19 どういう関係になるんだ?
学園の校長、二四三屋ハルバートン。
俺はこの男と、入学式以来出会ったことがない。
出会ったといっても、入学式の壇上で恋愛ゲームの開始を高らかに宣言した、その神々しい姿を目にしたぐらいだ。
美しいシルバーグレーの髪に、引き締まった浅黒い顔。
金色に見える瞳は優しさの中に鋭さを持ち、口元には絶やすことのない笑みが浮かぶ。
熱い胸板を真っ黒なスーツで包み、溢れ返る情熱が真っ赤なネクタイとなって現れていた。
大きく腕を広げ高らかに開始を宣言したその姿は、さすがは生徒に恋愛を強要する稀代の変人らしくパワフルでエロティックな印象を刻み込む。
名前を覚えるのが苦手な俺でさえ、一発で覚えることができた。
そういえば、この印象――よく似ている。
「確かにあいつは、私の父親よ。マジむかつくけどね」
サヤから、衝撃的な事実を聞かされたその翌日。
俺は授業と授業の合間に、ユキエにさり気なく校長の話を振ってみた。
直接聞いたつもりはないのだが、ユキエは案外あっさりと事実を認めた。
「マヤから聞いたんでしょ?」
「いや、それはだな……」
「いいわよ、もう、隠さなくたって。あの子も面倒なこと、よく口走るから。いつものことだもの」
怒ってはいないが、どこかうんざりした表情でユキエはため息を付いた。
気怠そうに椅子に深く座り、視線はどこか虚ろだ。
薄く開いた窓から、小さな風がユキエの髪を撫でる。
サラサラとなびく髪の一本一本が、ユキエに影を落としているようだった。
「それで? 何か私がヒイキを受けてると思った?」
「いや、そんなことは一言も……」
「受けてるわよ、ヒイキ」
「え、あ、そうなの?」
「生徒会なんてもんに無理矢理入られれているだから、間違いなくヒイキでしょ」
不貞腐れて机に突っ伏し、大げさなため息をまた吐いた。
「私としては、生徒会なんて、今すぐ辞めてやりたいのよ。本当はここにだって、来たくなかったんだから」
「すごい事言ってんな、お前」
この学園の倍率は異常に高い。
その理由はまえに述べたとおり、その母体となる親会社が世界的な大企業であり、無事卒業できた生徒には、いずれ親会社への入社がどのような形であれ、保証されるという点にある。
本当は、俺みたいはバカが入学できる学園ではない。
ユキエの父親である、変人・二四三屋ハルバートンによる恋愛と経済の相互教育という発想から生まれた特殊入学試験【奇策試験】のおかげで入学できたようなものだ。
もし、この試験がなかったら、間違いなく俺は入学できなかっただろう。確実に。
「じゃあ、なんでお前は頑張ってんの? この学園の場合、居たくなかったら退学するのはむしろかなり簡単なことだろう?」
「それは、お母さんが……」
指先で髪の毛をイジりながら、拗ねた表情を見せた。
勢い良く背筋を伸ばし、「あ~もう!」と叫び声を上げる。
「何の尋問よ! なんでアンタに、そんなこと言わなきゃいけないの!」
「いや、なんとな~く、お前が聞いて欲しそうだったから」
「んなことあるか、アホ! アンタの方こそ、とっととノノカちゃんを私に渡しなさい!」
「文法が、無茶苦茶すぎだろ、おい!」
「そうよ! そのためよ! 私がこの学園に残ってるのは、ノノカちゃんと結ばれるため! いずれはノノカちゃんが私のことを『お姉様』と、デュフフフ……」
妄想スイッチの入ったユキエは、ゲスい顔になり含み笑いをし始めた。
最近、こいつの美少女フィルターがかなり薄くなっている気がするが、大丈夫だろうか……。
「ふたりとも楽しそうだね。何の話をしているんだい?」
「げっ! じかんう――!?」
「一ノ瀬さん! どうかしたかい?」
何かを言いかけたユキエに対し、ジュンが素早く言葉を割り込ませた。
ユキエは何かを言いたそうな顔をしていたが、ジュンから顔を背け「ふんっ」とそっぽを向いた。
目だけで笑い、超絶した印象を与えるジュン。
そういえば、こいつもどこかハルバートンのような変人ぽさがある。
まさか、こいつもハルバートンの親族とかじゃないだろうな。
「なんの話をしてたのかな?」
「べつに~あなたには関係ないことだと思うわ」
ユキエが顔を背けたまま、つまらなそうにジュンの質問に答えている。
おかしい。
それこそ、昨日までユキエはジュンに対し、こんな態度は取ってなかったはずだ。
俺が知らない間に、こいつらなんかあったな。
「そうかい? 僕はてっきり不成立ペナルティのことをカズキに話しているのかと思ったよ。それなら僕にも十分関係あることなんだけどなぁ」
ジュンは並んで立つ俺に、今や標準装備となった不敵な笑みを向けてくる。
こいつがこの顔をする時は、何か俺に秘密をばらしたい時だ。
情報通と言いながら、こいつはやたらとピンポイントに俺に関わる出来事を話したがる。
その目的かハッキリしないため、俺としては心底ムカつく。
「なんだよ、その不成立ペナルティってのは?」
「そのまんまだよ。恋人が、不成立の人間に対する、ペナルティ。だから、不成立ペナルティ。参ったね、学園は中間テスト終了までに、恋人を作れって言い出したんだよ」
「なっ! なんだそりゃあ、聞いてねぇぞ!」
「まだ、あくまで噂なんだ。でもね、多くの生徒に恋人がいないままだと、パートナーゲームが始められないだろ? だから、学園側はそろそろ生徒に身を固めて欲しいと思っているのさ」
何、その見合いを持ってくるお節介焼きのオバサンみたいな話。
冗談じゃないぞ!
ノノカとの勝負では、一学期の終わりまで恋人がいないままでなくちゃいけないだ。
こんな所で、決まってたまるか!
「回避する方法はないのか? その、恋人がいないままで、ペナルティを受けずに済む方法は?」
「ないんじゃないかな。学園側は、そのために『ラブレターゲーム』っていうポイントを無料で配るようなことをしたんだから。これで恋人ができないような奴には、当然ペナルティを科すつもりなんだと思うよ」
「んな、スズメの涙程度のポイント、なんの足しにもなんねぇじゃねえかよ! そんなんで、俺達の今後を左右する決断を迫ろうだなんて、ふざけるにも程があるだろうが!」
「そんな興奮しないでよ。あくまで噂なんだから。――でもこれは、恋人のいない僕らにとってかなり深刻な問題だよね。特に、カズキは一ノ瀬さんと一緒にいるせいで、何だかよくわからないペナルティを、いくつも貰っている。妙なタイミングでペナルティを貰ったら、そのまま退学なんてことになりかねないよ。カズキは、どうするんだい?」
ジュンは今後俺が被るであろうペナルティを予見し、それこそ、当然そうなると言わんばかりに話を進めていく。
噂だと?
違うな。こいつは、この情報が確実であることを知っている。
だからこんなことを、言いやがるんだ。
俺は腕を組んで、ジュンを睨みつけた。
俺の眼力を前にしても、ジュンは、ひょうひょうとした面持ちでいる。
虚勢を張っても、こいつの前ではなんら効果がないらしい。
弱みをみせないよう、片意地を張ったまま俺は低い声を漏らした。
「……恋人は、作らねぇ」
「へ~じゃあ、どうやって退学を回避するんだい?」
「はっ! そんなの決まってんだろう。どんなに減らされても微動だにしない膨大なポイントを貯め込む。それだけで済む話じゃねぇか。当然だろ」
「そうか、そうか、それはスゴイね。カズキがどうやってポイントを貯め込むのか、是非とも教えて欲しいね。僕も参考にしたいからさ」
「ダメだ。これは俺だけの特権だからな。お前じゃあ、参考にならねぇよ」
「冷たいなぁ、カズキは。まあ、いいさ。この先、カズキがどうやって切り抜けるのか。楽しみにしてるよ」
腹からこみ上げるものを抑えこむようにして、ジュンはクククッと含み笑いをした。
絶妙なタイミングで鳴るチャイムが、俺達の背中を席に戻れと強引に押してくる。
席に戻った所で、ジュンがほんの少し振り返り、俺に笑みを向けてきた。
マズイな。
不成立ペナルティがどの程度のモノなのかわからないが、このままじゃあヤバイことは確かだ。
退学になっちまったら、勝負どころの話じゃねぇ……。
ジュンのヤツとはカサネと違って、なし崩しに話すようになっただけで、関係性をちゃんと修復したとは言い難い部分がある。
そう考えると、今のジュンが、俺にとって敵か味方か判断しかねる。
様子を見て、こいつとの関係をどうにか考えねば。
時を待たずして、教師が入ってきた。俺は、ポケットから生徒手帳を取り出す。
生徒手帳を、机についている充電ホルダーに設置することで、俺達は初めて出席扱いとなる。
ついでに充電されてしまうので、俺達はこの生徒手帳の監視の目から、いつまでも逃れることが出来ない仕組みとなっている。
破壊や分解ができないよう本体は特殊なカバーで保護されており、俺達が直接本体にアクセルするのはかなり骨が折れる。
特別な感慨もなしに見た生徒手帳の画面には、メール着信のマークが表示されていた。
気付かないうちに、メールを受け取っていたらしい。
俺は、慣れた手つきでメール画面を呼び出した。
どうせ、放送部のアンケートメールかなんかだろう、とその程度としか考えいなかった。
『退学者のご案内』
「……エ゛ッ?」
手の力が抜け、するりと生徒手帳が床に落下した。
この時初めて、俺は生徒手帳が頑丈なカバーで保護されている事に感謝した。




