第三千話
名前が記録されていく。
シャルのそれには細かな情報まで記載可能だ。
出身地、年齢、誕生日からなにから。ことによると身長や体重、体型。どんな人生を過ごしてきたか、簡単な略歴。シャルにとって重要な死者は、もっと事細かな情報が記載されている。
ずっと自分の力を使ってきたシャルと違って、私は今回が初めてだ。必然、記録される内容は実に簡素なものになる。なのに追いつかないくらい、名前が記録されつづけて、あっという間に一冊が埋まってしまった。名前だけで。嘘でしょ。改札だけじゃ済まない情報量ではないか。これでは。
急いで二冊目を用意すると、みるみるうちに埋まっていく。
実験番号何番、と数字で管理していた名残のある記述に変わる。それはやがて「名無し」に切り替わっていく。
あまりにも多すぎる。
二冊、三冊、四冊と続き、五冊目にいたって、最後のページ、残り半分くらいのところでようやく止まってくれた。
一ページに十名ほど。後ほど記録を追加できるスペースを残したうえでのページ構成なのに、一冊が埋まるってなに。たぶん、少なく見積もっても三百ページ以上はある。大辞林や広辞苑ほどには至らずとも、国語辞典くらいは目指せそうだ。ただ、紙が辞書のそれより一枚一枚が分厚いので、ページ数自体は見た目の厚みほどはない。
しばし、ふわふわ浮かぶ五冊の本を眺めていて、ふと思いつく。
名前を軸に、理華ちゃんの指輪で因果をたどり、特定の人物の霊子だけを改札ロボから引き出せないだろうか。あるいは、名無しとされた人物たちの情報をたどれないだろうか。
やってみよう。
大勢が凝縮されて作り出された改札から、ひとりを取り出す。
金色を一粒だして、紙面のひとりの名前をなぞる。記録をコピーするイメージで。その霊子を、改札ロボに通して浸透させたのち、理華ちゃんの指輪を出す。コピー金色に反応した、同じ因果の霊子を集めに集めたのちに手元に戻した。
色合いに変化はない。ただ、術のイメージはうまくやれていると期待したい。
どきどきしながら、願う。
「あなたの姿を教えて」
指でなぞった名前を呼ぶと、果たして金色は光を放ちながら膨らみはじめた。
人に戻ってくれたなら。そう願う。
無理だとして、部品になってしまうのなら、それはそれでそこから始めるほかにないと腹をくくる。
ゆっくりと膨らんだものが床へと下りていった。砂浜で見かけることのある、きらきらした粒に変わる。
たったひとりを変えたら、砂粒になった、ということだろうか。
ならばいっそ、今度は名無しとされた人たちをたどってみようと試みる。金色を二冊目、実験番号で記されていない、最初の名無しさんに当てたら、不思議や不思議。他の名無しさんたちの文字まで金色にきらめき始めた。
三冊目から五冊目までの名無しのみなさんの文字まで、ひとりでに本を開いてページをはためかせながら発光する。ひとりとして余すことなく主張するように。文字から出たかすかな光たちが、私の手のひらに集まってきた。そして、まばゆくきらめくのだ。
よほど改札ロボよりも訴えかけているような気がして、ますますどきどきしてきた。
「あなたたちの姿を教えて」
果たして、たくさんの砂粒になるのだろうか。
そう思っていたら、ちがった。たくさんの光の粒が渦を巻きながら、床に下りて一層つよく輝く。光量が徐々に失われていく過程で、白桃色をした筒状に、それはやがて釣り鐘状へと変化していく。透き通って見えるのだけど、すぐに濁っていく。
まるでガラス製品のよう。滑らかな表面、硬そうな見た目。けれど、あまりに繊細な線と線の交差で構築された、それはさながらスポンジのよう。
ぴくりとも動かない。違和感を抱きながら見ていたら、人の輪をかき分けて意外な人が出てきたもののそばで膝を突いた。朝倉先輩だ。小楠ちゃん先輩と一緒に、洞穴で司令部に待機していたかとばかり。
「これ、あれだな。カイメンっぽいな。おい」
朝倉先輩が呼びかけると、みんなの輪の中から当たり前のように、生物部の副部長さんも顔を出す。私と同じく二年生の青年だ。ひょろ長い身長で、腕の長い、まるでカマキリみたいな印象のある顔立ちの人。
「こんなところでカイメン科の生物を見ることになるとは思いませんでしたね、部長」
「動物の系統樹、先に分岐したのは果たしてクラゲかカイメンか。容器はあるか?」
「いろいろ持ってきてますけど、入れるんです?」
「ほっとくわけにもいかないだろ。死んじゃうからな」
「たしかに」
副部長さんが「みんな」と呼びかけると、当たり前のように生物部の部員さんたちが出てきて、水槽と水をためて、そっとうんたらかんたらと呼ばれた釣り鐘状のものを抱き上げ、水槽にそっと沈めた。
海水でもなければ水圧もちがう。
より奇妙なのは、水を吸うとどんどん表面が透き通っていき、ガラスのような光沢を見せるところだ。
「あの、生物部のみなさんにお伺いしたいんですが。カイメン、というのは?」
「こいつはたぶん、ツリガネカイメンっぽいな。六放海綿網、散針目、ツリガネカイメン科。水深は浅いところから深海に至るまで、幅広く生息している。カイメンといえばスポンジの語源。海の生き物だよ」
スポンジ・ボブっているだろ? と朝倉先輩に言われて、一瞬固まる。
「スポンジ・ボブってのは、要するにカイメンなんだよ。海の綿と書いて海綿。海の生物なんだ。そもそも原作者は生物海洋学や美術を学んだ人だからな」
そうなのぉ!?
ぷちたちに見せてるアニメシリーズのひとつだけど。
知らなかったよ! だってボブって完全に、キッチンで使うスポンジじゃん!
えっと、でも、うん?
「スポンジって海綿が語源なんです?」
「ああ。英語圏じゃあ海綿をスポンジというんだよ。ヨーロッパじゃあ、いまでも海綿をボディスポンジとして使ってるぞ。もっとも全部の海綿が使えるわけじゃない。体を構成する物質次第だ」
骨格に珪素系を利用するものもいれば、コラーゲン繊維を利用するものもいるそう。
だからスポンジとして使える海綿もいれば、たぶん、使えない海綿もいるのだろう。なにせ珪素系って、要するにガラスの材料だもんね。そんなのボディスポンジに使ったら傷だらけになっちゃうよ。
「海綿は医療薬の成分として期待される面もあれば、地中海などでスポンジとして加工されて品質が高いと評判な面もある。吸水性が高いということで、生理用品として使えるなんていう話もあるな。前に江戸時代にタイムスリップしたときに配布したものでは、海綿を素材にしたものもあったんだ」
「ぶ、部長。そろそろ横道に逸れすぎかと」
「そうか?」
「ええ、まあ」
饒舌な朝倉先輩に副部長さんが気まずそうに咳払いをする。
割って入られて不満げになるということもなく、朝倉先輩はあっさり納得したようだ。
「たしかにそうだな。問題は、青澄の術がこいつを出したこと。なんでこうなった?」
みんなの視線が私に集まった。
しかし、私は混乱していた。なぜ、海の生き物になるのか。
理解ができない。私は別に、水生生物にするつもりで化け術を使っていない。
「検証のために、もうちょっと試させてもらっても?」
改札ロボ、そしてみんなに伝えてから、名前のある人たち、あるいは実験番号でナンバリングされてしまった人たちの名前を元に、同じ手順を試す。
名前のある人たちに関して、その結果は、最初に名前のある人でやったときと変わらない。砂粒に見える、きらきらした欠片にしかならない。
実験番号でナンバリングされた人たちはというと、名無しのみなさんと非常に似通った結果になった。海綿になったのだ。しかし、その形状は名無しのみなさんとはちがう。紫色の細長い筒がいくつも集まった、まるでメデューサの髪の毛みたいな海綿になった。
やっぱり海綿だ。
いずれも着色こそあれ、ガラス素材でできているように見えた。いつ壊れても不思議でない、不安定な素材で成り立つ、海中の生物たち。
人の名前で、人の情報を引き出して、そうして成り立つのがこうした姿。
どういうこと?
朝倉先輩たち生物部のみなさんがせっせと水槽を用意して、海綿を移してくれるのを見守りながら、腕を組む。
改札ロボないし改札を構成する死者たち。
彼らを別途、分けて、私の化け術で形にしたら、海綿になった。
だとしたら。思いつきのまま、砂粒になった個別の名前のある人たちを集めて、理華ちゃんの指輪で因果をたどりながら「繋がりがあるのなら、ひとつに集まって」と呼びかけてみると? あっという間に、茶色くて穴の開いた固まりになった。たぶん、これも海綿だ。
「んんん?」
なぜに水中の生物に?
「面白いな。動物にはなるが、海綿動物、つまり器官分化による器官形成のないものに”なる”なんてな」
「え。動物なんですか?」
たぶん、相当いまさらな質問を朝倉先輩にぶつけてしまった。
けれど彼女はすこしもいやな顔をせずに教えてくれた。
「ああ。見た目からして、海の中の植物のようだから、その疑問はもっともだ。実際、しばらくの間、海綿動物は植物として見なされていたくらいだ」
あ。やっぱり?
「私も別に全体をくまなく理解、把握しているわけじゃないから詳しくはないがね。実に様々な形状をもち、長寿のものはびっくりするくらい長生きしている。細切れにされても、ひとつに戻る性質があるともいう。だが、無敵じゃない。亀やヒトデに食われたり、海水温が上昇したりしたら、普通に死ぬ」
あ。意外と儚いんだ。
いや。なんにでも弱点はあるっていう話かな。
「この海綿、別に海水に限らず、淡水にも生息しているが、基本的には水を吸い込み、濾過して、様々な有機物を摂取、栄養を確保している。いずれの海綿も、穴から吸い込んで、別の穴から吐き出している構図だな」
はええ。
「HIVや乳がんの治療薬に使える成分が見つかる、カンブリア紀かそれ以前には膨大な種類の海綿がいる、という話もあるが。個人的には、そうした話よりもむしろ、なぜ、人が、海綿に加工されたか。そして、そうした加工品が、どうやって、改札に加工されたかが気になるな?」
すっかり生徒気分で雑学を満喫していたつもりが、突然の振りにドキッとした。
そうだ。朝倉先輩が提示した「なぜ?」を私が考えなきゃならないのだった。いけない、いけない。
「まず、この、海綿? の前があるかじゃない? 人から海綿なのか。人から、いくつか段階を重ねた末での海綿なのか」
「海綿から改札までの間にも言えるな」
マドカとキラリの整理に腕を組む。
たしかに、段階の有無と内訳は気になる。
けどさ?
「ぜんぶが海綿になった意味から知りたくない? それにはきっと、なにか意味があると思うの。私が指定したわけじゃないのに、みんなぜんぶ、海綿になったんだよ?」
首をひねる。
「まるでここが海や湖の中みたいにさ」
問いは尽きない。
「彼らはなにを食べていたの? なにを濾過していたの? 実際には隔離世の、この洞穴と地下通路でさえ、水中なんかじゃないのにさ」
まるで水中かのように。
本当に水中だったりするのかな?
隔離世なんだから、なにがあったって不思議じゃない。
そもそも連中は洞穴のなかに数え切れないほどの人を使った、霊子生成工場を作って運用していたくらいだ。濾過するっていうなら、まさに、霊子じゃない? 邪をいくらでも生み出しかねない霊子をこそ、濾過したくならない?
それなら、この隠された空間は彼らにとって、水中っていうこと?
生成させた霊子が水で。
いや、それとも例えとしてであって、海綿は真に受けるものじゃなく、”海綿の姿を取ったなにか”と見るべきなのか。
なんであれ、ひとつわかったことがある。
私たちはいまもまだ、化かされている。海綿にされた人たちのように。シャルが記録している大勢の死者たちのように。人々を利用して、消費して、なにかをしている連中によって、まだ、化かされている。
シャルの警告のとおり、膨大な霊子が存在している。おまけにこの地下に漂う膨大な霊子は大勢の人々を苦しめ、傷つけ、歪なものに改造するなり拷問するなりした末に、かなりの人を殺しながら生み出したものだ。だから、どんな異常現象が起きてもおかしくない。奇怪なオカルト空間に引きずり込まれたり、空間が変異したりしたとして、すこしも不思議じゃない。そんな場所だ。
だとしたら、さ?
「ここは、水の中のような、なにか」
目で見えるものだけがすべてじゃない。
私たちが捉えられるものにはいつだってかぎりがある。
だから私たちは観測を怠らない。計測し、分析し、検証する。
膨大な事実や情報を前に、私たちの理解はいつだって追いつかない。
それはもういつだって大前提。だからこそ、私たちは様々な技術や文化を頼りにしている。
「海綿は、役割を持っていたのかな?」
「青澄、それは初歩的な誤りだ。生物は役割のために生きているのではない。結果、どういう役割を担っているか、でさえない。それは結局、人が読み解く物語や差別、あるいは利用するロールプレイの設定に過ぎない」
朝倉先輩に言われて、落ち着いて考え直す。
そうだ。役割っていうのは、人が作ったものでしかない。概念として、言葉として。そうして利用・消費してきたものでしかない。見方でしかないし、思考や行動の選択の結果でしかない。
まず、役割があるんじゃなくてね?
人が作ったものが、まずあるっていう話だ。
言い換えるなら?
「ここにいる死者たちを利用してきた連中が、なにを求め、選び、行ってきたか?」
恐る恐る朝倉先輩を見たら、目を伏せられた。けど、注意はされなかった。なら、いいってことかな。
よし。この仮定で先へ進めちゃおう。
主語や主軸が大事だ。
役割が主ではない。
だれがを考えるとき、死者たちを利用した連中が、という問いもあれば、海綿になった人たちが、という問いもある。その模索の手段に、だれがだれに対してどんなものを期待したのかという問いがあって、そのなかに、役割があるだけだ。
だれも、いや。どんな生物も、役割のために生きているのではない。
しかし、明らかにこの空間には恣意的な規範や仕組みがある。
それはなにか。
明るみにするのだ。
狐が化かされっぱなしっていうのも、ね?
さて、そうすると今度の問題は「いかに彼らの想像を形にするか」だ。
霊子を水として、変化させてみる?
まさか。私たちみんな、溺れてしまう。そのまま無策で水に化かしたら、この洞穴や通路が無事でいられるかわからない。資料があったら? 電子機器は? ぜんぶ台無しにしてしまいかねない。
水っぽいなにかであればいいのだ。
いっそ化け術として作用して、空間を満たす性質にしてしまえばいい。
もしも実現できたら?
この広大な地下空間に満ちる死者を利用したものたちが、海綿になった改札ロボのように、別の姿を露わにしてくれるかもしれない。
まあ、なんでもかんでも水中生物になるとは限らないんだけどね! そこはもう、連中の異常な行為次第だ。テーマが統一されているとは限らないんだけど、やってみなきゃわからないわけで。
やるか。
「うん、と」
霊子ひとつぶさえ、貯蔵する情報量は膨大。
だけど私たち個人でさえ、そこは同じだ。自分の情報さえ、私たちは満足に把握しきれない。それが当たり前。事実だなんだ、すべて認識しきれない。
研究するにしたって、研究目的も、その題材も、対象も、その内訳も、とことん限定する。調査するにしたってそうだ。
もし仮に蓄積された情報を表示する魔法や奇跡があったなら、たったひとりを相手にしてさえ、とんでもない情報量になるだろう。
情報と情報の相互作用を探るとなれば、もっと厄介。
そのすべてなんて、とても扱えない。
けど、扱えないままで、私たちはひとまず生まれて、生きて、死んでいく。
どんな天才発明家も、科学者も、すべての学問領域におけるあらゆる事実や情報を真に受けることはできない。いかに自分の関心や意欲の向かう先へと探索し、真理を追究するかだし、探求結果は常に更新され得る。
算数の段階でさえ存在する途中式。覚えているかぎり、私はしょっちゅう省いて、先生に叱られた。答えが合っているならいいだろうと思っていた。でも本当は、ちがう。世の中、途中式のような過程に限らず、あらゆるものが省略される。
情報量が膨大になればなるほど、私たちは面倒に感じる。
その面倒さに耐えられないのだ。
そもそも膨大な情報量を扱う術がない。
いっそ観測する術を増やしたり、技術で代替したりして、扱える情報量を増やす。
増えた情報量を扱えるように、人海戦術をとるパワープレイもあれば、専門家を作り、手分けして当たるようなチームプレイもある。
そこまでしたって誤ることがある。
お医者さんにしたって、毎度まいど検査けんさじゃなし。検査すれば誤診がない、なんてこともなし。
それくらい、私たちは情報の読み取りに苦労している。
事実を解き明かすことのむずかしさよ!
数少ない情報で、常に誤りが生じる可能性と共に生きることのやらかしやすさよ!
やっかい。
だからこそ、ひとつの物語を聞いて感じ取ることが人によって違う。違って当然。どう受け止めるか、みんな違って当たり前。
算数レベルで解き明かして、途中式こみで、誤差なくみんなに共有できることなんて、どれほどあるんだか。そんなレベルだ。
これにしたって、ねえ?
なにをいまさらって話なんだよね!
そのうえで私たちは当たり前に生きてるわけでさ。
見聞きしたものごと、学んだこと、触れた情報、それらを真に受けたり受けなかったりしつつ、雑多にふわっと、ゆるぅく、それなりに利用したりしなかったり、できたりできなかったりしながら、ぼちぼち生きている。
身も蓋もないことをいうなら、そもそも私たちは事実や生き物の膨大な情報なんて知らず、探求せずに生きていける。残念ながら、それだけだと原始時代の生活さえままならないんだけどね。いろんな文明の利器や、人々の活動をはじめ、膨大なものごとに依存してようやく、現代社会でも、”膨大な情報を知らないまま”という意味だけにおいて、ふわっと生きていける。稼げるわけじゃなし。困窮から抜け出せるわけじゃなし。それはまた別の話になるけどね!
すこしのことしか知らなくたって、インターネットが使えるし、スマホのいろんな機能を利用できる。
ITに限らない。
料理するにしたって、食材のあれこれ、調味料の化学成分、調理における化学変化なんて逐一知らなくたって、レシピ動画やサイトを見るなり、クックドゥとかの商品にあるレシピどおりの食材と調理工程を踏まえれば? それで十分だ。
いかになにを知らないか、わからなくたってなんとかなる。
そういうものが普及して当たり前になるほど、見落としたり、見失ったりすることが増える。
でも、途中式を調べるような探求をだれもがするか。
まあ。
ううん。
しない人のほうが多いんじゃないかなあ。
なんなら「お魚の切り身」や「お肉の切り身」がそのまま存在していると思い込んでいる、みたいな捉え方をしていることが、それなりにあるかもしれない。さすがに切り身がとつぜん出てくるみたいなのは、ネタだと思うけど。
私たちにとって、改札ロボはまさしく「切り身」だ。人から改札ロボになるまでの過程が見えない。
この空間にしたってそうだ。
事実を解明したいとき、私たちには途中式のような過程が必要になる。
膨大な情報を前にして、どれが過程として必要なのかわからないままに、探求しなければならない。
ううん。
たいへん!
「ん?」
でも、じゃあ、海綿になるのだとしたら?
この地下空間を海や湖のような”水中”のようにしてみせたなら、途中式として、水生生物に利用するなり、”霊子を水ないし、水中の何かに関連したもののように扱う”過程があることが探れるかもしれない。
それがなぜかは、まだわからないけど。
すこしずつ、だ。
膨大な情報を一度に、一挙には、無理。この通路に来て調べ物をするぞってなったときに、マドカが私に指摘してみせたように。それは、無理。
地道にすこしずつ、砂漠の砂粒みたいに膨大な情報をスコップで掘るくらい、地道に探る。
無知やカバーできない領域が、いつだって数え切れないほどあることを前提に、探る。
そのための問いかけを、私はするのだ。
そうだ。
「そうなんだ」
私は問いかけるのだ。
霊子たちに。
お願いして、見せてもらうのだ。
あなたたちの表現の可能性を。
つまるところ、表現を求めているんだ。私は、膨大な情報を前に。
そこからじゃないと、探れないから。探求できず、調査できず、どう受け止めればいいのかわからなくなっちゃうから。
ああ、そっか。
私が使っている化け術の用途って、「そのものにする」だけじゃないんだ。
「表現してみせてもらう」お願いもあるんだ。
「なるほどなあ!」
そうとも。
水そのものになってもらっちゃ困る!
溺れちゃう!
けど、霊子に「水という表現をしてみせてもらう」お願いなら?
いまこそ必要なお願いごとだ。
なんなら、改札ロボや海綿たちさえ、そうだ。
過去に記録した姿を表現してもらっているようなものなんだ。これは。
納得なっとくぅ! 合点がいった。
なにが必要なのかもわかった。
「そう、なると」
空間全体に漂う霊子をまるごと変えるとなれば、必要な金色はどれだけ膨大になるのかわかったものじゃない。
だけど、表現をお願いをするのなら? 金色はそんなにたくさん使わなくていい。
さっそくやりたくなるけど、事前に説明しておかないとね。
みんなを混乱させてしまいかねない。
初挑戦だから、どんな結果になるのかもわからないし、ちゃんとマドカたちに伝えてからにしなきゃ。
「おい。なんか思いついたんなら言えって」
「急になにか始めちゃわないでよ?」
キラリとマドカからも催促されたことだし!
まずは決意を伝えておこうかな。
「この地下の姿を化かしてみせようと思ってさ」
海綿たちが過ごすのに適した、まるで地中の海のようにしてみようかなって。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
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