20 何が起こっているんだ?
ひと目のない学園の屋上で、抱きしめ合う男女の姿があった。
背の高い男は、髪の長い少女を優しく包みこみ、その涙を熱い胸板で受け止めている。
この学園内で、このような行為をやってのけるのは、かなりの自殺行為だ。
純粋と呼べる関係が、どの程度の範囲か、俺達には未だわからない。
だが、あの二人には、もうそんなことは関係ない。
なぜなら男の方はすでに、退学が決定したからだ。
「もう、お別れなの……」
「……スマン。やっと、分かり合えたと思ったのにな……」
太陽を背にした男の引き締まった体が、そのシルエットだけでもよくわかる。
少女は、長い髪をしなやかになびかせ、男に比べればやや小柄な印象だ。
その二人は、相思相愛だったのだ。
お互いを愛し、二人のためにこれからの学園生活を進めていこうと、やっと決心がついた。
その矢先の出来事だった。
「この後のことは――」
「うん、わかってる。絶対忘れないで……わたしもあなたのこと忘れたくない」
この学園での退学は、言わばA級戦犯だ。
もう、取り返しがつかない。
一度出された、退学通知は取り消すことが出来ないのだから――。
「あの~お取り込み中、大変申し訳ないんですが~」
むず痒い青春の一ページに耐えかねた俺は、気に触ることがないようにへりくだった姿勢で、二人に声をかけてみた。
「なんだ、テメェは!?」
男は女を守るように前に一歩踏み出し、少女も自然な素振りで男の背に隠れた。
いや~相変わらず怖いなぁ、この――角刈りのお兄さん。
「いや~どうもどうも、俺っち、一橋一樹って言います。まえに、一度だけお会いしたことがあるんですけど、覚えてますかね?」
値踏みをするように、俺の姿を男はじっくりと見回す。
男の目の中で何かが、メラっと燃え上がったような気がした。
俺の直感が、ヤバイんじゃねぇ? と半疑問形の警告を出した頃には、俺の胸ぐらは男に掴まれていた。
「テメェは、あん時の! やっぱりテメエらが原因だったんだな!?」
「ぐ、ぐるじぃです……」
頭に血が上った男は、容赦なく俺の襟首を締めあげてくる。
お願い止めて! 俺のライフはとっくにゼロよ!
「ちょっと! タケイくん、離してあげて!」
角刈りには勿体無いほどキレイな少女は、俺を心配してくれていた。
少女の言葉に従い、角刈りは、俺をゆっくりと地面に下ろした。
少女は俺に手を差し伸べ立ち上がらせると「大丈夫だった?」と、不安げな表情を見せた。
なんとも釣り合いの取れていないカップルに見えるが、こいつらがかなりラブラブであった事を俺は知っている。
校内でいい度胸にも、手を繋いで歩いていたのもこいつらだ。
「こいつの心配する必要なんかねぇよ。こいつ、こう見えても、あの一ノ瀬由紀恵とパートナー組んでるんだぜ。なに考えているか、分かったもんじゃねぇ」
「えっ、そんなまさか!?」
少女のほうは、目を白黒させて俺を見詰めている。捕らえれたグレイを見るように、まるで信じられない、というような顔をしている。
おいおい、そんなに、俺とユキエは吊り合わないって言いたいのか?
俺個人としてはユキエと付き合うつもりはないから、不釣り合いと思われても構わないが、そんな絶句するほど、驚かんでもいいだろう。
ここ二週間、ユキエと常に一緒にいるようなもんだったんだぞ。
傍から見れば、付き合っていると思われても仕方ない――って、俺は付き合ってるって思われたいの思われたくないのか、どっちだ?
俺自身が、わからなくなるじゃねぇか!
いい加減にしてくれよ。まったく。
「おい、テメエ、一体何のようがあって来たんだ?」
俺がセルフパニックを起こしかけていると、角刈りが脅しをかけるような声を発した。
人に対して、毎回こんな態度をとっているのか、アンタは。疲れないか?
「いや、気を悪くしないで聞いて頂きたい。どうして退学になるような事態になったのか、是非とも教えて貰いたいだけなんですよ」
「テメエ、どうして俺が退学になることを知ってる? 全校生徒に送られた『退学者のご案内』には、俺の名前は入ってなかったはずだぞ」
また軽く胸ぐらを掴まれ、今度は近すぎるぐらい顔を寄せてくる。
少女も不審者を見るような目つきで俺を見るだけで、今回は恋人の行動を止めようとしてくれない。
まあまあ、落ち着いて、ゆっくり話そうよ。うん。
「あの、ですね。過去の接近記録を見ていたら、偶然あなたのことを見つけまして――前に、あなたが俺を殴ろうとした時あったでしょ? その時、たまたま生徒手帳が反応したようで、名前が登録されたんですよ。なのに、今朝見たら名前が消えていた。これは何かあるなぁと思って、探ってみたらビンゴだったってわけでして……」
俺は嘘は言わず、ちゃんと丁寧に経緯を説明した。
俺は、人の名前を覚えるのが苦手だ。
名前と顔が、どうもうまく一致させることが出来ない。
そこで、接近記録に登録されるような人物は、忘れないように同時に特徴を書き示すようにしている。
ジュンなら、ニヤニヤ笑い+多弁。カサネは、デカイ+寡黙+少女漫画。ユキエは、お嬢+暴力+実はバカ、今朝、校長の娘が新たに追加された。
サヤとマヤは、双子なので似たような特徴になってしまうが、サヤはストレート、マヤはツインテール。サヤは、ガキっぽくって、マヤは、優雅なほほ笑みなどと、細かく特徴を意識している。
だから、サヤとマヤの違いにも気付くことが出来た。
ノノカに関しては、まあなんだ――頑固+無口+悪知恵+タブレット+嫌味なヤツ+etc――悪口ならいくらでも上がるが、書かなくてもわかるから、そのまんまにしている。
話を戻して、この角刈り――武井勇義に関しては、そのまんまの角刈り+暴力野郎+手を繋いでやがる、などと書き込んでいた。
あの一件以来接触もなかったんで関係としては、非常に薄いものだ。
学園側は、退学が決定した武井の交流関係を清算しようと薄い人間関係を抹消したんだろう。
それが逆に俺には、強い違和感を与える結果になった。
ユキエのカバン持ちという役目から、俺は逃亡し、今日一日は武井の動向をチェックすることに専念した。
そして、恋人と二人だけの瞬間であるこの時に、やっと接触に成功したというわけだ。
「なんで、テメエに教えなきゃなんねんだ?」
「いや~お願いしますよ~残る生徒としては、どうしてそうなったのか、やっぱり気になりますし~。それに、今はまだあなたのことが一般の生徒にバレていないからパニックにはなっていませんけどね。もし、バレたらそりゃあ大変! きっと質問攻めに会いますよ?」
言葉の意味を理解したらしく、男は手を緩めて俺を開放した。
ケホケホと軽く咳をし、俺は少しだけ余裕があるように笑みを男に見返した。
「俺らを脅しすつもりなのか?」
「そんな、滅相もない。ただ、俺は純粋に理由を知りたいだけですよ」
一年生での退学者は、武井が初となる。
無論、一般の生徒からしてみれば、武井の何が退学の原因か、知りたくなるのは当然だ。
武井とその恋人は、手を繋ぐなどの大胆な行動をとっていたのは確かだが、まさかそれだけで退学になるようであれば、今後多くの生徒が身動きを取りにくくなる。
まだ、武井が学園に通っているから良いが、いずれ手続きが進み、武井が学園から姿を消せば武井が退学者であったことは明白となる。
武井の行動が洗い出され、武井と同じ轍を踏まないようにしようとすると、行動はかなり狭まることになるだろう。
憶測のもと武井とは違う行動を取り続けた生徒が、今度は別の理由で退学を受けた場合、さらに行動は制限される。
そんな、堂々巡りを続けていれば、いずれ破綻し、生徒たち全員が引きこもりになってもおかしくない。
何かしら、明確な理由が示されない限り、残された生徒としては安心できない。
「退学になる理由を教えて下さいよ。あなたが何も言わなかったせいで、他の生徒が苦しむことになるかもしれない、でしょ?」
「いずれ、学園から通知が来んだろうよ。今、テメエに言わなきゃいけねぇ理由はねえ」
「そう言わずに、俺もポイントがジリ貧で結構大変なんですよ。変な誤解で、1ポイントも減らされたくはない。少しでも早いうちに、ポイント消失の理由を知っておきたいんですよ」
俺は、武井に手を合わせて懇願するが武井は耳をかそうとしない。
駄目かと思ったその時、口を開いたのは、恋人の方だった。
「武井くんは、ポイントが少なかったわけじゃないのよ」
「えっ? じゃあ、どうして?」
「風紀員の女の子が、急にペナルティを付けてきたの」
「風紀員の、女子ですか?」
法馬のやつとは別の風紀員がいるのか。
やっぱりメガネなんだろうか?
「そう、あの子は危険よ。まるでわたしと武井くんがパートナーになったことを妬むかのように、ありとあらゆるペナルティを科してきた」
「例えば、どんな?」
「学校のシステム上、隣の席の子が毎回変わるのは仕方ないじゃない。なのに、その風紀員の子は、武井くんが【パートナーが有りながら異性と交流した】っていうペナルティを科してきたの」
「そんな、無茶苦茶な」
「それだけじゃない。ペナルティはだんだんエスカレートして、パートナーと一緒に食事をしなかったという理由でペナルティを加えたり、恋人同士なら手を繋がなくてはいけない、っていう身勝手なペナルティを科してきたりしたの。
校内で手を繋いだのも、それが理由よ。
わたしたちは、何が純粋交友かわからないからビクビクしながら関係を続けているのに、その子はお構いなしに、理由のないペナルティを次々と科していった。それも何故か、武井くんにばかり――」
「でも、風紀員のペナルティなら返済期間もあるし、全部を返さなくても帳消しになるんじゃないですか?」
「それが、出来ないのよ。返済しようとその子がいる教室に行っても、その子は何故かいつも教室にいないの。わたしたちにペナルティを科す瞬間も、現れたと思ったらすぐに消えてしまう。まるで座敷童子みたいに掴み所がないの……」
「ザシキ、ワラシ?」
「そうよ。まるで小学生みたいな小さな子で、おかっぱとまではいかないけど切り揃えた髪の綺麗な子。笑っているんだけど、声が聞こえないの。それで学園支給の端末機じゃなくて、7インチサイズのタブレットを持ち歩いていたわ。それで会話してくるの。あの子、すごく危険よ。彼女、自分に恋人がいないから、学園のカップルを全部潰すつもりなのよ、きっと……」
「ご、誤解ですよ。その子にもきっと、何か事情があるんじゃないかなぁ~、俺はそんな気がしますけど……」
「どうして、あなたにそんなことが言えるの? 会ったこともないでしょ?」
「あっ、いや、はい……そうですよねぇ~」
恋人さんは、怒った表情で俺の意見を当然のように否定した。
俺はとりあえず、苦笑いで彼女の怒りが向けられないように回避するのが精一杯だった。
何となく、居心地の悪さを感じた俺は、ロボットダンスのような乱れのない動きで屋上を抜けだした。
屋上入り口の踊り場に出て、しばし考える。
……えーと。
とりあえず、ノノカ。
お前、今どこにいる?




