その覚悟があるのなら、どうぞ
この作品は生成AIを使用して作成しています。
ここから少し重たくなりますので、ご注意ください。
応接室の空気は、すでに張り詰めていた。
「……それでも、私は婚約破棄を望む」
王子の声は、かすかに震えていたが――確かに言い切った。
宰相も、礼法長も、騎士団長も。
誰もすぐには言葉を返さない。
ただ、その沈黙は“諦め”ではない。
――判断を、上に委ねた沈黙だった。
コン、コン。
控えめなノックが響く。
「入れ」
扉が開き、現れたのは――
「母上……」
王妃。
そして、その後ろに。
「エリシア・ヴァレンシュタイン、参りました」
静かに一礼する、公爵令嬢。
その姿は、いつもと何一つ変わらない。
乱れもなく、怯えもなく、ただ“完成された礼”がそこにあった。
王妃は室内を一瞥し、ゆっくりと口を開く。
「話はすべて聞いています」
柔らかな声音。
だが、その奥にあるものは――重い。
「あなたは、それでも婚約を破棄したいのですね?」
王子は一瞬だけ視線を揺らし、そして頷いた。
「……はい」
「そう」
王妃は、わずかに目を細める。
怒りではない。
失望でもない。
ただ、確認。
「では、覚悟を問います」
静かに、しかし逃げ場なく。
「エリシアは、王太子妃教育を終えています」
「……はい」
「つまり、王族の機密を知る立場にある」
王子の喉が鳴る。
「それを外に出すということが、何を意味するか――理解していますか?」
答えは返らない。
だが、王妃は続ける。
「国家の弱点、外交の手札、貴族間の均衡。それらが外部に渡る可能性が生じます」
一歩、近づく。
「それは、“戦争の引き金”になり得るものです」
重い沈黙。
そして。
「……それでも」
王子は、かすれながら言う。
「それでも、私は――」
「そうですか」
遮るように、王妃は頷いた。
そして。
控えていた侍従に、静かに命じる。
「用意を」
少しして、エリシアの両親であるヴァレンシュタイン公爵夫妻がやってきた。
その後来た侍従から差し出されたのは、二つの杯。
透明な液体が、静かに揺れている。
その意味を理解するのに、時間はかからなかった。
「……母上?」
「毒杯です」
あまりにも、あっさりと告げられる。
室内の空気が凍りつく。
「エリシアに与えます」
「なっ――!?」
王子が立ち上がる。
「なぜ……そんなことを!」
王妃の視線は、揺らがない。
「機密の流出を防ぐためです」
ただ、それだけの理由であるかのように。
「彼女は多くを知りすぎている。婚約関係が解消される以上、完全な安全は保証できません」
「だから殺すというのですか!?」
「はい」
即答だった。
迷いも、躊躇もない。
「それが、“王族であることの意味”です」
言葉の重さが、王子を押し潰す。
「彼女が王太子妃教育を完了し、婚姻も間近となった段階で、第二王子は隣国に婿入りすることが正式に決定しています。お前を王位継承者から外すわけにはいかない。だから彼女に毒杯を与えるのです。」
だが、終わりではない。
王妃は、もう一つの杯を手に取る。
「そして、私はこれを飲みます」
「……は?」
理解が追いつかない。
「エリシアは公爵家の嫡女です。彼女の死は、内乱の火種となるでしょう」
淡々と続ける。
「それを抑えるには、“同等以上の責任”が必要です」
視線が、まっすぐに王子を射抜く。
「王妃である私が共に死ぬことで、均衡を保ちます」
沈黙。
絶望的なまでの現実。
「ヴァレンシュタイン公爵、よろしいですね」
王妃が公爵に問うと、公爵は片膝をつき頷く。
「王妃殿下のお覚悟、確かに承りました」
しかし、その握り拳からは血が滴っていた。
「これが、あなたの選択の結果です」
逃げ場はない。
誰のせいにもできない。
ただ、自分が選んだ道。
その先にあるもの。
「……エリシア」
王妃が名を呼ぶ。
「はい」
令嬢は一歩前へ出る。
その顔に、恐怖はないように見える。
「理解していますか?」
「はい」
即答。
「王家に嫁ぐとは、こういうことですので」
わずかに微笑む。
それは覚悟を決めた者の、静かな表情だった。
「光栄に存じます」
王子の視界が揺れる。
「やめろ……やめてくれ……」
声が、崩れる。
だが、二人は止まらない。
王妃は杯を掲げる。
エリシアもまた、それに倣う。
その動きは、あまりにも自然で。
あまりにも――完成されていた。
「待て!!」
王子が叫ぶ。
「違う! こんなことを望んだんじゃない!」
「では、何を望んだのですか?」
王妃の声は、静かだった。
「責任を伴わない選択など、この立場には存在しません」
言葉が、突き刺さる。
「あなたは、“結果だけ”を選ぼうとした」
一歩。
また一歩、追い詰めるように。
「しかし現実は、“過程と責任ごと”ついてきます」
王子は、何も言えない。
言えるはずがない。
「……どうするのですか?」
最後の問い。
それは優しさではない。
ただの、最終確認。
震える手で、王子は顔を覆う。
そして――
「……撤回する」
絞り出すような声。
「婚約破棄は……撤回する……!」
静寂。
長い、長い沈黙のあと。
王妃は、ふっと息を吐いた。
「そうですか」
ゆっくりと杯を下ろす。
エリシアもまた、それに倣った。
何事もなかったかのように。
だが。
王子だけが、理解していた。
今、自分は。
何を見せられたのかを。
婚約とは契約であり、責任であり、国家そのものだ。
そこから逃げるということは。
時に――命をもって、均衡を取るということ。
それを知らなかったのは。
ただ一人だけだった。




