第二千九百九十六話
一年生の参加は学校側がこれを禁止しようとする。御霊を宿す生徒は少なく、戦闘経験はより少ない。いま起きている変事は、ここ数年でとりわけ過酷な状況を経験している二年生が一年生だった頃に比べても異常である。であれば、学校側の判断は至極真っ当。責任を取れない一線を生徒に強要したら、もはや教育機関ではない。
そこを無理して通すのは骨が折れた。一年九組をごり押しするのに取れる手札は決して多くない。ただ立沢理華にとって幸いだったことがある。地下鉄から伸びる通路の先、広大な空間に生えたスカイツリーや東京タワーのような大樹を眺める少女の存在だ。
黒輪廻の指揮者。二年生の魔女、といってもユニス・スチュワートではなく、存在感の欠片もない八雲マリに負けず劣らず主張も干渉も控えめの存在。元教授ことシャルロット・アイオライトと懇意の仲だ。ウィザードの相棒である女性の師匠でもある。
先行する二年生たちから入ってくる情報からすると、ウィザードはだれよりも早く先行して調査中。春灯ちゃんの両親と、緋迎先輩の両親の四人よりも早く、おまけに気づかれないようにだ。いったいどんな目的があるというのか。
指揮者を伴い空間の床へと長い回廊を進んでようやく下りきってもまだ足りない。二十三区がすっぽり入るとまで言ったら言い過ぎになるが、何区かは入りそうな空間で、目的の場所まで歩くのは骨が折れた。ようやく春灯ちゃんたちを見つけたとき、明坂ミコに似て非なる女性が春灯ちゃんたちのそばにいるのが見えた。
ここでは人体実験が繰り返し行われていた。決して侍隊にもバレない実験場は日本の各地にあると推測されていたが、まさか新宿や渋谷、池袋、東京駅などを繋ぐ地下鉄網から、これほど広大な空間があるなんて思いもしなかった。
博士さんたちの依頼は、明らかに遅すぎた。
どれだけ非人道的な試みが営まれていたのか、とても想像できそうにない。
そんななか指揮者は「理華」と私を呼んだ。何度かシャルを魔法や霊力の使い方の講師に立てて訓練してもらった際、指揮者もしばしばシャルに請われて面倒がりながらも手ほどきをしてくれた。だから、通称ではないが本名でもない、教授にとって春灯ちゃんがつけたような位置づけとなる彼女の名前を私たちだけは知っている。
「ジュリエット、なにか?」
「私はあいつを手伝ってくる。ついてくるなら霊子の扱いを指南してやるが、どうする」
一瞬、悩む。
春灯ちゃんたちのそばに行って現状の情報すべてを共有し、べったり張りついて行動したい。そんな欲がある。だけど、その立場は他の人でもできることだ。だが、指揮者ジュリエットの補佐は私たちのクラスにしかできないことだ。とはいえ、伝えるべきことは伝える必要がある。瑠衣に伝達をお願いして、私たちは大樹の元へと向かう。
近づけば近づくほど、大樹の根とおぼしきものが地面から隆起して、その根の太さに幅があり、おまけに絡み合って起伏や穴を形成している。歩きにくいことこのうえない。
どの根も妙に生々しい肌色や赤黒い色をしている。
「なんだか、気持ち悪い」
「なにでできているかは、ひとまず考えないほうがよさそうですね」
ワトソンくんの忠告はもちろん逆効果だった。
より一層の注意を払って歩いてしまうし、志保や姫ちゃんが悲鳴をあげて知らせてくる。
根には目玉や指が一本、三本と不揃いかつ不適切に生えていた。
「ジュリエット」
「気安く呼ぶな、なんだ」
「これはなに?」
「大量の死者を還元して製造されたものだな。呪いなどを事前に仕込んでおり、部隊の突撃に合わせて発動。迎撃を試みたが、我が同胞が身を捧げて調整に勤しんでいるようだ。動きが止まっている」
意図的に彼女は説明を省いた。
「つまり数え切れない死人で作られた大樹だと?」
「死人とも限らない。まあ、このように肉体を癒着させ、変質させられて無事もなにもないが」
事もなげに彼は語る。
シャルになってからの教授は倫理に苦しみ、葛藤し、過去に、その執着にようやく傷つき始めている。あるいは過去に目を背けたり、不感症でいようと蓋をしたうちにたまりにたまったストレスやダメージ、その深刻な影響、それによって選択・行動した致命的な体験と結果のすべてを、いまさら直視し始めている。
それはどんな人間であれ、ひとりに担えることではない。
指揮者ジュリエットはシャルの良き友、切れない腐れ縁として、彼もとい彼女の世話をかいがいしく見ている。見ていて、ふたりの関係性がとても気になるくらい熱心に。
だがシャル以外には極めて落ち着いた態度で、なんなら私たちには冷淡にさえ感じられる態度でいることのほうが多い。私たちもとうに慣れた。そのつもりだったが、この異常な現状においてなお変わらない彼女の態度に、実感する。まだまだ私たちは彼女の人となりを、その十分の一さえまともに知らないのだろうと。
「あまり踏まないでやってくれ。恐らく全員、被害者だ」
「ひっ」
志保が悲鳴をあげて飛びのいた。だが、幹まで近づいた私たちの足下は数え切れないくらいの根であふれている。そのせいで足を取られて、転びそうになった志保をワトソンくんが受け止めた。彼は困惑を隠さずに、周囲を見渡す。人体の一部が、あるいはその輪郭が浮かぶ根に満ちあふれた周囲を。
「これほどの状況に、どのような対処が可能だと?」
「時任の鍵の力は凄まじいが、世界まるごとを塗り替えてしまう。ドラえもんのタイムマシンのように。死人をよみがえらせる力にはならない。そんな奇跡、有史以来、どんな秘宝でも実現できなかった。だから今後も同じとまではいわないが、いまただちに見つかるものではないな」
彼女はなるべく根っこを踏まないように気をつけながら歩いていく。私たち九組はそれを追いかけるので精いっぱいだ。ただ、だれも止まらない。
「むしろ死にまつわる神を御霊に宿す者の力こそ借りたいがね。きみたちはまだ一年生だ。この状況は」
少なくないメンバーがスバルを見た。春灯ちゃんの御珠を通じて縁を結んだ一年九組の私たちだけは、国内の神さま、幽霊、妖怪などじゃなく、国境を越えた縁結びが成立している。スバルの御霊はハデス。言わずと知れたギリシア神話の神。死にまつわる存在。冥府を司る者。海の王者ポセイドン、神と人の父たるゼウスの兄。
冥界の王。ハデス。あるいはハーデース。ハーイデース。アイデスやアイオデスなど。
もっともかの神は日本の存在ではない。日本の死者にどれほど干渉できるのか、という話はある。
実際、スバルは少し迷いを見せながらも慎重に言葉を選んだ。
「俺より適任者がいるだろう? 先輩たちに」
獄卒の鬼を御霊に宿す先輩たちがいる。
彼らなら対処できる可能性がある。もしも、神さまたちでさえ国境に意味があるのなら。
いや、むしろ神さまだからこそかな。
「ここまでの事態となれば、いっそ死に直接関わる力のある御霊を宿した者を頼るのがいい」
つまり、シャルロット。
元教授。死を扱う者。死霊使い。横文字で言うなら、ネクロマンサー。
春灯ちゃんと協力して御霊との縁を取り戻した彼なら、あるいは。
しかし対応できているようなら、反応があって然るべきではないか。上空から飛び降りて、地面から出現した触手たちが作り上げた大樹の中に飲み込まれたまま、未だに反応がないのはおかしい。
「それで足りないならどうするか、なんですけど?」
「私は彼、もとい彼女とは長い付き合いだ。懇意にしてきた。あいつの魔法の補佐くらい、わけはない」
「それって近づかなきゃ無理なわけ?」
姫ちゃんの悪態もわかる。
どうも根っこの太さが増すほど、その表面に浮かぶ人体の一部の数々がより鮮明になるようだ。そして基本的に根っこは根元に近づくほどに太さを増す。まあ木の種類にもよるだろうが。相手がスカイツリーとまではいかずとも、東京タワーほどの高さになろう大樹となれば、根の太さも相応のものになる。
幹に触れようと言うのなら、太い根のうえを歩かなければならない。
なにでできているかを考えるなら、気が進まない。
そもそもかなりグロテスクだ。近づきたくないのが人情だろう。
「あいつはさみしがり屋で、人を頼るのが下手で、甘えん坊だからな。近くに行ってやらないと、出てきて泣いてるところを拝めない」
「「「 趣味わるぅ 」」」
姫ちゃんと志保、スバルがドン引きしている。
ただ、私はそれが余裕ぶる彼女なりのごまかしに過ぎないのだと感じた。
焦れた彼女は、すこしも歩みを止めずに幹へと急いでいる。黒輪廻の盟主についていくことなくこの世界に残り、姿をくらましつづけることもできたろうにわざわざ会いに来た。シャルに合わせた幼い姿に身を変えて、彼女と行動を共にしつづけている。
一途な奴なのだと、そう見方を変えたら?
いま焦っているだろう彼女が私たちの前で、初めて、素の彼女らしさの、ほんのわずかな一端を見せていると言えるのではないか。
「惜しむらくは、歩きにくくて、遠いことだ!」
とうとう耐えきれなくなったのか、彼女が吠えた。
「この状況を対処して、解放されたシャルロットのもとに駆け寄っていくというのもありだと思うよ」
「聖歌に賛成」
「理華に乗る。空を飛ぶなり、跳躍しながら向かうなりしないと、あまりに手間がかかりすぎる」
美華も私と同意見のようだ。
「くそ。恩を着せて自慢するチャンスだったのだが、仕方ないか」
「ねえ、なんでだれも、運動得意勢とかに背負ってもらっていけばいいって言わないの?」
「「「 しっ! 」」」
岡田くんの口をそばにいたみんなが塞いだ。
指や目、鼻や口、足、膝小僧に腕、それらの筋肉、あるいは乳房や性器に至るまで、様々なものが腫れ物のようにできている根っこだらけになっている。
この先を行くとなると、それらを踏んづけなければならない。
みんな考えることは同じだった。
それはいやだ。できれば避けたい。
恐らくジュリエットさえ同じ気持ちなのだろう。
いまの軽口が聞こえたはずなのに、なにも言わないあたり、確信犯的に無視をしている。
それもそのはず、口が生えた箇所からうめき声が聞こえる。声なき声をそこら中の口が出しているのだ。
あんなの踏んだら、なにが起きるのかわかったものじゃない。
近寄りたくない。絶対に!
それが選べるくらいには、彼女の見立て上、そこまで窮地ではないのかもしれない。
そうあってほしい。
「さて、じゃあ、ここから補佐する。諸君、これまで鍛錬で教えてきたように、魔法を使ってもらうぞ? 私の力は発動された魔法があればあるほど強くなるのだから」
言われるまでもない。
そのために私たちは彼女についてきた。
彼女の後ろに集まり、それぞれ思い思いに居住まいを正した。深呼吸をしたり、目を伏せたり、祈るために手を合わせたり。私はただ、指輪を撫でた。
魔法を使うといっても、いきなり全員がみるみる上達したはずもない。
確実に全員ができる、初心者向けのものから。彼女が言ったとおり、発動される魔法の数が問題だ。
方法はシンプル。なにか強い感情を想起しながら、それぞれ御霊との縁を示すものに注ぎ込むイメージ。学校の御珠で縁結びをした侍候補生なら、刀。私たちはもうちょっと獲物が特殊だ。
獲物に霊子、あるいは魔力が集まるだけで、彼女はそれを魔法と捉え、活用できる。複雑じゃないほどいいそうだ。何度か練習してきたことだから手間取ることなく彼女の望むタイミングに到達する。
「つくづく楽団を失ったのは痛手だな。いかに彼らに甘えていたかを実感する。おまえたち、三分は維持してくれよ」
彼女の立ち位置から衣擦れの音がした。
タクトを出して、掲げてみせたのだ。
彼女の指揮に合わせて、私たちは感情を想起した内容を変遷させる。
感情とは刺激から生じる反応であり、一部だ。私たちが生きるために欠かせない重要な情報であると同時に、心身の現状を示す身体と脳からの訴えでもある。
どうしたって体験を思い出すかぎり、私たちが感じる刺激は、実際に体験しているときのものに比べて、ささやかなものになる。心的外傷など、強く脳が記録するものであれば話は別。脳と身体が私たちに対処を促す負荷や苦痛も別。
いやなことほど残る。生きるために回避や対応を求めるために強く印象づけられる。
そういうものは変遷させるのが困難だ。
じゃあ、いいことなら?
具体的に思い出せる体験ならどうか。
いやなことよりは変遷を想起するのが、まだ、たやすい。
誕生日のこと。クリスマス。ともだちと初めて遠出したとき。遊園地で遊んだこと。初めてした経験の、充実した体感。その変化のタイミング、長さ、内訳によって変質する霊子を彼女は指揮する。
その想起と変化が彼女の求める反応に繋がる。
具体的になにを求めているかまではわからない。この先を見るのは初めてだった。
私だけじゃない、瑠衣たち九組全員がそうだ。教団の一員であるワトソンくんさえ、黒輪廻時代の彼女の術のありようについて、なにも知らない。
だから全員が期待を込めて彼女を見た。なにが起きるのか。なにをするのか。
結論を言えば、どれほど待ってもなにも起きなかった。
落胆と失望を私たちに見たのか、彼女が憮然とした顔でつぶやく。
「だっておまえたち、楽器を持っていないだろ?」
それは彼女なりの精いっぱいの抗議に違いなかった。
・
死者の書を抱いた身体で死の中に囚われていく。
意図して潜り込んだはずが、取り戻した、否。再び与えられた御霊との縁から、戻ってきた。
方々から聞こえる。声がする。明確な単語を口にしない。彼らはそれだけのものを与えられていない。知らないのか。あるいは気が触れてしまったのか。わからない。
脳裏に浮かぶ。地獄で見せられた刑罰の具体的な有様が、ひとつひとつ。
どんなに拒んでも、振り払おうとしても、しつこいくらいに浮かんでくる。避けられない。
罪も罰も繰り返し苛んでくる。逃げ場所はない。どこにもない。
そんなものが与えられるはずもない。当然、許しもない。
分厚い本を強く抱く。慣れない指輪の感触が、境界線を見失いそうな肉の中で自分の輪郭を想起させる。
彼女を苦しめ、傷つけ、脅し、癒えない傷をつけた。そのすべてを彼女は忘れず、許しもしない。どれほど彼女が与えてくれたとしても、過去のすべてを許せるはずもなければ、その必要もまたないのだ。
どんなにか、彼女がそのようにあろうとしても、自分には無理だ。
彼女の双子の姉が見せた地獄のありようも。彼女が縁を授けた少女に変えられた肉体も、脳も、その状態も。かつての自分が繰り返してきた逃避を許さない。嫌悪し、憎悪する。
幼い頃の自分の世界をすべて破壊した男たちと同じような振る舞いを、断じて許さず、認めない。
だが、自分はいくらでも手を汚してきた。多くの少女や女性を穢してきた。
この罪は生涯、消えることはない。
傷つくことも傷つけられることも奪われたことも一度や二度ではない。罪を犯してきた数に負けないくらい、だれかの罪で破壊されてもきた。だが、それは、自分の罪を許す理由にはならない。
明確なことがある。
この身はもはや償いのためにある。
しかし償いは過去を償却しない。
罪を犯した過去があるうえで、償いをした現在が過去に記録されていくだけだ。償いをした過去が増えるのであって、罪は消えない。なくならない。世のあらゆる刑罰も同様である。
世界がどんなに不公平で、不公正で、不平等で、とてもまともじゃないとしても自分の罪を許す理由にはならない。
だれもが耐えられるわけじゃないことを知っている。
そのひとりになど絶対にならないと思っていた時期もあった。無理だった。
こんなにも愚かな罪人ゆえに、盟主は置き去りになさったのか。
何重もの罪は、これまで生きながらえてきた時間を足しても決して償いきれるものではない。
そんな途方もないものを生ききれるとは、とても思えない。
この孤独をとても真に受けられるとも思えない。
駄目だ。
絞り出した勇気は押しつぶされる。死人たちの声を引き金にして塗りつぶされていく。
反応は自動的に自己否定に向かう。それを拒絶できない。なにせ、それこそ本心なのだから。
指輪をはめた指が気になる。
許さないと痛みを与えるのでも、逃げるなと締めつけてくるのでもない。
熱を感じる。
どんなにか頭の中で教授だった自分を傷つけ、仕返ししたとして不思議ではないほど、それほど憎悪していて当然である彼女の熱を感じる。
カラオケルームでふたりになって、いろいろ話した末に彼女は言った。
『見ているよ』
『償わなきゃと、そう思ったあなたのこれからを見ているよ』
『つらくなったとき、拳を握る以外のことができるよう、見ているよ』
『その呼びかけに応じられるよう、私に無理でもだれかがあなたのそばにいられるよう、見ているよ』
『だって、もう、ひとりじゃないでしょ?』
微笑みながら、自分にそう告げた彼女の言葉が浮かぶたびに胸のなかのしこりが溶けていく。
涙腺が緩む。あたたかく広がっていく気持ちが、全身に広がっていく。
ひとりで勝手に救われていく私を許せないかのように、方々からの死者たちの声の圧力が増す。身体を包む肉という肉からしみこんでくる。
許さない。許さない。なんでおまえだけ。
そう感じるのは、私であり、彼らの訴えの本質じゃない。
私がそう自分にぶつけている。思い出せるかぎり、私が傷つけたすべての人たちの声だ。その声は、私の想像でできている。私の傷つけたすべての人たちの声そのものじゃない。
なんて情けない自慰行為なんだろう。
たやすく押し負ける気持ちと共に全身が萎縮する。負けじと指輪が熱を持つ。
視界はずっと真っ暗だった。触手たちに包み込まれて以来、ずっと。
なのに、どういうわけだろう。
影が映る。
光源なくして成り立たない影が。
自分をみっちり包み込んでいるはずの肉が遠のいている。
代わりに私は浮かんでいた。
あふれんばかりの金色にきらめく光に抱き留められながら。
指輪から光が出ている。彼女の光が私を包み込んでいる。
ああ。許されない。こんな救い、自分には過ぎたものだ。
だけど、この過ぎたものがないと、私はだれにも償えない。
弱気が光をさらに引き出して、私の身体を熱くする。
叱られたような気がした。
力を借りることを恐れるな。
残酷な振る舞いに逃げるより、勇気を持って助けを求めろ、と。
そう言われた気がして、立ち上がる。
金色の光の絨毯は私の自立を支えてくれている。
思い出せ。
なにをしにきた?
この死者たちの肉でできた大樹に、なにを挑みにきた?
『聞こえるか』
盟主のもとで共に行動してきた同胞の声がどこからか聞こえてきた。
決意を再確認しようというときに、あいつめ。なんて間の悪い。
「なんでおまえがここにいる」
『あんまり音沙汰がないものだから、心配して来てやったんだ。私たちの仲だろ?』
「どんな仲なんだか」
『そんな口をきいていいのかな? ぜんぶ言っちゃうぞ? 私はおまえの恥ずかしい場面をたくさん知っているんだ』
「その言葉、そのまま返すよ」
言い返しながらも気が紛れてきた。
気負わずやろうよと、カラオケの狭い個室で青澄春灯は言った。
どんな罪を背負っても、私たちは生きていかなきゃならないんだから。それなら、まずは生きられるようにしていこうよ。
彼女の言葉は私にとっては福音に等しかった。
罪を許すのでもなくすのでもなく、存在するものとして、それでも生きるのだという、その言葉は。
自信もなにもないけれど。
「なかなか手強くてね。いまからやるところだったんだ」
『手伝おうか?』
「頼む。読んでくれたら助かる」
すこしの間があった。
「どうした?」
『別に』
「なんだ」
『いいや。待っていたまえ。譜面をくれてやる』
どこか不機嫌な声音に顔をしかめた。
調子の読めない奴だ。気にはなるが、いまは大樹の相手が先だ。
彼女のくれた光が自分を支えてくれている。
指輪を通して結んでくれた縁ゆえに、だろうか。
なんであれ、ありがたい。自分には過ぎたぬくもりを感じながら、意を決して書物を開いた。
万感の思いで、
「記録しよう。きみたちの死を。きみたちの遺志を」
私は魔法を唱えた。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。




