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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第二千九百九十七話

 



 立沢理華の魔法によってシャルロット・アイオライトになった。

 彼女のかけた魔法は生涯の因果が応報する構成であり、それを青澄冬音は罪と罰に織り込んだ。

 唱えた魔法と共に、教授時代に犯した罪が脳裏によぎる。鮮明な映像と共に、”被害者”たちの反応が全身に再現される。加害者の自分がなにをしたか、それを”被害者”たちの立場で再演するのである。

 因果応報の魔法による再誕は罰と共にある。

 魔法を唱えずとも毎晩のように過去の罪がよみがえる。

 あらゆる被害者に近似するなかで、もっとも弱く、もっとも狙ってきた姿になって、彼女たちを襲った加害を何度となく再体験する。

 霊子の行使、あるいは変化が喚起するのだろう。

 であれば魔法を唱えるほど、さらに扱おうとするほど、反動は漏れなく強まる。

 自分を再誕させた因果応報は実によくできた魔法で、心身共に若く、いや幼くさえしたのだから、あらゆることが鮮明かつ新鮮に感じ取れた。

 圧倒されて凍りついてしまいそうになる。いや、事実として何度でも硬直してしまう。

 そのたびに金色の光が熱を与えてくる。

 逃げるなと。立ち向かうんだろうと。それでも生きるのだろうと。

 受け入れろと。認めろと。やると決めたのだろう、と。

 それを望み、選ぶかぎり、そばにいて見守るのだと。彼女の熱が訴えるのだ。罪人に。

 見捨てず、ひとりにしない。この罰を見届けるために。この罰を受け入れた私の選択の実態を見つめるために。

 ページがめくれていく。魔法と共に自動筆記で記されていく個人の死、願望、個人に繋がる情報から、どう生きたくてどう死にたかったのかまで、死者の書は記録していく。どんなに分厚くても、数万にものぼりそうな死者を記録するには足りない。

 一冊が消費され、新たな書が出てきてはすべてが埋まり、さらに次の書が、と実に忙しない。


『きみがこんなに多くを記録したのは初めてじゃないか? 書が増えると管理がたいへんだと言っていた』

「記録するに値する死と、そうでない死があると驕っていただけだ」

『それは、また、どうし、え? なにがあった? 真人間のようなことを言うじゃないか』

「罪人だという自覚を得たからだ」


 二冊、三冊。放っておくと十冊、いや百冊に届きかねない。

 すさまじい勢いでページが埋まっていく。死が記録されていく。


「どうした?」

『いや。きみという人間が罪悪感を覚えるためには千年くらいかかるんだな、と思ってね』

「皮肉だと指摘できないのがつらいな」

『ま、待った甲斐があると思わせてくれりゅことを期待するよ』


 なんだ。いま、様子がおかしかったが。

 気にする余裕はなかった。

 因果応報、過去の罪だけではない。記録されていく死者たちの体験が脳裏によぎる。彼らの感じた刺激を追体験しては、彼らの感じた反応が再現されていく。

 身体中をかきむしっても足りないような焦燥感。頭だけ、何度も高速道路の車両にたたきつけられるような酩酊感と衝撃。なのに内から冷えて、竦む。逃げ出さなきゃいけないのに身体が動かない。すさまじい刺激を与えられながら、どんどん圧倒されて麻痺していく。

 こんなものではない。こんなものでないのに、大勢の再現が同時に起きるから、読み取れない。

 この姿になってから、何度となく味わってきた。自分の霊子、あるいは魔力の変動から過去の罪がよみがえることも多い。眠れば当たり前のように追体験をする。安息はない。

 これが罰なら、それをまっとうするためにも生きなければ。

 しかし生半可な決意は、その責め苦のつらさに何度でも粉砕された。

 世界を救うくらいしたって、まだ足りない。

 そんな弱音に彼女は笑った。

 じゃあ長生きして、いっぱいいいことしないとね。

 そのために仲間や友達や、なんてことない人とたくさん知り合って、ちょっとずつでもいいこと増やしてかないとね。

 忙しいよ? たいへんだよ?

 たしかに、と。膨大な刺激に押しつぶされながら、かろうじて思う。たしかにたいへんだ。

 どんなに復讐されても、どんなに仕返しをされても、甘んじて受け入れるほかに選択肢などあろうはずもない。そのうえで、彼女の言うとおりに生き続けるのは至難の業である。

 それでも選んだし、選ばざるを得ない。生きることを。

 あらゆる懺悔も贖罪も、どんなに足しても足りることがない。

 だが、それらが必要と感じたからには、それを選び、行うほかに浮かばない。

 過ぎたものではあっても、光のぬくもりにすがり、耐える。必死にそれらの刺激を認め、受け入れることに努める。涙や鼻水が止まらない。脂汗が吹き出てくる。なにを叫んだかわからないくらい。喉がどんなに痛くなっても声をあげずにいられなくなる。

 悪かった。私がすべていけなかったのだ。愚かだった。浅はかで、考えなしで、傲慢で、自分勝手で、自分のことしか考えてなかった。ごめん。すみません。申し訳ございません。許して。痛い。痛い、いたい。

 声を上げれば上げるほど刺激は身体中をさらに強く襲う。痛みが、苦しみがよみがえる。首に圧迫感。身体中を殴り、蹴られる。下腹部から全身を引き裂くような激痛が広がっていく。腐った匂いが口中に広がり、生臭さが鼻を満たす。言葉にならぬ怒声や罵声が耳の中で何度も反響する。

 逃げたら記録の魔法が解けてしまう。

 だから、逃げない。

 ただ逃げないことだけを選ぶ。

 自分がすりつぶされていく。

 そこに許しはない。

 求めたものは与えられない。

 なぜか。

 犠牲になったすべての人が、そうだったからだ。

 私には、ひとつだけ違いがあった。

 ぬくもりのある光がすぐそばにある。金色の熱を抱きしめて、必死に耐える。

 不可逆に浸透していく苦痛、あらゆる痛みや穢れ、負荷はすべて、これまで傷つけてきた人たちのもの。それとて彼らの百分の一にも届かないささやかなもの。

 なぜか。いまは一瞬。だが被害者は加害者の加害から、ことによっては死ぬまで、何十年と影響を受けるのだ。だからいま味わっているものはすべて、ごく一部に過ぎない。

 なのに、もういやだ、やめてくれと泣いて詫びている。どんなに詫びても許しはない。

 汚れた顔で、必死に熱を求める。求めながら縋る。必死に。

 私の受ける刑罰を知ったとき、さすがの彼女も言葉に詰まっていた。盟主であったなら? いや、やはりなにも言われなかったのではないか。ただ必要を問われるだけで。けれど盟主と違って彼女は選んだ。

 それがどれほどつらい罰になるかはわからない。ただ、だれかの痛みや苦しみに寄り添う力なのだと捉えたら? いかに飲み込まれずに付き合えるようになるかが鍵なんじゃないか、と。

 この想像を絶する刺激の本流と付き合えるように。

 考えたことがなかった。

 自分という身に課せられた罰なのだとしたら、それをどうにかするなど許されない。許されないのに、耐えられない。あとはもうすりつぶされていくほかにないのだと、そう思っていた。

 慰めや励ましよりも厳しい指南だった。だが必然ではあった。

 これまで傷つけてきたすべての人たちの体感したものをわずかずつであれ追体験しつづける今後の一生で求めることがあるとしたら、それはなんだ? 罪と罰を抱えた自分の清算か。不可能だ。それは選べない。ならば、なんだ。苦しみや負荷、あらゆる理不尽のある世界を生きることか。足りない。そこに生きるあらゆる他者と共にいかに生きることか。まだ足りない。

 刺激があって、反応が生じたうえで、どうするかが問われるのだそうだ。彼女いわく。

 あらゆる学者、あらゆる作家、あらゆる罪人たちが問うてきた。明確な答えは得られず、ただ、現実として、生きるほかにないことだけが明白だった。あるいは、いかに死ぬかさえ重要であった。

 被害に遭った人たちさえ、この問いに苛まれるという。

 なぜこの苦しみと共に生きなければならないのか。

 加害者は行為者でもある。自分の行いの結果だ。まだわかる。だが被害者は違う。選んでいない。被行為者である。この問いはあまりにも理不尽に思われる。しかし、切り離せない。

 ならば加害者は自業自得でありながら、選択と行為のぶんだけ、さらに、この苦悩と痛みと共に生きることになる。

 飽和していく。

 鈍さを増していく思考のなかで、ますます刺激と反応があふれていく。

 もはや金色にきらめく光の熱さえわからない。無性に熱いと思った次の瞬間には氷水を浴びせられるように恐ろしく寒くなる。

 自分というものが見当たらない。当然。この壮絶な刺激と反応の嵐にさらされて、見つけられるものがどれほどあるというのか。

 彼らも同じなのだろうか。

 記録してきたひとりひとりも。傷つけてきたひとりひとりも。奪ってきたひとりひとりも。

 反射的な詫びでは届かない。

 生涯にわたり、詫びつづけるだけでも足りない。

 取り返しのつかないことをしてなお、されてなお、人は生きる。

 だから、どんなに足しても足りることがない。

 この大嵐が常になったのだ。

 しぶとく命を永らえてきたなかで、重病を患ったことがある。取り返しのつかない怪我を負ったことも。手足を失ったことも。そのたびに、現代医療で治療して対応できたかのように魔法で切り抜けてきた。

 今回の大嵐は、どうすることもできない。

 父を失い、母と姉妹を殺されたときのように。何度となく出会い、結ばれた伴侶を失ったり、子を失ったりしたときのように。逃げ道はない。戻れない世界に生きるほかにない。その苦しさを知ってなお犯した罪のあがないを求められる世界に生きるのだ。

 いろんなものがいる。

 責められてなお、この壮絶な刺激と反応と共に生きて、詫びるだけでは足りない日々に、償いながら生きるために。いろんなものがいる。

 そうでなければ、翻弄されて終わってしまう。飲み込まれて、潰されて、それで終わってしまう。

 許さなくてはいけない。少なくとも、許されないと塞ぎ込むことを諦めなければならない。それによって嵐はさらに荒れるだろう。刺激はさらに増すだろう。けれど、望まなくては進めない。

 膨大な人数に飲み込まれて怯み、抗い、否定し、痛がり苦しむことをやめる。受け入れるまではまだできない。刺激をただ受け入れる。狂い叫ぶような反応も。それらを認める。許す。


「聞く。ちゃんと聞くよ。聞くから」


 絞り出す。それがなにかもわからずに。

 やわらかな光が顔を拭ってくれる。すこしだけ勇気が出てきた。

 逃げてきたもの、目を背けてきたもの、見ないようにしてきたもの、ひとつずつ真に受けていくんだ。

 そう自分に言い聞かせて、山のように積もっていく死者の書を一冊ずつ抱き上げて、体内に取り込んでいく。彼らの存在を、その質量を克明に記録した書を魂に取り込むほどに、死者を扱える力は増す。扱う死者そのものも。しかし、比例して彼らの苦楽、人生そのものも取り込むことになる。

 なぜ取り込む死者を選んできたのか。

 優れた傑物の亡骸を選別してきたのか。

 扱える力が強くて効率的だから、というだけではない。取り入れる他者の人生が、ひたすらに苦痛であったからだ。他者の価値観も、生の感情も、思考も、体験も。なにもいらなかった。力だけあればよかった。

 これまで奪い、盗み、傷つけ、苦しめてきたことも同じだ。

 望む結果が得られるのなら、それでよかった。それだけで理由になった。十分だった。

 そうやって切り捨ててきた。見ないようにしてきた。

 いけなかったんだ。

 どんなに目を背けても事実は存在しつづけるのだから。ごまかしはきかない。

 それでもごまかそうというのなら、歪みを抱えることになる。

 そんなものを抱えて生きてきた自分の一生に比べたら、なにも知らず幼いゆえにあやまちや問題の中にあろうと、無邪気に生きる学生たちのほうが、よほどまばゆく真っ当だ。

 取り入れていく一冊ごとに浮かんでくる、多くの人生、その生と死においてさえ。

 しかし自分を卑下すると、今度は自分と共に生きることを選んだすべての人たちの一生を、取り入れた死を否定し、見下すことになる。

 逃げ道はない。

 すべてを真に受けることは、かくも難しい。

 それでも約束しよう。

 命を永らえることだけは繰り返しできてきたことだから。悠久を築きながら、ひとり残すことなく、その声を聞き、より記録を丁寧に深めていくことを。詫びながら行うことを。今日も、明日も、これから先ずっと、誓いつづけよう。

 願いと共に増え続ける本を取り入れていく。

 記録が終わり、すべての本を受け入れたとき、大樹は消え失せていた。死者はすべて、この魂に記録し終えた、ということだ。

 私を支える光は消えていた。まるでその代わりになるためだと言わんばかりに、なじみの顔が駆けつけてくる。姿を変えた私に合わせて身体を変えた指揮者が手を伸ばしてきた。湿っぽい関わりでもするのだろうかと思ったら、その手を引いて、振り下ろした。頭を思い切りはたかれてしまった。


「痛いじゃないか」

「おまえ、なに死にそうな無茶してるんだ! そんな奴じゃなかっただろ!」


 浴びせられる罵声にいっそ気が抜ける。そのまま倒れ込んで、仰向けに寝転がった。

 空気が淀む地下で、着込んだ服が絞れそうなほど汗だくだった。なにをどう漏らしていたとしても不思議でないほどだ。立沢理華らに介護されて立ち上がれるようになるまでにそれなりの時間を要した。急ごしらえながらに設置された休憩所に移動する。まともにしゃべれるようになるまで回復するのに、さらに時間が必要だった。その間にジュリエットらに着替えを手伝ってもらい、汗を拭いてもらう。

 既に少なくない面々が先へと進んでいたようだが、この場に残った中核メンバーに伝令を頼んだ。


「ここにいた人々の状況を説明できると思う」


 迅速に伝えるべきことが言える状態にない。

 甚だ未熟。生きた年月はなんの自慢にもならない。こと自分に限っては。

 そう恥じてすぐに、彼女がかけてくれた言葉が脳裏をよぎる。

 死から人を知ることができるって、それはだれにもできることじゃないよね。もしかしたら、その力って、他者を求める表現のひとつなのかもしれないよ?

 私が他者を求めている、と彼女は見立てた。小部屋でふたりきりのときには、信じられなくて、怪訝な顔を見せてしまったが、いまではもう笑えないなと実感している。

 自分を支えてくれた光を通じて、彼女に。駆けつけてきた、かつての仲間に。着替えだなんだを手伝いながら、呆れながら、心配さえしてみせた立沢たちに。様々な形で関与した生徒も、一年九組にはいる。最低でも、ふたり。彼女たちさえ、献身の対象から私を外さない。

 ただ私が恥ずべき存在であっただけ。よほど彼女たちの選択と、その強さに私の弱さが映し出されるだけ。こういうことが、これから何度だって見つかるのだ。それとて、真に受けるもののひとつなのである。

 いまは、声を聞き、届けることに徹しよう。

 できることからつづけないと、私は私を否定する隙を探してしまうから。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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