第二千九百九十一話
お父さんたちと合流したのち、サクラさんはソウイチさんを追いかけていった。
地上班は佐藤さんとあねらぎさんの調査じゃ隠れた通路を発見できず。隔離世に限定された通路であるという疑いが濃厚になった。この発見のおかげで隔離世の調査にメンバーを集中できることになる。だけど、現世の異常の根源がますます不透明になってしまった。
集中できるのはありがたい、けど、現世の駅で人が消えたことを考えると、その謎が解けていないのは気になる。やまほど気になるなかでも、お父さんと一緒にやってきたメンバーのなかにカナタやルルコ先輩、光葉先輩がいたことはありがたかった。
先輩たち刀鍛冶メンバーを刀鍛冶の先生たちが引き連れて調査。下部構想について、当たりをつけてくれた。いざというときだけじゃない、いつだって、まず頼れるのは専門家。まあ、だからこそ危ういところもあるんだけども。
お母さんが調査した立体映像を補足するように、全体像がより細部にわたって明らかになる。ここまで来る途中の道についても、途中で見つかった集団のいた位置も、地中に埋められた人間爆弾にされた人の位置さえも追加されていた。
「数万人はいそうだな」
「五、六人を支える膜が一層に数え切れないほどあって、おまけに多層構造になっている。青澄の言うように、連中の層だけは人体を模したものになっているな」
「洞穴はここだけじゃない。連中を収容する穴の上部は球形ドームのように閉じていて、人体構造云々はまた別っぽいな」
先輩たちが話している間、みんなと一緒にやってきたお姉ちゃんが私の背中から抱きついている。
お父さんも聞き耳を立てていた。
「ルルコが凍らせる? さくっと。調べるにしても、爆発されちゃ困るし、そばで見ないとわからないことが多すぎるんじゃない?」
「干渉して連鎖爆発を起こされたら目も当てられないって」
ルルコ先輩が焦れているなか、愛生先輩は呆れながらも待ったをかけていた。
なるほど。凍らせて近づくみたいな手もあるのか。
「この地下って、なんのための場所なんだろうな」
「よくわからないものをどうにかしろって娘によく言うよなあ」
お父さんのつぶやきに思わず突っ込んじゃった。
お姉ちゃんが横目でお父さんを睨む。閻魔さまの娘でもあるお姉ちゃんの眼光には、さすがのお父さんも太刀打ちができないようだ。ごまかせもしない模様。そういう意味では、うちでお父さんを怯ませる力を持つ第二の存在なのかもしれない。
「あああ。うんん。まああ。ねええ?」
「こんな規模感のものを相手に、そこまで有効な手立てが取れるのか。かなりむずかしい問いではある」
露骨に言葉を濁すお父さんを責めるよりも、お姉ちゃんは曖昧なところに着地した。
そう。実際、これまでの私たちにどうこうできる問題じゃなかった。
だからこそ飛躍を求められている。
じゃあ、その飛躍はどうやって実現するの?
現状理解なくして先はないんだ。
「もはや社会規模の問題だ。被害者の数を見ろ。これだけの人間たちを集めて霊子を利用しているのだろう。関東事変のようなことを起こすためにな」
お姉ちゃんの見立てにぎょっとする。
ああ、でも、だけど、私たちが考えることから逃げていただけで、彼らが真実、人ならば間違いなく異様な霊子が放出されていたに違いない。それは様々な邪を生み出すだろう。多くの黒い御珠を生み出すだろう。
実際、異様な数の黒い御珠が出てきて、侍隊と協力して討伐に当たったではないか。私たちは。あの源がなにかなんて、私たち、特定できずにいた。
でも、いままさに、目の前に答えがあるじゃないか。
「こいつが答えだ」
お姉ちゃんがつぶやく。
ふたりで見つめる。生まれてから長いこと離れていたのに、双子ならではのシンパシーでもあるのか。いいや。そんなのなくたって、わかりきっている。
こんな目に遭わされた人々から生み出される邪が、まともでいられるはずもない。
抜け出せない牢獄。
現実にはたどりつけない地獄。
個人を示す象徴を潰され、奪われた人たち。
爆弾に加工されている疑いを持っているから私たちは容易に近づけない、けど、もしかしたら、存在するだけで十分に脅威なのかもしれない。
いろんなことを引き起こすための装置。
彼らはもはや、人じゃない。
ロボットだ。
チェコの劇作家カレル・チャペックが兄と共に作り出した用語、ロボット。元来、それは賦役と書いてふえきと読むものを意味する単語からなるものだという。
賦役とはなにか。
領主が賃金を支払うことなく農民たちを働せることだ。転じて使用者が、人造の機械に賃金を与えることなく働かせ、代替させることを意味する。
私たちは賦役を求めている。
災害が起きたら、無償のボランティアを求めることはあっても、国が「給与を払い雇用を作る」ことは、まずしない。
依存労働と呼ばれる家事、福祉、介護など。それに医療さえ含めて、国は「お金が回らない」し「可能なかぎり給与を払わない」し、非政府団体が求められるくらい「なにもしない」のも、そう。
だけど補助金と、労働者搾取のスキームは有効だから、ろくでもない人たちが乗り込んでくるのもあるし、志ある人たちの団体が活動があるのに彼らをバッシングする人たちさえ出てくる。異常な状態だ。
それくらい、私たちはロボットを求めている。
賦役を。なにも与えずに働かせることを求めている。
国のせいにするのは簡単だけど、でも、国の側に私たちは立っている。
他人事にして。だれかがやるべきことにして。私たちは無関係だってことにして。
そうして、彼らのようなロボットを作り出していく。
物言わず、逆らわず、逆らえず、無限に搾取されるだけの賦役の人々を。
もはや人ではない。
彼らは人権を奪われ、踏みにじられている。
憲法には、その序文からはじまり、全体にかけて、様々な理念に立脚したものが軸になっている。
たとえば大西洋憲章には「世界のすべての国が、実際的および精神的のいずれの見地からも、武力の使用の放棄に到達しなければならないと信ずる」という理念が盛り込まれているそうだ。
これを意識したのはマッカーサー。彼が任務で赴任していたフィリピンの憲法には「国家政策の手段としての戦争を放棄し、そして一般に許容されている国際法の原則を我が国の法の一部分として採用し、すべての諸国との平和、平等、正義、自由、協力、そして友好を政策として堅持する」ことを戦争放棄条項、「第二条 基本理念と国家政策の宣言」における第二項に記述しているそうだ。
大日本帝国は侵略国家であり、国際的には敵国条項に該当する立ち位置にある。
憲法の記述には、その懲罰的側面があるとして、なにも間違っていない。
不当ではない。実際にアジアをはじめ、侵略したのだから。
西洋諸国が植民地支配と侵略行為をしていたから、当時の帝国も侵略した。そして負けた。そのうえで懲罰を与えられた、というところに不服を示す人が大日本帝国にも、現代の日本においてさえも存在するようだ。
だけど、よそがどうだろうが、日本が侵略を通じて過大な過ちを犯したことは事実だ。だから敵国条項に該当するとして、侵略に対する罪があるとして、それ自体はなにも不当ではない。
国民と憲法のもとでの天皇制の保持、封建制度の廃止、そして戦争の放棄。
これが中国、朝鮮半島、東南アジア諸国をはじめ、オーストラリアやハワイを攻撃し、残虐な戦争犯罪をいくつも犯し、アメリカの都市空爆の前に世界に先駆けて中国で都市空爆を行った日本の新たな憲法の柱でもあった。
そう。「戦争放棄」があるんだ。
なによりも「世界のすべての国が、実際的および精神的のいずれの見地からも、武力の使用の放棄に到達しなければならないと信ずる」、その実現のための国家として再起を図るよう形作られたと言えるのではないか。
長らく日本が平和路線、協調路線を築き、原爆を投下された国家として原子力開発における世界的な地位を確立して、国際的に働きかけてきたのは、だから、ちゃんと理由がある。根拠がある。
私たちは二度と戦争を称揚せず、「紛争解決の手段としての戦争」を認めない。大西洋憲章にある理念のさらなるひとつさえも継承したうえで、これを阻む。
たとえばトランプをはじめとするアメリカの、ベトナム戦争や中東攻撃などさえ、これを阻んできたよ。自衛隊を作ったけど、アメリカの軍事に乗っかることはなかったよ。先兵として活動することもなかったよ。決して、断じて、これを賛成せず、否定し、反対するんだよ。アメリカに「おたくが始めたルールだろ」というだけじゃない。それはもはや日本の重要なアイデンティティだから。
それでも、派遣先での体験で自衛隊の人たちが少なからず心的外傷を負ったり、亡くなったりしているそうだ。それくらい、戦争や紛争、その周辺地域っていうだけで、すさまじいダメージを負う。
そんなものはあっちゃ駄目だし、なくすためにあらゆる手を尽くすし、足していくよ。
当然だ。
だからね? 武器を買え、兵器の払い下げに多額の金を出せと言われても、これに応じず、依存しすぎず独立していく必要性がある。その理由は明白だ。
なぜなら、それこそが日本の憲法であり、過去の罪との付き合い方であり、償い方でもあるからだ。
ドイツの人々が二度と人種差別や独裁を認めず、決して繰り返さないよう生きているように。
これが日本の有り様だ。
無茶振りではある。
自分に重ねてしまう。
だって、殴りたい、戦争をしたい、そんな人があらゆる国でいくらでも出てくる。日本さえ例外ではない。国際協調路線を守る、平和路線でいくとなるとき、そんなのいやだねとなる人さえ出てくる。だからかな。国内政治は、すでにいまの与党がだいぶおかしなことを言い出してる。
海外でも、同じような動きがいくらでも出てくる。トランプだけじゃない。
戦いたい人たちは、みんな国連が邪魔だし、国連の成長と発達を邪魔したいし、国連には力がないってことにしていたい。それを理由に、なにかを足すこと自体をやめさせようとしたい。
それじゃ駄目だ。
足りないから足すんだ。具体的な課題を見つけて対処していくんだよ。
日本の憲法と、その立法背景には、まさに「世界のすべての国が、実際的および精神的のいずれの見地からも、武力の使用の放棄に到達しなければならないと信ずる」うえでの、国連のみならず、あらゆるものの成長と発達が欠かせない。
でもさ?
実際は、ね。
人権を無視するような政策がやまほど現存していて、国連から度重なる注意勧告を受けているような状態だ。
憲法があるから守られるなんていうものじゃない。
刑法があるだけじゃ、警察がいるだけじゃ、犯罪は防げない。対応できない。足りない。
裕福だけじゃ、その家庭で生まれ育つこどもがまともに育つのか。もちろん、そんなことあるはずがない。
ありとあらゆる具体的な依存支援・資源、環境、関係性をはじめとする支えがなきゃだめ。
いまある福祉や介護がなんとかなっているから、もっと減らせ? あり得ない。
仕事の能率化、不足の対応は「人出を減らして実現しろ」は無理。あり得ない。
なのに私たちは賦役を求める。
給与にあたる労力や時間や手間や面倒もまるごとすべて、省きたがる。
それが人だもの。
きっと憲法も法律も、骨抜きにしたがる。
私たちは前提を守り、憲法や法律を、その根底にある事実を、私たちに必要不可欠な人権を守らなければ。じゃなきゃ、きっと、今度はもっとろくでもない加害をし始めるに違いない。
先の大戦は侵略先は言わずもがな、自国の人々さえ大勢を犠牲にした。
人をロボットにしたがり、賦役を求めたがる連中は、人を人として捉える能力がない。
能力がまるで成長・発達していないから、人がなにを必要としているのかがわからない。
おかげでどこまでも愚かなことをするだろう。
まさにいま、私たちが目の前にしている光景のように。
昨日今日できたものじゃない。
いったい何十年かけて、ここまでのものを作り上げたのだろうか。
相当な執念がなくちゃ無理だ。
あるいは、この状況になにも違和感を覚えない人出がなきゃ無理だ。
それがもう、ただただおぞましい。
ハンニバル・レクターとは別種の、極めて次元の低いサイコパス集団でなきゃ、こんなことはしない。できない。狂ってしまう。
「こんな目に遭うのも自己責任なんて、うそぶくのかな」
「かもな」
私のつぶやきにお姉ちゃんはうんざり気味に吐き捨てた。
「爆弾にされたうえ、用済みになった段階で連中は通路に行き、やがては爆発して死ぬ。現世じゃないから後腐れもないんだろうさ」
お姉ちゃんの言葉の持つ意味を考えるより早く、せり上がってきたものをとっさにこらえた。
その場に崩れ落ちて、必死に呼吸する。
気持ち悪くて。頭が熱くて。なにもかもが痛くてたまらなかった。
戦後は、ううん。
加害と責任を省みない、戦争だけじゃないあらゆる罪を透明化したら?
いくらでも人権侵害は続くよ。どこまでも。
軽くないんだ。
人ひとりの人生や尊厳が、ぜんぶ乗っかってるんだ。
人権ってものには。
生まれた時点でだれもが持つ、永久不変の権利だとする理由がちゃんとある。
法律ではなく、憲法にそう記す理由が、ちゃんとあるんだ。
だってのに。
ああ。
そんなに奴隷が欲しいのか。
賦役とは、つまり、奴隷だ。
私たちは奴隷を欲している。表向きには言えない差別用語になって久しいから、だれも表だって言わないだけで、労働においても、足を運ぶ店舗の接客にあたある人たちにさえも、だれかは、どこかで求めている。
家の母親をはじめ、実に身近なところから、あらゆる労働者、あらゆる依存労働者に向けて、私たちは欲することをやめられずにいる。
奴隷たれ、と。賦役になれ、と。
機械で代替できるなら? この要求が強い人たちは喜んで人間を捨てるだろう。
だって人間たちは奴隷でいることを嫌がるから。
でも、まだ、いまのところ人間に代替するロボットは作れない。
そこで試行錯誤された結果が、彼らなんじゃないか。
ここは製造開発者たちが人権を侵害して奴隷にした人々を使う場所なのだ。
刀がいるんじゃない。
ここに必要なのは、刀なんかじゃない。
じゃあなにかって、それはまだわからない、けど。
少なくとも、彼らは、救助を必要としている人たちだ。
お父さんの言うとおり、そのための力がみんなにあるかっていったら、かなり微妙だ。
御霊との縁を結んで得る力はたいがい、戦う方向に向かいがちだから。
刀という形がそもそも、戦いを連想させすぎる。
駄目だ。
世の中には戦いを望む人たちが当たり前にいる。
放っておいたら、それが当たり前なんだみたいな話まで浸透してる。
だけど、ちがう。
足さなきゃ駄目だ。
そんなの嘘だと、間違いだと、声を大にするだけじゃ足りないけど、でも声をあげなきゃだめなんだ。
それとおんなじだ。
彼らにできることが、どれほど残されているのか私にはわからないけど。
探さなきゃ。なんでもやってみなきゃ。こんなの、あんまりだ。
「頭を潰されて無事な生者がいるものか」
お姉ちゃんは、私の心を見透かしたようにつぶやいた。
彼らはもはや、生きることができない存在だ。
だから隔離世に留まる。頭を潰されてなお、生きていられる人がいるはずもない。
「彼らは死してなお奪われているんだ」
振り向いた。
あの世に送る力なら、私よりもよほど得意であろうお姉ちゃんは目に涙を浮かべていた。
私に抱きつく力はずっと強いままだった。離れないのも、離さないのも、私のように耐えられないからだ。目の前のあまりの光景に。その事実に。
燃やさせちゃいけない。そう気づいた。お姉ちゃんにやらせちゃいけない。
私ならなにかできるんじゃないかとお父さんは言った。
そのとおりだ。
彼らの介錯をさせちゃいけない。
だけど、私に彼らは治せない。
これはもはや、いかに”おくる”のかが鍵なのかもしれない。
アマテラスさまの修行で、過去に飛ばされて”おくった”ことがある。それでなくてもビル爆破事件ののちに幽霊さんたちを”おくった”こともある。
ああ。
この日のためだったのかな。
受け止めきれないよ。悲しすぎるよ。
でも、彼らをそのままにしておけないし、破壊されたもの、奪われたものを放ってもおけないんだ。
せめて、きれいな姿で”おくる”ことができないだろうか。
どんなに足りないことだろう。
彼らの痛みを、苦しみを、奪われたものを思えば、どれほどささやかにもほどがあるのだろう。
ごめんなさい。
早く気づけなくて、ごめんなさい。
たくさんのことができなくて、ごめんなさい。
精いっぱいをするけど、返事を最初に確認できそうにない。ごめんなさい。
「ふううう」
息を吐いて、お姉ちゃんに抱きつかれたままで座り直す。
それから手を合わせて、目を閉じる。
祈りながら、必死に考える。
彼らがせめて取り戻したいもの。訴えたいこと。なにかきっとあるはずだ。
それをちゃんと聞き届けるため、再現できるために必要なことをするんだ。これから。
そのためにも、金色を。
惨すぎる最期と、その先に報いるにはあまりにも足りなすぎる。
それでもせめて、すこしでも足せるものを。
好きでよかったと、これが大事なんだと、そう伝えるだけのきっかけを作るんだ。
これから、”おくる”ため、お別れするためにできるかぎりのことをするんだ。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
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