18 気付いてないのか?
逃げ去ったユキエを見失った俺は――結局ヤツの所属している委員会もわからないため――カバンを寮に戻すことに専念した。
ノノカの身の安全は、まあノノカは足が速いし、それに、ここ最近ノノカの姿を見ることがまるでない。
姿を察知されなければ、さすがのユキエも襲うことはできまい。
エントランスホールを出て、俺は舗装された道を逃れて、裏道へと入っていった。
校舎を挟み、左右に点在するふたつの寮。東が男子寮で、西が女子寮となっている。
女子寮に行くだけなら、学園内の舗装された道を通れば最短なのだが、ちょっと俺には行くことが出来ない。
舗装された道は否応にも、多くの女子生徒が使う。
そこを男子生徒が一人、女子寮に向かうことになる。
当然、目立つ。
それでなくとも俺は、女子寮に一度、特攻を駆けている身の上である。
道行く女子生徒から白い目線で見られるのは必至で、どのような噂を立てられるか分かったものではない。
そのため、ユキエが不在になった場合の取り決めは、事前に決めてある。
俺は裏道を通りぬけながら、マヤをメールで呼びつけた。
女子寮近くの中庭で、双子の姉の方であるマヤにカバンを引き渡す、簡単な取り決め。
しばらくの時間を開け、マヤからOKのメールが届いた。
マヤも俺と同じ、帰宅部なうえ、無所属だ。
俺と違うのは、マヤの場合、自身のアイドル活動やマネジメントの調整を行うため、ほとんど自室に篭っているということ。
この取り決めが機能するのも、マヤが基本自室に篭っているという大前提のもと、成り立っている。
女子生徒を避けるようにして遠回りをし、俺は女子寮近くの開けた場所に辿り着いた。
光沢を失ったプラスチックベンチの上に、黒いリボンで髪を結ぶツインテールの少女いる。
もの悲しげな表情を見せるマヤは、足をぶらつかせ、ぼんやりと空を見上げていた。
俺は、マヤとそれほど親しいわけではないが、この女がユキエ側の参謀役であることは知っている。
訓練された微笑みは、目にした者に安心感を与える。
他者に無条件で認められることで得られる安心感。マヤは、その効果をよく理解しているようだった。
だが、今日のマヤはどこか違う。
表現するには曖昧だが、どこかその姿に違和感を覚えた。
「ういっす。このカバン、よろしく頼む」
「あっ! うん。カズキくん、来てたんだね……」
少し挙動不審に驚き立ち上がったマヤは、俺が差し出すカバンを両腕で抱えた。
ユキエの馬鹿(力)は別として、女子にはかなり重いはずだ。
グッと、その重みに耐えている。
「じゃあ、これをユキエの部屋に返しておけばいいのね」
「まあ、そうなんだが……。あのさぁ――お前、サヤだろ?」
目の前の違和感に対し、直球で聞いたみた。
マヤは、カバンを落としそうになり慌てて担ぎ直した。
とても、わかりやすい反応だ。
「な、なにを、やぶから棒に! サヤちゃんは、カサネくんと一緒じゃないかな。きっと……」
「嘘が下手だな~お前。だって、真後ろにマヤいんじゃん」
「えっ! なんで! 休んでなきゃダメだって、言って――!」
俺が指差す方向に慌てて振り向いたマヤだが、当然そこには誰もいるわけがない。
ぽかんと口を開けた後、「あぅ……」と呟き、自称マヤはユキエのカバンに顔を隠した。
「騙したな、テメエ……」
急に粗暴な口調となり、カバンの端から片目だけ出して俺を睨んでくる。
「バレバレだって。本物のマヤなら、そんな風にユキエのカバンを抱きかかえてでも、持ち上げらんねぇって」
「たまたま、調子が良かったのかもしれないじゃん?」
「その可能性もあるのかもしれねぇが、決定的に違う所がある」
「なに?」
「ん~匂いとか?」
「へ、変態!」
自称マヤであるサヤに、ユキエのカバンを投げつけられた。
かろうじて腹で受け止め、なんとか落とさずにキャッチする。
やめろよ、結構な凶器なんだから……。
「なんだ、お前。部活抜けてきたのか?」
「違う。今日の私は、居ないことになってるの……」
マヤの格好のまま、サヤは腕を組み頬をふくらませている。
俺が理解できないでいると、サヤは人差し指を立て「いい、絶対にばらすんじゃないわよ」と前置きした。
「マヤは、調子を崩しやすいの。出席日数が足りなくなる危険があるから、こうやってあたしが一日を肩代わりして過ごしてるの」
「そんなことしたら、お前がヤバイんじゃねぇ?」
「いいのよ! あたしとマヤは一心同体。離れないの、絶対に。いつまでも、ずっと……」
思いつめた表情で、サヤは俺の方を睨み続けている。
さすがは百合姫のお友達。
リアルな姉妹で愛を育んてらっしゃるわけですね。
厄介過ぎ。
「でも、どうして、あんた分かったの? ユキエや、カサネくんだって気付いてないのに……」
「そりゃあユキエは、見た目お嬢様だけど、中身は筋肉じゃん。わかるはずねぇって」
「ユキエに聞かれたら、殺されるわよ」
「間違っちゃいねぇだろ?」
「ぐっ――証言を拒否します」
むしろ、認めてるようなもんじゃねぇか。
俺はカバンを置き、大げさに肩をすくめてみせた。
「恐らく、カサネも気付いてると思うぜ」
「カサネくんが!? まさかぁ~気づいているわけないじゃん……だって、カサネくんあたしのこと全然気にしてないみたいだもん……」
サヤはリボンを取って変装を解くと、不貞腐れて足元の草を蹴りあげた。
解き放たれた長い髪がフワリと膨らみ、全身を包み込む。
いつもならば、その髪のせいで大きく見えるシルエットが、しょげてこぢんまりとした印象を与える。
なんだ、うまく行ってないのか?
「だから、ベンチに座って呆けてたのか?」
「関係ないでしょ!」
「いちいち、怒んなって。カサネは、人の動きとかにかなり敏感だぜ。そんなヤツが、俺が気付く程度の違和感に、気付かないはずがない」
「そんなはずない! カサネくん、あたしが休んでも何にも聞いてこないもん。変装に気付いてるなら、声くらい掛けてくれてもいいじゃない……」
「カサネの場合、気付いていても、あえて口に出さないんだと、俺は思うけどなぁ~」
「そんなのあなたの勝手な思い込みじゃない……。それだったら、偽装パートナーであるあたしなんかに一切興味ないから、話しかけてこないって――そう考えた方がよっぽど理にかなってるよ……」
スカートを掴み、今にも泣き出しそうな表情でうつむくサヤ。
俺らの中で、この子が一番精神年齢が低いんだろうな、恐らく。
まさかカサネのやつ、守らなきゃいけないってことを直感的に察して、マヤを気に入ったとか言ったのか?
先読み過ぎだろ、さすがに。
しっかし、話を聞く限りだと、こいつら相思相愛ってやつじゃね?
偽装パートナーとしては最悪のパターンだとは思うが、まあユキエの提案は初っ端から破綻しているし、構わないか。
だったら、ほんの少し、気を紛らしてやるのも悪くないだろう。
「お前さ、まえに『友達を裏切るような人だいっきらい』って言ってたよな?」
「そ、そうよ。それが何よ! 友達を裏切るような人は信用出来ないって、それだけよ。当たり前でしょ、人を思いやれない人、信用できるわけないじゃない!」
「それって、カサネにも言ったか?」
「そりゃあ、あたしの信念だもの。カサネくんにも知って貰いたいと思ったから、言ったと思うけど……きっと覚えてないよ……」
サヤは、ぼそぼそと蚊の鳴くような声で口を尖らせた。
はは~ん。なるほど、やっぱりそうか。
「カサネのやつはな、しっかりその信念を胸に刻みこんでるぞ」
「あんたが、なんでそんなことわかんのよ!?」
「もうだいぶに前になるかな。――俺さ、カサネに助けて貰ったんだよ。俺がノノカのこと黙ってて、カサネとジュンのやつに友達関係をバッサリ切られた後なんだけどな。
ある時、変な奴に殴られそうになった俺を、カサネが即座に助けてくれたんだ。そん時にカサネのやつ、何となく間を開けて『友を助けるのは当然だろ』って言ったんだよね。
恐らくだけど、お前の言葉を聞いていて、そんなこと口走ったんだと思うぞ」
「そんなの、たまたまかも知れないじゃない!」
「そうかな~俺、カサネに関係を切られた後、積極的にカサネと関係を修復しようだなんてしてないんだぜ?
むしろ、お前に頼まれて、奴の部屋に不法侵入してるし。それなのにヤツのほうから、むしろ友好的に近づいて来た。
なんか切っ掛けがあったと思うんだけどなぁ~。例えば、好きな奴から『友達を裏切るような人は嫌い』って言われたとか」
「す、好きって、な、な、何言ってんの――!」
「なんだ、気付いてないのか。カサネのやつな、お前のことを本気で好きなんだぜ」
サヤは顔を真赤にし、かわなわなと指先を動かし宙を掻き始めた。
目線が左右に揺れたかと思うと、正面の俺を見つけ、赤い顔のまま歯を食いしばって睨みつけてくる。
「馬鹿! 大嘘つき! そ、そんな事、あるはずないでしょ! あっちゃダメ! ダメなんだから!」
「なんだよ、いいじゃねぇか。好きなもの同士でしっかりパートナー築いているんだから。それでいいだろ」
「ひぃや~言っちゃダメェェええ! それじゃあ、あたしがユキエを裏切ってることになっちゃうじゃない!」
髪を逆立て、サヤは大袈裟に首を横に振る。
ああ、なるほど。
ユキエの提案した偽装パートナーとしては、好きなもの同士でパートナーとなることは禁止になっている。
サヤの信念としては、友だちであるユキエを裏切れないから、好きなもの同士でパートナーになるわけにはいかない。
だけど、サヤ自身はカサネが気になるし、カサネもサヤを好きであるという事実がある。
そうなると、偽装パートナーを解消しなければいけない。
でも恐らくは、カサネもサヤも、パートナー関係を解消はしたいとは思うことはないだろう。
相思相愛の仲だってわかってんだから。
俺の助言で、カサネが自分のことを好きであることを知り、しょげる気持ちはなくなったものの、今度は自分の信念のせいで、苦しむことになるわけか。
可哀想に。
「まあ、ユキエにバレないよう、偽装『偽装パートナー』を演じるしかねえだろうなぁ~」
「他人事だと思って、こんにゃろ~」
サヤは、歯をギリギリと鳴らしている。
いいね、いいね~。双子の弱みをゲット、サヤに関してはおまけ付きと来たもんだ。
今日はいい日だぜ。
「まあ、なんだ。ユキエにバラされたくなかったら、今後ともノノカのことよろしく頼むぜ」
「なに、今更言ってんのよ。ノノカちゃんはあたしの友達なんだから。ユキエには、変なことさせないわよ」
さいですか。
俺の知らぬところで、サヤとノノカは友情を育んでいたらしく、俺がカバン持ちという名目でユキエを監視する以前から、サヤはノノカを自主的に守ってくれていた。
『伝言ゲーム』終了後、すぐに双子がユキエを連れ出してくれたのも、そこに理由があるようだった。
不安要素は多々あったが、気付けば物事は好意的に進んでいる。
なかなか、俺は運がいい!
あっ、でもちょっと待てよ……。
「でもよ、今日みたいにお前がマヤを演じている日は無防備じゃねえか。どうなってんだよ?」
「そういう日は、致し方ないけど……。でも、大雑把に言っても、恐らく大丈夫よ」
「なんだよ、それ。全然、答えになってねぇぞ」
「ノノカちゃん、全然教室で見ないのよ」
「はい?」
「ほら、ノノカちゃんって、すごく頭いいじゃない。だから、寮長――理事長先生ね。彼女と話し合ったらしくって、特別に割当られた授業を受けてるらしいの。だから、教室では全然見ないし、あたし達は、ノノカちゃんがどこで授業を受けているか、知らないのよ」
理事長? ああ、女子寮で俺を投げ飛ばした人か。
随分ベストなタイミングで現れたよな、あの人も。
三十代ぐらいで、かなり美人だったのは覚えてるけど、そういえば、いまだ名前も知らねぇや。
理事長って学園の資金運営を管理する人だよな。ってことは、親会社の人間――それもかなり重要なポストの人ってこと?
「理事長って、あのかなり若くて、スーツをピシッと着た胸の大きいな人だよな」
「そうよ。っていうか、あんたそういう所ばっか見てんだ。サイテ~」
「んなこと、今はいいだろうが! 理事長ってことは、学園の管理者だよな。それにしても若すぎやしないか?」
「それは――親から急にポストを譲り受けたらしくって――運営自体は親会社の経理部が統括しているから、ほとんどお飾りに近いって話だけど……」
なるほど、だから女子寮の寮長を兼任できるほど、暇なわけね。
「彼女自身は、自分がうまく学園を運営できるってことを証明しようと、自身が管理している風紀員に関しては、かなり無茶なことをさせてるって話を聞いたことがあるかな」
「だから、俺が女子寮に突入した際、かなりガッツリポイントを減らされたのか」
「見せしめの意味もあったのかも」
ずいぶんと嬉しそうに、サヤのやつは笑っている。
おのれ、他人事だと思いやがって……。
「でも、学園で行う授業自体は本来、ユキエのお父さんが管理するものだから、ノノカちゃんにだけ特別な授業を与えるのは、強引な気がするけどね」
「はい? なんで、そこでユキエが関係してくるんだ? まして、ユキエのオヤジさんなんて、全く関係ないだろ?」
「も~何言ってんの。ユキエのお父さん、ここの校長先生じゃない。今日だって、無理矢理入れられた、生徒会に行ってるんでしょ?」
屈託のないほほ笑みから、豪速球を投げられた気分だった。
ほんの微かに聞こえていた、周囲の雑音が消失し、暗闇の中に立たされた。
渋いオッサンの顔と、憎たらしいユキエの顔が重なり合ったかと思うと、聞いたことないような高笑いが聞こえた。
なに、じゃあ、俺はユキエのオヤジのお陰でこの学園に入れたってこと……。
数秒間、硬直して俺が黙っていると、サヤの顔が見る見ると青くなっていく。
赤くなったり、青くなったり、随分と表情筋が達者だな、こいつは。
「ちょっ! なんで知らないの! あなた達付き合ってるんでしょ! どうして、そんな事も話してないのよ!?」
「付き合ってねぇよ! っていうか、何だその話! あいつが生徒会!? その上、校長の娘!? みょ、苗字が違うじゃねぇか! どういうこった!?」
「そ、それは……ユキエのお母さんと校長先生は離婚しているから……と、とにかくそういう事は、あたしが話すことじゃないから! あたしが喋ったなんて、絶対言わないでよ! じゃあね!」
転がっていたユキエの鞄を鷲掴みにするとサヤは、一目散に女子寮へと逃げさって行った。
ざわざわと、妙な擬音が俺の周囲にはびこっているような雰囲気がする。
もう、変なフラグは結構でござる。




