日曜日1
日曜日
「洗濯物が溜まってるんだ。誰かさんが突然来たから時間が無くて」
朝食の時にルークが言い出した。相変わらず淀みなく毒を吐き出す唇を呆れて見ている洋子にルークは続ける。
「洗濯物があるなら出しとけ。ついでに洗っておく」
洋子はコーヒーカップを持ったまま、キョトンとして数回瞬きした。今の言葉の意味を考える。とても親切な申し出なのだろうが。
「そりゃあ、あるにはあるけど……あなたが洗うの?」
トマトが刺さったフォークでランドリールームを示してルークが言った。
「洗濯機が洗うんだ。乾燥機も付いてる。洗濯物を放り込むだけだ」
洋子は少し考えてから応えた。
「いいわ。私がするから」
「そうか、じゃあ頼む。後で持ってくる」
洋子がそう返してくる事は予想していた。ルークは洗濯の手間が省けた事にほくそ笑んだ。
ランドリールームにいる洋子の足元に、山のような洗濯物が詰め込まれた籠が置かれた。呆然とそれを見つめる洋子を尻目にルークは黙ってランドリールームを出て行った。洋子は籠を前に腕を組み、ルークが消えた出入り口を睨んだ。
「何よこれ、私が来てから溜まった訳じゃないでしょ……」
すぐにルークは丸めたシーツやカバー類を持って戻ってきた。それを山の上に積み上げる。そして着ているポンチョを脱ぎ、洋子の頭の上にバサッと被せた。
「これで全部だ」
洋子はポンチョを剥ぎ取り文句を言った。
「タバコ臭い!」
「だから洗濯するんだろ!」
ルークは偉そうに言うと自室へ戻って行った。
「そろそろだ。警察も動き出してる。いつまでも隠しておけない」
電話の向こうのビルはいつになく真剣な声だ。
「そうだな……」
パソコン画面に映るミランダの顔を眺めながらルークが応えた。と、突然ビルが話を変えた。
「ヨーコの事なんだが、このまま監視を続ける必要はあるか? お前どう思う?」
「危険は無いと思う」
ルークは率直に言った。
「そうか。一緒にいるお前がそう言うんだったら、四六時中見張る必要はないな」
「ああ」
「何だお前、寂しいのか?」
ルークの浮かない声を受け、冗談めかしてビルが言った。
「全然」
ルークが素っ気無く応えるとビルは真面目な声に戻った。
「ただ、油断はするなよ。それから、絶対にばれるな」
「分かってる」
洋子はルークが持ってきた洗濯物の山から、一番上にあるシーツを摑んだ。引っ張った拍子に何か硬くて重い物が弾かれ、籠の向こう側のコンクリートの床にガシャンと音を立てて落ちた。
洋子は籠の向こう側を覗き込んでぎょっとした。
「それで、ヨーコは今どうしてる?」
洋子が来てから毎回ビルがする質問だ。ルークは洋子が今している事をそのまま伝えた。
「洗濯?」
ビルが素っ頓狂な声を上げた。それもこれもビルのせいだと言わんばかりに、ルークは嫌味を含んだ声で返した。
「余計な仕事が入ったから、全然時間が無くて溜まってたんだ」
「彼女、お前のパンツ洗ってんのか?」
「そういう風に言うなよ。ヨーコが自分でやるって言ったんだ」
そうなるように仕向けた事には触れない。ビルが羨ましそうな声を上げた。
「なあ、教えてくれよ。どうしたらそうやって女に尽くしてもらえるんだ? 是非うちの女房に試してみたいんだよ」
「知るか! そんな事!」
「まあ、お前が彼女のパンツを洗うよりかはマシだな」
「もういいよ!」
その時、ドアをノックする音が聞こえ、ビルの冷やかしの言葉を無視して電話を切った。
ドアを開けると、洋子が怒ったような顔で立っている。
「どうした?」
ルークは廊下に出てすぐにドアを閉めた。その僅かな間に見えた部屋の中に洋子は違和感を覚えた。午前中にもかかわらず薄暗い部屋の中。おそらくパソコンの画面と思われる明かりがぼんやりと灯り、正面には壁のようにそびえる何に使うか分からない電子機器が載ったラックが見えたからだ。
洋子は眉をひそめて閉じられたドアを見つめたが、用事を思い出してルークに向き直った。
「これも洗濯するの?」
背中に回していた手を前に出す。指にはルークの銃を引っ掛けていた。ルークは慌ててひったくるように銃を取った。カートリッジを引き出し、弾が全て入っているのを確認すると、ジーンズと腰の間に挟みながら尋ねた。
「どこにあった?」
「洗濯物に紛れてたわよ。それ本物なんでしょ? そこらへんに置いといたら危ないじゃない」
ルークは思い出した。アンダーソンを見張っていた時だ。ベッドの中に置き忘れ、そのままよく見ないでシーツを丸めたのだと。
「悪かった。気を付けるよ……本当に悪かった」
意外にもルークが素直に謝ってきたことで洋子は拍子抜けしてしまった。単に不注意であることは分かっているのに、責めてしまった自分が狭量な人間に思える。何とかこの気まずい雰囲気を変えたくて、洋子は茶目っ気たっぷりに目を細めルークに尋ねた。
「あなたってサイコなの?」
ルークは溜息をついて逆に質問した。
「言葉の意味が分かってて訊いてるのか?」
「さあね」
肩をすくめてニヤニヤと笑っている洋子を見て、ふざけているのだと理解したルークは唇の端を歪めた。
「俺がサイコだったら、とっくに君を切り刻んでる」
「それもそうね」
洋子は笑いながら頷いて階段へ向かった。そこへルークが声を掛けた。
「ヨーコ、宝探しは終わったのか?」
「何の話?」
洋子は立ち止まったが振り返らずに訊いた。茶化すような洋子の声に対してルークのそれは真剣だった。
「分かってるんだろ?」
洋子は黙り込んだ。正直そのことには触れて欲しくなかったのだ。できるなら他愛もない憎まれ口を叩き合っていたかった。それが一番気が楽だからだ。しかし、この場所に居る限りそういうわけにもいかないのだろう。
洋子はルークの方へ向き直った。その顔はもう笑ってはいない。伏目がちにためらいながら口を開く。
「あのね、あなたに言われたこと、よく考えてみたの……。あなたが正しいと思った……」
ルークは腕を組んで壁にもたれ、無表情で洋子を見つめている。
「それにね、結局何を見つけても、誰から何を聞かされても、私は信じないと思うのよ。朗の口から直接言われたこと以外は……朗とはもう話は出来ない訳だし、キリが無いなって思ったの。……サムの話じゃないけど、いつか朗と同じ所に行った時に、後ろめたい顔して会うのもイヤだと思うし……だからもういいの。仕方ないわ……」
洋子は上目遣いで、ずっと黙っているルークを見た。
「私……何か間違ってる?」
ルークは無表情のまま答えた。
「君がそう思うなら、それでいいんじゃないか」
洋子は俯いたまま小さく頷いた。吹っ切れたという言葉とは裏腹の曇った表情の洋子からルークは目を逸らした。
「それで、いつまでここに居るんだ?」
「帰りの飛行機の予約が水曜日なの。……迷惑だとは思うけど、それまでここに居てもいい?」
洋子はルークの顔色を窺う様に続けた。
「今さら一人で観光するって気分じゃないし。その……ここが居心地良くなっちゃって。言ってくれれば、掃除でも料理でも出来る事はするから……」
それでも出て行けと言われたら、やはりそうするしかないのだろうと洋子は覚悟してルークの答えを待った。
「水曜日だな。分かった」
その頃には自分がここにいないことは分かっていたが、ルークは頷いた。
「ありがとう」
ホッとした洋子が消え入りそうな声で礼を言ったが、ルークは何も返さなかった。
「それじゃ……洗濯残ってるから」
俯きながらトボトボと階段を下りていく洋子。その後姿を見ていたルークが声を掛けた。
「おい!」
階段の中ほどで洋子がゆっくりと振り返りルークを見上げた。ルークは腕を組んだまま、偉そうに洋子を見下ろしている。
「俺のポンチョは乾燥機に入れるなよ。外に干せ。あれ気に入ってるんだ。ちょっとでも縮んでたら許さないからな」
その横柄な態度に洋子は目を見開き、口をあんぐりと開けた。
「イエス・サー!」
大げさに皮肉を込めて返事をすると「何よ! あの態度!」と、聞こえよがしに文句を言いながら音を立てて階段を下りて行った。
「別に正しい事を言ったつもりは無い……」
洋子の姿が見えなくなると、部屋のドアを開けながらルークは吐き捨てるように呟いた。
洋子の監視が解けたことでルークは早速一人で出掛けることにした。Tシャツの上にホルスターをつけ、洋子が持ってきた銃を収める。クローゼットから赤と黄色の菱形模様の刺繍が入った茶色のポンチョを出して被った。
一階に下りるとランドリールームに寄る。洋子は洗濯機から乾燥機へ洗濯物を移しているところだった。
「出掛けてくる。昼までには戻るから」
洋子がルークの方を向き笑顔で手を振った。
「分かった。気をつけてね」
そしてすぐに乾燥機へ向き直った。ルークは一瞬奇妙な感覚にとらわれ困惑した。出口へ向かいながら首を傾げる。
「何だ今の? 別に断って出て行くこともなかったか……」
今までは監視をしていたから、出掛ける時はいつも一緒だった。洗濯なんてしてもらってるし、この建物に今住んでいるのは二人だけだから、黙って出掛ける方がよっぽど不自然な気もした。
「どうでもいい。そんな事……」
気を取り直して車に乗り込む。座席の下の受信機を取り出してホルスターに引っ掛けるとイヤホンを耳に入れ、車を出した。
湖畔の道を走りながら考える。洋子が来てから自分の生活が大きく変わったことを。数日しか経っていないが、その前の自分が何を考えて毎日生活していたのか、あまり思い出せなくなっていた。食事や睡眠もそうだ。前は時間に関係なく、空腹になると適当に食べて、一日中ほとんど何も口にしない日もあった。夜中じゅう起きていて、昼間ほとんど寝ているということもたくさんあった。
「何を規則正しい生活してるんだ?」
自分の生活に洋子が深く入り込んでいるのを感じる。ルークは溜息をついて呟いた。
「一体何なんだ? あの女……」
しかし、その時間も終わりに近付いている事は分かっていた。
警察署に近づくと対向車線にパトカーが見えた。乗っているのはアンダーソンだ。左にウィンカーを出して、ルークが通過するのを待っていた
「くそっ! 仕方ない……やるか」
ルークはギアをトップに入れたまま、思い切りサイドブレーキを引いた。後輪がロックし、金切り声のような音を上げ後部が流れ出す。アンダーソンが鳴らしたクラクションが聞こえる。ルークがハンドルを切るとフロントガラスに湖が映り、すぐに消えていった。今自分が走ってきた道路が見え、車は大きくノッキングした後エンジンが止まった。衝突は免れたが、アンダーソンが乗ったパトカーのすぐ横だった。ルークは息をついた。
「こんな事やってんだ……壊れるに決まってんだろ……」
ハンドルに額をつけて愛車に謝罪の言葉を小さく述べると、アンダーソンが窓から顔を出して叫ぶのが聞こえた。
「おい! ルーク大丈夫か?」
「ああ、どこか壊れたみたいだな……」
苦笑いを浮かべたルークが開いた窓から顔を出してアンダーソンに応えた。気が付けば、二台の車が道を塞いでしまっている。
「車を停めてくるから、ちょっと待ってろ」
アンダーソンがパトカーを切り返し、大回りして警察署の敷地へ入っていく。ルークは後部座席の下のツールボックスを摑み、急いで車を降りた。アンダーソンがパトカーを停めエンジンを切った。ルークはボンネットを開け、ツールボックスの中からカッターを取り出す。アンダーソンがルークの方へ向かって脚を引きずりながら歩いてくる。アンダーソンから見えないように、ルークはカッターでファンベルトをぶった切った。
「壊れた振りでよかったのに……」
ルークが口の中で呟いた時、アンダーソンがエンジンルームを覗き込んだ。
「一体どうしたんだ?」
「ファンベルトが切れた」
ルークは手の中にカッターを隠して言った。
「本当だ。修理を呼ぶか?」
「いや。大丈夫だ。スペアもあるし、すぐ直せる」
ルークはツールボックスから作業用の手袋を取るついでにカッターを戻した。わざとゆっくりグローブを嵌める。暫く黙っていたアンダーソンが口を開いた。
「なあルーク、あの娘大丈夫か?」
「誰?」
ルークはとぼけて訊き返した。
「お前のところにいる、あの日本人の娘だよ」
「ああヨーコか。何が?」
ルークは切れたファンベルトを外しながら訊いた。二人の周りには他に誰もいないが、アンダーソンは声を低くして説明した。
「彼女の事情は知ってるだろ? 婚約者がここで死んでるんだ。まさか、後追い自殺なんて考えてないよな? ルーク、お前一緒にいてどう思う?」
ルークは作業の手を止め、それについて考えている振りをした。そして、心配そうなアンダーソンの顔を楽しむように眺める。
「その割りに、よく食うぞ」
「えっ?」
アンダーソンが困惑した顔で訊き返すと、ルークは無邪気な顔で首を傾げた。
「死のうと思ってる人間が、あんなに飯を食うかなあ?」
それは本当だった。洋子はよく食べる。しかも美味そうに。ルークは食事中の洋子の食べっぷりを思い出し、心からの微笑を浮かべた。
アンダーソンは頭を掻きながら首を傾げ、作業に戻ったルークに訊いた。
「大体あの娘、一人で何しに来たんだ?」
「さあな……」
作業の手を止めず素っ気無く答えたルークにアンダーソンは呆れるような咎めるような声を上げた。
「まるで関心なしだな」
ルークはアンダーソンに向き直った。
「彼女は客だぞ。俺の立場でそんな事訊けると思うか?」
「まあ、それもそうだな……」
アンダーソンは渋々納得した様子で頷いた。
ルークは警察署の建物に目を遣った。窓からブラウン署長がこちらを睨みつけているのが見える。
「そろそろ戻った方がいいんじゃないのか? 署長のバカがこっち見てるぞ」
アンダーソンは建物を見ようとせずにルークにぼやき始めた。
「最近特にピリピリしててさ、嫌になるよ……」
「俺と話なんかしてたら余計に機嫌が悪くなるんじゃないか?」
ルークは楽しそうだ。
「ルーク……気持ちは分かるけど、あんまり挑発するなよ。とばっちり食うのはこっちなんだ」
困り顔のアンダーソンにルークは唇の端を歪めて笑い掛けた。
「悪かったな。気を付けるよ」
「それじゃ、もう行くよ。もしあの娘が変な素振りを見せたら、何でもいいから言ってくれ」
アンダーソンは踵を返し建物へ向かった。遠ざかるその背中をルークは目で追っている。
「ヨーコが死んだら心が痛むのか? アンダーソン……」
建物の方を見ると、まだ窓からブラウン署長がこちらを睨んでいる。アンダーソンが自分に背中を向けているのをいい事に、ルークはブラウン署長に向かって笑顔で手を振った。ブラウン署長が訝しげに目を凝らす。ルークは掌を返すと、ブラウン署長に向かって中指を突きたてた。ブラウン署長の顔が強張り、窓から離れた。ルークは短く笑うと作業を再開した。何も知らないアンダーソンが扉を開けた時、ブラウン署長の怒鳴り声が外まで聞こえた。
「下品なインディアンめ!」
ルークはエンジンルームを覗き込んだまま吐き捨てるように呟いた。
「品の無いことしてるのはどっちだ」
アンダーソンが署内に入ると、ブラウン署長が怒り狂って怒鳴った。
「アイツはあそこで何やってるんだ!」
「車が故障したんで修理してるんですよ」
アンダーソンがなだめるように説明すると、ブラウン署長の個室で電話が鳴った。
「目障りだ! 車ごと湖に沈めちまえ!」
ブラウン署長は怒鳴り散らしながら個室へ入って行く。一部始終を見ていたリンジーは、手を口元に当てて忍び笑いをしている。アンダーソンはやれやれといった表情で、窓から車の修理を続けるルークを見遣った。
個室に入ったブラウン署長が電話に手を伸ばしたのを見て、ルークは受信機の電源を入れた。電話のやり取りが聞こえてくる。
「よう、署長。元気か?」
「何だ?」
「突然で悪いが、明日納品がある」
「明日? ずいぶん急だな……」
ブラウン署長の声に動揺が滲む。ルークは作業を終え、閉じたボンネットに寄り掛かるとタバコに火を点けた。
「今回は品物がいいんでな。早めに出荷したいんだ」
「ヘマはするなよ」
「あんた次第だよ」
一方的に電話は切れた。
知りたかった情報が手に入り、ルークは受信機の電源を切って車に乗り込んだ。エンジンを掛けるとチェロキージープは元気よく走り出す。九十年代初めの型だ。数年前に中古で買った時よりも、修理代の方が掛かっているだろう。それでも手離せずにいる。ルークは満足そうに頷いて呟いた。
「よし、まだまだ走れるぞ」
木立の切れ間から湖が見えると、さっきのアンダーソンとの会話を思い出した。洋子が何のためにシルバーレイク・タウンに来たのかを。ルークはおぼろげながらに洋子の心情を感じ取っていた。洋子は自殺などしない。ただ、納得していないのだ。なぜ自分の人生から朗が奪われたのか。それが分からないから、洋子はまだ朗の死を悲しむことさえ出来ていないのだ、と。ルークは車のスピードを緩めた。そこからちょうど対岸にレイクサイド・インがあるはずだ。今朝の洋子との会話が甦り、深く溜息をついた。
「嘘ばっかり言いやがって……」
ルークはピートが経営しているガソリンスタンドで給油をした。事務所から出てきたピートが洋子の様子を尋ねてくる。自分は昨日酷い二日酔いにもかかわらず、奥さんにガミガミ怒られて死ぬかと思ったと頭を掻いていた。
「ヨーコは普段どおりだった」
ルークが答えるとピートは驚いて誓った。
「もうヨーコと飲み比べはしない」
「そのほうがいい」
ルークは笑った。
ブラウン署長の電話がまた鳴った。
「さっき言い忘れたんだが、あの日本人の女どう思う?」
「おい! あの女は観光客だ、やめとけ! 面倒なことになるぞ!」
ブラウン署長は口を手で覆い、考え直すように声をひそめて必死に説得を試みた。しかし、電話の相手は全く意に介さず笑い声を上げる。
「普通だったらな。でもあの女ワケありだろ? 大丈夫だよ」
「……あのインディアンはどうするんだ? あの女といつも一緒にいるんだぞ」
「ルークか……あいつは大丈夫だ」
自信たっぷりに話す相手にブラウン署長の声はうわずった。
「あいつを仲間にするつもりか?」
「なあ、あいつについて考えたことあるか? ニューヨークで親と一緒に住んでて、仕事もしてないって言ってた。こっちへ来たってただの留守番で仕事なんかしてない。だけど金に困ってる風でもない。どういうことか分かるか? 親から金を貰ってるんだよ。いい歳して口の利き方も知らない、親離れできてないただのガキだ。ああいう奴は弱みを握れば金になる」
「あいつをゆする気か? あいつの弱みって何だ?」
ブラウン署長は興奮して訊いた。
「無かったら作ればいい。クールを気取ってるが、あの手のタイプは餌をちらつかせれば喜んで食いついて来るんだ。まあ見てな」
ルークはサムの店に寄り、アニーにサンドイッチを頼んだ。これが最後になるだろう。待っている間に店に来た客は皆、一人でいるルークに洋子のことを訊いてきた。そのうちの一人は「ヨーコはもう日本へ帰ったのか?」と、驚いて訊いてくる。ルークが「まだいる」と答えると安心した様子だった。サムにも訊かれた。
「ヨーコは一緒じゃないのか?」
「今、洗濯物と格闘してるよ」
ルークが答えると、サムは感心したように笑った。
「そのまま嫁さんにしちまえ」
「無理だろう」
ルークは首を振りながら苦笑いした。その後アニーからサンドイッチを受け取ると、いつもより丁寧に礼を言って店を出た。
この町の住民の中にも洋子は深く入り込んでいる。この分だと洋子が帰る水曜日のバス停は大変なことになるだろう。住民が大勢、洋子を見送りに集まるかもしれない。その中に自分だけがいないのは明らかだ。
感傷的になっている自分に違和感を感じ、その考えを振り払った。
「あんな場所に二人でいるから、何か錯覚を起こしてるだけだ」
レイクサイド・インに戻ると、洋子はソファに座ってコーヒーを飲んでいた。ルークが帰ってきたのに気付くと、コーヒーをローテーブルに置き歩み寄ってきた。
「ちゃんと留守番してたわよ。それと、言われたとおりポンチョは外に干したわよ」
誇らしげに言う洋子にルークは素っ気無く応えた。
「意外と役に立つんだな」
「何ですって?」
洋子は拳を握り締めてルークに詰め寄ったが、その顔は笑っている。ルークも後ずさりながら笑った。
「今俺を殴らないほうがいいぞ。アニーのサンドイッチが台無しになる」
「本当? アニーのサンドイッチ? やったー!」
洋子が顔を輝かせて喜んでいる。この顔だ、とルークは思った。この顔を見れば、アンダーソンもさっき言ったことの意味が分かるだろう。
ルークはサンドイッチが入った紙袋を洋子に手渡した。
「一人で先に食うなよ。ちゃんと昼まで待ってろよ」
自室へ上がっていったルークを見送り、洋子は時計に目を遣った。今は十一時半だ。袋を恭しくカウンターの上に置きソファに戻った。長い三十分になりそうだ。
ルークはさっき仕入れたばかりの情報を早速ビルに伝えた。
「それで、その間ヨーコはどうする?」
ビルに訊かれてルークは黙り込んだ。そこまで具体的には考えが及んでいなかったのだ。ビルが続ける。
「いくら何でも、そこに一人で置いていく訳にはいかないだろう。彼女は一応観光客だ」
ルークは椅子に沈み込み、携帯電話を耳にあてたまま目を閉じた。何が最善かと考えたが、頭に浮かぶのは今朝の不安そうな洋子の顔だけだった。ややあってルークは重たそうに口を開いた。
「ああそうだな。分かった。考えておく」