、理事長は話を続ける。
「カズキくん、この学園で風紀委員に成るためのシステムは知ってる? 風紀員になるには、学園選抜のテストで上位にランクインする必要があるの。言わば、成績上位者に与えられる特別な権利。あなたが、入学を決めた【奇策試験】は、成績の良し悪しに関わらず合格を決める特殊な物だから、そうそう巡ってくるチャンスではないはずよ。あなたが風紀委員会に入れば、少なからず大切な立花さんの側に要られるチャンスは確実に多くなるはず。悪い話ではないとおもうんだけど?」
挑発的な態度は、しまいに勝利を確信したほほ笑みへと変化し、腕を組んだままの理事長が、俺を包み込むような大きな存在に見えた。
圧倒的な雰囲気に飲まれそうになっている俺の横で、ジュンが嫌なオーラをビンビン発している。
背後から登る黒いオーラで人の形を作り、お互いを牽制し合っている。
相性最悪っていうか、お前ら間違いなく対立してるよね、この雰囲気は。
「やります。風紀員会、入らせてください」
俺の迷いない発言――なんてもんは存在せず、高々と手を上げて風紀員入りを志願したのは、我らのお嬢様ユキエちゃんだった。
どこまで言っても、通常営業。その空気の読めなさっぷりに、むしろ惚れる。
さっきまで、黒いオーラでスタンドを象っていた姉弟は、呆れ顔でユキエを一瞥した。
がっかりした二人の顔を向けられても、ユキエは動じず、むしろ最高の営業スマイルを輝かせた。
「一ノ瀬さん。あなた、生徒会に所属してるじゃない。それに、今の流れであなたに風紀員入りを認めると思ったの……」
「ダメなんですか!?」
「ダメに決まってるでしょ!」
割れたガラスのように表情を歪ませ、ユキエは目に涙を溜めた。握りこぶしを震わせながら、「また、あのクソ親父のせいで~」と恨み事を呟く。
いや、親父さんはここでは関係ないだろう。というより、そのショックの受けようが信じられない。
俺は生暖かい目で、ユキエを観察した。
「なによ、慰めているつもり? それとも、バカにしてんの?」
「ん~、どちらかと言えば、後者かな」
「あんですって~!」
涙目のユキエに襟首を掴まれ、俺はグラグラと揺らされた。
あははは~、このユキエちゃん、なんか楽しいわ~。
「理事長。お言葉ですが、僕達のクラスには、すでに法馬という風紀員がおります。彼がいる以上、カズキが風紀員になることはできないと思われますが?」
じゃれあう俺達を無視してジュンは、理事長の前に立っていた。
微笑が復帰しており、余裕を見せる態度でジュンは理事長の言葉を待っていた。
「カズキくんが風紀員に成りたいという言質が取れるなら、彼には即刻退場してもらうわ」
ジュンの口答えが気に喰わないのか、理事長はいきなり過激な発言を繰り出した。
さすがにそれはどうなのよ、と俺が引きの姿勢を見せると、理事長はちょっとだけ眉をひそめた。
いや、誰だって驚くだろう、普通。
ジュンは引き出した言動に、はっきりとした笑みを浮かべた。
「これは困りましたね。風紀員を束ねる長が、ルールを無視して風紀を乱すだなんて、信じられない。許されるはずがありません。それではカズキくんが自分の意志で委員会に入ったとは言えないんじゃないですか? こんな、交換条件みたいなやり方、生徒の自主性を完全に無視してますよね」
悠々とした物言いで、ジュンは理事長を挑発する。
ジュンの言うとおりだが、なにか回りくどい言い方をしているような気がする。
一呼吸置いて、理事長はジュンを睨みつけた。
睨みつけられたジュンは、余裕もって笑みを返す。
ジュンのそんな態度にも理事長は決して狼狽えるような様子を見せず、むしろジュンを小馬鹿にした雰囲気すら感じ取れる。
理事長は、指を一本立てて答える。
「もし、始めっから入る意思があれば別でしょ。風紀委員会という存在が、カズキくんにとって、どのような利点があるか話したに過ぎません。無理矢理勧誘した、みたいな言いがかりは、よして欲しいですね」
「ただ単純に風紀委員会の利点を話しただけというのであれば、入る入らない関係なしに、ノノカちゃん居場所をお教え下さってもいいんじゃないですか?」
どちらも静かな物言いにもかかわらず、居心地の悪い雰囲気がゆっくりと層になって降り積もっていく。
見えない空気の重みにしんと、周囲は押し黙る。
若干一名が、状況を理解できずキョロキョロとあたりを見回した後、小首を傾げて仕方なく黙った。
さすが、お嬢様の目は節穴ですね。
ジュンの揚げ足取りの誘導に、理事長は腕を組んだまま爪を噛むと、「そうですね」と目に怒りを宿したまま俯いた。
ジュンが、勝ち誇った微笑みを俺に向けてくる。
なんかよくわからんが、下手な面倒事に巻き込まれずに、ノノカの居場所がつかめそうだ。
俺は、僅かな希望に、ホッと胸を撫で下ろした。
だが、ツンとした態度で下を向いていた理事長が、一瞬の微笑みの後に顔を上げた。
俺の希望は、どうやら早とちりだったようだ。
「立花さんの居場所を教えるという変な条件を加えたから、いけないのですね。ならば、入る入らないに関わらず、立花さんのいる教室はお教えしません。その条件のもと、改めて風紀員に入らないかしら、カズキくん?」
理事長は涼しい顔をして、おかしな要求を出してきた。
どういうことだってばよ?
ノノカの居場所が知りたいという話から、歪曲して風紀委員会の話になってはずなのに、ノノカの話を反故にして、それでも風紀委員会に入れ?
それは、俺にとってどういう利点があるの。
確かに上位クラスと同じ扱いを受けられるようになれば、情報入手も難しくないので、ノノカの居場所が知れるだろう。
まして、風紀委員会にノノカが所属しているわけだから、委員会で集まる機会さえあれば、特別授業の教室を教えてもらわなくても、ノノカと直接会うことは出来る。
この機会にノノカの居場所を教えてもらわなくても、結果的にはノノカの居場所は知れるというわけか。
俺の希望がノノカの居場所を知りたいだけである以上、この申し出は非常に有利な点が多いのは確かだが、なぜだろう、ついでに面倒事がいっぱい後から付いて来そうで怖い。
ジュンの舌打ちが聞こえ、俺は我に返った。
ジュンの目つきが、いつもと違う。遠い、どこを見ているのかわからないような無表情がその顔に張り付いていた。
「勧誘は、減点ですよ」
「構わないわ。カズキくんが、望んで私に会いに来たのよ。この条件を逃す手はないわ。あなたは、しっかりと自分の役割を果たしてくれたというわけね。ありがとう、ウサギさん」
「僕は、あなた側の導き手ではありませんよ、女王様」
傍から見ると、全然笑えない微笑みを浮かべ合う二人。
俺の心が、風紀委員会に入ったほうが利益があるのではと、思っているから、そう見えるのかしれないが、ジュンのほうが少し劣勢に見えた。
当の俺は――どうしたら良い。
このまま決めていいのか。
条件が低すぎやしないか。
別の何か、大きな厄介事を背負わされる危険のほうが高い、と思うのだが、どうすんだこれ。
俺が考えあぐねいていると、ふぅ――と空気を吐く音が聞こえた気がした。
「どっちにしても、法馬がいるんだから、カズキがそのまま風紀員になることは出来ないんでしょ? だったら、せめて、どちらが優秀か見極める必要があるんじゃない?」
押し黙っていることに限界が来たのか、ユキエが適当なことを口走る。
ユキエの一言で、みるみるジュンの目に生気が戻っていく。
「なるほど、それもそうですね。法馬くんとカズキ、二人にはいずれ対決してもらいましょう。そして、どちらが優秀か見極めてから、改めてカズキに自分の意志で委員会を選んで貰う。いい考えだと思います」
「何を言っているの、あなたたち!?」
慌てたのは理事長の方だった。
俺はもう、蚊帳の外状態だったので、驚くことすら出来ない。
「理事長、あなただって、その方がいいでしょう。カズキが法馬くんに勝った上で、風紀委員会の職務に就きたいと言えば、風紀を乱した事にはならない。大手を振って、カズキを勧誘できる。そうでしょう?
カズキ、申し訳ないけど、ここで決断を出すのは待ってほしい。ノノカちゃんの所在は僕らが、全力を上げて見つける。だから、ほんの少しの時間を貰っていいかな?」
「ジュン、あなた、何を言っているかわかってるの? 特定の個人に対しての奉仕は、委員会全体のペナルティになるのよ」
「確かにそうかもしれません。ですが、僕らは『生徒一人ひとりの味方です』から、間違っていることはしていないはずですよ」
ジュンは、俺に目線を送ると、黙ってコクリと頷いた。
信用しろっていうのか?
お前、さっき俺が信用するかしないかで、敵味方に変わるって言ったばっかだよな。
なのに、お前の行動に関しては信用しろというのか。
都合が良すぎるんだよ。
クソッ――信用してやるから、成果を出せよな!
俺は、睨みつけるようにして大きく無理矢理、頷いた。
ジュンは微笑むと、有無を言わず俺らを、理事長室から退出させようと背中を押した。
「カズキくん、本当にそれでいいの?」
扉まで来た俺に理事長は、追いかけるように大きな声を掛けてきた。
「あなたが立花さんを心配するのは勝手だけど、よく考えて行動しなさい。あなたが受けているペナルティ、本当に自分の介在したものだけかしら? 立花さんを甘く見てはいけないわよ」
その場から一歩も動かず、扉に目掛けて撃ち込むように理事長は言葉を切った。
ノノカを甘く見るな。
何を今更。
んなこと――イジメていた俺が、一番良く知っているよ……。




