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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第二千九百九十四話

 



 虫たちが見当たらないかぎり、先に進むか探しに行くかをしないとね。

 男については愛生先輩たちが相談のうえ、警察の侍隊に応援を頼むことになった。

 起こしてあれこれ尋ねることを優先するか、それとも? となれば、私は先へ進みたい。

 人員がぞろぞろと集まってくるなか、広大な空間から伸びる通路を確認する。どうやって部隊を展開するかの相談も合わせて実施。編成から考えるので、結局は時間はかかる。

 マドカもキラリも、こういうときは話し合いに加わるほう。だけど私は逆で、いてもいなくても言えることがあんまりないほう。

 カナタもカナタで生徒会中核メンバーだから、会いに来るはずもなし。

 お父さんはお父さんで、話し合いに呼ばれている。

 私はむしろ「休んどけ」と追い出されてしまった。隙間時間を契機に、男のそばへ。金色を男に通して、霊子をいくらか記録して、記録帳に収納。それから記録帳の紙を化け術でコピー。記録帳を消して、コピーした紙を相手に姫ちゃんの鍵を当ててみる。紙の時間を巻き戻したら、考えたことが浮かんでこないだろうか。

 紙がすぐさま赤黒く染まっていく。ただ、濃淡が目立つ。お椀に注いで落ち着いたときのお味噌汁でいう、味噌ゾーンと透き通ったおつゆゾーンとで分かれるように黒みが中央に集中する。そして黒色が丸みを帯びていく。文字じゃない。なにかの輪郭だろうかと見守っていたら、徐々に縦に伸びていき、みるみるうちに裸の女性になった。赤色に浮かぶ真っ黒な女性。どことなく、男が自分を覆っていた女性に似ているような。

 鍵をさらに左に回してみる。四肢を投げ出して赤い海に浮かんでいるような女性の手足がなまめかしく揺れる。そして、その手が身体に伸びていく。


「うわ」


 明らかに年齢制限がつくであろう、やらしい動画のような光景が延々と続く。どんなに左に回して巻き戻す時間を早めても、延々と。あの男はやらしいことしか頭にないみたいだ。ここまでくると逆にすごい。

 私たちと対峙していたときも、ウィザードと接敵していたときも、その間の時間も、みーんな、これ。

 この男にはこれしかないのか。

 もはや性欲の権化っていうより性欲の奴隷だ。

 あの芋虫はなんなのか。仮に虫たちが爆弾にされた人たちのもうひとつの姿か、あるいは術によって変えられてしまった姿なのだとしたら? 少女や女性たちで作ったものなのではないか。


「う」


 そう考えた途端、全身に鳥肌が立つ。

 こいつは大勢の女性たちで身体を覆って悦に入る鬼畜の変態野郎なのではないか?

 無理だ。気持ち悪いどころではない。

 シュウさんたちに引き渡して罪を調べたら、いったいどれだけの余罪が明らかになるのか。

 なんにせよ、死なせてはいけない。聞かなきゃいけないし、探らなきゃいけないことが多すぎる。


「ああもう」


 それにしても引くほどやらしい動画状態が終わらない。

 登場人物も、人数も変化がない。

 男にとって、彼女がいわゆる自家発電のネタなのだろうか。

 だとしたら、それってどんな執着? 彼女は何者? この世に存在する人? 別に漫画やアニメのキャラでもぜんぜん驚かないけど。

 黒の濃淡だけで描かれる女性はちっとも鮮明じゃない。顔立ちなんか、さっぱりわからない。

 あえていえばお胸とお尻が大きなお姉さんっぽい。豊満なバストが目立つぶん、アンダーもそれなりにあって、ウエストは男を包んでいた状態よりはあるけど、でも十分細いほうじゃないかな。青年誌のグラビアを飾っていそうな体型に見える。

 そんなお姉さんの自家発電が延々と続く。

 場所が場所、状況が状況なのもあるし、なにより元ネタが全裸で芋虫に包まれていた男というのも手伝って、見るのがひたすらに苦痛だった。とりわけ目立つ変化もなし。

 鍵を十二時にひねり直して、いったん消す。

 理華ちゃんの指輪をはめてから、お姉さん部分に金色を通して、指輪の力を使ってみる。なにかが露わにならないかと期待しながら、彼女と因果関係にあるなにかに化けないかを試してみると、金色が平べったく古びた紙に変わっていく。

 ひらひらと落ちてくる大きな紙を取って、ちらっと見るなりぎょっとした。

 たしかに「『軍』慰安婦急募」と記されていた。他の箇所に様々な記事があるけど、文字がよれてまったく読めない。新聞だ。これは新聞の一ページに違いない。「月収三百円以上」、借金ありでもいくらまでなら可として、未成年の十七歳まで応募可能とたしかに記述されている。

 紙の古さ、日焼けの度合いや皺の深さから、かなりの年月が経過したものと思われる。再現の程度が鮮明なのは広告部分だけ。日付も判別がつかない。ただ、恐らく日中戦争以降ではないか。

 日本の女性を売る、利用・消費する速度はすさまじいものがある。

 将校用の慰安施設があるけど、それがすべてじゃない。侵略先の町では飲食店を経営。その飲食店で働く娼婦もいた。

 戦争が終わると、今度はアメリカ兵向けに政府と軍が率先して慰安所を設置。売春するほかに身を立てる術のなかった当時の女性たちが高給を求めて集まったのは想像に難くない。

 この世界の片隅にて出てきた綺麗なお姉さん。すずさんが迷子になったときに助けてくれた彼女だって、軍人相手に慰安を行う娼婦だ。彼女は恐らく呉への度重なる爆撃で命を失ったろう。

 戦後においては? パンパンと、まさに性行為中に鳴る音を当てて揶揄する呼び名で扱われ、ひどい差別を受けていたという。

 そもそも職業自由もなければ選挙の自由もない。「虎に翼」の寅子はまだ働けるだけマシだったけど、全員が仕事で生計を立てられるような社会じゃなかった。いまよりずっと扱いが無体なものだった。

 募集としながらも、ほとんど人身売買だ。この広告は。

 国内からも侵略先からも女性を徴用。モノとして扱った。戦中だけじゃない。戦後でさえもだ。

 精を出す道具としての、女。男たちの侵略先での犯罪加害、性病蔓延などの対応のために選んだのが「彼らをなだめるための場所と施設、そして娼婦」。

 それにしたって、百年近く前だ。逆にいえば、まだそんなに経っていない時期のこと。

 そりゃ現代でもろくでもないままほったらかされてることが、いろいろあるよな。

 慰安婦関係は過去にたびたび調査されている。日本側からは、一九九三年当時に官房長官だった河野洋平氏が談話を発表していて、長期にわたり、かつ広範な範囲にわたって慰安所が設置されて、多くの慰安婦が存在したことが認められた。

 この談話は国内の帝国時代の保守層から強い反発を受けたそうだし、日本以降の保守層からは支持を受けたのではないかなあ。

 保守とリベラルってややこしい。左右もそう。

 どちらも、”なにが軸か”で内容が変わるから、そこをまず捉えなきゃ始まらない。

 帝国時代が軸だとする場合にも、軍閥が幅をきかせており、かつ政経ともに侵略をもって稼ぎたい時代か、はたまた「近代化」を目指す流れかで、見え方が変わる。まあ、大概は前者だろう。

 戦後、憲法成立までの流れを踏まえるとマッカーサー、GHQ側の思惑あり、大日本帝国の失政失策大失敗を二度と繰り返さぬよう憲法学者らが集まり思案してマッカーサー・GHQの草案になったものあり、いいや敗戦しようが大日本帝国でいたいんだいという当時の政府の思惑あり、様々だった。

 世界的にはナチに負けず劣らず「世界への加害者」として捉えられていた大日本帝国だ。侵略先の中国、朝鮮半島をはじめ、東南アジア諸国など、多くの国からどれほど賠償を求められても唯々諾々と従うべき立場であった。敗れたのもあるけど、それだけじゃない。

 漁夫の利を得た旧ソさえ、なにを求めてくるのかわかったものではない。

 そこで戦後日本の取り扱いについて語る場でイニシアチブを取るため、マッカーサー、GHQらはパリ講和などの潮流を踏まえて、どうするかの具体像があった。

 それが「天皇制は象徴として存置」、「戦争放棄」だ。事実上の天皇制の状態の変化もさることながら、戦争放棄は大きな一手だ。とどめの一手が「封建制度の廃止・解体」。これをやらないと、天皇制へのアプローチが骨抜きにされかねない。


『国家主導の発動としての戦争は、廃止される。日本は紛争解決の手段としての戦争のみならず、自国の安全を維持する手段としての戦争をも放棄する。日本は、その防衛と保全とを、いまや世界をうごかしつつある崇高な理想に委ねる』

『日本が陸空海軍を維持する機能は、将来ともに許可されることがなく、日本軍に交戦権が与えられることもない』


 マッカーサーノートにはこのような記述があるという。

 その目的はなにか。理念とはなんなのか。

 国際連合憲章における「第二次世界大戦中に連合国の敵国であった国」に対する措置を規定した条項、俗に言う「敵国条項」に日本が含まれていることの意味とあわせて考えたい。

 紛争解決の手段としての戦争、そして自国の安全を維持する手段としての戦争を禁じるのはなぜか。

 まるでじゃんけんや決闘で事態の解決や、あるいは思惑の達成をするように、戦争が用いられてきた。

 国家は戦争を希望する。

 元首も。王族や貴族も。その扇動に乗って市民さえも希望する。

 「戦争を希望する者などいない」というのは、誤りだ。

 この潮流に歯止めをかけるものがいる。

 一九二八年のパリ不戦条約は、まさにこのための多国間条約であった。

 国際戦争を起こさせて、これを解決するためだとうそぶいて戦争に介入する国も出てくる。

 これに歯止めをかける機構がいる。

 それが、国連だ。

 マッカーサーはフィリピンに駐在していた時期があり、フィリピンの戦争放棄条項を知っていた、というのも影響としては無視できない。

 「第二条 基本理念と国家政策の宣言」における第二項に明確に記されている。

 いわく「フィリピンは国家政策の手段としての戦争を放棄し、そして一般に許容されている国際法の原則を我が国の法の一部分として採用し、すべての諸国との平和、平等、正義、自由、協力、そして友好を政策として堅持する」。

 世界的な潮流もあった。

 大西洋憲章。連合国共同宣言。そして国連の発足と進行。

 この流れに日本を組み込むことができたなら、あらゆる国も、「世界の敵」となった大日本帝国の新たな道のりを表立って邪魔することはできない。そして、そのための枷と希望は、世界に必要なものになる。

 大西洋憲章から一部を抜粋するなら「世界のすべての国が、実際的および精神的のいずれの見地からも、武力の使用の放棄に到達しなければならないと信ずる」。

 それは侵略国家たる大日本帝国への懲罰として、前科者となった敗戦国へ求める反省と今後の身の振り方として、思っている以上にずっと倫理に基づくものである。

 「あらゆる国が武力使用の放棄に到達する」、そして「より一層、広範にわたる恒久的な安全保障制度の確立を実現する」、その理念を遂行しきるまで交戦権は剥奪され、武装解除される。主権の制限さえ行われる。

 その潮流を踏まえると、平和国家としてのみならず、国連をはじめ国際機関の成長と発達に勤しむのが戦後日本の「終わらない戦後の役割」だと言える。

 でもね?

 戦後にアメリカ兵向けに女性を集めて慰安所を作るような国だよ? そういう政府であり、社会であり、文化であったわけだよ?

 考えてみてよ。

 そんな殊勝なことを受け入れる人たちばかりじゃないでしょ。

 むしろ「国連意味なし」「アメリカの押しつけ憲法」「自衛隊を軍にしろ」「九条意味なし」と、つばを飛ばす人たちがいるでしょ?

 彼らは侵略にまつわる戦後としての対応をしようとしたら、それだけですさまじく抵抗するんだよ。

 「日本が悪いみたいだろ!」「あれは解放のためだった!」「みんな感謝するべき!」「俺たちは悪くない!」みたいに。

 嘘いっちゃってさ。

 慰安婦だけじゃない。

 日本はすこしも過去の帝国時代の加害を真に受けていない。

 「国民に主権なんておこがましいと思うべき」「人権なんて国民などに与えちゃいけない」なんて政治家もいるようだ。

 なぜって、それは封建制度の再起、階級格差社会の復権を邪魔するものだから。

 王さまになりたい。貴族になりたい。特権が欲しい。

 それを邪魔するのが人権であり、国民主権だもの。

 他にも言い出したらきりがないけど、戦中の負の遺産はすこしも清算されていない。

 とはいえ、男を見た感じ、最低でも三十代か四十代くらいに見える。慰安婦問題と、そこまで密接に関わりがある年齢じゃない。ミコさんやシャルみたいに長命でもないかぎり。

 足りないんじゃないか。シンプルに。

 ひとつなわけがない。募集する紙だけじゃ絶対にない。

 だとしたら?

 金色を一粒出して、男と紙を通してから指輪に願ってみる。


「関連する因果よ、あああああ、うううん。写真として出てこい」


 そう呼びかけた瞬間に、金色が写真に化ける。一枚のはずだったのに、みるみる分厚さを増していく。そして化けたものから地面に落ちていく。当然、周囲にぶちまけられる格好に。


「うわわわ!」


 焦りながら見下ろして、固まる。

 赤く染まった紙の背景で自分を慰める黒い女性の因果として出したのが、慰安婦募集の広告。金色は広告と男を通して、その因果を”雑に”表現するよう命じられた。そうして出る写真がいったいなにを写すのか。

 無修正だった。

 あえて、なにがとは言うまい。

 女性の身体の一部を、あまりにも近くから撮影した写真がやまのように出てくる。いまもまだ!


「ま、待って! 止まって! 化け術停止!」


 悲鳴をあげるように命じてやっと、写真生成が止まる。

 それでも数え切れないくらいの枚数が散らばっていた。際どい箇所だけじゃない。アウトな箇所が写ったものもある。

 共通して薄暗い場所で、かなり接近して撮影されている。たぶんフラッシュ撮影。他に光源が見当たらない。なので基本的に撮影箇所から離れて、写真の縁に近づくほど薄暗くなっている。

 なんならちょっとフェティッシュ。でも変態っぽさがにじみ出てあふれかえっているし、偏執的にも感じる。膝小僧から太ももにかけて、徐々に上昇していき、股間やおへそまわり。乳房をいろんな角度で、わざわざ一ミリずらしながら撮影していそうなくらいかぶって見えるもの。鎖骨や、肋骨まわりの骨の筋。首筋、おとがい。あご、唇、歯列、歯の上部。舌。様々な角度から、いちいち細かく撮影している。鼻も、ほおも。耳も。髪がかかっている状態と、かきあげた状態と分けて。目に至っては、まぶたを伏せた状態と開けた状態がある。

 瞳なんか、もうカメラまでの距離が五センチもないくらいの接写。フラッシュが通用するのか。そもそもまぶしすぎるのでは。いや、ちがう。疑問に思うべきは、そこじゃない。


「なにしてんの」

「ふあ!?」


 様子を見にきたのか、キラリがドン引きした顔で私や散らばった写真を見ていた。

 手短になにをしたかを説明してから、目の写真を見せる。


「なにか、違和感ない?」

「いや違和感っていうか、これ本当に写真で捉えたものなの? あんたの術が写真にしただけじゃなくて?」

「あ」


 その可能性もあるのか。

 関連する因果よ、写真として出てこい! っていうのが私の要求なのだから。


「これ、なんていうか、間近で舐めるように見ている記憶かなにかなんじゃないか?」


 不快感を隠しもせず、キラリはしかめ面で私の手元の写真を睨む。


「生きているようにも見えないけどな」

「ううん」


 曖昧に濁しながら、残った写真を眺めつつ回収する。

 天国修行やなんやかんやで目にしてきた亡骸とは重ならない。そもそも血色がいい。ただ、瞳を間近でのぞき込まれていながら視線が合っていない感じがする。

 身体中を舐るように眺められていながら、力んでいる感じがない。

 寝ているのか、気絶しているのか、あるいはそうさせられているのか。

 カメラじゃないなら、この明かりはいったいなんなのか。


「うわ。うっわ。うわあ。うっわ!」


 ぺらぺらとめくる私の手元の写真に写るものに、いちいちキラリが吐きそうな声を出す。そんなことをしていたら注目を引くのも仕方ないというもので、ノノカやカゲくんたちが近づいてきた。

 迷う。男子に見せていいやつなのだろうか、これは。


「あっ、あっ」

「ちょっとね。男子には見せられない手がかりを春灯が見つけたんだ」


 キラリが私とみんなの間に割って入ってくれた。

 だ、だよね! 見せちゃだめなやつだよね! いけない、いけない。


「え。なんだよそれ」

「男女差別か!?」

「男の関係者っぽい、被害者かもしれない女性の裸を撮影した写真だよ」


 散った散ったとキラリが手を振って追い払いにかかる。

 露骨にえっちなカゲくんが、より露骨にえっちで変態気味なミナトくんたちをなだめて去っていく。何人かが恨めしそうに振り返ってきたけど、男子のなかでも「さすがにないわ」「不謹慎だろ」「やめとけ」とツッコミが入っている。

 ノノカたちが加わって、女子で輪を作って写真を並べてみた。その最中にキラリのようなうめき声やドン引き声が方々からあがる。それくらい、写真あるいは男の視点は女性の肌を間近に捉え、じっくりと観察している様子が見て取れる。

 いったい、なにをそんなに見たいのか。

 ただのスケベ心じゃ、ここまではしないだろう。

 好きな人の手を眺めて、おおおとしげしげ観察するのとはちがう。

 もっとずっと湿度が高くて、じめじめしたまま腐ってしまったような、そんな眼差しだ。

 なんていうんだろう。

 未知のものに自分の妄想や先入観を盛りに盛ったうえで、それに合致するものを目の前にして、さらに妄想を膨らませて興奮しているような、そんな眼差しに思えるのだ。

 あえて言えば、それは偏愛。大辞林いわく「ある特定の人・物だけを愛すること。かたよった愛情」。

 ここで言うかたよるとは? 大辞林いわく「中心や標準からはずれて一方に寄る」、「ある部分にだけ集まって、全体の釣り合いを欠く」、「一方に味方をする。不公平な扱いをする」、「あるものの方に近づき寄る」。

 彼女だけに寄り、釣り合いを欠いて、近づき寄って彼女だけを愛する。

 彼女の輪郭。彼女の肉体。彼女の形、色。たぶん匂いからなにから、すべて。

 そこに彼女の意思はない。

 そういうの全部、写真のすべてからだだ漏れてくるから、みんなドン引きしてるわけだけど。

 だいたい、プライベートゾーン、いわゆる自分だけの領域として他者には見せないし触らせず、他者のも見ないし触らない箇所まで、舐めるような画角の写真になっている。そこが出るたびに、みんなの悲鳴や吐き気をこらえる呼吸が聞こえるくらいだ。基本的に水着で隠れる場所がプライベートゾーンとされるけど、それ以外の場所でも、ね。尊重抜きにじろじろ眺められるのは、きついものがある。

 無遠慮に下心全開で見たであろう下手人がそばで倒れたままなわけで。

 きついものがある。

 みんなの輪をかき分けるように、マドカがやってきた。キラリが戻ってこないから様子を見に来たのかな? と思ったら、マドカの後ろに愛生先輩たちもいる。

 騒がせ過ぎちゃったかな。話し合いを中断させたかな。


「こんなに近くで見たものが、こうやって写真になるならさ。いっそ立体映像みたいに再現できない?」


 獣耳で話を聞いていたのだろうマドカは、前置きを挟まなかった。

 これは様子を見に来ただけじゃないな。

 具体的な提案に応じるべく、金色を一粒出す。写真を通して術を解き、同時に金色に吸収させる。ぜんぶの写真の化け術を解除したうえで、ぜんぶの霊子を吸収した金色に願う。理華ちゃんの指輪の力を借りながら。


「男の因果に関わる人の姿を表せ」


 願いながら術をかけると、金色はみるみる人の形に膨らんでいく。地面に横たわるように。写真だと近すぎてわからないけど、輪郭が鮮明になるほど、男がご執心の理由がおぼろげに見えてくる。

 ノノカが霊子をこねてコートを作り出して、彼女に羽織らせた。

 張りのある顔、ふっくらまんまるい頭に、薄い唇。全体的に豊満と言うのが一番しっくりくる。

 彼女は寝そべっていた。足を曲げて、開いている。四十五度に満たない、けれど三十度よりは大きく。腹部のなだらかな起伏、露わな性器まわり。けれど顔は真上に向いていて、表情は微笑むでも恐れるでも悲しむでも怒るでもなく、ただ、茫洋としている。あるいは、途方に暮れているようでもある。

 なんでかな。アーニョロ・フロンツィーノの「愛の寓意」を思い出すのは。目の前には彼女しかいないのに。クピドやクロノスがそばにいるような気がする。

 男は恐らく、彼女のそばに寄って、じろじろと眺めたのだろう。彼女が彼の要請に応じて寝返りを打ったりして、背中からお尻まで、それこそもう余すところなく見せたとして、彼女の表情は変わらないのではないか。


「なんか」

「ね」


 キラリがなにかを言いかけて、ノノカがすぐにうなずく。

 ふたりとも、なぜか私を見てくる。


「年取って太った春灯みたい」

「え!」


 マドカがぼそっとつぶやいた言葉に、さすがにぎょっとして彼女を見た。

 ぜんぜんピンとこなかったけど、パーツを意識して眺めてみる。腕を組んで、彼女のそばを歩き回ってみもする。でも、やっぱりぴんとこない。

 輪郭がちがうから? 顔立ちもちがうと思うんだけど。目元が険しく、唇はへの字気味だし。

 それでも、もしやと思って理華ちゃんの指輪を消して、姫ちゃんの鍵を出す。そして彼女に鍵を当てて、左に回した。一回転、二回転、三回転。回すあいだにみるみる顔の張りが増して、体つきが細く頼りなくなっていく。二十代を過ぎて十代に入ったであろうところで、右に鍵を回す。三度回した頃にはもう、高校生くらいの年頃に見える状態に若返っていた。

 だれもなにも言わなかった。

 彼女はたしかに私によく似ていた。うり二つだと言ってよかった。だけど、顔立ちは私とはまるで違って険しく、コートで覆われた身体はあばら骨が浮かぶほどに痩せ細っていた。重度の摂食障害か、はたまた栄養失調状態か。頬が痩けていて、手足は骨と皮しかないように思われた。

 なんで私がそこにいるんだろう。

 それとも私に似たなにかなのか。

 たとえば、黒いのなのだろうか。

 だとしても本人じゃない。私であれ、黒いのであれ。

 お母さんともちがう。おばあちゃんの若かりし頃でもないだろう。親子で似てるところはあっても、うり二つってほどじゃない。

 だから可能性が高いのは、私か黒いので。私は過去にいないので、あり得るとしたら、黒いののはず。

 だけどもし、姫ちゃんの力で江戸時代に行ったときの私の髪だのなんだのからクローンを作りました、みたいに言われたら? そうなると、もう、可能性を否定しきれない。逆にタイムスリップ論についての議論になるだろうし、そっちのほうが厄介まであるけど。

 なんであれ、作り物に思える。

 男がご執心の女性は、作り物。

 鳥肌が止まらない。気持ち悪くてたまらない。

 なんだ、これは。




 つづく!

お読みくださり誠にありがとうございます。

もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。

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